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最終章 みんなが幸せでありますように
01 赤い魔道着を着た赤毛の少女が、非詠唱による飛翔魔法
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赤い魔道着を着た赤毛の少女が、非詠唱による飛翔魔法で地面すれすれを滑るように飛んでいる。
まるでここは月面かといった、なんにもない時折大小の石が転がっている程度の地面の上を。
赤毛の少女、魔法使いアサキである。
一キロメートルほどの前方にも人の姿、少女の形状を取ったエネルギー体がやはり空を疾っている。
シュヴァルツだ。
それを、アサキは追っているのである。
シュヴァルツにかつての面影はシルエットのみ、というよりも存在自体がシルエットでしかない。ゆらゆらと揺らめく橙色の炎が、少女の形を作っているのだ。
だが……シュヴァルツは、アサキに倒されて死んだはずだ。
肉体を捨て、新たな生命体としての進化を遂げたということなのか、それとも魂や残留思念といった類であるのか。
分かっているのは、ただ目の前のことのみ。肉体を持たぬエネルギー体である少女が、白い衣装の少女を連れ去って逃げているということだけだった。
白い衣装の少女、ヴァイスはシュヴァルツの槍化した右腕に身体を貫かれ、背負われた格好である。
意識を失っているのか、目を閉じている。
シュヴァルツの背に、ぐったり力のない様子で張り付いている。
アサキの飛ぶ原理は魔法であるが、シュヴァルツは一体どのような仕組みにより飛んでいるのだろうか。重荷を背負っているというのに実に速く、追い付くどころか差を縮めることも出来ない。
ただいたずらに、地面が猛スピードで後方へと流れていくばかりだ。
「仕方がない」
自分が人間じゃないみたいで嫌だけど、そうもいっていられない。
そう心に呟きながらアサキは、左手を前方へと突き出して、また非詠唱。伸ばした左手の、指の先からなにかが放たれて、シュヴァルツへと飛んだ。
五つの、黒い光の粒である。
魔閃塊という攻撃方法で、自分の指に破壊の魔力を込めて先端をちぎって飛ばしたのだ。
魔法による遠隔からの攻撃は届くまでに威力が減衰してしまうが、この方法は減衰がない。ザーヴェラーが、上空から地上の魔法使いを攻撃する時によく使う手法だ。
普通の魔法使いには自らちぎり取った身体のパーツを再生することなど出来ないため、まず使うことのない技であるが。
しかしながらというべきか、せっかく激痛を我慢して指先を弾丸にして放ったというのに、どう察したのかシュヴァルツは後ろを見ることもなく軌道を変えて楽々とかわす。
だけど、それで問題ない。
アサキの狙いは、そこにはなかったから。
爆音と共に土砂の間欠泉が噴き上がり、高く広い壁を作る。その突如出現した巨大な壁に、シュヴァルツは静止し一瞬の躊躇を見せるが、その一瞬の間に一キロの距離を詰めて、アサキが追い付いていた。
観念したのかもともと逃げていたわけではなかったのか、シュヴァルツの身がゆっくりと沈み、地に降りた。
アサキも警戒を解かず着地した。
ぎゅ、と握られる両手であるが、左手には指の先端がない。
先ほど、第一関節から先を魔閃塊として五本ともちぎって飛ばしたためである。
シュヴァルツの動きを止めるためとはいえ無茶をしたもので、切断面がずきずきと痛む。
魔法で痛みを抑えることも可能だが、代わりに感覚が鈍くなる。現在なにが起こるか分からない異常事態であり、痛みを我慢するしかない。まあ最近は戦いの連続で痛みには慣れており、この程度はそれほど気になるものでもないが。
そんなことよりも、アサキは困っていた。
せっかくこうしてシュヴァルツに追い付いたというのに、追い掛けるに精一杯でなにを話そうかまったく考えていなかったのだ。
