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第二話 村の救世主

3-6 選別

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 スフマートの忌々しい笑顔が、満足そうに歪んだ。頭の中を見透かされているようだった。
「さあ、助ける者を選びに行こうではないか。人数については相談しよう」
 楽しげな足取りで僕の脇を通り過ぎると、死臭を纏う男はあまりにも容易く背中を見せた。僕を選別に向かわせようとしているのだろう。集められた村民たちを前にして、彼はまるでそれが自分のものであるかのように両腕を広げ、示してみせた。
 集団のいちばん手前に立っている両親に目が行く。次いで、僕の目は無意識のうちに錆色の髪を探していた。導かれるように向かった視線の先で、彼女は身長のそう変わらない老父である村長の陰に隠れ、青ざめた顔をしている。
「ほう」
 スフマートが声を漏らすのと、僕が慌ててジーナから視線を逸らすのとはほとんど同時だった。
「想い人の中で生き続けるというのも美しいことじゃないか」
「そんなのじゃない」
「そんなの、だろう。想いは告げたのか」
「だからーー!」
 思わず声に怒気が混じる。スフマートは微笑むように目を細めると、骨張った手のひらを僕の肩に乗せた。
 親しげな手。重い手。腹が立っているはずなのに、嫌なはずなのに、振り払えなかった。
「それとも、一緒にゾンビになった方が嬉しいか」
 悪夢のような提案。瞬間、頭に血が上る。それでも、身体は動かなかった。けたけたという老人の笑い声を全身に浴びながら、僕の視線はひび割れた石畳に置き去りになる。
 昨夜の、ジーナの表情を思い出した。
 もう、子供ではなくなっていた自分たち。いつの間にか、子供ではなくなっていたジーナ。レイヴ。
 僕は。
 たぶん、風が吹いた。
 畑に火を放ったと聞いていた。煙たい臭いの中に、懐かしく、慣れ親しんだ、乾いた麦わらの匂いがした。
 視線を上げる。
 ジーナ。
 心なしか、彼女が再び近くなった気がした。
 僕は。
 そうか。僕は、そういう奴なのか。
 死ねよ、と思った。
 だったら。そんなことを少しでも期待するくらいなら、死ねよ、僕なんか。
 いつの間にか、笑い声は止んでいた。見ると、スフマートは意外そうに目を細め、そして、楽しそうに顔を歪めていた。
「挑発のつもりだったんだがな」
 囁くような声。それでようやく、僕の身体は動き、彼の手を振り払った。
「君のことが、気に入ってしまいそうだよ」
 ふざけた物言いだ。自分の四肢が獣のように唸るのを感じる。狂ったように殴りかかった右の拳は、後ろ跳びに避けられて空を切った。
 大型ゾンビの視線がこちらに向くのを感じ、こちらも距離を取って群衆を振り返る。
「団長!」
 ざわめき立つ村人たちの中に、鍛冶屋のおじさん確認して声を張り上げた。
「やろう、みんなで! 黙ってても殺されるだけだ!」
 彼らの動きを確認する間も無く、スフマートに向き直る。視界の端にグレイプが構えるのを捉え、僕も大型ゾンビを見上げて戦闘態勢を取った。
「諦めない姿勢、素晴らしいな。ますます君が欲しくなったよ。だが、交換条件はもう無しだ」
 主人が言い終わるや、壁のように立ち尽くしていたゾンビたちが動きだす。しかし、
「退きなぁっ!」
 しわがれた怒声が響き、ゾンビの群れは再び一瞬動きを止めて、声のした方を振り返り、仰ぎ見る。
 僕も同じように目を向けると、民家の屋根の上で仁王立ちになる猟師のおばさんがいた。彼女は皆の動きが止まったのを見てにやりと笑うと、猟銃を構えた。
「来るぞ!」
 グレイプと顔を合わせ、慌ててゾンビたちから距離を取る。その直後、銃声が響き、次いで僕らは背後に爆音を聞いた。
 振り返る。大型ゾンビの足元の石畳が吹き飛び、抉れた地面が顔を覗かせている。
 先刻ーーキアロスクーロと別れた後、おばさんは「とっておきのを準備してくる」と息巻いて、広場に向かう僕やグレイプと別行動を取っていた。
 この爆発が、彼女のとっておきというわけか。
 体勢を崩し転倒する大型ゾンビの巨体に巻き込まれ、爆発から逃れた何体かのゾンビたちが押し潰された。
 その様子を見た村人たちが一斉に声を上げる。僕も、雄叫びをあげながら手近なゾンビたちに殴りかかった。




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