赤信号が変わるまで

いちどめし

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第三話 C side

喫茶店にて①

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 窓を前にした席で、短髪にポロシャツの男が小さく片手を上げた。
 今までに数えるほどしか会ったことがなかったけれど、チヒロには、喫茶店に入るなりすぐにそれが約束の人物であると分かった。

「こんにちは。待ちましたか」

 チヒロが向かいの席に着くと、男は飲みかけのグラスーーアイスココアだろうーーをわざとらしく見つめたまま、いや、とつぶやいた。
 細い目をした彼のそんな態度は、怒っているようにも、ふてくされているようにも見える。

「あのーー」

「何か、頼みますか」

 言葉を遮るようにして、男はメニュー表を差し出した。
 お冷を持って来た店員にホットコーヒーを注文して、チヒロは再度口を開く。

「あの、モモイさん。今日はわざわざ」

「構わないですよ。人から頼られるっていうのは、嫌いじゃあないですし」

 風に流されるように語尾を伸ばしてそう言い終わると、男は背中を丸めてストローをくわえ、チヒロのことを胡散臭そうに見上げながらちろちろとアイスココアを吸った。
 テーブルに置かれたままのグラスを支える右手が、いかにもふてぶてしい。
 けだるそうな彼の態度に、チヒロは不安を覚えた。

「モモイハルヒコさん、ですよね」

 フルネームを確認する。
 桃井晴彦。恋人の友人という、チヒロにとってはそれ以上でも以下でもない、他人の一言で片づいてしまうほどの人物ではある。

「そうですよ。何を今更。初対面じゃあないでしょう」

 それでも顔見知りであることに間違いはなく、チヒロは彼の人間性について最低限は把握しているつもりでいた。
 以前に少しだけ話したことのあるモモイという男は、せっかちではあるけれどはきはきとした物言いの、嫌味ではない程度に小憎たらしい青年であったはずだ。
 それが、

「なんか、前と雰囲気違いませんか」

 今、目の前にいる男は人の神経を逆なでするような、だらだらとして嫌悪感を抱かせる人物である。

 以前に会った彼がこんな人物だったのならば、チヒロはこうしてわざわざ約束をしてまで直接会おうとは思わなかったはずだ。

「そりゃあね、気心の知れたやつと話している時と、そうじゃない時とを比べれば多少は違いますよ」

「それにしたって」

 態度が悪いんじゃないですか。
 言いかけた言葉を嚥下しながら、チヒロは一気に水位を下げていくココアのグラスを睨みつける。
 モモイはココアを飲み終えると、今度は肘をついてストローをつまみ、残った氷をじゃりじゃりと突いた。
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