犬と歩けば!

もり ひろし

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第03章 ヒロちゃん

05話 ヒロちゃんの才

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 梅雨空で雨が降っていた。散歩会で、今日も一日がスタートする。たえ子ちゃんは、おそろいのレインコートを着たサムを連れて、いつものようにヒロちゃんの家を訪ねた。するとヒロちゃんのお母さん出て来た。
「おはようございます」
そこへさとしと日呂志おじさんとユキもそろって訪れた。ユキは高い声で「クーン」と鳴いて喉を震わせた。
「おはようございます」
するとヒロちゃんのお母さんは
「ひろゆきは、今日は、行かないって。なんだか学校もお休みするみたい。珍しく。何かあったのかね、あまり親にも話さない子だから」
と言った。ヒロちゃんの両親は、無茶をすること以外、すべて子どもの自主性に任せていたので無理やり学校に行かせるようなこともしない。
さとしと日呂志おじさんは察していた。あのうわさ話のことだ。
「分かりました。あとでひろゆき君には電話するからと伝えておいてください」
と日呂志おじさんは言った。おじさんは行きがかり上、ヒロちゃんのことに責任を感じていた。
 ヒロちゃんに、「うわさ話は自然消滅するから、その間ちょっとだけの辛抱だ、その間苦しくなったら散歩会のメンバーに相談するといい」と言ったのは日呂志おじさんだったからだ。結果、うわさ話はなかなかおさまらず、ヒロちゃんは優し過ぎたので、友達にも相談できなかった。いつでも、自分のことはみんなより後回しというわけだ。日呂志おじさんはとりあえず「友達とはこういう時のためにあるものだ。普段、人に見せない弱みなどを共有して、他人には言えないことでも相談できるからこそ友達なんだ。何も遠慮することはないんだ」とヒロちゃんを説得するつもりだった。

 さて日呂志おじさんはさとしが学校に行ったのでいつもの通り寝たが、ふと今日はヒロちゃんのために時間を使おうと思い、起きた。朝の時点では電話にしようと思っていたのだが、はす向かいの家に真面目な話を電話でするというのも何だか変だ。そこでヒロちゃんの家を訪ねた。日呂志おじさんはヒロちゃんの家の玄関のチャイムを鳴らす。ヒロちゃんのお母さんが出た。
「あらわざわざ訪ねてくださったのね。どうぞどうぞ」
日呂志おじさんは、ヒロちゃんの二階の部屋に案内されると、ドアの前で少しかしこまった。おれが一番の適任者だよな、と改めて思い直してドアをノックする。
「ヒロちゃん起きてるか、日呂志おじさんだ。君に話したいことがある」
と言うと、あっさりヒロちゃんはドアを開けた。
「こんにちは」
とヒロちゃんが答えた。元気そうだ。これなら明日にでも復活するだろうと思ったが、せっかく訪れたのだからと、ヒロちゃんが悩んでいそうなあの話を、改めて話すことにした。
「なかなかあのうわさ話引かないんだってな」
「ええでもいいんです。よくよく考えたら、自分が招いたことでもあるんだし、もうなるようにしか成らないと思って、ほっておこうと思います。ただ、たえ子ちゃんに迷惑が掛からないように、そこだけは気をつけようと思います。これが難しいのですが」
日呂志おじさんは一呼吸おいて、優しく
「それは間違っているよ」
と言った。同じく優しく
「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。と書いたアメリカの作家がいた。君は大きな優しさは持っている。これは天賦の才てんぷのさいだ。しかしそれに見合うような大きな強さが備わっていない。君はまだ成長途中だ。きっと大人になればそのやさしさにつり合うだけの強さが身につくだろう。でも今の君の強さはまだまだ弱い。そこで友達の登場だ。何でも話せばいい。たとえ解決しなくても、話すだけで救われることもある。そして、たえ子ちゃんに君は迷惑をかけていると言う。実際そう考えることもできるだろう。しかしたえ子はそう思ってないかもしれない。君が君にそう言い聞かせているだけなのかもしれない。冷静になってたえ子ちゃんに聞いてみるがいい。おじさんが言いたいのはそれだけだ」
と日呂志おじさんは言った。
するとヒロちゃんが
「ぼくの悩みはこの前に散歩会で話した事が全てだよ。確かに心が軽くなりました。でもたえ子ちゃんにはまだ何も聞いていない。今度、勇気をもって聞いてみます。本当にありがとうございます。おじさんの言葉には重みがあるなぁ」
とヒロちゃんは笑った

 日呂志おじさんは改めてヒロちゃんのことを本当に優しい子なんだなと思った。他人が信じられないのではない。むしろ大切に思っている。だから自分のことは少ししか話さない。最後の最後まで他人に気を使っている。

                                   つづく
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