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第一話 約束の戦士
2-5 包囲
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「形勢逆転、ってやつかい、勇者さんヨォ」
声のした方を見ると、さっきまで倒れていたはずのゴブリンが立ち上がり、にやにやと笑っている。
「畜生が! なんでゴブリンがアンタの味方をするんだよ!」
「うるせぇよ腐れ勇者が! わざわざ隙を見せてくれてんのに、そこを見逃すバカがいるかよ!」
状況を掴めていない僕の代わりに、ゴブリンがウィアと罵り合った。右肩を押さえるウィアの姿から推測するに、ゴブリンによって何らかの攻撃を受けたということなのだろう。
「おっと、剣を拾おうってんなら、今度は頭にヒビが入ることになるぜ」
声を張り上げるゴブリンの片手には拳大の石ころ。先ほども、何かを投げつけたということか。落とした剣に手を伸ばしていたウィアは動きを止め、ゴブリンと僕とを憎々しげに見比べた。
「それで、次はどうするつもり? ちょっと腕の立つ一般人が、ゴブリンなんかと組んで、このアタシを殺せるとでも?」
「なっ、なにも、殺そうだなんて」
極端な言葉を、思わず否定する。追い詰められているはずの偽勇者が不敵に笑った。
「随分とヌルいことを言うじゃない。自分の立場を考えなよ。魔物に協力するような奴なんて、虫けらみたいに殺されたって文句を言えないんだからさ」
苦し紛れに出た言葉なのだろう、と思った。それなのに、言い返す言葉を見つけることができなかった。彼女の言っていることは、至極もっともだったからだ。
「今、アタシはゴブリンに命を狙われているわけ。聞いたでしょ、頭にヒビを入れるって。そんなアタシに、まだ拳を向けているだなんて、そんなのもうさっきまでの喧嘩の延長ってわけには行かないよね? それでもまだその拳をアタシに向けているってことは――」
「アンタら、何やってんだ!」
第三者――いや、第四者の怒鳴り声。馴染みのある酒やけした声と同時に耳障りな高音が炸裂し、覚えのある冷気が頬を掠めた。
「おばさん!」
声のした方、作業道の方へ目をやると、白髪交じりの髪を後ろに束ねた、眼光鋭い女性が猟銃を構えていた。見知った猟師である。
「ワキヤ! 時間がないから簡潔に言いな! そのゴブリンは敵かい?」
氷魔法の罠が発動したのだろう。ゴブリンとウィアは足元を氷の塊に覆われ、目を白黒させている。
「わ、分かりません!」
「そっちのネエちゃんはッ?」
ゴブリンを狙っていた銃口が、今度はウィアに向けられた。
「て、敵、かも! 勇者を騙って――でも撃つのは」
有無を言わさない銃声が鼓膜を突く。足元の地面を鉛玉に抉られたウィアが短い悲鳴をあげ、氷が砕け散るのと同時に腰を抜かしてへたり込んだ。
「な、な、な、なにを――」
「ここら一帯には、まだまだ罠が仕掛けてある。私の気分一つで、いつでも発動可能な罠さ。今のは警告代わりの控えめなやつだったけどね、この村の中でこれ以上揉め事を起こそうって言うのなら、今度こそその脚は凍り付くし、弾も当てる。さあ、どうする?」
「ゴブリンが逃げ込んだから、退治してあげようと思っていただけ! それなのにこいつが突っかかって来て――」
猟師の銃口がわずかに動き、その先にいるウィアは忌々しげに口を噤む。
「この状況で口ごたえとは、なかなか胆の据わったお嬢さんだ。だけどね、今聞いてるのは、村を出て行くか、出て行かないかの答えだよ」
「くっ、出て行けば良いんでしょ?! 雑魚どもが調子付きやがって! わざわざあの野郎の村になんて来るんじゃなかった!」
周りを警戒しながら身じろぎするように剣に手を伸ばし、それを拾い上げるなり、偽勇者は森の中へと消えて行った。
「たっ、助かりま――」
感謝の言葉は聞き覚えのある高音に遮られ、僕の脚元は凍りついた。困惑する間すら無く、僕の目線はおばさんのじとりとした表情に吸い寄せられる。
森の中でレイヴと悪さをするたびに、僕らを怒鳴り散らしていた時の目だ。久しくお目にかかっていなかったけれど、記憶の彼方にあった拳骨の味は一瞬にして僕の脳天に蘇るのだった。
「ゴブリンとつるんで余所者と喧嘩だなんて、ワキヤ、あんたいったいどういうグレかただい」
