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サソリの毒
慣れるべき肉体
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『今回、惨劇となったアワナミ高校の社会科見学ですが、未だに新しい情報は入って来ません。犯人たちは三人組と見られ、生徒たちの身代金として30億円を要求しているそうです。繰り返します……』
『ボス、ご覧になってますか』
「ああ、見ている。計画は順調といったところか」
『彼』は、レストランの一席に座り、テレビに映し出されるニュースを見ながら、特徴的なかすれ声で呟いた。陽光が窓から差し込み、彼の浅黒い肌を照らす。
『階の閉鎖も完了し、あとは連中の「プレゼント」を回収するのみです』
「罠には重々注意しろ。奴らの事だ、突然裏切って俺達を攻撃しないとは限らない」
『ええ、勿論分かってます。……待ってください、妙な報告が』
「どうした」
浅黒い肌の彼は、ステーキを切り分けながら淡々と尋ねる。ニュース画面が切り替わり、閉鎖された階を報道ヘリが映す。
『ボス、三人との連絡が途絶えました。何か、不味い事が起きてるみたいです』
「具体性を欠いた報告だな」
『申し訳ありません。しかし……「パラサイト」が、他のヤツに寄生したようです』
ステーキを切り分けていた手が止まる。彼は顔を上げ、テレビ画面を注視する。そこには、銀色に輝く人間じみたシルエットが高層ビルから飛び出す瞬間が、克明に映し出されていた。
『あっ、ご、ご覧になったでしょうか! 今、カメラが衝撃的な映像を捉えました! 封鎖されていた階から、何者かの影が飛び出しました!』
「……面白い」
『いかがいたしますか、ボス』
「ドクトリン・ブレーカーは後回しだ。警察に根回しをしておけ。経過観察をできるようにしろ……それと、仕切り直しが必要だ。明日またやるぞ」
彼は動じず、切ったステーキを口に運ぶ。その目は輝きを増し、テレビ画面をじっと睨んでいる。
「……忙しくなるぜ」
ぼそりとささやかれた呟きは、静かなレストランの中に広がっていった。
◆
『そろそろ撒いたか?』
(周囲をサーチ中。監視カメラの気配無し、ロイドモードを解除します)
遠くの路地裏まで走り、少し息を切らしていると、装甲が溶けるように消えて行った。
あれから再度の燃料補給を経て、ガムシャラに走っていた俺は、ようやく身を隠せそうな路地裏を発見。そこに飛び込むように入り、休憩していた。
「ここ、何処だ……」
(現在地を検索。ここは台東区、浅草)
「浅草!?」
たった2分走っただけで10駅くらい離れたところに来てしまった。我ながらとんでもない脚力に呆然としていると、やがて現状のまずさが思い起こされた。
「そうだ、どうしよう。今から見学には戻れないし」
(筋書きは出来ています。ご主人様はジュースを買いに行き、そのまま階の外に締め出された。その際に垣間見た拳銃に恐れをなし、家に逃げ帰ったのです)
「おい、なんでそんな……」
(ステータス:腰抜けに相応しい筋書きかと)
「ていうか、ジュースの事をなんで知ってるんだ」
(私はご主人様の事をなんでも知っています)
疑問は尽きない。路地裏でぼそぼそ呟きながら、それでも腰を上げ、どうにか早く家に帰ろうと歩き出す。
「そもそも、お前は何なんだよ。いきなり人の頭に入って来やがって」
大通りに出て、人混みの中に紛れ込みながら、ひとりでぶつぶつ呟く。傍から見たら完全に危険な奴だ。
(私はクラリス・コーポレーション、製品番号4089『パラサイト』。旧型のプロトタイプとして作られました)
「ははは、旧型のプロトタイプ。ぽんこつかよ」
(型番遅れである事は否定しませんが、ポテンシャルは新型と同じかそれ以上に持っています。こうして適性のある肉体も見つけました)
「適性のある肉体?」
(あなたの事です、ご主人様。もし私が適性の無い肉体に寄生すれば、その人は拒否反応で死にます)
何かおぞましい事を聞かされた気がする。俺は改札を抜け、地下鉄のホームに入りながら、言葉の意味を考え込む。
(新型の『私達』は、全ての人々にフィットする型となるでしょう。燃費も恐らく、私より良い)
「あぁ、……全然分からねえけど、分かった」
(さすがご主人様。では次いで、私がご主人様に寄生した事による各種拡張機能の説明をいたします)
「待て、待て待て。拡張機能の説明をいたします、じゃねえ。俺の身体から出て行け」
(それは認められません。今やご主人様と私は一心同体。私が体外に排出されれば、私は機能停止します)
「結構だよ! 損するのお前だけじゃん! 出てけよ俺の中から!」
叫び、はっと我に返る。電車に揺られる現状、同じ車両の皆は俺の事を見詰め、じりっと距離を取る。携帯で撮影し始めたヤツも居る。
俺は襟を立て、口元を隠しながら、壁にもたれかかる。
(落ち着いて下さい、ご主人様。ロイドモードを続行しなければ、ご主人様へのデメリットは実質ありません)
「……ありません、だと。よく言えるな、寄生虫の分際で……大体、ロイドモードってなんなんだ」
(ロイドとは、灰色をさします。その通り、パワードスーツ装着時の装甲の色になぞらえた呼び方です)
頭が痛くなってきた。パワードスーツやら、装甲やら。悪党を殴って居る時は興奮したが、こうやって客観視してみるとどれほど荒唐無稽な事か。
(メリットの説明をしましょう。ご主人様の各種身体機能の向上、視界モードの切り替え、パワードスーツの即時使用可能。なんとスーツはお好みでカスタマイズ可能ですよ)
「誰がするか。大体、視界モードの切り替えってなんだ」
(たとえば、熱源探知モード)
頭の中の声が言い、直後に俺の視界が変化する。人間が赤い塊のように映り、そのほかの床や座席シートは緑っぽく光り出す。……確かにサーモグラフィーじみている。
「わ、分かった、分かったからこれをやめてくれ。普通の奴に戻してくれ」
(分かりました。このほかにもエックス線での透視も可能です)
「りょ、了解……」
(また、演算機能でのご主人様の補助も可能です。私の計算処理速度はなかなかのものですよ?)
