35 / 45
第六話
静色の花束①
しおりを挟む
彼氏さんの車が、自動販売機の前に停まった。
泣き腫らしたあの日から、まだ何日も経っていない。
姿を消していたわたしは困惑しながらも近寄って行き、自動販売機側から車内の様子をうかがった。
誰かと一緒に来たのだろうかとも思ったのだけれど、助手席に人影はない。
またわたしに会いに来てくれたのだと自分に言い聞かせ、車を降りた彼氏さんに波長を合わせた。
「こんばんは」
間に車を挟んだまま、しかも背中に声をかけたのは、彼がわたしに会いたがっているのだという確信が持てなかったから。
声に気づいた彼氏さんが振り向くのを見ながら、不安に身が縮んだ。
「こんばんは」
返って来たのは、なんでもない夜の挨拶。
穏やかで優しげな彼氏さんの表情に、わたしはほっとするでもなく固まってしまっていた。
そんな姿を見かねたのか、彼氏さんはわたしの傍までゆっくりと歩み寄ると、再びこんばんは、と言って笑顔を見せた。
これにはさすがに、こちらもこんばんは、と返し、笑顔を見せる他になかった。
何のこともなく訪れることになった再会の時。
普段と変わらない彼氏さんは、普段とは違って、なんだか頼もしく見える。
ぱり、と小さな音が聞こえたので目をやると、彼氏さんの腕には花束が抱えられていた。
音を鳴らしたのはセロファンの包装紙であったらしい。
さっきまでは車に隠れていて気づかなかったけれど、トルコ桔梗やリンドウを主役にした、紫色の多い落ち着いた印象の花束だった。
「また来てくれるなんて」
もしかして、わたしへのプレゼントだろうか。
意外な気持ちを口にしながら、照れくさい予感に肩をすくめる。
「どうして。もう来ないなんて言いましたっけ」
「言ってませんでしたよ」
後ろ手を組みながら、おどけるように言い返した。
良い関係の、他愛のない会話。
幸せな空気を感じ、わたしは今更のように喜びを実感していた。
「今日は、この花束を渡そうと思って」
いきなり緊張した面持ちになる彼氏さん。
ほら、やっぱり。
照れくささと嬉しさとが混ざり合って、今にも爆発してしまいそう。
「ふぅん。いったい、誰に」
とぼけてみせたのは、必死の思いの照れ隠し。
「決まってるじゃないですか。幽霊さんに、ですよ。他に誰がいるっていうんですか」
分かりきっていた答えに、全身が震えた。
いったいどういう風の吹き回しだろう。
この間、あんなに気まずく別れたはずなのに、今夜は突然花束だなんて。
今一度、花束に目を向けた。
紫色の花の中で、強く存在感を発揮する赤い千日紅。
少し不器用な見た目ではあるけれど、自動販売機の明かりにはっきりと照らし出された花々は、その美しい色合いでわたしの気持ちを浮つかせる。
「どうして花束なんか?」
花束に目を奪われながらも、ちらりと彼氏さんを見上げた。
「ああ、それは、ですね」
緊張のせいだろう。
見開かれた瞼の中で、彼氏さんの目がわたしの視線から逃げたり、くっついたりを繰り返している。
返答を待っているだけでも、はずかしくて。
言葉に詰まる姿が、微笑ましくて。
期待するほどに、じれったくて。
この状況の全てに、どきどきする。
そう。
この雰囲気は、気持ちは、まるで、
「お供えですよ」
まるで、突き放されるかのような感覚だった。
泣き腫らしたあの日から、まだ何日も経っていない。
姿を消していたわたしは困惑しながらも近寄って行き、自動販売機側から車内の様子をうかがった。
誰かと一緒に来たのだろうかとも思ったのだけれど、助手席に人影はない。
またわたしに会いに来てくれたのだと自分に言い聞かせ、車を降りた彼氏さんに波長を合わせた。
「こんばんは」
間に車を挟んだまま、しかも背中に声をかけたのは、彼がわたしに会いたがっているのだという確信が持てなかったから。
声に気づいた彼氏さんが振り向くのを見ながら、不安に身が縮んだ。
「こんばんは」
返って来たのは、なんでもない夜の挨拶。
穏やかで優しげな彼氏さんの表情に、わたしはほっとするでもなく固まってしまっていた。
そんな姿を見かねたのか、彼氏さんはわたしの傍までゆっくりと歩み寄ると、再びこんばんは、と言って笑顔を見せた。
これにはさすがに、こちらもこんばんは、と返し、笑顔を見せる他になかった。
何のこともなく訪れることになった再会の時。
普段と変わらない彼氏さんは、普段とは違って、なんだか頼もしく見える。
ぱり、と小さな音が聞こえたので目をやると、彼氏さんの腕には花束が抱えられていた。
音を鳴らしたのはセロファンの包装紙であったらしい。
さっきまでは車に隠れていて気づかなかったけれど、トルコ桔梗やリンドウを主役にした、紫色の多い落ち着いた印象の花束だった。
「また来てくれるなんて」
もしかして、わたしへのプレゼントだろうか。
意外な気持ちを口にしながら、照れくさい予感に肩をすくめる。
「どうして。もう来ないなんて言いましたっけ」
「言ってませんでしたよ」
後ろ手を組みながら、おどけるように言い返した。
良い関係の、他愛のない会話。
幸せな空気を感じ、わたしは今更のように喜びを実感していた。
「今日は、この花束を渡そうと思って」
いきなり緊張した面持ちになる彼氏さん。
ほら、やっぱり。
照れくささと嬉しさとが混ざり合って、今にも爆発してしまいそう。
「ふぅん。いったい、誰に」
とぼけてみせたのは、必死の思いの照れ隠し。
「決まってるじゃないですか。幽霊さんに、ですよ。他に誰がいるっていうんですか」
分かりきっていた答えに、全身が震えた。
いったいどういう風の吹き回しだろう。
この間、あんなに気まずく別れたはずなのに、今夜は突然花束だなんて。
今一度、花束に目を向けた。
紫色の花の中で、強く存在感を発揮する赤い千日紅。
少し不器用な見た目ではあるけれど、自動販売機の明かりにはっきりと照らし出された花々は、その美しい色合いでわたしの気持ちを浮つかせる。
「どうして花束なんか?」
花束に目を奪われながらも、ちらりと彼氏さんを見上げた。
「ああ、それは、ですね」
緊張のせいだろう。
見開かれた瞼の中で、彼氏さんの目がわたしの視線から逃げたり、くっついたりを繰り返している。
返答を待っているだけでも、はずかしくて。
言葉に詰まる姿が、微笑ましくて。
期待するほどに、じれったくて。
この状況の全てに、どきどきする。
そう。
この雰囲気は、気持ちは、まるで、
「お供えですよ」
まるで、突き放されるかのような感覚だった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13

雨のち君
高翔星
恋愛
五月が終わろうとしている梅雨の時期。
これからの将来に対して不安と焦りが募る少年の前に
自称幽霊と名乗る少女が現れた。
雨は嫌いだった。
なのに
雨の日が待ち遠しくなっていた。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる