アンリアルロジック〜偽りの法則〜

いちどめし

文字の大きさ
上 下
17 / 59
第三話 『手に入れたもの』

1-2 ざわんな

しおりを挟む
「そーいえばさあ」 
 乗り換え最後の電車に乗ったとき、各務原さんが話の途中で声の調子を変えたので、私と神崎さんは今日の宿題についての話題を中断して次の言葉を待つことにした。 
「北沢さん、って呼ぶの、なんか堅苦しいね。ざわんなって呼んで良い?」 
「もうちょっとましなのないの?」 
 すぐさま反応したのは神崎さん。私はといえば、文句を言うどころか「ざわんな」が自分のあだ名として生み出された言葉であることにすらすぐには気づけなかった。 
「えー、良くない? これ。昨日寝る前に考えたんだよ。そしたらこれがいちばんしっくりきて。なんか、言ってるうちに馴染んでこない?」 
 ざわんなざわんなと英単語の暗記でもするかのように唱えだす各務原さんを前に、私と神崎さんはやれやれと顔を見合わせる。 
「柑菜は、そう呼ばれても良いの?」 
「あだ名は……べつに、何でもいいんだけど。なんか、怪獣っぽいね」 
「怪獣か。その発想もちょっと謎だけど」 
「強そうってことじゃん。何でもいいならそれで決まり。良いよね!」 
 強引な各務原さんの勢いに逆らう理由もなくて、思いがけず、私は高校生活で初めてのあだ名を手に入れた。 
 教室の前まで一緒に来たところで神崎さんが柑菜また後でねと言うと、各務原さんがあだ名の定着していないことに頬を膨らませる。私はといえば、こそばゆいその響きに頬が緩みそうになるのをこらえることで精いっぱいだった。 
 毎朝のように私の席を占領して談笑をしているクラスメートは、私に気づくと笑顔を向けて立ち上がり、私は各務原さんと一緒にその談笑の輪の中に入っていった。 
 夢みたいだ。 
 始めの頃はそう思っていたこの状況も、一週間を過ぎた今ではどうということのない、自身のあるべき日常のように思われる。 
 この、お守りのおかげだ。制服越しに、ポケットの中のぺらぺらな布袋に触れる。指先に、紐の感触だけが僅かに伝わる。 
 なんだか非現実的で信じられないけれど、世界の変わったタイミングから考えても、この状況は間違いなくお守りの効力によるものなのだろう。だとすれば―― 
 深澤先生の顔が、頭に浮かんだ。どこか私の知らない場所を見ているような、ミステリアスで、だけど穏やかな表情のスクールカウンセラー。 
 彼には、とても失礼な態度をとってしまったような気がする。今更になって、私は彼を疑ってしまったことを申し訳ないと感じてしまっていた。 
 今日、彼に会いに行こう。 
 そして一言、お礼を言おう。 
 今日の帰りは友達を待たせちゃうなと思って、それがまた、私を幸せな気持ちにさせた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...