「……そうかい……」
てこでも俺の身体から出て行かないつもりらしい。それなら俺にも考えがある。
◆
「いやー、お兄さん、やっぱり何も映らないねえ」
「そんなハズは……!」
高校近くの病院である。
レントゲンを撮ってもらい、手術に持ち込もうとしたのだが、残念ながら何も映らなかったらしい。俺の目の前、老医は頭を掻いてフィルムを見ている。
「まあ、自分の身体が不安になる気持ちも分からんでもないけどね。大変だよね、若い時は色んな不安がつきまとって」
「はあ……」
しかしあの時、確実に俺の口から鉄のサソリが入って来たハズなのだ。寄生しているなら、胸部エックス線検査で出て来るハズ。
(私の身体は完全にご主人様と一体化しました。レントゲンでは映らないです)
「お前……」
(無駄な足掻きですよ、ご主人様)
青筋ピクピクになりかかっていると、診察室の扉がノックされた。振り向くとそこには、くたびれたトレンチコートの中年男性が立っていた。
「どうも、堂本 貴くん?」
彼は懐から手帳を取り出し、ぷらぷらと振った。警察手帳である。
「えっと、何?」
老医は状況が把握できていないらしく、老眼鏡の位置を必死に直している。俺は全てを諦め、流れに乗る事に決めた。
◆
「あー、まあ、キミを疑ってる訳じゃないんだけどね……」
(声紋が少し乱れました。彼が嘘をついている確立は70%です)
「……」
取調室にて。大人にたらい回しにされている気分である。俺は勝手に傷心し、黙り込んでいた。
「キミが何処で、何をしていたのかを知りたいだけなんだ。事実、キミは見学に参加していたにも関わらず、あの現場に居なかったんだから。な?」
「……」
「……優しく聞いているのは今の内だけだぞ?」
そのうち拷問でもされるのだろうか。というかこんな訳の分からない体になって、拷問を受けている気分だ。俺は拡張された聴覚を使い、部屋の外の会話を聞く。
((……今回の立てこもり犯三人は、警察が突入した時には倒れていたらしい))
((ロボットが助けてくれた、って生徒が言ってるらしいけどな。フン、アワナミ高校の連中は全員どうかしてる))
「何か言ってくれないと分からないんだが……」
取り調べしている警察官が苛立たしげに呟く。その時、部屋の扉がノックされた。警察官が立ち上がり、扉を開くと、見知った顔が入室してきた。
「よかった、タカくん。まったく、キミの事だから黙り込んでいるんじゃないかと思って……」
「……シマヨシさん」
なんと、クラリス・コーポレーションの社員、シマヨシさんが入って来たのだ。
◆
「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、こちらこそ疑ってしまって申し訳ありません。どうかお気をつけて」
高校から最寄りの警察署を出て行き、俺とシマヨシさんは歩き出した。
俺はシマヨシさんと会った後、そのままビルを抜け出した事になったようだ。犯人たちが警報システムをダウンさせていたのが良かったらしく、監視カメラの録画も破壊されていた。
「高校生一人が行方不明だって聞いて、居てもたっても居られなくなって警察署に尋ねに行ったんだ。そしたら事情聴取されてるっていうから、知り合いだってゴリ押ししたら案の定さ」
「すみません」
「いやいや、責めてる訳じゃない。引き留めてた僕も悪かったからね、戻りにくかったんだろう……すまないな」
暮れて行く道を歩きながら、俺とシマヨシさんは言葉を交わす。人質となっていた高校生たちは無事を確認した後に親元に返されたらしい。俺だけが現場に居らず、警察による捜索がなされていたようだ。
「まあ、こうして無事が確かめられた。言う事はないよ」
「そう……っすかね」
(ご主人様の身の安全ほど大切なものはありませんから)
うるさい寄生虫だ。俺はそれきり何も言えず、俯いて歩き続ける。
