赤信号が変わるまで

いちどめし

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第六話

懺悔と独白⑤

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 合わせる顔がない。
 思わせぶりな台詞の意味を、ウラマチさんは説明する気もないようだった。

「話さなければいけないことって、何でしょうか」

「なんと言いますか、ね。私に、悪霊を退治する力がなかったことを、お詫びしたかった。ひとえにそういうことでしょうか」

 ハルヒコさんと話している時の姿からは想像もつかない、自信なさげなウラマチさん。
 それが彼氏さんやハルヒコさんの姿と重なって、わたしの中に親近感らしきものを産み落とした。

「そのおかげで、わたしも退治されずに済んだんですよね。わたしにとっては、良いことですよ。まだ、成仏する気はありませんから」

 わたしの言葉で、しわの深い横顔が脱力したように笑った。その時、

「どうしたんですか、ウラマチさん」

 タクシーのドアが開き、丈の低い背中にハルヒコさんが声をかける。ウラマチさんは制帽で目元を隠すと、振り向いて苦笑した。

「ああ、すまない。ペットボトルはどこに捨てれば良かったのかな」

「ここには空き缶用しか、ごみ箱はありませんよ」

 ウラマチさんが自動販売機に向き直りながら「なんだ、そうか」と大声で言うと、ハルヒコさんは不審がるように首を傾げながらドアを閉めた。

 やっぱり、ハルヒコさんにはわたしの姿が見えていない。

「さて、そろそろ戻らなければモモイくんに叱られてしまう」

 気楽な口調に、わたしもウラマチさんが浮かべているのと同じ、苦笑いで対応した。

「最後に一つ、質問を良いかな」

 こちらを向いたウラマチさんの目元は、帽子の陰になったまま。
 うつむき加減になり、意図的に顔を隠しているように見える。

 合わせる顔がない。
 あれは、どういう意味だったのだろう。

「なんでしょうか」

 腰を曲げて、うつむいた顔に微笑みかけた。
 ウラマチさんは少しだけ驚いて細い目を小さく見開くと、咳払いをして制帽のつばに触れた。

 ウラマチさーん。タクシーの中から、ハルヒコさんの呼ぶ声が漏れてくる。

「モモイくんや、タクシーに乗せたお客さんの話を聞く限り、今回の事件の発端は、悪霊がカップルのデートを邪魔したことだった、と私は判断しているんですけどね。あれは、いったい、どうしてそんなことが起こったのでしょうかね。今まで、悪霊は大人しくしているようだったのに」

 冗長に、それでもひそひそ声で。
 ウラマチさんの質問は、今までに、当事者である彼氏さんにすらされたことのない重大な質問だった。

 そしてそれは、当事者ではないウラマチさんにだからこそ、明かすことのできる真実だった。

「わたし、彼氏さんがーーえっと、男の人の方が、恋人にプロポーズをしているところを見ていたんですよね」

 タクシーのドアが開き、ハルヒコさんが顔を覗かせる。

「そうしたら、あの子が突然二人の前に出て行って、言ったんです」

 彼氏さんや彼女さんに、はっきりと聞き取ることができたのかは分からないけれど、わたしの耳には今もはっきりと残っている、あの子の言葉。

「おねえちゃんを悲しませるな、って」

 だから、彼氏さんのプロポーズが失敗してしまったのはわたしのせい。
 わたしがいなければ、そもそもあの子が彼らの邪魔をすることはなかったのだから。

「わたしが二人のことを羨ましそうに見ているのが、きっと、あの子には分かってたんですね」

 わたしが言い終わると、ウラマチさんは深く頭を下げ、やはり帽子で目元を陰にしたまま、駆け足でタクシーに乗り込んだ。
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