上 下
9 / 37
第一話 約束の戦士

2-3 まがいもの

しおりを挟む
 一瞬で姿を消したようにすら思った。吹き飛んだと理解できたのは、大木に叩きつけられたゴブリンが鈍い音を発したからだ。昂った気持ちのやり場を失ったせいか、あるいは突然の出来事に恐怖を感じたためか、ゴブリンの身体が力なく幹からずり落ちるのを見て、僕は悲鳴とも雄たけびともつかない声を上げた。
「大丈夫だった? 村人さん」
 どこか、嘲りを含んだような声。見ると、さっきまでゴブリンが立っていたはずの場所で、緑がかった軽装の鎧に身を包む女が微笑んでいる。
「あ、い、いまのは」
「森の中に逃げ込まれたときは、面倒なことになったなーなんて思ったけど……あんな大声出してちゃ、見つけてくれって言ってるようなもんだよねえ」
 こちらの質問には答えず、女は倒れたゴブリンに目を向ける。
「さてと、あとはもう一匹いるはずだけど――村人さん、他にゴブリン見てない?」
 冷たい目を向けられて、僕は黙って首を振った。
「そっか。じゃあ、死にかけのゴブリンくんにでも聞くかぁ。威力低めの攻撃しといて正解だったな」
 もはやいち村人になど欠片も興味がないといった様子で、女は抜き身の剣を携えてゆっくりとゴブリンに向かっていく。呆然と立ち尽くす僕のすぐ脇を通り過ぎた彼女は、長い金髪をなびかせて、その冷たさとは対照的な、柔らかい香草の香りを残していった。
「あ――、あの!」
 必死に呼びかける農民を、長い睫毛が振り向いて一瞥する。色素の薄い瞳を持つその騎士は、その顔立ちから異国の風情を感じさせた。
「なに、村人さん。もしかして、ゴブリンの残党、知ってる?」
「いえ、あの、あなたは――」
「ああ」
 女は、何か楽しげなことを思いついたように表情を和らげて、こちらに向き直った。
「アタシは勇者、ウィア・ドルズ。今はゴブリン退治の真っ最中でね、別にお礼は――」
「勇者?」
 予想外の言葉を、思わず復唱する。
「勇者? 本当に?」
「そう。魔王を倒す、勇者」
「勇者は、レイヴのはずだ」
 反射的にそう言ってしまい、僕は慌てて身構えた。彼女が勇者を騙る悪人ならば、逆上して剣を向けてくるかも知れないと思ったからだ。
 しかし彼女は予想に反して、にやにやと楽しげに口元を歪ませる。
「やっぱり知ってたんだ。この村の出身だもんねえ、彼」
 知っていて、勇者を騙ったのか。
 愉しそうな笑顔。口の中に苦く固い唾が溢れる。自分から呼び止めておきながら、僕の脚は震えながら一歩退いた。この女が何者なのかは分からないけれど、好ましい相手ではないこと、そして先ほどのゴブリンよりも圧倒的に強いということははっきりとしている。
「レイヴの仲間――ですか」
「やめてよね。あんな田舎者の仲間だなんて」
「仲間じゃないなら、敵か」
 女の笑顔に、凶悪な色が混ざる。これ以上の詮索が得策ではないことは分かり切っていた。それでも、勇者の輩出を喜び誇りに思ういち村人として、レイヴの親友として、黙っていることなどできるはずもなかった。
「だったら、どうする?」
 愉しげな眼光が、鋭いロングソードの切っ先が、僕のことをぎらりと捉える。
 恐怖はなかった。そこに、殺意や害意などが感じられなかったからだ。
 代わりに、怒りを伴う高揚感が溢れ出す。ウィアと名乗る偽勇者の美しい翠の瞳に、油断という言葉すら生温い、舐め切って蔑むような色が見えたからだ。
「レイヴの敵なら、見逃すわけにはいかない」
「はっ。誰が、誰を見逃すって?」
 女が嗤った。次の瞬間、一気に間合いを詰めた僕の拳が彼女の小手を突き、ロングソードは宙を舞った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換スーツ

廣瀬純一
ファンタジー
着ると性転換するスーツの話

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

狙って追放された創聖魔法使いは異世界を謳歌する

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーから追放される~異世界転生前の記憶が戻ったのにこのままいいように使われてたまるか!  【第15回ファンタジー小説大賞の爽快バトル賞を受賞しました】 ここは異世界エールドラド。その中の国家の1つ⋯⋯グランドダイン帝国の首都シュバルツバイン。  主人公リックはグランドダイン帝国子爵家の次男であり、回復、支援を主とする補助魔法の使い手で勇者パーティーの一員だった。  そんな中グランドダイン帝国の第二皇子で勇者のハインツに公衆の面前で宣言される。 「リック⋯⋯お前は勇者パーティーから追放する」  その言葉にリックは絶望し地面に膝を着く。 「もう2度と俺達の前に現れるな」  そう言って勇者パーティーはリックの前から去っていった。  それを見ていた周囲の人達もリックに声をかけるわけでもなく、1人2人と消えていく。  そしてこの場に誰もいなくなった時リックは⋯⋯笑っていた。 「記憶が戻った今、あんなワガママ皇子には従っていられない。俺はこれからこの異世界を謳歌するぞ」  そう⋯⋯リックは以前生きていた前世の記憶があり、女神の力で異世界転生した者だった。  これは狙って勇者パーティーから追放され、前世の記憶と女神から貰った力を使って無双するリックのドタバタハーレム物語である。 *他サイトにも掲載しています。

聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。

MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。 カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。  勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?  アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。 なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。 やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!! ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。誤字もお知らせくださりありがとうございます。修正します。ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...