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第六話 friend's side『私の主人公』

2-2 助け舟

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 意味があるのか、何かを考えているのかどうかすらも判然としない先生の沈黙を前にして、喉の奥の方に焦りや苛立ちの混ざり合ったどろどろとしたものが積り、詰まっていくような気がする。
 身をよじるふりをして壁の時計を視界に入れると、終業時間から二十分が過ぎたところだった。だけど考えてみればいつ職員室に入ったのかを確認していたわけでもなくて、だかからその二十分という数字は喉の奥のものを更に重たく、粘っこくしただけだ。
「神崎さん。僕はね、君がいつも真面目にがんばってくれているのは知ってるよ。だから今回のことも当然嘘なんかじゃないんだろうと思うし、本当に各務原さんのことを想って動いてくれているんだっていうことも理解しているつもりだ。だけど各務原さんが困っているっていうのを聞いてしまった以上、それをいち生徒に丸投げしておくなんていうことは――」

 良いんじゃないですかねえ。

 職員室のどこかから、軽薄そうな声。私と保田先生はその瞬間、きっと同じ表情をした。聞かれて都合の悪い会話をしていたわけではなかったにしろ、意図しない相手の耳に入って気持ちの良いものじゃない。
 慧真だって、きっと嫌がる。
「ああ、深澤先生。いたんですね」
 声の主を探そうとしたのとほとんど同時に、幾分か活気を取り戻した担任の声が私を通り越して入口の方へ向かった。振り向くと、シルバーフレームの眼鏡をかけたひょろ長い男と目が合った。目を細めて――たぶん、彼なりの柔らかい笑顔を作っている。
 知らない先生だ。
 見覚えはないけれど、ここが職員室で、藤葉の制服とは違うワイシャツとスボンで、何よりも彼が大人だから、そう思った。
「良いと思いますよ、とりあえず彼女に任せてみても」
 見知らぬ先生はぱたぱたとサンダルを鳴らしながら保田先生の横に収まると、重ねて言った。顔も見たことのなかった教師だけれど、思わぬ助け舟だ。
 深澤先生に名前を聞かれたので、少し困惑した風に名前と学年を答える。すると彼は栄養不足のニンジンみたいな見た目から受ける印象よりもわずかに大きく、それでいて見た目からは想像もつかないような軽薄な声で――つまり、さっき後ろから聞こえた声音そのままで――良い生徒さんじゃないですかあ神崎さん、と保田先生の背中を叩いた。
 良い流れだ。顔がにやけそうになる。
 表情が緩まないように、何気ない感じに見えるよう頬骨を押さえながら、いかにも冷静という顔で担任の困り顔を見た。
「せっかく今は、この神崎さんが一肌脱ごうとしてくれているわけですから、ここで我々がそれを制止してしまっては、彼女のお友達にも良い影響はないんじゃないかと僕は思いますよ」
 深澤先生が歌い上げるような抑揚で語る間、担任は困り顔のまま、何も言おうとしていないように見えた。
 だけど、
「だよね、神崎さん」
 深澤先生に同意を求められて、それに応えていたほんの一言ぶん目を離した隙に、
「それもそうだな」
 憑き物が落ちたよう、とでも言うのだろうか。視線を戻した先には、やけに柔らかくなった保田先生の顔があった。
 こんな顔は、入学式の日、教壇に立って自己紹介をしたとき以来のものだ。自分の頭が寂しいことをネタにして、まだ二十代なんだぞと笑っていたときぐらい、気楽で血色の良い顔だ。
「だけど、明日になったらちゃんと先生に報告してくれ。何もなくても、だ」
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