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第六話
静色の花束①
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彼氏さんの車が、自動販売機の前に停まった。
泣き腫らしたあの日から、まだ何日も経っていない。
姿を消していたわたしは困惑しながらも近寄って行き、自動販売機側から車内の様子をうかがった。
誰かと一緒に来たのだろうかとも思ったのだけれど、助手席に人影はない。
またわたしに会いに来てくれたのだと自分に言い聞かせ、車を降りた彼氏さんに波長を合わせた。
「こんばんは」
間に車を挟んだまま、しかも背中に声をかけたのは、彼がわたしに会いたがっているのだという確信が持てなかったから。
声に気づいた彼氏さんが振り向くのを見ながら、不安に身が縮んだ。
「こんばんは」
返って来たのは、なんでもない夜の挨拶。
穏やかで優しげな彼氏さんの表情に、わたしはほっとするでもなく固まってしまっていた。
そんな姿を見かねたのか、彼氏さんはわたしの傍までゆっくりと歩み寄ると、再びこんばんは、と言って笑顔を見せた。
これにはさすがに、こちらもこんばんは、と返し、笑顔を見せる他になかった。
何のこともなく訪れることになった再会の時。
普段と変わらない彼氏さんは、普段とは違って、なんだか頼もしく見える。
ぱり、と小さな音が聞こえたので目をやると、彼氏さんの腕には花束が抱えられていた。
音を鳴らしたのはセロファンの包装紙であったらしい。
さっきまでは車に隠れていて気づかなかったけれど、トルコ桔梗やリンドウを主役にした、紫色の多い落ち着いた印象の花束だった。
「また来てくれるなんて」
もしかして、わたしへのプレゼントだろうか。
意外な気持ちを口にしながら、照れくさい予感に肩をすくめる。
「どうして。もう来ないなんて言いましたっけ」
「言ってませんでしたよ」
後ろ手を組みながら、おどけるように言い返した。
良い関係の、他愛のない会話。
幸せな空気を感じ、わたしは今更のように喜びを実感していた。
「今日は、この花束を渡そうと思って」
いきなり緊張した面持ちになる彼氏さん。
ほら、やっぱり。
照れくささと嬉しさとが混ざり合って、今にも爆発してしまいそう。
「ふぅん。いったい、誰に」
とぼけてみせたのは、必死の思いの照れ隠し。
「決まってるじゃないですか。幽霊さんに、ですよ。他に誰がいるっていうんですか」
分かりきっていた答えに、全身が震えた。
いったいどういう風の吹き回しだろう。
この間、あんなに気まずく別れたはずなのに、今夜は突然花束だなんて。
今一度、花束に目を向けた。
紫色の花の中で、強く存在感を発揮する赤い千日紅。
少し不器用な見た目ではあるけれど、自動販売機の明かりにはっきりと照らし出された花々は、その美しい色合いでわたしの気持ちを浮つかせる。
「どうして花束なんか?」
花束に目を奪われながらも、ちらりと彼氏さんを見上げた。
「ああ、それは、ですね」
緊張のせいだろう。
見開かれた瞼の中で、彼氏さんの目がわたしの視線から逃げたり、くっついたりを繰り返している。
返答を待っているだけでも、はずかしくて。
言葉に詰まる姿が、微笑ましくて。
期待するほどに、じれったくて。
この状況の全てに、どきどきする。
そう。
この雰囲気は、気持ちは、まるで、
「お供えですよ」
まるで、突き放されるかのような感覚だった。
泣き腫らしたあの日から、まだ何日も経っていない。
姿を消していたわたしは困惑しながらも近寄って行き、自動販売機側から車内の様子をうかがった。
誰かと一緒に来たのだろうかとも思ったのだけれど、助手席に人影はない。
またわたしに会いに来てくれたのだと自分に言い聞かせ、車を降りた彼氏さんに波長を合わせた。
「こんばんは」
間に車を挟んだまま、しかも背中に声をかけたのは、彼がわたしに会いたがっているのだという確信が持てなかったから。
声に気づいた彼氏さんが振り向くのを見ながら、不安に身が縮んだ。
「こんばんは」
返って来たのは、なんでもない夜の挨拶。
穏やかで優しげな彼氏さんの表情に、わたしはほっとするでもなく固まってしまっていた。
そんな姿を見かねたのか、彼氏さんはわたしの傍までゆっくりと歩み寄ると、再びこんばんは、と言って笑顔を見せた。
これにはさすがに、こちらもこんばんは、と返し、笑顔を見せる他になかった。
何のこともなく訪れることになった再会の時。
普段と変わらない彼氏さんは、普段とは違って、なんだか頼もしく見える。
ぱり、と小さな音が聞こえたので目をやると、彼氏さんの腕には花束が抱えられていた。
音を鳴らしたのはセロファンの包装紙であったらしい。
さっきまでは車に隠れていて気づかなかったけれど、トルコ桔梗やリンドウを主役にした、紫色の多い落ち着いた印象の花束だった。
「また来てくれるなんて」
もしかして、わたしへのプレゼントだろうか。
意外な気持ちを口にしながら、照れくさい予感に肩をすくめる。
「どうして。もう来ないなんて言いましたっけ」
「言ってませんでしたよ」
後ろ手を組みながら、おどけるように言い返した。
良い関係の、他愛のない会話。
幸せな空気を感じ、わたしは今更のように喜びを実感していた。
「今日は、この花束を渡そうと思って」
いきなり緊張した面持ちになる彼氏さん。
ほら、やっぱり。
照れくささと嬉しさとが混ざり合って、今にも爆発してしまいそう。
「ふぅん。いったい、誰に」
とぼけてみせたのは、必死の思いの照れ隠し。
「決まってるじゃないですか。幽霊さんに、ですよ。他に誰がいるっていうんですか」
分かりきっていた答えに、全身が震えた。
いったいどういう風の吹き回しだろう。
この間、あんなに気まずく別れたはずなのに、今夜は突然花束だなんて。
今一度、花束に目を向けた。
紫色の花の中で、強く存在感を発揮する赤い千日紅。
少し不器用な見た目ではあるけれど、自動販売機の明かりにはっきりと照らし出された花々は、その美しい色合いでわたしの気持ちを浮つかせる。
「どうして花束なんか?」
花束に目を奪われながらも、ちらりと彼氏さんを見上げた。
「ああ、それは、ですね」
緊張のせいだろう。
見開かれた瞼の中で、彼氏さんの目がわたしの視線から逃げたり、くっついたりを繰り返している。
返答を待っているだけでも、はずかしくて。
言葉に詰まる姿が、微笑ましくて。
期待するほどに、じれったくて。
この状況の全てに、どきどきする。
そう。
この雰囲気は、気持ちは、まるで、
「お供えですよ」
まるで、突き放されるかのような感覚だった。
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