52 / 59
第六話 friend's side『私の主人公』
7-3 強盗の妄想
しおりを挟む
もし授業中に強盗が入ってきたら。そういう妄想をしている人がいるらしいということを、インターネットの片隅か、タイトルも覚えていないウェブコミックの一場面で読んだことがある。それは強盗じゃなくてゾンビだったり、宇宙人だったりといったバリエーションがあるものの、何か危険な存在が攻めてくる、という場面を退屈なときにぼんやりと思い浮かべてしまったことのある人は存外に多いようで、逃走中の銀行強盗と鉢合わせたら、だなんていうシチュエーションを下校路で思い浮かべたことのある私も漏れなくそういう普遍的な妄想家のうちの一人なのだった。
海の向こうで十年以上昔に捕まった銀行強盗をやっつけるために、雨傘を握りしめていた小学生の頃の私。
まんまとヒーローから逃げおおせた怪人をやっつけるために、大量の輪ゴムをパジャマのポケットに忍ばせていた、小学生になったばかりの私。
さあ、今だ。
今だよ。
やっつけるべき対象がとうとう、本当に、目の前にいるよ。
「どけよ」
頭の上から威圧的な声が聞こえる。気づくと、私は焦点の合わない両目で、制汗剤の香りのするワイシャツを凝視していた。
気づくと、だなんて、そんな。ワープしたわけでもあるまいし、気づくと、だなんてそんなわけがない。私の思惑では躊躇して立ち止まるはずだった先輩が、現実では何の遠慮もなく歩いて来てしまったというだけのことだ。
「どけよ、神崎」
二度目の要求。名指しの要求。焦点が合う。眼前のワイシャツから透けて見える、黒いティーシャツ。チャンスをくれたんだと思った。私が慧真を置いてこの場所から逃げ出すチャンスをくれたんだと思った。
どこか遠くで、車の走る音がした。思い出したように、私の頭のすぐ後ろで黄昏時の静けさが波を打った。
私は、動かなかった。
一歩も動かなかった。
動ける訳がなかった。
足が竦んでしまって、動くことなんてできなかった。
滑稽なはずの副部長の肩幅は思っていたよりも広くて、間近に迫った彼の身長は遠巻きに見ていたときよりもずっと高い。
果たして、本当に、雨傘があれば、輪ゴムがあれば、銀行強盗や怪人を撃退できていたのだろうか。
果たして、今ここに、雨傘があれば、輪ゴムがあれば、目の前に聳え立っている二つ年上の男子高校生を撃退できるのだろうか。
ましてや、今の私には雨傘も輪ゴムすらもないのだ。
私はやっぱり、主人公タイプじゃないんだ。赤じゃなくて、青の方なんだ。自分のことをクールだの知的だのと評しているわけじゃない。だけどやっぱり私はどちらかと言えばそっち側の人間で、だから分不相応な酔いは、現実の見えている冷静な私によってすっかりと鎮められてしまっていた。
手を出したら返り討ちにあう。絶対ではないけれど、十中八九そうなるのだろう。十の中の二だか一だか、そんな低い可能性をぶら下げて戦えるような人間じゃないんだ、私は。
海の向こうで十年以上昔に捕まった銀行強盗をやっつけるために、雨傘を握りしめていた小学生の頃の私。
まんまとヒーローから逃げおおせた怪人をやっつけるために、大量の輪ゴムをパジャマのポケットに忍ばせていた、小学生になったばかりの私。
さあ、今だ。
今だよ。
やっつけるべき対象がとうとう、本当に、目の前にいるよ。
「どけよ」
頭の上から威圧的な声が聞こえる。気づくと、私は焦点の合わない両目で、制汗剤の香りのするワイシャツを凝視していた。
気づくと、だなんて、そんな。ワープしたわけでもあるまいし、気づくと、だなんてそんなわけがない。私の思惑では躊躇して立ち止まるはずだった先輩が、現実では何の遠慮もなく歩いて来てしまったというだけのことだ。
「どけよ、神崎」
二度目の要求。名指しの要求。焦点が合う。眼前のワイシャツから透けて見える、黒いティーシャツ。チャンスをくれたんだと思った。私が慧真を置いてこの場所から逃げ出すチャンスをくれたんだと思った。
どこか遠くで、車の走る音がした。思い出したように、私の頭のすぐ後ろで黄昏時の静けさが波を打った。
私は、動かなかった。
一歩も動かなかった。
動ける訳がなかった。
足が竦んでしまって、動くことなんてできなかった。
滑稽なはずの副部長の肩幅は思っていたよりも広くて、間近に迫った彼の身長は遠巻きに見ていたときよりもずっと高い。
果たして、本当に、雨傘があれば、輪ゴムがあれば、銀行強盗や怪人を撃退できていたのだろうか。
果たして、今ここに、雨傘があれば、輪ゴムがあれば、目の前に聳え立っている二つ年上の男子高校生を撃退できるのだろうか。
ましてや、今の私には雨傘も輪ゴムすらもないのだ。
私はやっぱり、主人公タイプじゃないんだ。赤じゃなくて、青の方なんだ。自分のことをクールだの知的だのと評しているわけじゃない。だけどやっぱり私はどちらかと言えばそっち側の人間で、だから分不相応な酔いは、現実の見えている冷静な私によってすっかりと鎮められてしまっていた。
手を出したら返り討ちにあう。絶対ではないけれど、十中八九そうなるのだろう。十の中の二だか一だか、そんな低い可能性をぶら下げて戦えるような人間じゃないんだ、私は。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~
下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。
一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。
かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。
芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。
乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。
その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。
私は最後まで君に嘘をつく
井藤 美樹
青春
【本編完結済みです】
――好きです、愛してます。
告げたくても、告げることができなかった言葉。
その代わりに、私は君にこの言葉を告げるわ。最高の笑顔でね。
「ありがとう」って。
心の中では、飲み込んだ言葉を告げながら。
ありきたりなことしか言えないけど、君に会えて、本当に私は幸せだった。
これは、最後まで君に嘘を突き通すことを選んだ、私の物語。
そして、私の嘘を知らずに、世間知らずの女の子に付き合ってくれた、心優しい君の物語。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
もしも、夏休みの課題が「ドラクエのゲーム感想文」だったら…
hotelmo
青春
中学生の龍崎勇斗は、夏休みの課題が「ドラクエのゲーム感想文」と知らされ、大いに喜んだ。
最初の内は「課題ゲーム」を寝る間も惜しんでこなすものの、次第にゲームを楽しむことと感想文を書くことが全く異なる事実に気付かされる。
ゲームを進めても一向に感想文が書ける気がしない、にもかかわらず、次第に夏休みも終わりに近づく。
そして刻々と迫りくる新学期。そんな中、親に言われるがままに通い始めていた塾で課題の相談をする中、勇斗はある「ドラクエの真実」に気付くことになる……
勇斗と塾講師。そして友人達が、「こんなはずじゃなかった」夏休みの課題に奮闘する青春物語。現代文、小論文、そして数学……「考える力」を身に付けたい全ての人に役立つ学習本としても使えます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる