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第一話 約束の戦士
2-3 まがいもの
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一瞬で姿を消したようにすら思った。吹き飛んだと理解できたのは、大木に叩きつけられたゴブリンが鈍い音を発したからだ。昂った気持ちのやり場を失ったせいか、あるいは突然の出来事に恐怖を感じたためか、ゴブリンの身体が力なく幹からずり落ちるのを見て、僕は悲鳴とも雄たけびともつかない声を上げた。
「大丈夫だった? 村人さん」
どこか、嘲りを含んだような声。見ると、さっきまでゴブリンが立っていたはずの場所で、緑がかった軽装の鎧に身を包む女が微笑んでいる。
「あ、い、いまのは」
「森の中に逃げ込まれたときは、面倒なことになったなーなんて思ったけど……あんな大声出してちゃ、見つけてくれって言ってるようなもんだよねえ」
こちらの質問には答えず、女は倒れたゴブリンに目を向ける。
「さてと、あとはもう一匹いるはずだけど――村人さん、他にゴブリン見てない?」
冷たい目を向けられて、僕は黙って首を振った。
「そっか。じゃあ、死にかけのゴブリンくんにでも聞くかぁ。威力低めの攻撃しといて正解だったな」
もはやいち村人になど欠片も興味がないといった様子で、女は抜き身の剣を携えてゆっくりとゴブリンに向かっていく。呆然と立ち尽くす僕のすぐ脇を通り過ぎた彼女は、長い金髪をなびかせて、その冷たさとは対照的な、柔らかい香草の香りを残していった。
「あ――、あの!」
必死に呼びかける農民を、長い睫毛が振り向いて一瞥する。色素の薄い瞳を持つその騎士は、その顔立ちから異国の風情を感じさせた。
「なに、村人さん。もしかして、ゴブリンの残党、知ってる?」
「いえ、あの、あなたは――」
「ああ」
女は、何か楽しげなことを思いついたように表情を和らげて、こちらに向き直った。
「アタシは勇者、ウィア・ドルズ。今はゴブリン退治の真っ最中でね、別にお礼は――」
「勇者?」
予想外の言葉を、思わず復唱する。
「勇者? 本当に?」
「そう。魔王を倒す、勇者」
「勇者は、レイヴのはずだ」
反射的にそう言ってしまい、僕は慌てて身構えた。彼女が勇者を騙る悪人ならば、逆上して剣を向けてくるかも知れないと思ったからだ。
しかし彼女は予想に反して、にやにやと楽しげに口元を歪ませる。
「やっぱり知ってたんだ。この村の出身だもんねえ、彼」
知っていて、勇者を騙ったのか。
愉しそうな笑顔。口の中に苦く固い唾が溢れる。自分から呼び止めておきながら、僕の脚は震えながら一歩退いた。この女が何者なのかは分からないけれど、好ましい相手ではないこと、そして先ほどのゴブリンよりも圧倒的に強いということははっきりとしている。
「レイヴの仲間――ですか」
「やめてよね。あんな田舎者の仲間だなんて」
「仲間じゃないなら、敵か」
女の笑顔に、凶悪な色が混ざる。これ以上の詮索が得策ではないことは分かり切っていた。それでも、勇者の輩出を喜び誇りに思ういち村人として、レイヴの親友として、黙っていることなどできるはずもなかった。
「だったら、どうする?」
愉しげな眼光が、鋭いロングソードの切っ先が、僕のことをぎらりと捉える。
恐怖はなかった。そこに、殺意や害意などが感じられなかったからだ。
代わりに、怒りを伴う高揚感が溢れ出す。ウィアと名乗る偽勇者の美しい翠の瞳に、油断という言葉すら生温い、舐め切って蔑むような色が見えたからだ。
「レイヴの敵なら、見逃すわけにはいかない」
「はっ。誰が、誰を見逃すって?」
女が嗤った。次の瞬間、一気に間合いを詰めた僕の拳が彼女の小手を突き、ロングソードは宙を舞った。
「大丈夫だった? 村人さん」
どこか、嘲りを含んだような声。見ると、さっきまでゴブリンが立っていたはずの場所で、緑がかった軽装の鎧に身を包む女が微笑んでいる。
「あ、い、いまのは」
「森の中に逃げ込まれたときは、面倒なことになったなーなんて思ったけど……あんな大声出してちゃ、見つけてくれって言ってるようなもんだよねえ」
こちらの質問には答えず、女は倒れたゴブリンに目を向ける。
「さてと、あとはもう一匹いるはずだけど――村人さん、他にゴブリン見てない?」
冷たい目を向けられて、僕は黙って首を振った。
「そっか。じゃあ、死にかけのゴブリンくんにでも聞くかぁ。威力低めの攻撃しといて正解だったな」
もはやいち村人になど欠片も興味がないといった様子で、女は抜き身の剣を携えてゆっくりとゴブリンに向かっていく。呆然と立ち尽くす僕のすぐ脇を通り過ぎた彼女は、長い金髪をなびかせて、その冷たさとは対照的な、柔らかい香草の香りを残していった。
「あ――、あの!」
必死に呼びかける農民を、長い睫毛が振り向いて一瞥する。色素の薄い瞳を持つその騎士は、その顔立ちから異国の風情を感じさせた。
「なに、村人さん。もしかして、ゴブリンの残党、知ってる?」
「いえ、あの、あなたは――」
「ああ」
女は、何か楽しげなことを思いついたように表情を和らげて、こちらに向き直った。
「アタシは勇者、ウィア・ドルズ。今はゴブリン退治の真っ最中でね、別にお礼は――」
「勇者?」
予想外の言葉を、思わず復唱する。
「勇者? 本当に?」
「そう。魔王を倒す、勇者」
「勇者は、レイヴのはずだ」
反射的にそう言ってしまい、僕は慌てて身構えた。彼女が勇者を騙る悪人ならば、逆上して剣を向けてくるかも知れないと思ったからだ。
しかし彼女は予想に反して、にやにやと楽しげに口元を歪ませる。
「やっぱり知ってたんだ。この村の出身だもんねえ、彼」
知っていて、勇者を騙ったのか。
愉しそうな笑顔。口の中に苦く固い唾が溢れる。自分から呼び止めておきながら、僕の脚は震えながら一歩退いた。この女が何者なのかは分からないけれど、好ましい相手ではないこと、そして先ほどのゴブリンよりも圧倒的に強いということははっきりとしている。
「レイヴの仲間――ですか」
「やめてよね。あんな田舎者の仲間だなんて」
「仲間じゃないなら、敵か」
女の笑顔に、凶悪な色が混ざる。これ以上の詮索が得策ではないことは分かり切っていた。それでも、勇者の輩出を喜び誇りに思ういち村人として、レイヴの親友として、黙っていることなどできるはずもなかった。
「だったら、どうする?」
愉しげな眼光が、鋭いロングソードの切っ先が、僕のことをぎらりと捉える。
恐怖はなかった。そこに、殺意や害意などが感じられなかったからだ。
代わりに、怒りを伴う高揚感が溢れ出す。ウィアと名乗る偽勇者の美しい翠の瞳に、油断という言葉すら生温い、舐め切って蔑むような色が見えたからだ。
「レイヴの敵なら、見逃すわけにはいかない」
「はっ。誰が、誰を見逃すって?」
女が嗤った。次の瞬間、一気に間合いを詰めた僕の拳が彼女の小手を突き、ロングソードは宙を舞った。
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