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第三十三章 惑星の意思
04 「あんまり余裕を見せない方が、いいんじゃないのかな
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「あんまり余裕を見せない方が、いいんじゃないのかなあ」
蜘蛛の背の上から生える白銀の魔道着を着た至垂は、小馬鹿にするかのような鼻に掛かった声を出した。
「わたし強いでしょ、ってなんのためのアピール? 無益な殺し合いはしたくないから、とかそんなところ? でも、こっちは全然そう思っていないんだよねえ。……もう、きみの存在価値はない、といったこと覚えてる? 生かしておく必要性は、もうないのだと。わたしの邪魔をする者は、殺すのみだ。誰であろうとも!」
ざざっ、
巨大蜘蛛の足が動く。
本来の蜘蛛よりも二本少ない、六本の足が素早く動き、アサキへと一瞬にして距離を詰めていた。
巨体が故の迫力で猛然と詰めながら、鉤爪に似た前足を瞬時に振り上げ振り下ろし、アサキの身体を袈裟掛けに引き裂こうとする。
ガチッ、
硬い物がぶつかり合う音が響く。
アサキが、寝かせた剣を両手で持ち受け止めたのだ。
重たい衝撃に、周囲の地面が激しく揺れる。
アサキの足元には亀裂が入り、靴の裏が数センチほど崩れた地面の中にめり込んでいた。
「えやあああっ!」
力任せに剣を振るって鉤爪を跳ね上げるアサキであるが、間髪を入れずに次の攻撃が襲う。
足場の悪い中、なんとか踏ん張り地を蹴って避けるが、しかし避けてもかわしても、すぐ次の攻撃がくる。
巨蜘蛛の先端鉤爪状の前足が、背中から生える至垂が握る洋剣の切っ先が。くるり巨蜘蛛が身体を回転させては、中足や後ろ足を使っての鋭い一撃が。
矢継ぎ早の攻めに、アサキは防戦一方になっていた。
速く、重たく、鋭い攻撃。一発でもまともに入ったならば、身がどうなるかも分からない。そんな破壊力の塊が、休まず間髪を入れずに、繰り出され続ける。
アサキは、ステップを踏み、左右に動き、後退し、すり抜けて反対側へ周ったり。そして右手の剣や、時には左腕でもガードをして、攻撃を避け、弾き、防ぎ続けている。
防戦一方は間違いない。
だが防戦一方に、追い込まれているわけでは、なかった。
その顔に、焦りはない。
アサキは余裕を持ち、見切り、避けている。
避け続けている。
翻弄とは違うが、でも押しているのはむしろアサキの方である。そんな雰囲気すらも、漂いつつあった。
それが結果的に、アサキの油断に繋がったのだろうか。
それとも至垂の方こそが、こうした雰囲気に持っていくための演技をしていたというのだろうか。
アサキが隙を突いて剣で反撃をしたのだが、がくりよろけた巨蜘蛛の、その蜘蛛の口から、粘液が吐き出されたのである。
あまりに至近距離であったため、拡散する粘液をかわしきれずアサキは全身にべたり浴びてしまったのである。
そう見えた瞬間には、既にアサキの身体はその粘液に、いや、乾いて糸状になったものに、ぐるぐる巻きにされていた。全身を、頭からつま先まで。
「アサキ!」
「アサキちゃん!」
カズミと治奈の叫び。
やはり加勢すべきと思ったか、カズミが両手を振り上げてクラフトへと手をそえる。
だが、その必要は、なかった。
「死ねっ!」
喜悦の笑みを浮かべた至垂が、鈎状の前足を身動きの取れないアサキへと振り下ろしたのであるが……
その瞬間、アサキの全身をぐるぐる巻きに包まれた内側から、突き破られてなにかが飛び出した。それは、岩ほどもある巨大な拳であった。
「うぁあああああっ!」
