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第二話
二人の死霊 ③
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「茶化すなよ。いきなりお札なんて渡されて、困っただけさ」
お札。
彼氏さんが憮然として言い放ったその単語に、どきりとする。
「困るだって? 情けないことを言うなよ」
やはりドラマのワンシーンでも鑑賞するようにして二人のやりとりを眺めてしまっていたらしいわたしは、彼らがこの場所へやって来た目的に気づいて現実に引き戻された。
「本当なら、お前が一人でやっていたかも知れないんだ。いざとなったら、自分一人でも幽霊退治をするような気持ちでいてくれないと」
幽霊退治。はっきりとそう言った。
足元に突然穴が開いたかのような絶望感、喪失感。
幽霊であるわたしが微笑みながら見守ってきた彼氏さんにとって、今やわたしたち幽霊は退治すべき対象なのだ。
恐らく退治したがっている幽霊というのはわたしではなくーーなにしろ彼らがわたしの存在を知っているわけがないーー恋人どうしを引き裂いた少女のことであるのに違いないけれど、この二人にとっては彼女であろうとわたしであろうとそれは等しく霊であり、退治すべきものであることには変わりないのだろう。
わたしはずっと、彼と彼の恋人の幸せを願ってきたのに。
わたしは既に、彼氏さん、彼女さん、更にはその友達にとってさえも敵となってしまったのだ。
もはや悪霊の少女を探す気にはなれなかった。
今思えば、あの子はこの場所へやって来る二人の目的に感づいていたのだろう。
先ほど彼女が見せた嫌悪感の理由が分かり、わたしは打ちひしがれた心境の中で、妙に冷静な気持ちで納得していた。
彼氏さんとその友達が、幽霊退治の方法について何やら言い合っている。
聞き耳を立てていると、浅黒い肌の友達はハルヒコという名前であるらしいこと、二人が持って来たというお札は、ハルヒコと呼ばれた友達が用意したものであるらしいこと、また、呆れたことにと言うべきか拍子抜けしたことにと言うべきか、お札を用意した当人でさえ、その使い方を知らないのだということが分かった。
結局は目立たない場所に貼っておこうということになったようで、ハルヒコという男性は彼氏さんが不安そうにつまんでいたお札らしき紙をひったくると、空き缶用のゴミ箱を動かして自動販売機の側面、下の方にそれをビニールテープで貼りつけた。
ゴミ箱をもとの場所に戻してお札を隠すと、ハルヒコさんは少年のようなにやけ顔を見せ、その後ろに突っ立っていた彼氏さんは不安と安堵が入り混じったような、何とも言えない表情でゴミ箱をじっと見つめていた。
続いて、できることは何でもやっておこうということなのだろうか、ハルヒコさんは合掌して読経をし始める。
お札の使い方も知らずにやって来た割には自信ありげな友達の姿を、彼氏さんはただただ目で追うことしかできないようだった。
わたしは直前まで抱いていたはずの喪失感を忘れて、ハルヒコさんの正しいのか間違っているのかも分からない幽霊退治の作法を、あっけにとられて眺めていた。
除霊の方法が間違っているのか、退治しようとしている対象が違うせいなのか、もともとわたしにはこういった除霊が効かないのだということなのか、はたまた彼や彼の使ったお札自体には、何の力もないということなのか。
わたしの身体は消えてしまったりはせず、辛さやら安らぎやらを感じることもなく、それらしい現象を体感することはできない。
本当に退治なんてされてしまってはたまったものではない、とは思いながらも、こうして何も起こらないというのには、何だか屈折した物足りなさすら感じてしまう。
とりあえず、この二人はわたしにとって、脅威となる存在ではないということなのだろう。
そう思うと、ネガティブな方向にしか働いていなかった思考が、急にポジティブな方向へと傾きだした。
わたしの存在を知ってもらいたい。
今まで、彼氏さんと彼女さんの二人を眺めていた時には考えたこともない願望だった。
理由はある。きっと、たくさんある。
無邪気で、抜けているのかしっかりしているのかよく分からないハルヒコさんと、彼女さんといる時のシャイで優しい彼とは違う、強がりな面を見せる彼氏さん。
そんな二人ならば、もしかすると幽霊であるわたしのことを受け入れてくれるのではないか、親しげに声をかけてくれるのではないかという期待があった。
いや、受け入れて欲しいのだ。親しげに声をかけてもらいたいのだ。
それが一番大きな理由。
そんな楽しげな二人組に、幽霊は退治すべき敵だという認識を持ったままこの場所を立ち去って欲しくない。
