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第六話 friend's side『私の主人公』

7-3 強盗の妄想

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 もし授業中に強盗が入ってきたら。そういう妄想をしている人がいるらしいということを、インターネットの片隅か、タイトルも覚えていないウェブコミックの一場面で読んだことがある。それは強盗じゃなくてゾンビだったり、宇宙人だったりといったバリエーションがあるものの、何か危険な存在が攻めてくる、という場面を退屈なときにぼんやりと思い浮かべてしまったことのある人は存外に多いようで、逃走中の銀行強盗と鉢合わせたら、だなんていうシチュエーションを下校路で思い浮かべたことのある私も漏れなくそういう普遍的な妄想家のうちの一人なのだった。
 海の向こうで十年以上昔に捕まった銀行強盗をやっつけるために、雨傘を握りしめていた小学生の頃の私。
 まんまとヒーローから逃げおおせた怪人をやっつけるために、大量の輪ゴムをパジャマのポケットに忍ばせていた、小学生になったばかりの私。
 さあ、今だ。
 今だよ。
 やっつけるべき対象がとうとう、本当に、目の前にいるよ。
「どけよ」
 頭の上から威圧的な声が聞こえる。気づくと、私は焦点の合わない両目で、制汗剤の香りのするワイシャツを凝視していた。
 気づくと、だなんて、そんな。ワープしたわけでもあるまいし、気づくと、だなんてそんなわけがない。私の思惑では躊躇して立ち止まるはずだった先輩が、現実では何の遠慮もなく歩いて来てしまったというだけのことだ。
「どけよ、神崎」
 二度目の要求。名指しの要求。焦点が合う。眼前のワイシャツから透けて見える、黒いティーシャツ。チャンスをくれたんだと思った。私が慧真を置いてこの場所から逃げ出すチャンスをくれたんだと思った。
 どこか遠くで、車の走る音がした。思い出したように、私の頭のすぐ後ろで黄昏時の静けさが波を打った。
 私は、動かなかった。
 一歩も動かなかった。
 動ける訳がなかった。
 足が竦んでしまって、動くことなんてできなかった。
 滑稽なはずの副部長の肩幅は思っていたよりも広くて、間近に迫った彼の身長は遠巻きに見ていたときよりもずっと高い。
 果たして、本当に、雨傘があれば、輪ゴムがあれば、銀行強盗や怪人を撃退できていたのだろうか。
 果たして、今ここに、雨傘があれば、輪ゴムがあれば、目の前に聳え立っている二つ年上の男子高校生を撃退できるのだろうか。
 ましてや、今の私には雨傘も輪ゴムすらもないのだ。
 私はやっぱり、主人公タイプじゃないんだ。赤じゃなくて、青の方なんだ。自分のことをクールだの知的だのと評しているわけじゃない。だけどやっぱり私はどちらかと言えばそっち側の人間で、だから分不相応な酔いは、現実の見えている冷静な私によってすっかりと鎮められてしまっていた。
 手を出したら返り討ちにあう。絶対ではないけれど、十中八九そうなるのだろう。十の中の二だか一だか、そんな低い可能性をぶら下げて戦えるような人間じゃないんだ、私は。
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