勿論、必要ならば戦うが、なるべくなら話し合いで済ませたい。そう思っていたのに。
しかし考えても意味のないことだった。とりあえずなにか、とアサキが口を開きかけたところシュヴァルツが襲い掛かってきたのである。右手で貫いたヴァイスを背負ったまま、先端を剣状にした左腕で。
アサキも、素早く剣を具現化させて右手に握り、魔力強化させながら攻撃を受け止めた。
こうして、アサキとシュヴァルツ二人による剣での戦いが始まった。
といっても、アサキは序盤から劣勢に立たされてしまうのだが。
まだ身体が回復していないこともあるが、それ以上にシュヴァルツの攻撃が先ほど戦った時と比べて遥かに速く重いのだ。
無言のまま振り下ろされる剣状化した腕を、アサキは必死に受け続ける。だが一撃が異常に重い。都度、足場を変えていかないと、地に沈み込んで身動きが取れなくなってしまいそうだ。
剣を具現化させた瞬間に魔力強化していなかったら、最初の一撃でへし折られていたかも知れない。
だけど、剣は保てても腕が痛いし、握る手が痺れる。そもそも本当なら、片手一本で支えられる攻撃の重さではないのだ。だけどまだ、魔閃塊のために切り飛ばした左手の指が再生していないのだから是非もない。
もう失われた指の再生が始まってはいるが、まだ透明なゼリーのよう。そのゼリーの中に、まだ完全ではない小さな骨が見えているという状態で、剣など握れるはずもない。
それを知ってか知らずか、シュヴァルツの剣は一撃ごとに重みを増していく。以前戦った時とは、桁外れの強さだ。おそらくは、至垂に続いてヴァイスの能力も取り込んだのだ。または、取り込んでいる最中なのだ。
シュヴァルツに身体を突き刺されたまま背負われているヴァイスであるが、その身体が溶け掛けている。
意識があるのかないのかぐったりとした様子で頬が背中に張り付いているのだが、よく見ると接触面が溶けて癒着している。
融合しているのだ。
さらなる強化をするために。
だけど、
いや、だからこそわたしは……
「負けるわけには、いかない!」
剣化したシュヴァルツの重たい振りを、アサキは片手に握った剣に渾身の力を込めて弾き上げた。
まるでここは月面かといった、なんにもない時折大小の石が転がっている程度の地面の上を。
赤毛の少女、魔法使いアサキである。
一キロメートルほどの前方にも人の姿、少女の形状を取ったエネルギー体がやはり空を疾っている。
シュヴァルツだ。
それを、アサキは追っているのである。
シュヴァルツにかつての面影はシルエットのみ、というよりも存在自体がシルエットでしかない。ゆらゆらと揺らめく橙色の炎が、少女の形を作っているのだ。
だが……シュヴァルツは、アサキに倒されて死んだはずだ。
肉体を捨て、新たな生命体としての進化を遂げたということなのか、それとも魂や残留思念といった類であるのか。
分かっているのは、ただ目の前のことのみ。肉体を持たぬエネルギー体である少女が、白い衣装の少女を連れ去って逃げているということだけだった。
白い衣装の少女、ヴァイスはシュヴァルツの槍化した右腕に身体を貫かれ、背負われた格好である。
意識を失っているのか、目を閉じている。
シュヴァルツの背に、ぐったり力のない様子で張り付いている。
アサキの飛ぶ原理は魔法であるが、シュヴァルツは一体どのような仕組みにより飛んでいるのだろうか。重荷を背負っているというのに実に速く、追い付くどころか差を縮めることも出来ない。
ただいたずらに、地面が猛スピードで後方へと流れていくばかりだ。
「仕方がない」
自分が人間じゃないみたいで嫌だけど、そうもいっていられない。
そう心に呟きながらアサキは、左手を前方へと突き出して、また非詠唱。伸ばした左手の、指の先からなにかが放たれて、シュヴァルツへと飛んだ。
五つの、黒い光の粒である。
魔閃塊という攻撃方法で、自分の指に破壊の魔力を込めて先端をちぎって飛ばしたのだ。
