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第四話 boy's side 『被虐と加虐』
3-3 報復
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そのはずだった。
拳に伝わるはずの衝撃が、どういうわけだか背中を突き刺した。何かが落ちてきたのかと思った。すぐに二度目の衝撃があって、南川を殴るはずだった両腕は受け身をとるために地面に叩きつけられた。
打ちつけた腕が熱くなる。昂っていたはずの頭が真っ白になる。物を落とした犯人の顔を確かめようとして上を見ると、表情の無い南川がこちらを見下ろしていた。状況を判断するよりも前に腹を蹴り上げられて、おれの身体はのたうち回った後、仰向けに倒れた。
どうして。
痛みを押しのけて、疑問が頭を支配する。どうして南川は、あんなに素早く後ろに回り込めたのか。どうして南川は、回り込んですぐに二度も強烈な打撃を食らわせられたのか。どうして南川は、こんなに強くなっているのか。あんなに弱くて、愚鈍だったのに。
どうして。
どうしておれは、南川なんかに殴られて倒れているのか。
立ち上がろうとした。力が入らない。どこに力を入れたら良いのか分からない。力の入れ方すら、分からない。何もできないうちに南川が近寄ってきて、おれの脇腹を蹴飛ばした後、ずしりと馬乗りになった。
抵抗しようとして身をよじると、頬を殴られる。反射的に両腕を顔の前で交差させると、口の中に血の味が溢れ、顔中に痛みが伝播した。
「分かったか。分かったか、この野郎」
怯えるように震えた声が、腕の向こうでおれの腕を、胸を、腹を殴り続けている。そうしているうちに顔以外の痛みはどこかへ行ってしまったようで、ただ、衝撃を受けるたびに目から涙がこぼれ続けた。
わかったか、わかったか、わかったか。いったい、何が分かったのかを尋ねられているのだろうか。力の差を思い知ったか、と聞かれているのだろうか。
「ごっ……」
口から、血と一緒に言葉が漏れ出してくる。
「ごめん……。許して」
言ってしまってから、その言葉が自分でも信じられなくて、余計に涙が噴き出した。だけど、それで攻撃が少しだけ弱まったように感じられて、おれの口は同じ言葉を何度も吐き続けた。
何度も謝っているうちに、攻撃の手がぴたりと止んだ。腕の間から、小さな目を見開いて笑う丸顔が見えた。
「ごめんって、何に対して?」
そんなもの、知るわけがない。答えずにいると、また殴られた。
「いっ――いじめて、ごめんなさい!」
思ってもいないのに、南川の望んだ言葉がこぼれ出す。我ながら情けない声。それでも、また南川が止まってくれたので、悔しさよりもまず安堵がおれを満たした。それが余計に悔しくて、泣き声を抑えきれなくなった。
南川がふふふと笑って立ち上がる。助かったと思い油断しているところで腹を踏みつけられて、声が漏れた。
「やった、やった! これで解放されるんだ!」
大きな声。こんな状況でも、普段と同じようにこの男のことを愚かしく感じてしまう。だけど、そんな感情を少しでも悟られてしまうのが怖くて、おれは腕で顔を覆っているというのに、固く目を閉じた。
怖くて、だって?
なんだ、それは。
「ざっまあ見ろよ、反省しろよ、勝ったんだからなこの僕が!」
早くどこかへ行ってしまえと念じているこちらの気を知ってか知らずか、勝利の咆哮は足音とともに遠ざかったり近づいたりを繰り返している。
「本当に、本当に変わるんだもんなあ、世界が! すごいよ本当に。本当にこの、仲里を」
声がぐっと近くなったのを感じて、思わず目を開けた。さらさらの前髪の下で愉しそうにおれの顔を覗き込む目と視線がぶつかって、短く悲鳴をあげてしまった。
「これにっ、懲りたらっ!」
ああこいつ、なんでこんなにテンション上がってるんだろう。唾飛ばさないでくれよ、頼むから。もういなくなってくれよ、頼むから。
南川が、だらだらと何かを叫んでいる。何を言っているのかは頭に入ってこなくても、返事を求められたことだけはなんとなく分かって、その都度はいはいと泣き声交じりに返事をした。
何度目かの返事をしたとき、ざりざりと何かを擦る音が耳に届いた。すぐに、誰かの足音なのだと分かった。靴底が砂に擦れる音だ。助かったと思った。南川も第三者の接近に気がついたのか、いつまでも続きそうだった独り言をフェードアウトさせる。
「あ……」
困惑したような声。南川のものだ。おれの知っている南川のものだ。