「いや、ゴブリンとつるんだつもりはなくて、えっと、その――」
説明に手こずる姿を見かねたらしいゴブリンに加勢されつつ、僕はなんとか事情の説明を終えたのだった。
声のした方を見ると、さっきまで倒れていたはずのゴブリンが立ち上がり、にやにやと笑っている。
「畜生が! なんでゴブリンがアンタの味方をするんだよ!」
「うるせぇよ腐れ勇者が! わざわざ隙を見せてくれてんのに、そこを見逃すバカがいるかよ!」
状況を掴めていない僕の代わりに、ゴブリンがウィアと罵り合った。右肩を押さえるウィアの姿から推測するに、ゴブリンによって何らかの攻撃を受けたということなのだろう。
「おっと、剣を拾おうってんなら、今度は頭にヒビが入ることになるぜ」
声を張り上げるゴブリンの片手には拳大の石ころ。先ほども、何かを投げつけたということか。落とした剣に手を伸ばしていたウィアは動きを止め、ゴブリンと僕とを憎々しげに見比べた。
「それで、次はどうするつもり? ちょっと腕の立つ一般人が、ゴブリンなんかと組んで、このアタシを殺せるとでも?」
「なっ、なにも、殺そうだなんて」
極端な言葉を、思わず否定する。追い詰められているはずの偽勇者が不敵に笑った。
「随分とヌルいことを言うじゃない。自分の立場を考えなよ。魔物に協力するような奴なんて、虫けらみたいに殺されたって文句を言えないんだからさ」
苦し紛れに出た言葉なのだろう、と思った。それなのに、言い返す言葉を見つけることができなかった。彼女の言っていることは、至極もっともだったからだ。
「今、アタシはゴブリンに命を狙われているわけ。聞いたでしょ、頭にヒビを入れるって。そんなアタシに、まだ拳を向けているだなんて、そんなのもうさっきまでの喧嘩の延長ってわけには行かないよね? それでもまだその拳をアタシに向けているってことは――」
「アンタら、何やってんだ!」
第三者――いや、第四者の怒鳴り声。馴染みのある酒やけした声と同時に耳障りな高音が炸裂し、覚えのある冷気が頬を掠めた。
「おばさん!」
声のした方、作業道の方へ目をやると、白髪交じりの髪を後ろに束ねた、眼光鋭い女性が猟銃を構えていた。見知った猟師である。
「ワキヤ! 時間がないから簡潔に言いな! そのゴブリンは敵かい?」
氷魔法の罠が発動したのだろう。ゴブリンとウィアは足元を氷の塊に覆われ、目を白黒させている。
「わ、分かりません!」
「そっちのネエちゃんはッ?」
ゴブリンを狙っていた銃口が、今度はウィアに向けられた。
「て、敵、かも! 勇者を騙って――でも撃つのは」
有無を言わさない銃声が鼓膜を突く。足元の地面を鉛玉に抉られたウィアが短い悲鳴をあげ、氷が砕け散るのと同時に腰を抜かしてへたり込んだ。
「な、な、な、なにを――」
「ここら一帯には、まだまだ罠が仕掛けてある。私の気分一つで、いつでも発動可能な罠さ。今のは警告代わりの控えめなやつだったけどね、この村の中でこれ以上揉め事を起こそうって言うのなら、今度こそその脚は凍り付くし、弾も当てる。さあ、どうする?」
「ゴブリンが逃げ込んだから、退治してあげようと思っていただけ! それなのにこいつが突っかかって来て――」
猟師の銃口がわずかに動き、その先にいるウィアは忌々しげに口を噤む。
「この状況で口ごたえとは、なかなか胆の据わったお嬢さんだ。だけどね、今聞いてるのは、村を出て行くか、出て行かないかの答えだよ」
「くっ、出て行けば良いんでしょ?! 雑魚どもが調子付きやがって! わざわざあの野郎の村になんて来るんじゃなかった!」
周りを警戒しながら身じろぎするように剣に手を伸ばし、それを拾い上げるなり、偽勇者は森の中へと消えて行った。
「たっ、助かりま――」
感謝の言葉は聞き覚えのある高音に遮られ、僕の脚元は凍りついた。困惑する間すら無く、僕の目線はおばさんのじとりとした表情に吸い寄せられる。
森の中でレイヴと悪さをするたびに、僕らを怒鳴り散らしていた時の目だ。久しくお目にかかっていなかったけれど、記憶の彼方にあった拳骨の味は一瞬にして僕の脳天に蘇るのだった。
「ゴブリンとつるんで余所者と喧嘩だなんて、ワキヤ、あんたいったいどういうグレかただい」
「いや、ゴブリンとつるんだつもりはなくて、えっと、その――」
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