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第1章 100の仲間たち

05話 チュヴィン、時を待つ

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 チュヴィンの生涯の記憶は、巣からドスンと落っこちた事に始まった。あまりにお腹がすいたので、巣の縁に体を乗り上げてお父さんお母さんを待っていた。すると巣から落ちたのだ。初めは何が起きたのかわからなかった。しかし次第に自分に何が起きたのかを客観的に把握して、べそをかいて鳴いた。そんなチュヴィンの声を聞きつけたご主人はチュヴィンを助けるべく動物病院につれて行った。そして一命をとりとめ、育ててもらった。御主人はまるで鳥のことを熟知しているように思えた。そして今に至るのである。ご主人は命の恩人だった。

 巣立ち前のご主人が留守のおりには、こっそり、お父さんお母さんスズメもチュヴィンの元を訪れた。その時、しきりに、両親はあなたは特別な生まれだと言った。なんでも貴族の血を引いているのだとか。そしてあなたには特別な能力が備わっている事を告げられたっけ。その能力は一人の人間に、鳥や動物などの言葉を理解させる魔法のようなものだった。術はひとりだけに有効で一度行ったら取り消しはできないという。そう失敗という事があるのだ。そう人間の方にも素質が求められた。人間が何を始めるか鳥や動物にはいとも簡単にわかるものだが人間には我々のことはまったくわからない。術を素質のある人間に使えばこの一方通行のコミュニケーションを双方向とすることができるのだという。失敗はそのまま次の代でつぐなわなければならないのだ。それを達成できないと不吉なことがおきるとされていた。そこで、チュヴィンはまよわず命の恩人であり自分のことをよく知っているご主人を素質ありと判断して術を使った。ご主人様がどんな運命を背負わなければならないかも半ば知っていたのだがチュヴィンは切羽詰まっていた。考えうる限りではご主人が一番頼りになる。

 術は簡単だった。術をかけたい人間に向かって意識的に話しかければそれで済んだ。チュヴィンは巣立ちの時にご主人に意識的に話しかけたのだ。そしてチュヴィンのもくろみ通りご主人には素質があったのである。術は有効利用された。ご主人は始め空耳だと思ったろう。しかし運命の歯車は回り始めたのだ。



 チュヴィンはご主人に呼ばれたらいつでもすぐに現れた。そしてご主人に早速質問を受けた。
「この前ハクセキレイのハクちゃんに背中に乗せてもらったよ。なぜ君と能力が重なるんだい」
「ハクセキレイというやつは好奇心が強くて、なんにでも首を突っ込みたがるんだ。僕の能力を知ったら早速俺にもやらせてくれと聞かないんだ。そこで背中に僕と同じ仕掛けを作ってやったのさ。どうだった乗り心地は」
「チュヴィンより速かったけどジェットコースターみたいで長く乗っていると酔いそうなんだ」
「そうだろうと思う。あいつの飛び方は特殊だからね。ハクちゃんと僕は敵対関係ではなくて縄張りがかぶっているのさ。だから友達になって色々情報交換しているんだ」

「スズメの友達は?」
「この前ご主人の手のひらの上に一緒に乗ったのは特別仲のいい友達さ。皆、今年生まれの精鋭でね」
「一番体が大きいのがネイネイさん。一番体が小さいのがカリカリさん。年の割にネクタイが黒いのがマテマテさんさ。僕ら4羽はいつも行動を共にしているよ。あと十羽くらいはいつもそばにいるかな」

「それからクラスのペットとも仲良くなったんだ。ウサギの、ピョンちゃんにピーター、それからハムスターのミッキーとよく話した」
そしてこれからもっと友達の輪は広がっていくだろうことを告げた。
チュヴィンは自分の能力が有効利用されているのを喜び、改めてご主人によく仕えようと心を決めた。



 しかしこの能力の本当の使いみちは、ただ、ご主人の願望を満たして終わりということでは無いのだ。ならば本当の使いみちを未来に求めなければならない。それをチュヴィンは知っていた。なぜならチュヴィンは特別なスズメだったから。人間は呪われているのだ。太古の時代にとある魔女が封印した人間の失ってはならない能力を開放しなければならない。そうスズメの昔話には伝えられている。この昔話はチュヴィンの家系に代々伝えられてきたものだ。チュヴィンは父母から口承の昔話を伝えられていた。

 チュヴィンはスズメたちの昔話に伝わるある冒険の話をご主人にしようと思った。それは人間をこの世界から救う冒険の話だ。人間だけがこの世界ではコミュニケーション不全に陥っている。鳥や他の動物たちとは切り離されている。同種族の中でさえ通じないこともしばしば。そして争いに明け暮れている。そしてこれが当たり前の人生だと思っている。違うのに! もちろん敵はどんな動物にもいるもんだがコミュニケーションは取れている。これを今ご主人に言うべきか。いやまだ早いだろう。ご主人は今仲間を募っている最中だ。まだ仲間が足りない。ご主人の選ばれてしまった運命の受け入れもそう簡単にはいかないだろう。チュヴィンは時を待った。
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