シマヨシさんは遠慮がちに口を開く。
「……あー、その。本当は親御さんがおむかえにくるのが一番だったんだろうけど、学校の人が、キミの親御さんとは連絡が取れないっていうから」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
今はあまりシマヨシさんと話したくなかった。色々なショックが大きすぎた。
俺の中にある寄生虫は、信じたくはないが、クラリス・コーポレーションの作品だ。なら、危険な製品を、シマヨシさん達が造っているという事だ。
「……また、浮かない顔だね」
「いえ……大丈夫っす」
「大丈夫には見えないよ。……家まで送ろう」
俺は思わず苦笑いする。シマヨシさんは底抜けのお人よしなのだ。こんな人が、化け物の兵器を作っているなんて考えたくなかった。
「……あの、『パラサイト』って知ってますか。シマヨシさん」
「パラサイト?」
「えっと、クラリス・コーポレーションの製品らしいんです。俺、ちらっと、警察の人の話を聞いて……今回、立てこもり犯たちが狙ってたのも、それらしくて」
大嘘を滑らかに口に出しながら、俺は機械のように表情を保つ。これも、寄生虫の力だろうか。
シマヨシさんは暫く考え込み、口を動かした。
「……残念だが、僕には分からないな。社の内部にも秘密は多くてね、僕たちのような平の研究員じゃ触れない部分は多いんだ」
(声紋の乱れなし。脈拍も正常。嘘はついていません)
頭の中の音声に、俺はどこかホッとしていた。では、少なくともシマヨシさんは、このおぞましい寄生虫の存在を知らないという事なのだ。彼は加担していない。
「でも、人質を取ってまでそれを手に入れようとしたって事は、きっと価値あるものだろうね。そんなものが僕たちの耳に入らないのは、少しおかしいな」
「まあ、すみません、野次馬根性っす。俺が気にする事じゃなかったですね」
何処か安心し、俺は肩の力を抜く。状況は何一つ変わらないが、少なくとも、この人の善意を信じられる。それは心地良いものだった。
「まあ、そうだな。己の領分をわきまえるというのは、大事な話だしね。……キミ、晩御飯はもう食べたかい?」
「あー、いいえ……」
「ならついでだ、何処かで食べないか? ああ勿論、親御さんが厳しいならしつこく誘わないけど」
「いや……」
父と母は俺が幼い頃に別れた。俺と一緒に居てくれた母も、中学の頃には全く顔を合わせなくなっていたし、近頃は帰っても来ない。ただ、家に帰ると、たまに生活費がポンと置かれていたりする。
父の方は顔も覚えてなかったし、母への心配も無かった。元々そういう人なのだ。
「大丈夫っすけど、シマヨシさんは大丈夫なんですか」
「あはは、僕はもう今日の研究が終わっててね。行こう、美味しいレストランを知ってる」
「……割り勘しましょう」
「まさか、奢るよ」
お代の話はレストランに着いてからだな……歩きながらそう考えていると、不意に甲高いブレーキ音が響いた。俺は総毛立ちながら、頭に響く警鐘に従って振り向いた。
見れば、スポーツカーがスピンし、火花を散らしながらこちらへ突っ込んで来る。運転席に座っている男は我を失い、必死にハンドルを回している。それが更に不味い事態を引き起こそうとしている。
俺の脳内でアドレナリンが噴火した。スポーツカーは真横を向き、慣性の力を受けて回転しながら跳ね飛んだ。このままでは、シマヨシさんと俺を巻き込み、この車は破滅を撒き散らす。
(受け止めますか)
頭の中で短い確認。首肯すると、俺の全身は瞬く間に銀色の装甲に包まれた。
(ロイドモード、起動)
空中、回る車が迫って来る。俺は全身を使い、突っ込んで来る車を受け止めた。足元のアスファルトが爆ぜ、衝撃が全身を突き抜ける。
『コイツ、っ、どんだけ飛ばしてやがる……』
(ファイトです、ご主人様!)
