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第四話 boy's side 『被虐と加虐』
3-2 激突
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横井の来ないうちに、と急いで着替えを終えて、暗くて臭くて狭くて静かな部室から出ると、やあ、と声がする。見ると、ひょろ長い男ではなくて、丸顔の憎い男が壁に寄りかかってにやにやと笑っている。
頭に血が上りそうになるのをこらえてそのまま歩き出すと、笑いを噛み締めるような声が追いかけてきた。
「きみが僕にしてきたこと、矢野さんにバラされたくなかったら、着いて来いよ」
南川が何を言ったのか、分からなかった。だから振り向きもせずに、ただ立ち止まって言葉の意味を考えた。
ああ、なるほど。まず一つ、分かった。こいつは、おれが矢野に気があることを知っていて、だからおれの悪事を矢野にばらすぞ、と言って脅しかけてきているのか。
それで、あと分からないのは――そうだ、だったらおれの悪事って、何のことなんだろう。南川の言葉を思い出すと、それは、きみが僕にしてきたこと、ということになるけれど。
おれが、南川に、何をした? 中学時代に喧嘩を売られて、それを撃退して。他に、いったい何をした?
答えは見つからなかった。見つかるわけがなかった。答えがあるわけがなかった。
もう、限界だった。
ぷっつりと、何かが切れた。振り向きざまに走り出すと、南川はおれの突進を造作なく交わした。これで捕らえられると思っていたわけでもなかったので、そのまま壁を蹴るようにして、何やらへらへらと楽しそうな丸顔を追いかける。時折南川は振り向いて、その度に真っすぐな前髪が翻って狭い額を露にさせた。
部活終わりで疲れているせいか、ばたばたと走る背中が心なしか速く感じる。それが、ますますおれの頭を煮えさせる。校舎裏まで走るとようやく観念したのか、南川は不敵に笑みを浮かべながらこちらを向いて立ち止まった。疲れのせいか、怒りのせいか、あるいは喜びのせいか、息が荒くなる。みなみかわあ、と呼びかけると、笑みが少し引きつったような気がした。
「おれが、お前に何かしたか?」
「何、しらばっくれようとしてるんだよ。今更謝っても遅いんだからな」
いまさらあやまってもおそい。どの口が言っているんだ。誰の台詞だと思っているんだ。
無意識に、足が前に出る。夕刻も過ぎて薄暗くなった空気が、じりじりと焦げるのが分かる。
「ああ、そうだ。そうだよ。いつもそうやって僕のことを睨みつけて。そして、気にくわないと僕のことを殴るんだ。君のやっていることを何て言うのか知ってる?」
いじめだよ。
南川が笑う。こちらも、笑ってしまう。知ってたよ、お前が勝手にそう思っていることぐらい。
「お前がそう思ってるのが透けて見えるから、おれはお前のことが気にくわなかったんだよ」
拳に力が籠る。南川が一歩下がる。
かかってこいよ。
誰かが言った。信じられないことに、それはおれではなかった。南川が歯を見せて笑うので、それでやっと、誰がそう言ったのかに気がついた。
「はあ?」
まるで悪者のように乱暴な声が、自分の口から漏れた。
「かかってこいよ。僕に勝ったら、矢野には黙っておいてやるから。さあ」
来いよ、いじめっこ。南川がそう言い終わるよりも前に、おれの四肢は弾けるように飛び掛かっていた。
どうしようもない怒りが全身を支配していた。だけど心のどこか一か所が、震えそうな程に喜び猛っている。中学の頃に南川を殴ったときの感覚が拳に、腕に、体中に蘇ってくる。あれは、あの感覚はとても、良かった。
あれをまた、味わえる。
頭に血が上りそうになるのをこらえてそのまま歩き出すと、笑いを噛み締めるような声が追いかけてきた。
「きみが僕にしてきたこと、矢野さんにバラされたくなかったら、着いて来いよ」
南川が何を言ったのか、分からなかった。だから振り向きもせずに、ただ立ち止まって言葉の意味を考えた。
ああ、なるほど。まず一つ、分かった。こいつは、おれが矢野に気があることを知っていて、だからおれの悪事を矢野にばらすぞ、と言って脅しかけてきているのか。
それで、あと分からないのは――そうだ、だったらおれの悪事って、何のことなんだろう。南川の言葉を思い出すと、それは、きみが僕にしてきたこと、ということになるけれど。
おれが、南川に、何をした? 中学時代に喧嘩を売られて、それを撃退して。他に、いったい何をした?
答えは見つからなかった。見つかるわけがなかった。答えがあるわけがなかった。
もう、限界だった。
ぷっつりと、何かが切れた。振り向きざまに走り出すと、南川はおれの突進を造作なく交わした。これで捕らえられると思っていたわけでもなかったので、そのまま壁を蹴るようにして、何やらへらへらと楽しそうな丸顔を追いかける。時折南川は振り向いて、その度に真っすぐな前髪が翻って狭い額を露にさせた。
部活終わりで疲れているせいか、ばたばたと走る背中が心なしか速く感じる。それが、ますますおれの頭を煮えさせる。校舎裏まで走るとようやく観念したのか、南川は不敵に笑みを浮かべながらこちらを向いて立ち止まった。疲れのせいか、怒りのせいか、あるいは喜びのせいか、息が荒くなる。みなみかわあ、と呼びかけると、笑みが少し引きつったような気がした。
「おれが、お前に何かしたか?」
「何、しらばっくれようとしてるんだよ。今更謝っても遅いんだからな」
いまさらあやまってもおそい。どの口が言っているんだ。誰の台詞だと思っているんだ。
無意識に、足が前に出る。夕刻も過ぎて薄暗くなった空気が、じりじりと焦げるのが分かる。
「ああ、そうだ。そうだよ。いつもそうやって僕のことを睨みつけて。そして、気にくわないと僕のことを殴るんだ。君のやっていることを何て言うのか知ってる?」
いじめだよ。
南川が笑う。こちらも、笑ってしまう。知ってたよ、お前が勝手にそう思っていることぐらい。
「お前がそう思ってるのが透けて見えるから、おれはお前のことが気にくわなかったんだよ」
拳に力が籠る。南川が一歩下がる。
かかってこいよ。
誰かが言った。信じられないことに、それはおれではなかった。南川が歯を見せて笑うので、それでやっと、誰がそう言ったのかに気がついた。
「はあ?」
まるで悪者のように乱暴な声が、自分の口から漏れた。
「かかってこいよ。僕に勝ったら、矢野には黙っておいてやるから。さあ」
来いよ、いじめっこ。南川がそう言い終わるよりも前に、おれの四肢は弾けるように飛び掛かっていた。
どうしようもない怒りが全身を支配していた。だけど心のどこか一か所が、震えそうな程に喜び猛っている。中学の頃に南川を殴ったときの感覚が拳に、腕に、体中に蘇ってくる。あれは、あの感覚はとても、良かった。
あれをまた、味わえる。
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