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第六話 friend's side『私の主人公』

1-3 漫画みたい!

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「わかちょんさあー、部活、楽しい?」
 二階まで降りたところで、慧真が低いトーンでそう切り出した。その声音は、もしかすると他の誰かが聞いてもほんの少しだけ退屈そう、という程度にしか聞こえないのかも知れない。いや、この私にだって、そういう風にしか聞こえなかったのかも知れない。
 それなのにその声は、私の胸を激しく、急激に締めつけた。何が起こったのか分からなかった。藪に潜んでいた蛇に鼠が捕らえられてしまったみたいな、突然で絶望的な締めつけだった。
「楽しいよ。慧真見てると飽きないし」
 本心だった。本心だったけど、クールで皮肉屋な私はからかうみたいに言った。慧真が私の脚本で主役を演じてくれる日が近づいているように感じるからこそ、彼女と一緒の発声練習は楽しかったし、いつか慧真に使ってもらうための小道具を自分の手で作りたいと思うからこそ、終わりの見えない小道具作りには張り合いがあったのだ。
「慧真は楽しくないの? いつも、すごい笑顔でやってるじゃん」
 慧真はちょっとだけ考えるように虚空を見上げた後、楽しいよお、と控えめに笑った。初めて見る表情に、胸が高鳴る。すごくすごく最低だけど、なんだかドラマチックな気がしてしまう。友達の暗い顔は、主人公になりたい私が心のどこかで求めていたもののような気がする。
 だけど、だめだ。こんなのだめだ。こんなの苦しいだけだ。
 胸が高鳴る。
 これはときめきなんかじゃない。不安なだけだ。
「変なこと言うけどさ」
 小さな上履きが音もなく立ち止まる。いつも変なこと言ってるじゃん、といつもならそう返すのであろう私は、慧真の三歩先で遅れて立ち止まる。一階に降りたところだった。
「わかちょん、あたしが部活出なかったら楽しくない?」
「何かあったの?」
 性急な質問に、崩れかけの笑顔が目を逸らす。
「あのね、あたし今日、部活休もうかなあって。顧問の先生にさ、そう――」
「サボろっか、一緒に」
 私らしくない発言。
 私は、悪戯っぽく笑ってみせた。すると慧真は目を丸くして、そしていつもみたいな笑顔になって、
 胸が高鳴る。
 なんだこれなんだこれ。すごいぞ。
 こんな漫画みたいな展開、すごいぞ。
「わかちょん真面目なのに、だめだよサボったら」
「何か用事があるわけじゃないんだよね」
 慧真が困りながらも小さく頷いたので、何か食べに行こうよとすかさず提案した。
「じゃあさ、ベイバンの新メニューがちょっと気になってるんだけど――」
「良いね。他にも誰か誘ってみる?」
 慧真と二人きりでも良かったんだけど、いや、むしろ二人きりの方が良かったんだけど、思わずそう口にした。
 二人きりで行くのが照れくさいから、そう言ったんだと思った。
 もしくは、珍しく遠慮している慧真の背中を押したくて、そう言ったのかも知れない。
 問題を抱えているらしい慧真とたった一人で向き合うのが不安だったからだなんて、そんな理由は、陰気な自分が後から思いついた見当違いなこじつけであるのに違いないのだ。
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