歯を食いしばり、背を反らしてなんとか大質量を受け切る。暫くタイヤが空回りしていたが、やがてそれも止んだ。
俺は慎重に車を下ろし、運転手を見る。どうやら気絶しているらしく、運転席にぐったりとのびている。
『次からは、スピード違反はしない事だな……』
ほっと一息吐く。すると、何処からか拍手が響いた。振り向くと、俺の後ろにあった八百屋の老店主が、しわくちゃの手をパチパチと打ち鳴らしている。
「あんさん、すごいね! ありがとう、スイカひとつあげる!」
『いや、俺は別に……』
別に感謝を求めていた訳ではなかったのだが……そこまで考え、俺は重大な事実に気付き、ハッと『その人』を見る。
『その人』は……シマヨシさんは、あんぐりと口を開け、言葉を失って俺を見詰めていた。そりゃそうだ。隣を歩いてた奴が突然銀色の装甲を身にまとったら、誰だってそうなる。
『シマヨシさん、いや、これは違うんっす……』
「……き、キミ、あぁ、と、とにかく来て! その恰好は目立つから!」
シマヨシさんは俺の手を引き、走り出す。俺は銀色装甲を身に付けたまま、つられて走り出した。
◆
「……すごく頭が痛くなって来たな」
お洒落なレストランにて。向かいの席に座ったシマヨシさんは、こめかみを抑え、悩ましげに俺を見ている。
俺はといえば、さっきからお洒落な空気が肌に合わないし、シマヨシさんは次にどう言うか分からないしで、肩身の狭い思いをしている。
手頃な路地で変身を解き、とりあえず腰を落ち着けられる場所に来ていた。そこでおおまかな説明を済ませ、この状況に至る。
「ステーキです」
「あ、どうも……」
運ばれて来た鉄板を見下ろし、シマヨシさんは動かない。俺も何を言って良いのか分からず、沈黙してしまう。
やがて、シマヨシさんは意を決したように口を開いた。
「……正直、その技術は僕の手に余る。パラサイトなんてのは、聞いた事も無いし……」
レストランの奥のテレビでは、今日のクラリス・コーポレーションでの人質事件のニュースが繰り返し流れている。パワードスーツを着たままビルから飛び出す俺の姿もはっきり映されている。
「キミは、苦しかったりはしないのかい? どこか痛んだりは?」
「いや、俺は大丈夫っす……」
(ご主人様の身体のメンテナンスは私が完璧にこなしていますので)
頭の中の腹立たしい声は無視し、シマヨシさんに答える。お人よしの研究員は顎に手をやり、考え込んでいる。
「……今のところ異常が無いのなら、まあ、大丈夫だろう。病院での検査もクリアしたようだし、医学素人の僕が何か言えるワケはない」
「……」
「でも、気を付けるんだよ。たとえ体は大丈夫でも、問題なのは精神だ。昼間も言ったけど、技術っていうのは悪用しようと思えば、いくらでもできる。キミを信じていない訳じゃないが……」
「分かってるっす」
「そうか」
俺も馬鹿じゃない。自己説得じみて頭の中で呟き、窓の外の暗闇を見る。こんな力、手に入ってしまったのが間違いなのだ。
「……だが、そうか。まるでキミはスーパーヒーローだな」
「……そんなんじゃ」
「あはは、否定はさせないよ。昼間は立てこもり犯を三人倒して、しかも夕方には大事故を防いだ。キミがどう思っていようが、善い行いはしてる」
善行。自分には縁遠い言葉だと思っていた。間違って手に入れてしまった力だが、それで救えたモノがあったなら……。
「浮かない顔だね」
「いえ、とにかく早く戻りたいなって思って……」
「ふふ、キミは本当にリアリストだな。心配ない、こっちでも少しは調べてみるとしよう。まさかパラサイトを取り除く方法がない、なんて事はないだろうし」
シマヨシさんに頼りっぱなしになってしまう事に罪悪感を覚え、俺は目を伏せる。だが、当のシマヨシさんは相変わらず明るい声色で続ける。
「大丈夫、何とかするよ。だからキミは、安心して高校生活を続けなさい。ごほっ、ちょっと失礼」
それまで話し続けていた彼は、口を抑えて少し咳き込み、懐から錠剤を取り出して飲み込む。少し心配になって見つめていると、シマヨシさんは微笑んだ。
「心配ないよ。きっとキミは良くなるから……だから、高校ではあまりハメを外し過ぎないように」
シマヨシさんが悪戯っぽくウィンクするのと同時に、俺の頼んだハンバーグが運ばれて来た。
◆
「つまり、えーと……ロイドモードだと?」
(オイルがフルチャージなら、15分はもちます。今の燃料量だと、あと10分です)
「成程な」
家に帰り、誰もいない自室にこもると、俺はまず自分の身体の把握を開始した。これが夢なら覚めれば終わるが、残念ながら現実だ。自分の事なら理解しなければならない。
「……本当に旧型っぽい燃費の悪さだな。酷いもんだ」
(ご主人様がエンジンを摂取すれば、燃費は改良され、馬力も上がりますよ)
「エンジンを摂取?」
(はい、エンジンです。トラック、乗用車、バイク。それらの原動力となる内燃機関の総称です。なんと航空用エンジンも使えるんですよ!)
