誰が為のアルティスト

あなくま

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第1章

第1章 24

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 市街地に着いたあるてと道瑠は、歩道の隅に立ち止まった。
「で、街に着いたのは良いけど何処行こう?」
 あるてが道瑠に尋ねる。
「そう言えばそれ決めてなかったね」
「道瑠と話すのが楽しいのが悪い」
「待って? 僕のせい?」
 道瑠のツッコみにあるてが軽くだが、楽しそうに笑う。
(うーん……ほんとにほぼほぼ初対面のように思えないんだよなあ。増して私コミュ障なのに全然悪い気はしないんだけどね)
 笑うと同時に、こうも思った。
「しかしこの時間じゃ、下手にどっか行ってもすぐお昼時になっちゃうね」
 道瑠がスマートフォンを見ながら言う。あるても自分のを確認すると、時刻は11時21分だった。
「ほんとだ。どうしよ? 早めのお昼にする?」
「そうだね。あ、じゃあ良い機会だから行ってみたい所があるんだ。オススメされていてね」
「ん、何処だろ?」
「確か向こうかな……兄さんが薦めてくれた喫茶店なんだけど、ランチもやってるみたいだし」
(兄さん……ね)
 あるてにとっては変装してあるてにしつこく付き纏ってきたナンパ男の印象しか無く、それが例え偽りのナンパだったとしても、当然良い印象は皆無だった。
(でもあのナンパのお蔭で、今こうして道瑠と楽しい思いしてんだもんな。複雑だ……)
「あるて? 大丈夫?」
「ん? あ、ごめん。行こっか」

「……ねえ。道瑠のお兄さんってどんな人?」
 御影オススメの喫茶店に向かいながら、道瑠が灯夜のことを尋ねたと同様に、今度はあるてが御影のことを訊いてみる。
「まさか、普段もあんなチャラ男じゃないよね?」
「とんでもない。でもそうだなあ……まず言えるのが、狂ってることには変わりないかな」
「……はい?」
「常に如何に自分が楽しめるかが第一で、そのためなら狂言を言ったり人を煽動したり、場を平気で掻き乱すよ。あ、狂言ってのは芸能のじゃなくて文字通りの意味ね?」
「大丈夫、わかるから」
 道瑠の注釈だけでなく、それとなくだが御影本人のイメージとしても想像に難くなかった。
「でも多分平木さんに負けず劣らず要領と頭の回転も良いからいざと言う時はとても頼りになるし、どれだけ狂人ムーブかましても人を裏切ったり悪く言ったりって一度も無いんだよね。だからとても心強いよ。根も良い人だし」
「そうなんだ」
 あるてにとって印象が悪いことには変わりないが、それでも少し安心す――
「……ん、待って? じゃああのナンパ作戦に乗っかってたのも――」
「『おっもしろそうだからおっけー☆』って、2秒で了承してた」
「えええぇ……」
 その狂人ムーブを目の当たりにすると、その安心は撤回するかしないか悩ましくなってしまった。
「あ、そうだ」
「?」
「そのことなんだけどさ、兄さんがあるてに謝りたいって言ってたよ。遅くならない内に、何らかの形でって」
「『何らかの形で』ってのが怖いな」
「あの人ならこういう時、マトモな方法で真っ直ぐに対応するよ。あれでも義理堅いから」
「それなら良いんだけど……だったら初めから普通にしていれば良いんじゃ?」
「逆を言うと、自分がつまらないのが凄く嫌いなんだ」
「そっかー……」
「あ、これ普段の兄さん」
 道瑠があるてにスマートフォンの画面を見せる。そこには御影が自撮りしている写真が映っていた。
「これが……。何か蛇みたいだね」
 丸顔で垂れ目の道瑠とは異なり、面長で細いがギョロついた目付きがまるで蛇のようで、道瑠とは似ても似つかないように感じた。
「よく言われてるね。似てないでしょ」
「うん。ご両親の写真は無いの?」
「無いね。この写真も、旅行先で送られてきたやつだし」
「そっか」
 考えてみたらあるてのスマートフォンにも両親の写真は入っておらず、そういうものかと諦めた。
「……道瑠にこんなこと言うの悪いんだけどさ、それでもやっぱりお兄さんに良い印象は無いよ」
 道瑠の両親から、御影の話へとあるてが戻す。
「まあ、そうだよね」
「でも道瑠はそのお兄さんにかなりの信頼を寄せているんだなってわかった。お兄さんも、そんな道瑠にお店を薦めたのは本当に良い店だったからなんだと思う」
 そして、あるてが道瑠の手を取る。
「私は道瑠ともっと仲良くなりたいし、そのためには道瑠の周りの人の印象も良く在りたいから。勿論、行く行くはお兄さんのこともね」
「そうだね、有難う。ところで、この手は……」
「あ……つ、つい。気持ち良いんだよ、道瑠の手」
 意識するとこそばゆくなるあるての心。しかしその手を離すことは無い。道瑠もあるてに応えるように、取られた手を繋ぎ直した。
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