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第六話 friend's side『私の主人公』
4-2 北沢さんといっしょ
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「あたしたちも帰ろっか」
沈黙を感じるよりも前に慧真が言った。爽やかで、そして静かな声。ふと、下校路の穏やかな静けさに気がついた。そうだねと呆気なく同意する北沢さんの横でスマホを見ると、終業時間から二時間が過ぎようとしている。部活動が終わり始めるまでにはまだ少しだけ早くて、藤場の学生服は疎らにしか歩いていない。
慧真の朗らかな笑顔。今日の何もなくて賑やかな放課後に、満足しているように見える。
結局、私は「うん」としか言えなくて、
結局、私は何もできなかった。
「慧真、今日は楽しかった?」
三人の足が駅への二歩目を踏み出す前に、なんとか絞り出した質問は、
「もちろんだよー」
私の知っている通りの慧真が、ただの何でもない会話にしてしまった。
そのまま、心なしか口数の増えた北沢さんと一緒に駅まで歩き、改札を抜けて、普段よりも人の少ないホームで電車待ちの列に並ぶ。
昨日までは、藤場の制服に紛れながら、慧真と二人で電車を待っていた。
普段、私が乗り換えのために降りる駅は慧真の自宅の最寄り駅で、だから私と慧真は毎朝そこで待ち合わせて、学校が終わると毎日そこまで一緒に帰っているのだった。
話してみると、方向は違うものの北沢さんも乗り換えに同じ駅を使っているらしく、つまり少なくとも今日は、慧真と二人になる機会がもうないのだということになる。
明日からはどうなるのだろう。
ああ、どうしよう。
北沢さんは何も悪くはないけれど、北沢さんの存在は完全に余計だった。初めから慧真と二人きりになることを選択しなかった私の落ち度でしかないけれど、北沢さんさえ電車通学じゃなければ、と苦々しく思ってしまう卑しくて醜い自分は確実に優等生の顔の裏にべっとりと貼り付いている。
こうして自分の内側を自覚してみれば、私は主人公の隣にいるのには心が汚すぎるのかも知れない。私みたいなキャラが慧真のことを助けられるだなんて、そんなのは思い上がりだったのかも知れない。
こんな風に、自分の至らなさ加減を何の罪もない北沢さんに責任転嫁してしまうだなんて、そんなのは主人公サイドの登場人物がするようなことじゃない。序盤で裏切るやつだ。
電車がやって来て、普段なら知らない誰かで埋まってしまう座席に三人並んで座り、そして慧真は私と二人でいるときみたいに、北沢さんも交えて他愛もない、少しばかげた話をし始めた。
先生について。勉強について。男子について。大人しいながらも反応をしてくれる相手が増えた慧真の笑顔は、北沢さんに向けられる慧真の笑顔は、私と二人でいるときのものと比べても遜色がないように見えて。
私は壊れそうで。
慧真のことを心配しなくちゃいけない自分が。慧真を救いたい自分が。北沢さんに嫉妬する自分が。自分を否定する自分が。私を引っ張って。あちこちに引っ張り合って。だから私は壊れそうで。
大好きな、大切な慧真の話す内容が、ほとんど頭に入って来ない。放課後になってから、思えばずっとそうだった。タイムリミットが近づいて、焦りで自分の嫌なところが見えやすくなるその前から、私は、そういえばずっと上の空だった。
あっという間にアナウンスが到着を告げて、減速し始める車内ではせっかちな慧真が立ち上がる。
「今日は、ありがとう」
私と北沢さんの見上げる前で、小さな背中がそう言った。
ああ、
ここまでだ。
電車が停まった後、散々喋り倒した私たちの解散はあまりにも呆気ないものだった。また明日、と慧真が言って、それでおしまい。北沢さんと一緒に乗り換えの電車を待つことになる私には、一人で改札へ向かう慧真を追う理由がない。
沈黙を感じるよりも前に慧真が言った。爽やかで、そして静かな声。ふと、下校路の穏やかな静けさに気がついた。そうだねと呆気なく同意する北沢さんの横でスマホを見ると、終業時間から二時間が過ぎようとしている。部活動が終わり始めるまでにはまだ少しだけ早くて、藤場の学生服は疎らにしか歩いていない。
慧真の朗らかな笑顔。今日の何もなくて賑やかな放課後に、満足しているように見える。
結局、私は「うん」としか言えなくて、
結局、私は何もできなかった。
「慧真、今日は楽しかった?」
三人の足が駅への二歩目を踏み出す前に、なんとか絞り出した質問は、
「もちろんだよー」
私の知っている通りの慧真が、ただの何でもない会話にしてしまった。
そのまま、心なしか口数の増えた北沢さんと一緒に駅まで歩き、改札を抜けて、普段よりも人の少ないホームで電車待ちの列に並ぶ。
昨日までは、藤場の制服に紛れながら、慧真と二人で電車を待っていた。
普段、私が乗り換えのために降りる駅は慧真の自宅の最寄り駅で、だから私と慧真は毎朝そこで待ち合わせて、学校が終わると毎日そこまで一緒に帰っているのだった。
話してみると、方向は違うものの北沢さんも乗り換えに同じ駅を使っているらしく、つまり少なくとも今日は、慧真と二人になる機会がもうないのだということになる。
明日からはどうなるのだろう。
ああ、どうしよう。
北沢さんは何も悪くはないけれど、北沢さんの存在は完全に余計だった。初めから慧真と二人きりになることを選択しなかった私の落ち度でしかないけれど、北沢さんさえ電車通学じゃなければ、と苦々しく思ってしまう卑しくて醜い自分は確実に優等生の顔の裏にべっとりと貼り付いている。
こうして自分の内側を自覚してみれば、私は主人公の隣にいるのには心が汚すぎるのかも知れない。私みたいなキャラが慧真のことを助けられるだなんて、そんなのは思い上がりだったのかも知れない。
こんな風に、自分の至らなさ加減を何の罪もない北沢さんに責任転嫁してしまうだなんて、そんなのは主人公サイドの登場人物がするようなことじゃない。序盤で裏切るやつだ。
電車がやって来て、普段なら知らない誰かで埋まってしまう座席に三人並んで座り、そして慧真は私と二人でいるときみたいに、北沢さんも交えて他愛もない、少しばかげた話をし始めた。
先生について。勉強について。男子について。大人しいながらも反応をしてくれる相手が増えた慧真の笑顔は、北沢さんに向けられる慧真の笑顔は、私と二人でいるときのものと比べても遜色がないように見えて。
私は壊れそうで。
慧真のことを心配しなくちゃいけない自分が。慧真を救いたい自分が。北沢さんに嫉妬する自分が。自分を否定する自分が。私を引っ張って。あちこちに引っ張り合って。だから私は壊れそうで。
大好きな、大切な慧真の話す内容が、ほとんど頭に入って来ない。放課後になってから、思えばずっとそうだった。タイムリミットが近づいて、焦りで自分の嫌なところが見えやすくなるその前から、私は、そういえばずっと上の空だった。
あっという間にアナウンスが到着を告げて、減速し始める車内ではせっかちな慧真が立ち上がる。
「今日は、ありがとう」
私と北沢さんの見上げる前で、小さな背中がそう言った。
ああ、
ここまでだ。
電車が停まった後、散々喋り倒した私たちの解散はあまりにも呆気ないものだった。また明日、と慧真が言って、それでおしまい。北沢さんと一緒に乗り換えの電車を待つことになる私には、一人で改札へ向かう慧真を追う理由がない。
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