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第二話 『世界よ変われ』
extra 闖入者
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さびれたアパートや古民家に囲まれたその公園から、滑り台やジャングルジムといっためぼしい遊具が撤去されて久しくなる。条例の改定によって基準を満たしていないと判断されたためであるが、その決定を惜しむかつての子供たちの声こそあれ、当時その決定を嘆く子供たちの声はなかった。
鉄棒とブランコの二つのみが立ち尽くすかつて「ちびっこ広場」と呼ばれたその場所は、他の遊具が撤去されると決まった頃には既に閑散としてしまっており、他の遊具を失った今でも手狭である。
それでも、周りに車の通りが少ないことが幸いしてか、未だに子供たちの集会場としての機能は最低限保つことができていた。
「うーわ、サイアク。充電切れたし」
ブランコに腰かけて携帯ゲーム機で遊んでいた丸刈りの少年が、苛立った声を出した。一緒にゲームをしていた三人の同級生が「じゃー別のことしよっか」と口を揃えると、丸刈りの少年は満足そうに頷く。
丸刈りの彼は小学校の高学年になったばかりであるが、縦にも横にも、中学生に劣らない貫禄の持ち主である。彼は乱暴者というわけではなかったが、その体格やすぐに険しくなる表情は、同学年の生徒たちが必要以上に彼の機嫌を伺うようになるには十分すぎるものだった。
話し合いもなく自然とじゃんけんが行われ、負けた小柄な少年が鬼となり、追いかけっこが始まる。ちびっこ広場の入り口には走り回ることを禁止する旨の注意書きが貼られていたが、雨風に汚れたラミネートに目をくれる児童はどこにもいなかった。
狭い公園で始まった高学年による追いかけっこが長引くわけもなく、すぐに小柄な少年が丸刈りを追い詰める。公園の隅でフェンスにもたれかかった丸刈りは、息を切らせながらもへらへらとした顔で腕をクロスさせた。
「バーリア!」
追い詰める少年の足が止まった。
「あー、それずるいよ。そんなルールないし!」
とぼけた顔をする丸刈りに鬼の少年は抗議を繰り返すが、丸刈りの表情から笑顔が消えかかったのを察して、口を尖らせ黙り込む。
そこに、
「そうだぞ、勝手にルールを変えるのは良くない」
堂々とした、大きな声が公園を震わせた。少年たちが声の方を見ると、彼らが直前まで座ってゲームをしていたブランコに、金髪の少女が立っている。
ごてごてと缶バッヂを装飾したオーバーオールは、少年たちと髪の色の異なる少女のことを、この空間で余計に浮き立たせていた。
突然の闖入者に呆気にとられていた少年たちの中で、最初に沈黙を破ったのは文句を言われた丸刈りだった。
「なんだよお前!」
「私か? シンシアと呼んでくれ。自分に都合の良いように遊びのルールを変えてしまう、不届きなきみの名前は?」
シンシアと名乗った少女の年齢は、少年たちとそう変わらなく見える。そんな彼女の落ち着いていて、尊大で、相手のことをどこか見下したような物言いに真っ当な対応ができるほど、丸刈りは大人ではない。
「うっせーブス!」
「なに?!」
余裕すら感じられた少女の顔が、明らかな怒りに歪む。
突然雰囲気の変わったことにたじろぐ四人の見ている前でシンシアは片足ずつゆっくりとブランコから降りると、すかさず少年たちを睨め上げた。
「ブスじゃないだろう! よく見ろ!」
そう叫んで走り出した少女。その気迫に弾かれたようにして駆け出す少年たち。
葉桜の見下ろす小さな公園で、追いかけっこの第二ラウンドが始まった。
鉄棒とブランコの二つのみが立ち尽くすかつて「ちびっこ広場」と呼ばれたその場所は、他の遊具が撤去されると決まった頃には既に閑散としてしまっており、他の遊具を失った今でも手狭である。
それでも、周りに車の通りが少ないことが幸いしてか、未だに子供たちの集会場としての機能は最低限保つことができていた。
「うーわ、サイアク。充電切れたし」
ブランコに腰かけて携帯ゲーム機で遊んでいた丸刈りの少年が、苛立った声を出した。一緒にゲームをしていた三人の同級生が「じゃー別のことしよっか」と口を揃えると、丸刈りの少年は満足そうに頷く。
丸刈りの彼は小学校の高学年になったばかりであるが、縦にも横にも、中学生に劣らない貫禄の持ち主である。彼は乱暴者というわけではなかったが、その体格やすぐに険しくなる表情は、同学年の生徒たちが必要以上に彼の機嫌を伺うようになるには十分すぎるものだった。
話し合いもなく自然とじゃんけんが行われ、負けた小柄な少年が鬼となり、追いかけっこが始まる。ちびっこ広場の入り口には走り回ることを禁止する旨の注意書きが貼られていたが、雨風に汚れたラミネートに目をくれる児童はどこにもいなかった。
狭い公園で始まった高学年による追いかけっこが長引くわけもなく、すぐに小柄な少年が丸刈りを追い詰める。公園の隅でフェンスにもたれかかった丸刈りは、息を切らせながらもへらへらとした顔で腕をクロスさせた。
「バーリア!」
追い詰める少年の足が止まった。
「あー、それずるいよ。そんなルールないし!」
とぼけた顔をする丸刈りに鬼の少年は抗議を繰り返すが、丸刈りの表情から笑顔が消えかかったのを察して、口を尖らせ黙り込む。
そこに、
「そうだぞ、勝手にルールを変えるのは良くない」
堂々とした、大きな声が公園を震わせた。少年たちが声の方を見ると、彼らが直前まで座ってゲームをしていたブランコに、金髪の少女が立っている。
ごてごてと缶バッヂを装飾したオーバーオールは、少年たちと髪の色の異なる少女のことを、この空間で余計に浮き立たせていた。
突然の闖入者に呆気にとられていた少年たちの中で、最初に沈黙を破ったのは文句を言われた丸刈りだった。
「なんだよお前!」
「私か? シンシアと呼んでくれ。自分に都合の良いように遊びのルールを変えてしまう、不届きなきみの名前は?」
シンシアと名乗った少女の年齢は、少年たちとそう変わらなく見える。そんな彼女の落ち着いていて、尊大で、相手のことをどこか見下したような物言いに真っ当な対応ができるほど、丸刈りは大人ではない。
「うっせーブス!」
「なに?!」
余裕すら感じられた少女の顔が、明らかな怒りに歪む。
突然雰囲気の変わったことにたじろぐ四人の見ている前でシンシアは片足ずつゆっくりとブランコから降りると、すかさず少年たちを睨め上げた。
「ブスじゃないだろう! よく見ろ!」
そう叫んで走り出した少女。その気迫に弾かれたようにして駆け出す少年たち。
葉桜の見下ろす小さな公園で、追いかけっこの第二ラウンドが始まった。
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