アンリアルロジック〜偽りの法則〜

いちどめし

文字の大きさ
37 / 63
第六話 friend's side『私の主人公』

1-3 漫画みたい!

しおりを挟む
「わかちょんさあー、部活、楽しい?」
 二階まで降りたところで、慧真が低いトーンでそう切り出した。その声音は、もしかすると他の誰かが聞いてもほんの少しだけ退屈そう、という程度にしか聞こえないのかも知れない。いや、この私にだって、そういう風にしか聞こえなかったのかも知れない。
 それなのにその声は、私の胸を激しく、急激に締めつけた。何が起こったのか分からなかった。藪に潜んでいた蛇に鼠が捕らえられてしまったみたいな、突然で絶望的な締めつけだった。
「楽しいよ。慧真見てると飽きないし」
 本心だった。本心だったけど、クールで皮肉屋な私はからかうみたいに言った。慧真が私の脚本で主役を演じてくれる日が近づいているように感じるからこそ、彼女と一緒の発声練習は楽しかったし、いつか慧真に使ってもらうための小道具を自分の手で作りたいと思うからこそ、終わりの見えない小道具作りには張り合いがあったのだ。
「慧真は楽しくないの? いつも、すごい笑顔でやってるじゃん」
 慧真はちょっとだけ考えるように虚空を見上げた後、楽しいよお、と控えめに笑った。初めて見る表情に、胸が高鳴る。すごくすごく最低だけど、なんだかドラマチックな気がしてしまう。友達の暗い顔は、主人公になりたい私が心のどこかで求めていたもののような気がする。
 だけど、だめだ。こんなのだめだ。こんなの苦しいだけだ。
 胸が高鳴る。
 これはときめきなんかじゃない。不安なだけだ。
「変なこと言うけどさ」
 小さな上履きが音もなく立ち止まる。いつも変なこと言ってるじゃん、といつもならそう返すのであろう私は、慧真の三歩先で遅れて立ち止まる。一階に降りたところだった。
「わかちょん、あたしが部活出なかったら楽しくない?」
「何かあったの?」
 性急な質問に、崩れかけの笑顔が目を逸らす。
「あのね、あたし今日、部活休もうかなあって。顧問の先生にさ、そう――」
「サボろっか、一緒に」
 私らしくない発言。
 私は、悪戯っぽく笑ってみせた。すると慧真は目を丸くして、そしていつもみたいな笑顔になって、
 胸が高鳴る。
 なんだこれなんだこれ。すごいぞ。
 こんな漫画みたいな展開、すごいぞ。
「わかちょん真面目なのに、だめだよサボったら」
「何か用事があるわけじゃないんだよね」
 慧真が困りながらも小さく頷いたので、何か食べに行こうよとすかさず提案した。
「じゃあさ、ベイバンの新メニューがちょっと気になってるんだけど――」
「良いね。他にも誰か誘ってみる?」
 慧真と二人きりでも良かったんだけど、いや、むしろ二人きりの方が良かったんだけど、思わずそう口にした。
 二人きりで行くのが照れくさいから、そう言ったんだと思った。
 もしくは、珍しく遠慮している慧真の背中を押したくて、そう言ったのかも知れない。
 問題を抱えているらしい慧真とたった一人で向き合うのが不安だったからだなんて、そんな理由は、陰気な自分が後から思いついた見当違いなこじつけであるのに違いないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...