「はあ……?」
いまいち規模の掴めない話だ。俺はノートにそれらの情報を書き記しながら、懸命に理解に努める。
「つまり、その辺を走ってる車のエンジンを取って来たら、今すぐにでも燃費が上がるってのか?」
(はい。ですが、そのエンジンが生み出すパワーにご主人様自身が耐えられない恐れがあります。まずは小さく、弱いものから摂取していきましょう)
「ふーん……」
いきなり強いエンジンを取り込むと俺の身体が耐えられないという事か。
(ジャンクヤードにある廃棄エンジンなどでも構いませんよ。ああいったエンジンは弱り切っています)
「そうか……まあそう長くお前と付き合うつもりはないし、そんなエンジンでも構わないな」
(そう仰らずに。離れたら恋しくなりますよ)
「ははは、笑えるジョーク」
言いながら、俺はベッドに寝転んだ。部屋の明かりも消さずに目を瞑ると、濁流のように疲れと眠気が押し寄せ、あっという間に眠りがやってきた。
(おやすみなさい、ご主人様)
意識が途切れる直前に、そんな声が聞こえた気がした。
『ボス、ご覧になってますか』
「ああ、見ている。計画は順調といったところか」
『彼』は、レストランの一席に座り、テレビに映し出されるニュースを見ながら、特徴的なかすれ声で呟いた。陽光が窓から差し込み、彼の浅黒い肌を照らす。
『階の閉鎖も完了し、あとは連中の「プレゼント」を回収するのみです』
「罠には重々注意しろ。奴らの事だ、突然裏切って俺達を攻撃しないとは限らない」
『ええ、勿論分かってます。……待ってください、妙な報告が』
「どうした」
浅黒い肌の彼は、ステーキを切り分けながら淡々と尋ねる。ニュース画面が切り替わり、閉鎖された階を報道ヘリが映す。
『ボス、三人との連絡が途絶えました。何か、不味い事が起きてるみたいです』
「具体性を欠いた報告だな」
『申し訳ありません。しかし……「パラサイト」が、他のヤツに寄生したようです』
ステーキを切り分けていた手が止まる。彼は顔を上げ、テレビ画面を注視する。そこには、銀色に輝く人間じみたシルエットが高層ビルから飛び出す瞬間が、克明に映し出されていた。
『あっ、ご、ご覧になったでしょうか! 今、カメラが衝撃的な映像を捉えました! 封鎖されていた階から、何者かの影が飛び出しました!』
「……面白い」
『いかがいたしますか、ボス』
「ドクトリン・ブレーカーは後回しだ。警察に根回しをしておけ。経過観察をできるようにしろ……それと、仕切り直しが必要だ。明日またやるぞ」
彼は動じず、切ったステーキを口に運ぶ。その目は輝きを増し、テレビ画面をじっと睨んでいる。
「……忙しくなるぜ」
ぼそりとささやかれた呟きは、静かなレストランの中に広がっていった。
◆
『そろそろ撒いたか?』
(周囲をサーチ中。監視カメラの気配無し、ロイドモードを解除します)
遠くの路地裏まで走り、少し息を切らしていると、装甲が溶けるように消えて行った。
あれから再度の燃料補給を経て、ガムシャラに走っていた俺は、ようやく身を隠せそうな路地裏を発見。そこに飛び込むように入り、休憩していた。
「ここ、何処だ……」
(現在地を検索。ここは台東区、浅草)
「浅草!?」
たった2分走っただけで10駅くらい離れたところに来てしまった。我ながらとんでもない脚力に呆然としていると、やがて現状のまずさが思い起こされた。
「そうだ、どうしよう。今から見学には戻れないし」
(筋書きは出来ています。ご主人様はジュースを買いに行き、そのまま階の外に締め出された。その際に垣間見た拳銃に恐れをなし、家に逃げ帰ったのです)
「おい、なんでそんな……」
(ステータス:腰抜けに相応しい筋書きかと)
「ていうか、ジュースの事をなんで知ってるんだ」
(私はご主人様の事をなんでも知っています)
疑問は尽きない。路地裏でぼそぼそ呟きながら、それでも腰を上げ、どうにか早く家に帰ろうと歩き出す。
「そもそも、お前は何なんだよ。いきなり人の頭に入って来やがって」
大通りに出て、人混みの中に紛れ込みながら、ひとりでぶつぶつ呟く。傍から見たら完全に危険な奴だ。
(私はクラリス・コーポレーション、製品番号4089『パラサイト』。旧型のプロトタイプとして作られました)
「ははは、旧型のプロトタイプ。ぽんこつかよ」
(型番遅れである事は否定しませんが、ポテンシャルは新型と同じかそれ以上に持っています。こうして適性のある肉体も見つけました)
「適性のある肉体?」
(あなたの事です、ご主人様。もし私が適性の無い肉体に寄生すれば、その人は拒否反応で死にます)
何かおぞましい事を聞かされた気がする。俺は改札を抜け、地下鉄のホームに入りながら、言葉の意味を考え込む。
(新型の『私達』は、全ての人々にフィットする型となるでしょう。燃費も恐らく、私より良い)
「あぁ、……全然分からねえけど、分かった」
(さすがご主人様。では次いで、私がご主人様に寄生した事による各種拡張機能の説明をいたします)
「待て、待て待て。拡張機能の説明をいたします、じゃねえ。俺の身体から出て行け」
(それは認められません。今やご主人様と私は一心同体。私が体外に排出されれば、私は機能停止します)
「結構だよ! 損するのお前だけじゃん! 出てけよ俺の中から!」
叫び、はっと我に返る。電車に揺られる現状、同じ車両の皆は俺の事を見詰め、じりっと距離を取る。携帯で撮影し始めたヤツも居る。
俺は襟を立て、口元を隠しながら、壁にもたれかかる。
(落ち着いて下さい、ご主人様。ロイドモードを続行しなければ、ご主人様へのデメリットは実質ありません)
「……ありません、だと。よく言えるな、寄生虫の分際で……大体、ロイドモードってなんなんだ」
(ロイドとは、灰色をさします。その通り、パワードスーツ装着時の装甲の色になぞらえた呼び方です)
頭が痛くなってきた。パワードスーツやら、装甲やら。悪党を殴って居る時は興奮したが、こうやって客観視してみるとどれほど荒唐無稽な事か。
(メリットの説明をしましょう。ご主人様の各種身体機能の向上、視界モードの切り替え、パワードスーツの即時使用可能。なんとスーツはお好みでカスタマイズ可能ですよ)
「誰がするか。大体、視界モードの切り替えってなんだ」
(たとえば、熱源探知モード)
頭の中の声が言い、直後に俺の視界が変化する。人間が赤い塊のように映り、そのほかの床や座席シートは緑っぽく光り出す。……確かにサーモグラフィーじみている。
「わ、分かった、分かったからこれをやめてくれ。普通の奴に戻してくれ」
(分かりました。このほかにもエックス線での透視も可能です)
「りょ、了解……」
(また、演算機能でのご主人様の補助も可能です。私の計算処理速度はなかなかのものですよ?)