魔法による遠隔からの攻撃は届くまでに威力が減衰してしまうが、この方法は減衰がない。ザーヴェラーが、上空から地上の魔法使いを攻撃する時によく使う手法だ。
普通の魔法使いには自らちぎり取った身体のパーツを再生することなど出来ないため、まず使うことのない技であるが。
しかしながらというべきか、せっかく激痛を我慢して指先を弾丸にして放ったというのに、どう察したのかシュヴァルツは後ろを見ることもなく軌道を変えて楽々とかわす。
だけど、それで問題ない。
アサキの狙いは、そこにはなかったから。
爆音と共に土砂の間欠泉が噴き上がり、高く広い壁を作る。その突如出現した巨大な壁に、シュヴァルツは静止し一瞬の躊躇を見せるが、その一瞬の間に一キロの距離を詰めて、アサキが追い付いていた。
観念したのかもともと逃げていたわけではなかったのか、シュヴァルツの身がゆっくりと沈み、地に降りた。
アサキも警戒を解かず着地した。
ぎゅ、と握られる両手であるが、左手には指の先端がない。
先ほど、第一関節から先を魔閃塊として五本ともちぎって飛ばしたためである。
シュヴァルツの動きを止めるためとはいえ無茶をしたもので、切断面がずきずきと痛む。
魔法で痛みを抑えることも可能だが、代わりに感覚が鈍くなる。現在なにが起こるか分からない異常事態であり、痛みを我慢するしかない。まあ最近は戦いの連続で痛みには慣れており、この程度はそれほど気になるものでもないが。
そんなことよりも、アサキは困っていた。
せっかくこうしてシュヴァルツに追い付いたというのに、追い掛けるに精一杯でなにを話そうかまったく考えていなかったのだ。
勿論、必要ならば戦うが、なるべくなら話し合いで済ませたい。そう思っていたのに。
しかし考えても意味のないことだった。とりあえずなにか、とアサキが口を開きかけたところシュヴァルツが襲い掛かってきたのである。右手で貫いたヴァイスを背負ったまま、先端を剣状にした左腕で。
アサキも、素早く剣を具現化させて右手に握り、魔力強化させながら攻撃を受け止めた。
こうして、アサキとシュヴァルツ二人による剣での戦いが始まった。
といっても、アサキは序盤から劣勢に立たされてしまうのだが。
まだ身体が回復していないこともあるが、それ以上にシュヴァルツの攻撃が先ほど戦った時と比べて遥かに速く重いのだ。
無言のまま振り下ろされる剣状化した腕を、アサキは必死に受け続ける。だが一撃が異常に重い。都度、足場を変えていかないと、地に沈み込んで身動きが取れなくなってしまいそうだ。
剣を具現化させた瞬間に魔力強化していなかったら、最初の一撃でへし折られていたかも知れない。
だけど、剣は保てても腕が痛いし、握る手が痺れる。そもそも本当なら、片手一本で支えられる攻撃の重さではないのだ。だけどまだ、魔閃塊のために切り飛ばした左手の指が再生していないのだから是非もない。
もう失われた指の再生が始まってはいるが、まだ透明なゼリーのよう。そのゼリーの中に、まだ完全ではない小さな骨が見えているという状態で、剣など握れるはずもない。
それを知ってか知らずか、シュヴァルツの剣は一撃ごとに重みを増していく。以前戦った時とは、桁外れの強さだ。おそらくは、至垂に続いてヴァイスの能力も取り込んだのだ。または、取り込んでいる最中なのだ。
シュヴァルツに身体を突き刺されたまま背負われているヴァイスであるが、その身体が溶け掛けている。
意識があるのかないのかぐったりとした様子で頬が背中に張り付いているのだが、よく見ると接触面が溶けて癒着している。
融合しているのだ。
さらなる強化をするために。
だけど、
いや、だからこそわたしは……
「負けるわけには、いかない!」
剣化したシュヴァルツの重たい振りを、アサキは片手に握った剣に渾身の力を込めて弾き上げた。
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