全身を巻いていた糸が切れて、右手を巨大化させたアサキの絶叫が轟く。
地面を抉るごとく、低空からのアッパーカットを至垂の、巨蜘蛛の腹部へと見舞ったのである。
どおん、
低く鋭い、唸りと衝撃。
巨蜘蛛の巨体は、高く空中へと打ち上げられていた。
打ち上がった巨体が、逆さの体制で静止した。
そして、すうっと重力に引かれ始める。
巨体の背から生える至垂は、痛みと驚きに顔を歪ませていたが、余裕か強がりか不意にふっと笑みを浮かべた。
巨蜘蛛の身体を空中で反転させると、たんと後ろ足で真空を蹴って自由落下を加速させた。
「このままあああ! ぶっ潰うううう……」
地上にいる赤毛の少女へと、巨体落下の狙いを定め……ようとして、ここで初めて至垂の笑みが固まった。驚きや焦りの色が、固まっていた。
赤毛の少女が、真下、周囲、地上のどこにもいないのである。
頭上であった。
いつの間に地を蹴ったのか、アサキの身体は巨蜘蛛よりも遥か頭上にいた。
いつの間に真空を蹴ったのか、アサキの身体は至垂へと向かって落ちていた。
加速していた。
至垂を遥かに凌駕する、凄まじい速度で降下しながら、分裂していた。
アサキの身体が、五人、六人、七人と分裂していた。
「な……」
地へと落ちる寸前の、巨蜘蛛の身体へと、
「えやああああああああっ!」
七人のアサキが一斉に剣を振り下ろした。
切り裂いて、血飛沫の上がる身体へとさらに踵を落とした。
大爆発。
至垂の巨体が落ちた衝撃に、地がぐらぐら揺れた。
砂や石が、豪風と共に巻き上がった。
少し晴れて見通せるようになると、そこはまるで隕石跡。半径二十メートルはあろうかという、巨大な大穴が出来ていた。
「アサキ!」
「アサキちゃん!」
大穴のへりに立つカズミと治奈が、覗き込みながら口々に叫ぶ。
まだもうもうとしている、砂煙を払いながら。
二人の顔にはすぐ、安堵と嫌悪の入り混じったような複雑な表情が浮かんでいた。
蟻地獄にも似た巨大なすり鉢の中心部には、なにごともなく剣を持ち立っているアサキの姿、そして、ぐちゃりぐちゃりと血みどろになり横たわっている巨蜘蛛、至垂の姿があったのである。
蜘蛛の背の上から生える白銀の魔道着を着た至垂は、小馬鹿にするかのような鼻に掛かった声を出した。
「わたし強いでしょ、ってなんのためのアピール? 無益な殺し合いはしたくないから、とかそんなところ? でも、こっちは全然そう思っていないんだよねえ。……もう、きみの存在価値はない、といったこと覚えてる? 生かしておく必要性は、もうないのだと。わたしの邪魔をする者は、殺すのみだ。誰であろうとも!」
ざざっ、
巨大蜘蛛の足が動く。
本来の蜘蛛よりも二本少ない、六本の足が素早く動き、アサキへと一瞬にして距離を詰めていた。
巨体が故の迫力で猛然と詰めながら、鉤爪に似た前足を瞬時に振り上げ振り下ろし、アサキの身体を袈裟掛けに引き裂こうとする。
ガチッ、
硬い物がぶつかり合う音が響く。
アサキが、寝かせた剣を両手で持ち受け止めたのだ。
重たい衝撃に、周囲の地面が激しく揺れる。
アサキの足元には亀裂が入り、靴の裏が数センチほど崩れた地面の中にめり込んでいた。
「えやあああっ!」
力任せに剣を振るって鉤爪を跳ね上げるアサキであるが、間髪を入れずに次の攻撃が襲う。
足場の悪い中、なんとか踏ん張り地を蹴って避けるが、しかし避けてもかわしても、すぐ次の攻撃がくる。
巨蜘蛛の先端鉤爪状の前足が、背中から生える至垂が握る洋剣の切っ先が。くるり巨蜘蛛が身体を回転させては、中足や後ろ足を使っての鋭い一撃が。
矢継ぎ早の攻めに、アサキは防戦一方になっていた。