「……そうかい……」
てこでも俺の身体から出て行かないつもりらしい。それなら俺にも考えがある。
◆
「いやー、お兄さん、やっぱり何も映らないねえ」
「そんなハズは……!」
高校近くの病院である。
レントゲンを撮ってもらい、手術に持ち込もうとしたのだが、残念ながら何も映らなかったらしい。俺の目の前、老医は頭を掻いてフィルムを見ている。
「まあ、自分の身体が不安になる気持ちも分からんでもないけどね。大変だよね、若い時は色んな不安がつきまとって」
「はあ……」
しかしあの時、確実に俺の口から鉄のサソリが入って来たハズなのだ。寄生しているなら、胸部エックス線検査で出て来るハズ。
(私の身体は完全にご主人様と一体化しました。レントゲンでは映らないです)
「お前……」
(無駄な足掻きですよ、ご主人様)
青筋ピクピクになりかかっていると、診察室の扉がノックされた。振り向くとそこには、くたびれたトレンチコートの中年男性が立っていた。
「どうも、堂本 貴くん?」
彼は懐から手帳を取り出し、ぷらぷらと振った。警察手帳である。
「えっと、何?」
老医は状況が把握できていないらしく、老眼鏡の位置を必死に直している。俺は全てを諦め、流れに乗る事に決めた。
◆
「あー、まあ、キミを疑ってる訳じゃないんだけどね……」
(声紋が少し乱れました。彼が嘘をついている確立は70%です)
「……」
取調室にて。大人にたらい回しにされている気分である。俺は勝手に傷心し、黙り込んでいた。
「キミが何処で、何をしていたのかを知りたいだけなんだ。事実、キミは見学に参加していたにも関わらず、あの現場に居なかったんだから。な?」
「……」
「……優しく聞いているのは今の内だけだぞ?」
そのうち拷問でもされるのだろうか。というかこんな訳の分からない体になって、拷問を受けている気分だ。俺は拡張された聴覚を使い、部屋の外の会話を聞く。
((……今回の立てこもり犯三人は、警察が突入した時には倒れていたらしい))
((ロボットが助けてくれた、って生徒が言ってるらしいけどな。フン、アワナミ高校の連中は全員どうかしてる))
「何か言ってくれないと分からないんだが……」
取り調べしている警察官が苛立たしげに呟く。その時、部屋の扉がノックされた。警察官が立ち上がり、扉を開くと、見知った顔が入室してきた。
「よかった、タカくん。まったく、キミの事だから黙り込んでいるんじゃないかと思って……」
「……シマヨシさん」
なんと、クラリス・コーポレーションの社員、シマヨシさんが入って来たのだ。
◆
「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、こちらこそ疑ってしまって申し訳ありません。どうかお気をつけて」
高校から最寄りの警察署を出て行き、俺とシマヨシさんは歩き出した。
俺はシマヨシさんと会った後、そのままビルを抜け出した事になったようだ。犯人たちが警報システムをダウンさせていたのが良かったらしく、監視カメラの録画も破壊されていた。
「高校生一人が行方不明だって聞いて、居てもたっても居られなくなって警察署に尋ねに行ったんだ。そしたら事情聴取されてるっていうから、知り合いだってゴリ押ししたら案の定さ」
「すみません」
「いやいや、責めてる訳じゃない。引き留めてた僕も悪かったからね、戻りにくかったんだろう……すまないな」
暮れて行く道を歩きながら、俺とシマヨシさんは言葉を交わす。人質となっていた高校生たちは無事を確認した後に親元に返されたらしい。俺だけが現場に居らず、警察による捜索がなされていたようだ。
「まあ、こうして無事が確かめられた。言う事はないよ」
「そう……っすかね」
(ご主人様の身の安全ほど大切なものはありませんから)
うるさい寄生虫だ。俺はそれきり何も言えず、俯いて歩き続ける。
