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第三話 『手に入れたもの』

1-2 ざわんな

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「そーいえばさあ」 
 乗り換え最後の電車に乗ったとき、各務原さんが話の途中で声の調子を変えたので、私と神崎さんは今日の宿題についての話題を中断して次の言葉を待つことにした。 
「北沢さん、って呼ぶの、なんか堅苦しいね。ざわんなって呼んで良い?」 
「もうちょっとましなのないの?」 
 すぐさま反応したのは神崎さん。私はといえば、文句を言うどころか「ざわんな」が自分のあだ名として生み出された言葉であることにすらすぐには気づけなかった。 
「えー、良くない? これ。昨日寝る前に考えたんだよ。そしたらこれがいちばんしっくりきて。なんか、言ってるうちに馴染んでこない?」 
 ざわんなざわんなと英単語の暗記でもするかのように唱えだす各務原さんを前に、私と神崎さんはやれやれと顔を見合わせる。 
「柑菜は、そう呼ばれても良いの?」 
「あだ名は……べつに、何でもいいんだけど。なんか、怪獣っぽいね」 
「怪獣か。その発想もちょっと謎だけど」 
「強そうってことじゃん。何でもいいならそれで決まり。良いよね!」 
 強引な各務原さんの勢いに逆らう理由もなくて、思いがけず、私は高校生活で初めてのあだ名を手に入れた。 
 教室の前まで一緒に来たところで神崎さんが柑菜また後でねと言うと、各務原さんがあだ名の定着していないことに頬を膨らませる。私はといえば、こそばゆいその響きに頬が緩みそうになるのをこらえることで精いっぱいだった。 
 毎朝のように私の席を占領して談笑をしているクラスメートは、私に気づくと笑顔を向けて立ち上がり、私は各務原さんと一緒にその談笑の輪の中に入っていった。 
 夢みたいだ。 
 始めの頃はそう思っていたこの状況も、一週間を過ぎた今ではどうということのない、自身のあるべき日常のように思われる。 
 この、お守りのおかげだ。制服越しに、ポケットの中のぺらぺらな布袋に触れる。指先に、紐の感触だけが僅かに伝わる。 
 なんだか非現実的で信じられないけれど、世界の変わったタイミングから考えても、この状況は間違いなくお守りの効力によるものなのだろう。だとすれば―― 
 深澤先生の顔が、頭に浮かんだ。どこか私の知らない場所を見ているような、ミステリアスで、だけど穏やかな表情のスクールカウンセラー。 
 彼には、とても失礼な態度をとってしまったような気がする。今更になって、私は彼を疑ってしまったことを申し訳ないと感じてしまっていた。 
 今日、彼に会いに行こう。 
 そして一言、お礼を言おう。 
 今日の帰りは友達を待たせちゃうなと思って、それがまた、私を幸せな気持ちにさせた。 
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