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第六話 friend's side『私の主人公』
7-5 もう一人の主人公
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「先輩。あたしの友達、泣かさないでください」
空気が、静まり返った。小さくて震えていて、それでいて強い声が、まるで時間を止めたかのようだった。思わず振り返りそうになったのは、それがすぐ後ろから聞こえたから。振り返らなかったのは、それが紛れもなく慧真の声だったから。
時間と一緒に涙が止まってしまったのは、これまでの悔しさが馬鹿馬鹿しくなるくらい、悔しかったから。
「わかちょんは……神崎さんは、ただ――」
「だったら、慧真から説明してやってくれよ。全部誤解なんです、って」
威圧。
私の見えないところで、勇気ある女の子が言葉に詰まった。
ほらね、やっぱり。無謀なことをすると、すぐにこうなるんだ。
主人公はいつも、こうやって人のために無茶をして。
うまくいかない時だって、当たり前にあって。
だったら、こんなときは、
「なっ、泣いてねぇーし!」
もう一人の主人公が頑張らなくちゃ。
何かが弾け飛んだ。
自分の中で何かが弾け飛ぶのが分かった。友達どころか親の前でも兄の前でも叩いたことのない乱暴な言葉遣いは、その弾け飛んだうちの一欠片に他ならなかった。
「泣いてないから、私。ちょっとあれ、なんか、そうだよ、目が乾いてて。てか、なんか、眠くて」
心地良い。虚を突かれたみたいな、ちょっと困惑した副部長の顔が心地良い。
「だからさぁ、慧真。心配しないで。恥ずかしいじゃん、なんかもう、泣いてたなんて思われたら」
言いながら、涙が零れた。世界をぼやけさせていた最後の一滴だった。泣いてるじゃん、と思ってしまったせいで、今度は笑いが込み上げた。
頬を押さえなかったのは、涙を拭っているんだと思われたくなかったからだ。
「もう、面倒くせぇから帰るわ。部活サボったって言ったら、お前のお袋さん心配してたぞ。あと――」
目が合って、副部長は何かを言って、ワープしたわけでもないのに、気がつくと制汗剤の匂いは遠ざかっていた。ワイシャツの背中が吐いたのは捨て台詞なのだろう。
捨て台詞だと思うことにした。
「追い払った」
いつもの物静かな私で、勝利宣言。声が震えた。脚も震えた。音のない夜を見上げながら、歯が鳴った。震えているのは久しぶりに感情を表にぶちまけたからであって、言うなれば興奮のせいなのであって、だから怖かったんだと思われたくはなくて、慧真に聞こえる大きさなのかも分からない歯の音を、夜の闇の中に逃がしていた。
それなのに、慧真はそんな私に抱き着いた。
おかげで、私の震えは彼女に伝わってしまって、
おかげで、私は空に向かって噛み殺し損ねた泣き声をあげる羽目になった。
空気が、静まり返った。小さくて震えていて、それでいて強い声が、まるで時間を止めたかのようだった。思わず振り返りそうになったのは、それがすぐ後ろから聞こえたから。振り返らなかったのは、それが紛れもなく慧真の声だったから。
時間と一緒に涙が止まってしまったのは、これまでの悔しさが馬鹿馬鹿しくなるくらい、悔しかったから。
「わかちょんは……神崎さんは、ただ――」
「だったら、慧真から説明してやってくれよ。全部誤解なんです、って」
威圧。
私の見えないところで、勇気ある女の子が言葉に詰まった。
ほらね、やっぱり。無謀なことをすると、すぐにこうなるんだ。
主人公はいつも、こうやって人のために無茶をして。
うまくいかない時だって、当たり前にあって。
だったら、こんなときは、
「なっ、泣いてねぇーし!」
もう一人の主人公が頑張らなくちゃ。
何かが弾け飛んだ。
自分の中で何かが弾け飛ぶのが分かった。友達どころか親の前でも兄の前でも叩いたことのない乱暴な言葉遣いは、その弾け飛んだうちの一欠片に他ならなかった。
「泣いてないから、私。ちょっとあれ、なんか、そうだよ、目が乾いてて。てか、なんか、眠くて」
心地良い。虚を突かれたみたいな、ちょっと困惑した副部長の顔が心地良い。
「だからさぁ、慧真。心配しないで。恥ずかしいじゃん、なんかもう、泣いてたなんて思われたら」
言いながら、涙が零れた。世界をぼやけさせていた最後の一滴だった。泣いてるじゃん、と思ってしまったせいで、今度は笑いが込み上げた。
頬を押さえなかったのは、涙を拭っているんだと思われたくなかったからだ。
「もう、面倒くせぇから帰るわ。部活サボったって言ったら、お前のお袋さん心配してたぞ。あと――」
目が合って、副部長は何かを言って、ワープしたわけでもないのに、気がつくと制汗剤の匂いは遠ざかっていた。ワイシャツの背中が吐いたのは捨て台詞なのだろう。
捨て台詞だと思うことにした。
「追い払った」
いつもの物静かな私で、勝利宣言。声が震えた。脚も震えた。音のない夜を見上げながら、歯が鳴った。震えているのは久しぶりに感情を表にぶちまけたからであって、言うなれば興奮のせいなのであって、だから怖かったんだと思われたくはなくて、慧真に聞こえる大きさなのかも分からない歯の音を、夜の闇の中に逃がしていた。
それなのに、慧真はそんな私に抱き着いた。
おかげで、私の震えは彼女に伝わってしまって、
おかげで、私は空に向かって噛み殺し損ねた泣き声をあげる羽目になった。
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