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第五話 『動き始めて歪む世界』
1-3 彼氏
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だったらさ。
先輩も、そうなのかな。
お守りを持っているんだから。
どちらが言ったのか。
同時に言ったのか。
曖昧なまま、そうだよねと矢野さんが言った。
きっと、と付け加えたのも、矢野さんだった。
「でも、深澤先生は、お守り返しても大丈夫だって言ってたよ。それを、先輩は知らないのかも」
先輩が嘘をついているのだとしたら、私にはそういう理由しか思いつかなかった。
そうに違いない、なんていう確信があるわけでもなく、嘘の理由を無理矢理に考えてやっと出てきた、我ながら浅はかな願望だった。
音のない教室に生返事が滴下されて、夕日色のポニーテールがふわりと跳ねた。
「明日にしよっか、この件は」
眩しい、笑顔。
人懐こそうな目配せで歩き出す彼女の背中を、少し照れくさいような気持ちで追いかけた。
「や、矢野!」
教室を出る直前。
上ずった男声が、それでもはっきりと矢野さんに呼びかけた。
「あれ。どうしたのこんな時間まで」
「矢野のこと探してたんだよ。すぐ教室出て行っちゃうし、下駄箱にはまだ靴あるし」
「連絡くれたら良いのに」
「したよ。お前気づいてないだろ」
駆け寄ってきて矢野さんと軽い調子で話しだした男子は、同じクラスの仲里くんである。
目立つタイプじゃないけど、彼が成績も良くて運動もできるということはそれなりに有名だ。
目つきはちょっと悪いものの、適度に中性的な顔立ちで女子の中では結構人気があるらしい。
私は彼と一度も話したことがないどころか、仲里くんって良いよね、という会話に混ざったことすらないんだけど。
「あぁ、でもさ、今日はカンナと帰ろうと思ってて」
弾かれた。私は。
弾かれるように、私は駆け足で二人の脇を通り過ぎていた。
じゃあっと愛想良く言って、それから、また明日ねという言葉をなんとか絞り出した。
矢野さんが何かを言って引き止めようとしたけれど、私は目を伏せて手を振っただけだった。
いや、振ることさえできていなかった。
私は矢野さんたちから見て、ただ黙っておずおずと手のひらを胸の高さまで持ち上げただけに違いなかった。
ああ感じ悪いなあと思っているうちに私は校門を出ていて、それなのに頭の中には二人の姿が浮かんだ。
なんか、仲良さそうだったけど。
もしかして付き合ってるのかなぁ。二人は。
そんな噂、一度も聞いたことがなかったけど。
だけど、なんだか、すごくお似合いの二人であるように思える。
なんだか、なんだか、
惨めだ。
友達の彼氏から、逃げるだなんて。
立ち去るにしたって、もうちょっと上手いやり方は、きっとあったはずなのに。
世界が変わってからまだそんなに経っていないはずなのに、久しぶりだ。この感覚は。
同じ制服の知らない後ろ姿。
笑いながら横並びに歩く邪魔な背中。
もうとっくに帰ってしまったのを知っていても、各務原さんや神崎さんがいないかと期待してしまう。
そして、期待したせいで、私は勝手に裏切られた。
一人で歩く駅までの道はなんだか懐かしくて、一歩一歩学校から遠ざかるたびに、変わったはずの世界が元に戻っていくよう。
世界が変わっても、何も変わっていないんだ。私は。
先輩も、そうなのかな。
お守りを持っているんだから。
どちらが言ったのか。
同時に言ったのか。
曖昧なまま、そうだよねと矢野さんが言った。
きっと、と付け加えたのも、矢野さんだった。
「でも、深澤先生は、お守り返しても大丈夫だって言ってたよ。それを、先輩は知らないのかも」
先輩が嘘をついているのだとしたら、私にはそういう理由しか思いつかなかった。
そうに違いない、なんていう確信があるわけでもなく、嘘の理由を無理矢理に考えてやっと出てきた、我ながら浅はかな願望だった。
音のない教室に生返事が滴下されて、夕日色のポニーテールがふわりと跳ねた。
「明日にしよっか、この件は」
眩しい、笑顔。
人懐こそうな目配せで歩き出す彼女の背中を、少し照れくさいような気持ちで追いかけた。
「や、矢野!」
教室を出る直前。
上ずった男声が、それでもはっきりと矢野さんに呼びかけた。
「あれ。どうしたのこんな時間まで」
「矢野のこと探してたんだよ。すぐ教室出て行っちゃうし、下駄箱にはまだ靴あるし」
「連絡くれたら良いのに」
「したよ。お前気づいてないだろ」
駆け寄ってきて矢野さんと軽い調子で話しだした男子は、同じクラスの仲里くんである。
目立つタイプじゃないけど、彼が成績も良くて運動もできるということはそれなりに有名だ。
目つきはちょっと悪いものの、適度に中性的な顔立ちで女子の中では結構人気があるらしい。
私は彼と一度も話したことがないどころか、仲里くんって良いよね、という会話に混ざったことすらないんだけど。
「あぁ、でもさ、今日はカンナと帰ろうと思ってて」
弾かれた。私は。
弾かれるように、私は駆け足で二人の脇を通り過ぎていた。
じゃあっと愛想良く言って、それから、また明日ねという言葉をなんとか絞り出した。
矢野さんが何かを言って引き止めようとしたけれど、私は目を伏せて手を振っただけだった。
いや、振ることさえできていなかった。
私は矢野さんたちから見て、ただ黙っておずおずと手のひらを胸の高さまで持ち上げただけに違いなかった。
ああ感じ悪いなあと思っているうちに私は校門を出ていて、それなのに頭の中には二人の姿が浮かんだ。
なんか、仲良さそうだったけど。
もしかして付き合ってるのかなぁ。二人は。
そんな噂、一度も聞いたことがなかったけど。
だけど、なんだか、すごくお似合いの二人であるように思える。
なんだか、なんだか、
惨めだ。
友達の彼氏から、逃げるだなんて。
立ち去るにしたって、もうちょっと上手いやり方は、きっとあったはずなのに。
世界が変わってからまだそんなに経っていないはずなのに、久しぶりだ。この感覚は。
同じ制服の知らない後ろ姿。
笑いながら横並びに歩く邪魔な背中。
もうとっくに帰ってしまったのを知っていても、各務原さんや神崎さんがいないかと期待してしまう。
そして、期待したせいで、私は勝手に裏切られた。
一人で歩く駅までの道はなんだか懐かしくて、一歩一歩学校から遠ざかるたびに、変わったはずの世界が元に戻っていくよう。
世界が変わっても、何も変わっていないんだ。私は。
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