犬と歩けば!

もり ひろし

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第03章 ヒロちゃん

08話 自由を学ぶヒメちゃん

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 ヒロちゃんは愛犬の名前を考えた。そしてそのポメラニアンには「ヒメ」と言う名がつけられた。それは、お姫さまのように大切に育てるんだという決意の表れだった。「かぐや姫」だとか「おやゆび姫」のヒメだ。ヒメはこれまで悪徳ブリーダーの繁殖に利用され、狭いケージの中で自由がなかった。これからはヒロちゃんが、ヒメの自由を保障してあげなくてはならない。しかしヒメは、自由ということが、どんなことなのかさえ知らない。ヒメには、そこから教えてあげなくてはならなかった。

 ヒロちゃんは、ヒメが何をしたって褒めてあげることからスタートした。まず、自分で自分の行為を受け入れてあげるということが、気持ちの良いことだという経験が必要だとヒロちゃんは思った。とりあえずはトイレを教えた。でも初めは分からない。だからトイレじゃない所におしっこをする。でも褒めた。ところが褒めてあげても困ったような表情をするだけだった。しかしやがて、トイレは決まったところにするもんだとヒメは学んでいった。これまで悲しいかな人間の言うことが唯一絶対だったので、ヒロちゃんの言うことはよく理解してくれるのだが、でもそれはあくまで命令としてだった。お互いの利益なんて思いもよらない。

 やがてヒメは、ヒロちゃんのいうことを聞くと、褒めてくれるのが分かった。人間は褒めてくれる存在なのだという体験を、ヒメにはしてもらう。ヒメはそれを次第に喜ぶようになっていった。やがてヒロちゃんを好きになり、べっとりと付き添うようになっていった。そしてヒロちゃんが母さんに叱られている時も、盾となってヒロちゃんを守ろうとした。
「ヒメ! 今はぼくが悪いのさ。そこまでしなくてもいいよ」
と言うとすごすごと身を後ろに引いて行った。話せばすぐに理解してくれる。ヒロちゃんは歓喜した。こんな賢い犬はほかにいないぞと言うわけだ。

 散歩会にもヒメはすぐになじんだ。初めは他の犬を怖がっていたけれど、仕方なく受け入れたらしい。しょうがないさ、ヒメにはこれまでどんな自分の選択肢もなかったんだから。人間が与える選択肢が唯一だったのだから。初めはどうだっていいさ、とヒロちゃんは考えた。やがて本物の仲間になってくれれば、それでいいのだから。
 たえ子ちゃんの家のサムがヒメのお尻の匂いを嗅ぎに行っても、ヒメがお返しに匂いを嗅ぐことはなかった。それでもサムは、仲間として受け入れてくれたようだ。寺本の家のロロもさとしの家のユキも同様だった。

 さとしが聞いた
「なんでヒメって名にしたんだ」
「これからはお姫さまのように幸せになってくれないと困るからさ」
「なるほどね。ヒロちゃんらしいや」
日呂志おじさんを含む男三人が答えた。
たえ子ちゃんが言った
「ヒロちゃん優しいのね」
ヒロちゃんは照れて赤くなり、二の句が継げなかった。男三人は何も言わなかった。今、この男三人の中では、ヒロちゃんの思いを、温かい気持ちで見守っていくと決めていたのだったから。ヒロちゃんの思い「たえ子ちゃんが好き」という思いは、バレバレだったのだが。

                                   つづく
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