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第三十五章 あなたの作る世界なら
01 虚ろな表情をしている。たまに、はっと我に返るのだが
しおりを挟む虚ろな表情をしている。
たまに、はっと我に返るのだが、だけどすぐにどんより沈んだ暗い表情になり、そのまま虚ろな顔になって、そうなるとまたしばらくそのままだ。
カズミのことである。
別に、怪我の影響で意識が飛んでいるわけではないだろう。
身体はもう、少なくとも怪我は癒えている。
一時は傷に打撲に全身の骨は粉々になって、さらには胴体を皮一枚残して切断されるという即死で不思議のない大怪我を負った彼女。瀕死状態から自分の魔法で応急処置し、加えてアサキに強力な治療を施して貰ってなんとか回復したものだ。
だけど、体力はまだほとんど回復していない。
それ以上に、心の傷は微塵も癒えていない。
当たり前だ。
だって……
そばにいる、赤毛の少女を見る。
赤毛の少女、アサキはえっくひっくと声にならない声で泣いている。拭っても拭っても溢れる涙を、ぼろぼろこぼしながら泣いている。
もうずっと、この調子だ。
たまに虚ろから我に返るカズミは、そのたびその姿に申し訳なさそうに小さくなってしまう。
「……治奈を殺したの、あたしだ」
自責の言葉は何度目だろうか。
カズミは頭を抱える。
「ち、ちが、カ、カズミちゃんは、わる、悪く、ない、じっ、じっ、自分、せめっ責めない、で」
その都度アサキが、泣きながら、しゃくり上げながら、否定をする。
優しいやつなのだ。
この、赤毛の女は。
あたしの、最高の親友は。
でも、悪くないわけがない。
誰が一番ということなく悪いのはあたしだ。
考えるまでもない。
カズミは思う。
だってそうだろう。
手負いの至垂を追う提案をしたのは他でもない、あたしなんだから。
シュヴァルツたちは生体ロボットで行動制限が掛かっているため、超次元量子コンピュータの管理領域へと踏み入ることは出来ないし、例え遠隔であろうともとにかく直接的な危害を加えることが一切出来ない。
対して、魔法という奇跡からこの現実世界に誕生したあたしたち三人、それと至垂のクソ野郎いやクソ女には、そうした行動制限はない。
つまり至垂は、この人工惑星を破壊することも出来るってわけだ。
神になるのが目的なのにそんなことをするか? とアサキはいっていたけど、そんなの分からないじゃねえか。
闇の世界に狂って自暴自棄になるとか、破壊をやめる交換条件にこちらを脅してくるとか。
宇宙延命を阻止して消滅させようとしているシュヴァルツと、もしも手を組まれなどしたらどうなるか分からないじゃねえか。
だからあたしは、逃げる至垂を追ったんだ。
正確にいうと、死んだと思っていたら姿がなくて砂に残った移動の痕跡を追った。
アサキが一人で苦労を抱え込んで疲労にダウンしてしまい、まともに動ける状態じゃあなかったため、あたしと治奈の二人で。
タイミングとしては追って正解だった。
いやちょっと遅かったか。
至垂が実は生きていたのか、それとも死から蘇ったのかは分からないけど、とにかくシュヴァルツがその至垂の巨体を乗っ取って一つになってしまっていたからだ。
正確には、乗っ取ろうとしてやり合っていたとこ利害一致で共生したということらしいが、そんなことたどうでもいい。大切なのは、あいつらが手を組むという、想定しうる最悪の事態が起きてしまったということ。
だからあたしたちは、生まれてしまった怪物を倒すため必死に戦った。
アサキを呼びに行く猶予など、なかったから。
仮に呼んでも、疲労に身体がまともに動く状態ではないと思ったから。
でも、分かっていた。
アサキに頼ろうとしなかったのは、そんな理由ではないことを。
自分たちは足手まといなんかじゃない。
そう、思いたかったんだ。
疲労だろうが怪我してようがアサキの方が遥かに強いのに。
実際、あたしらがまるで歯が立たなかった相手を、疲れてボロボロのアサキが簡単に倒してしまったというのに。
ならアサキを頼る時間稼ぎこそすべきだったんだ。
あそこで無茶をしちゃあいけなかったんだ。
あたしらは凡人で、アサキは超人で。そこを認めたって、親友という関係は揺らぐものではなかったのに。
ふう、
小さなため息を吐いた。
「しかし、すっげえパワーが宿ってたよな」
いつまでこうしていても仕方ないと思って、カズミは話題を変えた。
罪悪感をそのままにしておくのも嫌だったけど。
すっげえパワーとは、至垂シュヴァルツを倒した時に、アサキが見せた力のことだ。
疲労に立っているのもやっとだったアサキが、真っ白な輝きに包まれたかと思うと、あっというまに劣勢を挽回し、宿敵をいとも容易く倒してしまったのだ。
「……きっと治奈ちゃんが、力を貸してくれたんだ」
アサキは、泣き腫らした顔に僅かの笑みを浮かべた。
「違います。分散所持していた能力が、持ち主に戻っただけです」
白い衣装の少女ヴァイスが、小さなでもはっきりとした声で否定する。
「え……」
アサキとカズミは、同時に声をあげていた。
「もともと、アサキさんが持っていた能力だといっています」
ヴァイスは、え、に対して回答した。
「いや、だからそれ、どういうことだよ?」
その能力を制御出来ずに、治奈の身体はボロボロになったのだ。
制御が出来ずとも知ってさえいれば、ああまではならなかったかも知れない。
死なずに済んでいたかも知れない。
それに、分散ということは自分にもその能力が眠っているということ?
