上 下
37 / 37
第二話 村の救世主

3-8 おばさんのせいにして

しおりを挟む
「おばさん!」
 大声で呼びかける。反応はない。喚起されるまでもなく、大型ゾンビの接近には気付いているのだろう。痩せた口元を歪ませて焦りの表情を浮かべているのが、遠目にも分かる。
 走った。向かい来るゾンビたちを文字通り蹴散らしながら、大型ゾンビに向かって僕は走っていた。
 おばさんを守らなくては、と思った。
 思った、ことにした。
 村の中ではやり手で通っている猟師のマァギタならば、大型ゾンビの攻撃もなんとか回避するだろう、という思いもあった。
 それなのに走ったその理由に、僕は走り出してから気づいたのだった。
 ほんとうに、ほんとうに、思い上がりだけれども。この脚をがむしゃらに走らせているものの正体は、あの一番大きくて強そうなゾンビは僕が何とかしなければ、という使命感じみたものだった。
 だって、僕は。
 勇者にまでなったレイヴの幼馴染で、村のみんなからは、レイヴと並ぶ存在なのだと思われているのだから。
 今、この村でいちばん戦えるのはこのワキヤだと、みんながそう思っているのだろうから。
 今まで直視しないようにしていた、まともに取り合おうとしてこなかった、僕への過ぎた評価が、
 それでもきっと、今の今まで、僕の自尊心を陰ながら支えていたのに違いないのだ。
 それに応えないと、そんなのは裏切りだ。村のみんなへの、そして僕自身への。
 だけど、そんなことを考えるのは「僕自身が思う、みんなから見た僕」とかけ離れているような気がしたから、だから、僕はおばさんを助けるために走ったことにした。
 新たな弾を装填し終えたおばさんが、さっきまでの焦り顔など嘘のような鋭い目つきに変わり、巨大な敵に向かって銃口を向ける。
 銃声。そして、炸裂し暴れる風の刃。大型ゾンビの右肩の腐肉が削り取られ、その巨腕がだらりと垂れる。
「チィ!」
 切羽詰まった舌打ちが耳に届く。
 発動した魔法の威力の割に、敵の損害は小さく見えた。片腕を負傷して尚、大型ゾンビの脚は止まらず、残った左腕は屋根の上の猟師をずり下さんと持ち上げられる。
 ああ、
 間に合う。
 文字通り丸太のように太いゾンビの四肢は、そのずんぐりとした図体から受ける印象の通りに緩慢だ。あの太い腕がおばさんの立つ屋根を掴むまでに、僕の拳は確実にその背中を打つことができる。
 拳に力を込めた。もつれそうになる脚は、それでも速度を緩めず僕の身体を敵の元へと運ぶ。そこらじゅうで起こっているはずの乱闘による喧騒は聞こえない。耳には、自分自身の絶叫じみた雄叫びだけが響いた。
 どむ、という鈍い音。背中に拳を受けた巨体がよろけ、しかし踏み留まる。
「硬い!」
 思わず声に出た。考えてみれば、風魔法の銃弾の直撃にも耐えるような相手だ。ただの拳が通用するほど甘くもないだろう。
 屋根に伸びていた腕が止まるのを確認し、飛び退く。指の関節がぎりぎりと痛んだ。
「ありがとうよ、ワキヤ!」
 オークのゾンビが僕の方を振り向いた隙に、おばさんが再び弾を込め始める。
「引きつけますから、攻撃お願いします!」
 叫びながら、僕も再び巨体に向かう。致命傷にならないとはいえ、風魔法はダメージを与えている。あと何発かが直撃すれば、動きを止めることもできるかも知れない。
 しかし、
「すまないが邪魔させてもらうよ」
 いつの間に移動したのだろうか、おばさんの背後にスフマートが現れ、猟銃を奪い取ると丸腰の猟師を屋根の上から蹴り落とした。軒先に横たわったおばさんは呻き声をあげ、立ちあがろうと石畳に手をついたものの再び倒れ込んだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-

一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。 ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。 基本ゆったり進行で話が進みます。 四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。 電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。 信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。 そうだ。西へ行こう。 西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。 ここで、ぼくらは名をあげる! ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。 と、思ってた時期がぼくにもありました…

処理中です...