確かに、悪霊であるあの子は彼らに嫌われてしまっているのかも知れないけれど、この場所には彼女だけじゃない、友好的な幽霊もいるのだということを知ってもらいたい。
お札。
彼氏さんが憮然として言い放ったその単語に、どきりとする。
「困るだって? 情けないことを言うなよ」
やはりドラマのワンシーンでも鑑賞するようにして二人のやりとりを眺めてしまっていたらしいわたしは、彼らがこの場所へやって来た目的に気づいて現実に引き戻された。
「本当なら、お前が一人でやっていたかも知れないんだ。いざとなったら、自分一人でも幽霊退治をするような気持ちでいてくれないと」
幽霊退治。はっきりとそう言った。
足元に突然穴が開いたかのような絶望感、喪失感。
幽霊であるわたしが微笑みながら見守ってきた彼氏さんにとって、今やわたしたち幽霊は退治すべき対象なのだ。
恐らく退治したがっている幽霊というのはわたしではなくーーなにしろ彼らがわたしの存在を知っているわけがないーー恋人どうしを引き裂いた少女のことであるのに違いないけれど、この二人にとっては彼女であろうとわたしであろうとそれは等しく霊であり、退治すべきものであることには変わりないのだろう。
わたしはずっと、彼と彼の恋人の幸せを願ってきたのに。
わたしは既に、彼氏さん、彼女さん、更にはその友達にとってさえも敵となってしまったのだ。
もはや悪霊の少女を探す気にはなれなかった。
今思えば、あの子はこの場所へやって来る二人の目的に感づいていたのだろう。
先ほど彼女が見せた嫌悪感の理由が分かり、わたしは打ちひしがれた心境の中で、妙に冷静な気持ちで納得していた。
彼氏さんとその友達が、幽霊退治の方法について何やら言い合っている。
聞き耳を立てていると、浅黒い肌の友達はハルヒコという名前であるらしいこと、二人が持って来たというお札は、ハルヒコと呼ばれた友達が用意したものであるらしいこと、また、呆れたことにと言うべきか拍子抜けしたことにと言うべきか、お札を用意した当人でさえ、その使い方を知らないのだということが分かった。
結局は目立たない場所に貼っておこうということになったようで、ハルヒコという男性は彼氏さんが不安そうにつまんでいたお札らしき紙をひったくると、空き缶用のゴミ箱を動かして自動販売機の側面、下の方にそれをビニールテープで貼りつけた。
ゴミ箱をもとの場所に戻してお札を隠すと、ハルヒコさんは少年のようなにやけ顔を見せ、その後ろに突っ立っていた彼氏さんは不安と安堵が入り混じったような、何とも言えない表情でゴミ箱をじっと見つめていた。
続いて、できることは何でもやっておこうということなのだろうか、ハルヒコさんは合掌して読経をし始める。
お札の使い方も知らずにやって来た割には自信ありげな友達の姿を、彼氏さんはただただ目で追うことしかできないようだった。
わたしは直前まで抱いていたはずの喪失感を忘れて、ハルヒコさんの正しいのか間違っているのかも分からない幽霊退治の作法を、あっけにとられて眺めていた。
除霊の方法が間違っているのか、退治しようとしている対象が違うせいなのか、もともとわたしにはこういった除霊が効かないのだということなのか、はたまた彼や彼の使ったお札自体には、何の力もないということなのか。
わたしの身体は消えてしまったりはせず、辛さやら安らぎやらを感じることもなく、それらしい現象を体感することはできない。
本当に退治なんてされてしまってはたまったものではない、とは思いながらも、こうして何も起こらないというのには、何だか屈折した物足りなさすら感じてしまう。
とりあえず、この二人はわたしにとって、脅威となる存在ではないということなのだろう。
そう思うと、ネガティブな方向にしか働いていなかった思考が、急にポジティブな方向へと傾きだした。
わたしの存在を知ってもらいたい。
今まで、彼氏さんと彼女さんの二人を眺めていた時には考えたこともない願望だった。
理由はある。きっと、たくさんある。
無邪気で、抜けているのかしっかりしているのかよく分からないハルヒコさんと、彼女さんといる時のシャイで優しい彼とは違う、強がりな面を見せる彼氏さん。
そんな二人ならば、もしかすると幽霊であるわたしのことを受け入れてくれるのではないか、親しげに声をかけてくれるのではないかという期待があった。
いや、受け入れて欲しいのだ。親しげに声をかけてもらいたいのだ。
それが一番大きな理由。
そんな楽しげな二人組に、幽霊は退治すべき敵だという認識を持ったままこの場所を立ち去って欲しくない。
確かに、悪霊であるあの子は彼らに嫌われてしまっているのかも知れないけれど、この場所には彼女だけじゃない、友好的な幽霊もいるのだということを知ってもらいたい。
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