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06話 弟子の決心

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 弟子は、自分のファンタジー小説を書かないときは、本場、西洋のファンタジー小説を読みあさっていた。日本のファンタジー小説と言うと歴史が浅い。最近ではとかくテレビゲームの世界観を背景に持って、主人公が冒険するというものが非常に多い。そして、壮大なストーリーを持つ。それらは中高生から20代の青年をターゲットとしていてライトノベルと呼ばれる分野の多くを占める。弟子の作品は壮大とはいえなかった。彼はもっと身近なところにファンタジーの世界を見ていた。

 お師匠様はライトノベルに夢中だ。最近、流行っているそれらライトノベルを読みあさり、その傾向をつかむと、自身の作品に反映した。しかし何かが上手く行ってない。それは弟子にもわかる。たぶん設定がご都合主義になっているからだと思う。それでも、お師匠様は、時に、これはまだ誰もやったことがないだろう展開を思いつくと、ほくそ笑んで自分の小説に採用し、これぞ最先端と満足げに出版社に送り付けた。出版社は困っていた。お師匠様には今まで通りに純文学を書いてくれればいいのに、ライトノベルに気が狂っている。どうやって、いつもの通り純文学を書くように説得するかが編集者の悩みだった。

 でも弟子は無暗に自分を主張したりせず、お師匠様の話を優しく聞いてあげていた。お師匠様がファンタジー小説を語る時は熱かった。それを見ていると闇雲に批判することはどうしてもできなかった。お師匠様は大真面目に取り組んでいるのだ。弟子も編集者もお師匠様の場合は今まで純文学畑で一生懸命がんばってきた人間の反動だろうと思っていた。なら、ファンタジーにも、じきに飽きるだろうと気楽に思っていた。



 ところでこの頃お師匠様に誘われていく、あの小人になって鳥と話すという不思議な世界に行く機会が増えてきた。お師匠様がライトノベルの着想を得たいと思った時にはいつもつき合わせられる。いやこれは望ましいことかもしれない。弟子もファンタジーのイメージが欲しくなる時があるのだから。
とにかくお師匠様は
「今日は鳥の背に乗ろう」
としきりに誘った。

「鳥の祖先は恐竜だ。我々が小びとになって鳥と飛ぶという事は恐竜に乗って空を飛ぶという事と同義だ」
とお師匠様が言った。何もそんな大げさなと思ったが、お師匠様のライトノベルでは恐竜に乗って空を飛ぶシーンがあるらしい。しかし弟子にとっても有意義な体験だった。弟子のファンタジー小説には、正にそのものずばり、自分が小びととなって鳥の背に乗るシーンがあった。こんなシーンを実際に試すことができるなんて、何と言う贅沢か。

 お師匠様と弟子は転生した。いつもの通り気を失ったが無事だ。お師匠様はすずめにチュビーノに乗った。弟子はハクセキレイのハクちゃんに乗って空を飛んだ。
「お弟子さん乗り心地はいかがですか」
とハクちゃんは弟子に尋ねた。
「波状飛行というのが最初はびっくりしたんだけれど、すこぶる気持ちいいよ。ジェットコースターに乗ているみたいでさ」
「それはよかった。気持ち悪くなるようなら元も子もないと思ったんです」

 お師匠様もスズメのチュビ―ノに乗ってエンジョイしていた。そしてスズメの背中に顔をうずめて鳥の香りを楽しんでいるようだ。弟子も真似をしてハクセキレイの背に顔をうずめてみた。なんという芳ばしい香りがするのだろう弟子は一挙に鳥が好きになった。

 弟子はある決心がついた。
「お師匠様。わたしはしばらく小びとになって生活してみます」
とお師匠様に言った。するとお師匠様は
「原稿の締め切りはどうするんだよ。今ではお前も出世してファンタジー作家だ」
「それには間に合うように帰ります。今では、ここでの生活がわたしにとって、何よりも大切なんです」
といった。お師匠さんは言った。
「気をつけるのだぞ。何が起こるか分からないのだぞ」
ハクちゃんも言った
「ぼくもできるだけのことをするけど、本当に何が起こるか分からないですよ」
「うん、わかっている。全部自己責任ということでいいよ。このファンタジー世界での生活で、ぼくは生まれ代われるように思うんだ」
弟子は一段高い位置から自分の小説の行く末を考えていたのだ。
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