「なに……やってるの」
闖入者の声。女子か。起き上がろうとしているうちに南川は走り去り、校舎裏に二人残された。
拳に伝わるはずの衝撃が、どういうわけだか背中を突き刺した。何かが落ちてきたのかと思った。すぐに二度目の衝撃があって、南川を殴るはずだった両腕は受け身をとるために地面に叩きつけられた。
打ちつけた腕が熱くなる。昂っていたはずの頭が真っ白になる。物を落とした犯人の顔を確かめようとして上を見ると、表情の無い南川がこちらを見下ろしていた。状況を判断するよりも前に腹を蹴り上げられて、おれの身体はのたうち回った後、仰向けに倒れた。
どうして。
痛みを押しのけて、疑問が頭を支配する。どうして南川は、あんなに素早く後ろに回り込めたのか。どうして南川は、回り込んですぐに二度も強烈な打撃を食らわせられたのか。どうして南川は、こんなに強くなっているのか。あんなに弱くて、愚鈍だったのに。
どうして。
どうしておれは、南川なんかに殴られて倒れているのか。
立ち上がろうとした。力が入らない。どこに力を入れたら良いのか分からない。力の入れ方すら、分からない。何もできないうちに南川が近寄ってきて、おれの脇腹を蹴飛ばした後、ずしりと馬乗りになった。
抵抗しようとして身をよじると、頬を殴られる。反射的に両腕を顔の前で交差させると、口の中に血の味が溢れ、顔中に痛みが伝播した。
「分かったか。分かったか、この野郎」
怯えるように震えた声が、腕の向こうでおれの腕を、胸を、腹を殴り続けている。そうしているうちに顔以外の痛みはどこかへ行ってしまったようで、ただ、衝撃を受けるたびに目から涙がこぼれ続けた。
わかったか、わかったか、わかったか。いったい、何が分かったのかを尋ねられているのだろうか。力の差を思い知ったか、と聞かれているのだろうか。
「ごっ……」
口から、血と一緒に言葉が漏れ出してくる。
「ごめん……。許して」
言ってしまってから、その言葉が自分でも信じられなくて、余計に涙が噴き出した。だけど、それで攻撃が少しだけ弱まったように感じられて、おれの口は同じ言葉を何度も吐き続けた。
何度も謝っているうちに、攻撃の手がぴたりと止んだ。腕の間から、小さな目を見開いて笑う丸顔が見えた。
「ごめんって、何に対して?」
そんなもの、知るわけがない。答えずにいると、また殴られた。
「いっ――いじめて、ごめんなさい!」
思ってもいないのに、南川の望んだ言葉がこぼれ出す。我ながら情けない声。それでも、また南川が止まってくれたので、悔しさよりもまず安堵がおれを満たした。それが余計に悔しくて、泣き声を抑えきれなくなった。
南川がふふふと笑って立ち上がる。助かったと思い油断しているところで腹を踏みつけられて、声が漏れた。
「やった、やった! これで解放されるんだ!」
大きな声。こんな状況でも、普段と同じようにこの男のことを愚かしく感じてしまう。だけど、そんな感情を少しでも悟られてしまうのが怖くて、おれは腕で顔を覆っているというのに、固く目を閉じた。
怖くて、だって?
なんだ、それは。
「ざっまあ見ろよ、反省しろよ、勝ったんだからなこの僕が!」
早くどこかへ行ってしまえと念じているこちらの気を知ってか知らずか、勝利の咆哮は足音とともに遠ざかったり近づいたりを繰り返している。
「本当に、本当に変わるんだもんなあ、世界が! すごいよ本当に。本当にこの、仲里を」
声がぐっと近くなったのを感じて、思わず目を開けた。さらさらの前髪の下で愉しそうにおれの顔を覗き込む目と視線がぶつかって、短く悲鳴をあげてしまった。
「これにっ、懲りたらっ!」
ああこいつ、なんでこんなにテンション上がってるんだろう。唾飛ばさないでくれよ、頼むから。もういなくなってくれよ、頼むから。
南川が、だらだらと何かを叫んでいる。何を言っているのかは頭に入ってこなくても、返事を求められたことだけはなんとなく分かって、その都度はいはいと泣き声交じりに返事をした。
何度目かの返事をしたとき、ざりざりと何かを擦る音が耳に届いた。すぐに、誰かの足音なのだと分かった。靴底が砂に擦れる音だ。助かったと思った。南川も第三者の接近に気がついたのか、いつまでも続きそうだった独り言をフェードアウトさせる。
「あ……」
困惑したような声。南川のものだ。おれの知っている南川のものだ。
「なに……やってるの」
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