上 下
38 / 59
第六話 friend's side『私の主人公』

2-1 お休み宣言

しおりを挟む
 慧真が同行するメンバーを集めに一年生の教室へ戻る間、私は職員室へ部活を休む旨を報告しに行くことにした。無断で欠席するのはまずい気がしたし、かといって、欠席の連絡をしに行っているうちに、帰宅部が全員帰ってしまっては誰も誘えなくなってしまうからだ。
 慧真には言わなかったけれど、二人して許可を取りに行くよりも私一人のほうがやりやすいような気がしたというのもある。私には慧真のためならば先生に何と言われようと意思を貫き通す決心があるけれど、気弱でお人好しの慧真は、多少強く言われれば諦めてしまうのだろうなという予感があった。
「休みたいと言ったって、もう顧問の先生も活動場所へ行っている時間だろう」
「だから、言づてを頼めないかなと思ったんですけど」
 普段の優等生ぶった喋り方よりも抑え気味にした声が気勢を削いだようで、保田先生――若はげの担任は軽く唸り声を上げ、空席の目立つ職員室内を見渡すような仕草をした。
「一応聞くけど、理由はなに」
「各務原さんが、今日は行きたくないって言ってるんです」
「なんだそれは」
 短く吐き捨てられる言葉。小テストの答え合わせをしていたらしい指先が広い額の方に伸びて、しかし触れずに顎の辺りを彷徨った。じっとりと不快そうに細められる目は、雑談が治まる気配のない教室内を眺めるときのものと同じだった。
「無断でいなくなるよりはよっぽどマシだけどね、だからといって堂々とサボろうとしているのにハイ良いですよとは言えないよ。それは分かるよな」
「各務原さん、もしかしたら部活で問題抱えてるかも知れないんです」
 早口気味の先生を制するように語気を強めてみる。腫れぼったい瞼が強張るのを見とめて、すかさず「ですから」と付け加えた。
「一回、外で話を聞いてみたいんです。それで、もしかすると解決の助けになれるかも知れないから」
「だけど、そういうことこそ先生に」
「もちろん――」
 普段は大人しいはずの生徒に大声で遮られて、先生は苦虫を噛んだような、それでいて寂しそうな顔をした。
 身体が熱い。これまで小学校でも中学校でも優等生を演じてきたのは、今日このとき、この言い分を力ずくで通すためだったような気さえする。
「もちろん、今日話してみて、自分では解決できないと判断したらすぐに先生に相談します。だから一回だけ、私にチャンスをくれませんか」
 先生は腕を組んで、背もたれに体を預けた。回転椅子がぎりりと鳴いて、職員室は静まり返って、男子たちのありふれた談笑の断片が廊下の方からわずかに紛れ込んだ。
 慧真は、今どうしているのだろうか。もう、ベイバンに連れていくメンバーを見繕え終わっているのだろうか。
しおりを挟む

処理中です...