チュヴィン

もり ひろし

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第2章 鳥や動物たちの時代

02話 万能のコミュニケーション能力の限界

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 今年の夏は暑かった。今日は飼育係の仕事を先生に任せて、和寿は母の郷里の姉の家に来ていた。犬が出迎えてくれた。名前はチイ。名前の通り、小さな3歳のオスのポメラニアンだった。尻尾をあらん限りの力で小刻みに振っている。
「遊ぼう。遊ぼう」
と言っている。しまいには二本足で立ちあがって、和寿の足に絡みついてきた。和寿はかがんでチイと目線を合わせた。すると鼻の先をペロッと舐められてしまった。なんてかわいいのだろう。ここでも和寿は歓迎されていた。動物たちにとって和寿は、より深く語るに足る存在なのだ。チイは和寿に相談した。
「ご飯をもっと食べたいのだけれど、僕のご主人がよそってくれないんだ。体が大きくなるのがいやなんだって。これじゃあ栄養失調になっちゃうよ。ご主人は勘違いしている。体が小さいか大きいかは遺伝子によってきまっている。僕の母親は大きかった。残念ながら僕は大きくなる運命なのさ。小食にしたからって小さくなるわけじゃない。そう思いこんじゃっているんだ」
と言った。話せたからって大人には通じないこともあるんだな。
「あとでおばさんに言っておくよ」
チイは安心した。あとは遊んでもらおうと思って和寿に必死に食らいついた。チイは、ご主人とは違った遊びをしようと考えていた。いつもとは違うコマンドを待った。例えば今新聞屋さんが配達に来たようだ。和寿は「新聞持ってきて」と言った。チイは和寿が新聞を読みたいのだなと思ったので玄関に行って新聞を器用にたたんでくわえて持ってきた。和寿は褒めてくれた。これでひとつ新しい遊びの完成だ。和寿は母の姉に「新聞」というコマンドを犬に与えてやってください。新聞を持ってきてくれますよと教えた。その他にもいろいろな遊びをした。チイは生き生きとしていた。
「ねえ、ねえ、いつまでいるの」
チイが尋ねた
「日帰りだからもうすぐ帰らなきゃ」
「そんなに早く?」
「僕の都合では動けないんだ。ごめんよ」
「うん。分かっているよ。また今度だね。楽しみにしておくね」
「うん。僕も楽しみさ」
別れの時が来た。犬という生き物には、切なさというイメージがぬぐえない。犬にとって楽しい出来事はすぐに終わってしまう。それだけ出来事に集中しているからだ。楽しい出来事の後のお別れの切なさ。
「クーン」
とチイは鳴いた。
「そんなに悲しくないよ。また会えるんだから」
「チイちゃんまた遊んでもらおうね」
母の姉が言った。しばしの別れだ。和寿は
「またねと言った」
チイちゃんはまたしても鼻を鳴らした。
「あっ。おばちゃん。チイちゃんのご飯、満足するまで食べさせてあげてね」
「えっ、ええ、(ちょっと戸惑ったが)あなたが言うなら食べさせるは」



 和寿が家に帰ったのは午後5時くらいだ。和寿はチュヴィンを呼んだ。
「ご主人、きょうはお出かけだったようで」

「ああ。母さん姉妹の顔合わせさ」
そこにチイちゃんていうポメラニアンの子がいるんだけど、いくら人と犬が話せると言ったって通じ合うことができない場合もあるんだなと思ったんだ」
「それはいい勉強になりましたね。その通りです。万能のコミュニケーション能力も完全じゃありません。そもそもコミュニケーションとはそういうものです。ご主人のように才能がある方は心から相手を理解しようと試みるのですが。試みない人との差は歴然としています」
「いくら鳥や動物たちの時代がきたと言ってもそううまくは参りません。個々の動物の希望は人間を説得するという難題に阻まれています。ご主人は今日いくつか説得されたようですが、ご主人が全ての説得を行うことはできません。完全に平和なのはご主人の周りだけとなります。まあ封印を開放して人類の脅威が去っただけでも良しとしなくちゃならないのかもしれませんね」

「今日もお飛びになりますか。何かいい考えが思い浮かぶかもしれませんよ」
「もう遅いけどいいのかい」
「どうぞ。夏だからまだまだ明るいですし」
「じゃあそうするね」
和寿はチュヴィンの背中を撫でた。メキメキメキと音が轟く。和寿は一瞬のうちに背丈を縮めた。そしてチュヴィンに乗った。空の上は気持ちよかった。風で汗が引いていく。本当にいい考えが浮かびそうだ。でもそんな気持ちになっただけでいい考えまでは浮かばなかった。」

「僕の一番そばにいる鳥、文鳥のブンちゃんにも聞いてみるよ」
「それはいい考えです。今日。空を飛んだ甲斐がありましたね」
「じゃあ早速そうするよ」
和寿はチュヴィンを下りて再びチュヴィンの背を撫でるとシュ~~~ンと音が轟き一瞬で等身大の和寿に戻った。
「今日もありがとうチュヴィン」
「お安い御用で」
チュヴィンは去って行った。



 和寿は早速、紳吉おじいさんを呼んで、飼い鳥である文鳥のブンちゃんに聞いてみた
「ブンちゃんは、今、幸せかい」
「うん、おじいさんのような話し相手がいるし、困ったことがあれば和寿坊ちゃんに聞けばいいし。何も問題はありません」
「こういうことかもしれないよ。万能のコミュニケーション能力の限界とは、ただ人が思いやりをもって会話すれば飛び越えられるものなのかもしれないねえ」
紳吉おじいさんが言った。
「そうだね。でも、それには、どうすればいいのだろう。万能のコミュニケーション能力獲得の前後を知っていれば、それがいかにすごいことかを知って、鳥や動物の言うことを真摯に受け止めるかもね。でも我々人間は時を操作できるわけでもないしね」
「そうです坊っちゃん時を操作しちゃいましょう。人間の大人をいったん、皆で無視するのです。我々鳥や動物と話ができない状態を作り出すのです。疑似的な会話の遮断ですが、特定の効果はあるはずです。早速行いましょう。我々のネットワークは広いし、それこそ万能なので、効果が出るまで人間の大人を無視し続けるのはたやすいことです。そうしましょう。何だか、すねた子どもみたいだけど、やる価値はあります。これを『話さない作戦』としておきましょう」
ブンちゃんが言った。
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