誰が為のアルティスト

あなくま

文字の大きさ
上 下
44 / 53
第2章

第2章 04 『あーちゃん。これ、本当なの……?』

しおりを挟む
「ただいま」
「お帰り。新しいクラス、どうだった?」
「うん。多分大丈夫だと思う」
 始業式から灯夜が帰宅した。自己紹介の結果、少しだが漫画の話題が出来たことも灯夜は雛多に伝える。
「雰囲気的に近寄り難かったんだって。怖かったって言うか。漫画読むの意外がられたし、今まで勝手に怖がってごめんって謝られもしたよ」
「そっか。……お母さんとお父さん、育て方間違えてたのかな? 灯夜はとても賢い子だから必要以上に期待しちゃって勉強ばかり強いていたかも」
「それはもう良いよ、私は。ただ、これからはやることはやりながらそれ以外の時間も楽しみたいかな」
 灯夜の人生の歯車が、漸く動き出した気がした。


 実際、少しずつクラスでも輪の中に入ることが出来るようになり、灯夜の学校生活は良い方向へと変化して行った。
(こんな楽しみがすぐそこにあったんだ……)
 願わくばこの時間を少しでも長く楽しみたいと思った。しかし、その願いは――


「えっ、今何て……?」
 時は進み、6年生になった秋の終わり頃。雛多からの予想外の言葉に灯夜は思わず耳を疑った。
「だから、来年の4月からお父さんの異動の関係で引っ越さないといけなくなったのよ」
「そんな……。じゃあ、折角仲良くなった人たちとも別れなくちゃいけないってこと……?」
「灯夜には悪いけど、うん」
 特に意識したことは無かったが、自ずとこのまま皆と一緒に中学校に進学すると思っていた灯夜にはまさに寝耳に水だった。
「………………」
 言葉が出ない。
「辛いよね、灯夜。これでも異動がわかってすぐ伝えたんだけど……」
 ほぼ無表情に近かった灯夜が変わり表に出るようになると、雛多もより灯夜の気持ちを、親として感じ取れるようになっていた。
「……せめて中学卒業まで続くと思ってたんだけどな、この時間。でもそれなら仕方無いよね。ごめん、ちょっと落ち着かせて欲しい」
 そう言うと灯夜は部屋へと向かった。そんな灯夜に雛多は何も声を掛けることが出来なかった。

(皆と……お別れ……)
 ベッドに端坐位になり、俯く灯夜。すんなりと受け入れ難い決定事項だが、受け入れないといけないことはわかっていた。
(あ、今ならわかるかも。これが絶望ってものなのかな……? 結構こたえてるみたいだ)
 日常は何時、何処で何が切っ掛けで変化するかわからない。そうして生まれるのは新しく変わる環境、日常の変化に対する不安。
(あっ……)
 その時、灯夜はあることを思い出すと本棚から1冊の漫画を取り出して開いた。『Like a――』の1巻。灯夜が生まれて初めて買った漫画の1つで、表紙買いだったが読んでみるとハマってしまった思い出の作品。



――これは、とある少女が生んだ天使と悪魔の物語。

 コスプレをしながら顔出しでゲーム実況を行う配信者・あーりん――彩里あやさと蕾花らいかは、知名度で言えば無名と有名の中間、謂わば中堅に位置する配信者だ。
 そのコスプレ衣装はほぼ自作で、ゲーム実況だけでなく衣装のメイキングの配信も行い、その裁縫スキルは評価されている。やや高めのテンションと耳当たりの良い声も根強いファンのいる理由の1つだった。
 順風満帆な蕾花。しかしその帆には何時の間にか、穴が空いていた。

 ある日、蕾花がパソコンからSNSを開くと1通のDMが届いていた。送り主は仲の良いコスプレ仲間からだった。

『あーちゃん。これ、本当なの……?』

 この一文と1枚の画像がそこにはあり、その画像は匿名掲示板のスクリーンショットだった。
「何……これ?」
 そのスクリーンショットには更に画像が貼られており、それは蕾花が――あーりんが知らないおじさんと手を繋いで夜の街を歩いていたものだった。当然蕾花の身に覚えは無く、悪質なコラージュ画像に過ぎなかった。

『ち、違う! 事実無根だから。信じて!』

 当然蕾花は否定して返信する。何よりも蕾花にとって腹立たしいのは、そのコラージュのクオリティが悪趣味にも高かったことだ。突然痛み出した胸中。息が荒くなり、冷や汗も浮かぶ。
(やめた方が良い。やめた方が良いって、わかってるんだけど……)
 冷静になることが不可能となってしまった蕾花は検索を行い――やがてスクリーンショットと同じスレッド、同じ書き込みを発見した。
「――――ッ!!」
 そこから下へとスクロールさせると、漸く蕾花は制御出来なかった行いに後悔することとなった。
しおりを挟む

処理中です...