シマヨシさんは遠慮がちに口を開く。
「……あー、その。本当は親御さんがおむかえにくるのが一番だったんだろうけど、学校の人が、キミの親御さんとは連絡が取れないっていうから」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
今はあまりシマヨシさんと話したくなかった。色々なショックが大きすぎた。
俺の中にある寄生虫は、信じたくはないが、クラリス・コーポレーションの作品だ。なら、危険な製品を、シマヨシさん達が造っているという事だ。
「……また、浮かない顔だね」
「いえ……大丈夫っす」
「大丈夫には見えないよ。……家まで送ろう」
俺は思わず苦笑いする。シマヨシさんは底抜けのお人よしなのだ。こんな人が、化け物の兵器を作っているなんて考えたくなかった。
「……あの、『パラサイト』って知ってますか。シマヨシさん」
「パラサイト?」
「えっと、クラリス・コーポレーションの製品らしいんです。俺、ちらっと、警察の人の話を聞いて……今回、立てこもり犯たちが狙ってたのも、それらしくて」
大嘘を滑らかに口に出しながら、俺は機械のように表情を保つ。これも、寄生虫の力だろうか。
シマヨシさんは暫く考え込み、口を動かした。
「……残念だが、僕には分からないな。社の内部にも秘密は多くてね、僕たちのような平の研究員じゃ触れない部分は多いんだ」
(声紋の乱れなし。脈拍も正常。嘘はついていません)
頭の中の音声に、俺はどこかホッとしていた。では、少なくともシマヨシさんは、このおぞましい寄生虫の存在を知らないという事なのだ。彼は加担していない。
「でも、人質を取ってまでそれを手に入れようとしたって事は、きっと価値あるものだろうね。そんなものが僕たちの耳に入らないのは、少しおかしいな」
「まあ、すみません、野次馬根性っす。俺が気にする事じゃなかったですね」
何処か安心し、俺は肩の力を抜く。状況は何一つ変わらないが、少なくとも、この人の善意を信じられる。それは心地良いものだった。
「まあ、そうだな。己の領分をわきまえるというのは、大事な話だしね。……キミ、晩御飯はもう食べたかい?」
「あー、いいえ……」
「ならついでだ、何処かで食べないか? ああ勿論、親御さんが厳しいならしつこく誘わないけど」
「いや……」
父と母は俺が幼い頃に別れた。俺と一緒に居てくれた母も、中学の頃には全く顔を合わせなくなっていたし、近頃は帰っても来ない。ただ、家に帰ると、たまに生活費がポンと置かれていたりする。
父の方は顔も覚えてなかったし、母への心配も無かった。元々そういう人なのだ。
「大丈夫っすけど、シマヨシさんは大丈夫なんですか」
「あはは、僕はもう今日の研究が終わっててね。行こう、美味しいレストランを知ってる」
「……割り勘しましょう」
「まさか、奢るよ」
お代の話はレストランに着いてからだな……歩きながらそう考えていると、不意に甲高いブレーキ音が響いた。俺は総毛立ちながら、頭に響く警鐘に従って振り向いた。
見れば、スポーツカーがスピンし、火花を散らしながらこちらへ突っ込んで来る。運転席に座っている男は我を失い、必死にハンドルを回している。それが更に不味い事態を引き起こそうとしている。
俺の脳内でアドレナリンが噴火した。スポーツカーは真横を向き、慣性の力を受けて回転しながら跳ね飛んだ。このままでは、シマヨシさんと俺を巻き込み、この車は破滅を撒き散らす。
(受け止めますか)
頭の中で短い確認。首肯すると、俺の全身は瞬く間に銀色の装甲に包まれた。
(ロイドモード、起動)
空中、回る車が迫って来る。俺は全身を使い、突っ込んで来る車を受け止めた。足元のアスファルトが爆ぜ、衝撃が全身を突き抜ける。
『コイツ、っ、どんだけ飛ばしてやがる……』
(ファイトです、ご主人様!)