そう思って、カズミは尋ねたのである。
「さっきもいいましたが、カズミさんと治奈さんは別に必要ではない存在です。アサキさん一人で充分です」
「確かに、いってやがったな」
「でも、どうせ余計な人物まで転造されてこちらへくるのならば、アサキさんの持つ膨大な魔力や素質は分散させた方がより安全確実である。と、ロードバランサーが自動で働いたのでしょう」
「いちいち腹立ついい方。……じゃあさ、あたしもいま強いってわけか? あたしも、アサキの力の一部を持っているわけだろ」
「秘める能力は、アサキさんにしか認識されません」
「そっか」
残念がるカズミ。
「治奈さんは、念の強さから使ってしまった。それ自体、ある種の奇跡が起きたといえるでしょう。ですが、結果はあの通りです」
内に秘めた力を制御できず、身体を崩し、四肢を失いながら、最後には自分の魔法で吹き飛んで死んだのだ。
「やっぱりアサキじゃなきゃ、ってことか。ああ、でもなんかやべえこと起きてピンチになったら、あたしがわざと死にゃあそれでアサキが無敵にパワーアップするわけだ」
「カズミちゃん、冗談でもそんなこといわないで! 怒るよ!」
いきなりアサキが激しい形相で怒鳴った。
それはアサキらしからぬ怒鳴り声、アサキらしからぬ心底怒った険しい顔であった。
「ごめん」
カズミは、素直に謝るしかなかった。
不謹慎な冗談を。
珍しく友へと怒鳴ったアサキであるが、ふっと笑むと、静かにカズミへと抱き着いて、腕を回して抱き締めていた。
そして、優しい声でいう。
「強くなんかないよ、わたしは。でも、もしも強くなれたとしてもね、強い一人よりも、弱い二人の方が絶対にいいよ。きっと、その方がずっと強くなれる」
「お前は最強だろうがよ。一人も二人もあるか」
「空手じゃ師匠には勝てないよ」
アサキは腕を緩めて少し距離を取ると、師匠の顔を見ながらクスリと笑った。
「そりゃそうだ。負けねえよ」
師匠も強気な笑みを返し、そのまましばらく見つめ合っていると、
「いいですね、あなたたち二人の関係は」
ヴァイスがぽそっと言葉を掛けた。
表情をまったく変えず、相変わらず涼やかな顔のままで。
「二人、だあ?」
カズミは、ぎろりヴァイスを睨み付けた。
「ああ、すみませんでした。アサキさん、カズミさん、治奈さん、の三人ですよね」
「わたしは、ヴァイスちゃんともそうなれたら、嬉しいな」
アサキの素直な言葉に照れたのだろうか。
ヴァイスが、口を閉ざしたまま黙ってしまったのは。
だけど、
どれくらい、経っただろうか。
いつも薄い笑みをほんの少しだけ強め、そして、
でも……
「そうですね。そして、もしもこの世界を救うことが出来たのなら、わたしは……」
わたしは、の後に続く言葉をアサキたちは聞くことが出来なかった。
ヴァイスの腹部から、なにかが突き出していた。
凝縮され固体化したエネルギーとでもいおうか、青白く輝く触手に、ヴァイスは白い衣装を背中から貫かれていたのである。
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