歯を食いしばり、背を反らしてなんとか大質量を受け切る。暫くタイヤが空回りしていたが、やがてそれも止んだ。
俺は慎重に車を下ろし、運転手を見る。どうやら気絶しているらしく、運転席にぐったりとのびている。
『次からは、スピード違反はしない事だな……』
ほっと一息吐く。すると、何処からか拍手が響いた。振り向くと、俺の後ろにあった八百屋の老店主が、しわくちゃの手をパチパチと打ち鳴らしている。
「あんさん、すごいね! ありがとう、スイカひとつあげる!」
『いや、俺は別に……』
別に感謝を求めていた訳ではなかったのだが……そこまで考え、俺は重大な事実に気付き、ハッと『その人』を見る。
『その人』は……シマヨシさんは、あんぐりと口を開け、言葉を失って俺を見詰めていた。そりゃそうだ。隣を歩いてた奴が突然銀色の装甲を身にまとったら、誰だってそうなる。
『シマヨシさん、いや、これは違うんっす……』
「……き、キミ、あぁ、と、とにかく来て! その恰好は目立つから!」
シマヨシさんは俺の手を引き、走り出す。俺は銀色装甲を身に付けたまま、つられて走り出した。
◆
「……すごく頭が痛くなって来たな」
お洒落なレストランにて。向かいの席に座ったシマヨシさんは、こめかみを抑え、悩ましげに俺を見ている。
俺はといえば、さっきからお洒落な空気が肌に合わないし、シマヨシさんは次にどう言うか分からないしで、肩身の狭い思いをしている。
手頃な路地で変身を解き、とりあえず腰を落ち着けられる場所に来ていた。そこでおおまかな説明を済ませ、この状況に至る。
「ステーキです」
「あ、どうも……」
運ばれて来た鉄板を見下ろし、シマヨシさんは動かない。俺も何を言って良いのか分からず、沈黙してしまう。
やがて、シマヨシさんは意を決したように口を開いた。
「……正直、その技術は僕の手に余る。パラサイトなんてのは、聞いた事も無いし……」
レストランの奥のテレビでは、今日のクラリス・コーポレーションでの人質事件のニュースが繰り返し流れている。パワードスーツを着たままビルから飛び出す俺の姿もはっきり映されている。
「キミは、苦しかったりはしないのかい? どこか痛んだりは?」
「いや、俺は大丈夫っす……」
(ご主人様の身体のメンテナンスは私が完璧にこなしていますので)
頭の中の腹立たしい声は無視し、シマヨシさんに答える。お人よしの研究員は顎に手をやり、考え込んでいる。
「……今のところ異常が無いのなら、まあ、大丈夫だろう。病院での検査もクリアしたようだし、医学素人の僕が何か言えるワケはない」
「……」
「でも、気を付けるんだよ。たとえ体は大丈夫でも、問題なのは精神だ。昼間も言ったけど、技術っていうのは悪用しようと思えば、いくらでもできる。キミを信じていない訳じゃないが……」
「分かってるっす」
「そうか」
俺も馬鹿じゃない。自己説得じみて頭の中で呟き、窓の外の暗闇を見る。こんな力、手に入ってしまったのが間違いなのだ。
「……だが、そうか。まるでキミはスーパーヒーローだな」
「……そんなんじゃ」
「あはは、否定はさせないよ。昼間は立てこもり犯を三人倒して、しかも夕方には大事故を防いだ。キミがどう思っていようが、善い行いはしてる」
善行。自分には縁遠い言葉だと思っていた。間違って手に入れてしまった力だが、それで救えたモノがあったなら……。
「浮かない顔だね」
「いえ、とにかく早く戻りたいなって思って……」
「ふふ、キミは本当にリアリストだな。心配ない、こっちでも少しは調べてみるとしよう。まさかパラサイトを取り除く方法がない、なんて事はないだろうし」
シマヨシさんに頼りっぱなしになってしまう事に罪悪感を覚え、俺は目を伏せる。だが、当のシマヨシさんは相変わらず明るい声色で続ける。
「大丈夫、何とかするよ。だからキミは、安心して高校生活を続けなさい。ごほっ、ちょっと失礼」
それまで話し続けていた彼は、口を抑えて少し咳き込み、懐から錠剤を取り出して飲み込む。少し心配になって見つめていると、シマヨシさんは微笑んだ。
「心配ないよ。きっとキミは良くなるから……だから、高校ではあまりハメを外し過ぎないように」
シマヨシさんが悪戯っぽくウィンクするのと同時に、俺の頼んだハンバーグが運ばれて来た。
◆
「つまり、えーと……ロイドモードだと?」
(オイルがフルチャージなら、15分はもちます。今の燃料量だと、あと10分です)
「成程な」
家に帰り、誰もいない自室にこもると、俺はまず自分の身体の把握を開始した。これが夢なら覚めれば終わるが、残念ながら現実だ。自分の事なら理解しなければならない。
「……本当に旧型っぽい燃費の悪さだな。酷いもんだ」
(ご主人様がエンジンを摂取すれば、燃費は改良され、馬力も上がりますよ)
「エンジンを摂取?」
(はい、エンジンです。トラック、乗用車、バイク。それらの原動力となる内燃機関の総称です。なんと航空用エンジンも使えるんですよ!)
「はあ……?」
いまいち規模の掴めない話だ。俺はノートにそれらの情報を書き記しながら、懸命に理解に努める。
「つまり、その辺を走ってる車のエンジンを取って来たら、今すぐにでも燃費が上がるってのか?」
(はい。ですが、そのエンジンが生み出すパワーにご主人様自身が耐えられない恐れがあります。まずは小さく、弱いものから摂取していきましょう)
「ふーん……」
いきなり強いエンジンを取り込むと俺の身体が耐えられないという事か。
(ジャンクヤードにある廃棄エンジンなどでも構いませんよ。ああいったエンジンは弱り切っています)
「そうか……まあそう長くお前と付き合うつもりはないし、そんなエンジンでも構わないな」
(そう仰らずに。離れたら恋しくなりますよ)
「ははは、笑えるジョーク」
言いながら、俺はベッドに寝転んだ。部屋の明かりも消さずに目を瞑ると、濁流のように疲れと眠気が押し寄せ、あっという間に眠りがやってきた。
(おやすみなさい、ご主人様)
意識が途切れる直前に、そんな声が聞こえた気がした。
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