速く、重たく、鋭い攻撃。一発でもまともに入ったならば、身がどうなるかも分からない。そんな破壊力の塊が、休まず間髪を入れずに、繰り出され続ける。
アサキは、ステップを踏み、左右に動き、後退し、すり抜けて反対側へ周ったり。そして右手の剣や、時には左腕でもガードをして、攻撃を避け、弾き、防ぎ続けている。
防戦一方は間違いない。
だが防戦一方に、追い込まれているわけでは、なかった。
その顔に、焦りはない。
アサキは余裕を持ち、見切り、避けている。
避け続けている。
翻弄とは違うが、でも押しているのはむしろアサキの方である。そんな雰囲気すらも、漂いつつあった。
それが結果的に、アサキの油断に繋がったのだろうか。
それとも至垂の方こそが、こうした雰囲気に持っていくための演技をしていたというのだろうか。
アサキが隙を突いて剣で反撃をしたのだが、がくりよろけた巨蜘蛛の、その蜘蛛の口から、粘液が吐き出されたのである。
あまりに至近距離であったため、拡散する粘液をかわしきれずアサキは全身にべたり浴びてしまったのである。
そう見えた瞬間には、既にアサキの身体はその粘液に、いや、乾いて糸状になったものに、ぐるぐる巻きにされていた。全身を、頭からつま先まで。
「アサキ!」
「アサキちゃん!」
カズミと治奈の叫び。
やはり加勢すべきと思ったか、カズミが両手を振り上げてクラフトへと手をそえる。
だが、その必要は、なかった。
「死ねっ!」
喜悦の笑みを浮かべた至垂が、鈎状の前足を身動きの取れないアサキへと振り下ろしたのであるが……
その瞬間、アサキの全身をぐるぐる巻きに包まれた内側から、突き破られてなにかが飛び出した。それは、岩ほどもある巨大な拳であった。
「うぁあああああっ!」
全身を巻いていた糸が切れて、右手を巨大化させたアサキの絶叫が轟く。
地面を抉るごとく、低空からのアッパーカットを至垂の、巨蜘蛛の腹部へと見舞ったのである。
どおん、
低く鋭い、唸りと衝撃。
巨蜘蛛の巨体は、高く空中へと打ち上げられていた。
打ち上がった巨体が、逆さの体制で静止した。
そして、すうっと重力に引かれ始める。
巨体の背から生える至垂は、痛みと驚きに顔を歪ませていたが、余裕か強がりか不意にふっと笑みを浮かべた。
巨蜘蛛の身体を空中で反転させると、たんと後ろ足で真空を蹴って自由落下を加速させた。
「このままあああ! ぶっ潰うううう……」
地上にいる赤毛の少女へと、巨体落下の狙いを定め……ようとして、ここで初めて至垂の笑みが固まった。驚きや焦りの色が、固まっていた。
赤毛の少女が、真下、周囲、地上のどこにもいないのである。
頭上であった。
いつの間に地を蹴ったのか、アサキの身体は巨蜘蛛よりも遥か頭上にいた。
いつの間に真空を蹴ったのか、アサキの身体は至垂へと向かって落ちていた。
加速していた。
至垂を遥かに凌駕する、凄まじい速度で降下しながら、分裂していた。
アサキの身体が、五人、六人、七人と分裂していた。
「な……」
地へと落ちる寸前の、巨蜘蛛の身体へと、
「えやああああああああっ!」
七人のアサキが一斉に剣を振り下ろした。
切り裂いて、血飛沫の上がる身体へとさらに踵を落とした。
大爆発。
至垂の巨体が落ちた衝撃に、地がぐらぐら揺れた。
砂や石が、豪風と共に巻き上がった。
少し晴れて見通せるようになると、そこはまるで隕石跡。半径二十メートルはあろうかという、巨大な大穴が出来ていた。
「アサキ!」
「アサキちゃん!」
大穴のへりに立つカズミと治奈が、覗き込みながら口々に叫ぶ。
まだもうもうとしている、砂煙を払いながら。
二人の顔にはすぐ、安堵と嫌悪の入り混じったような複雑な表情が浮かんでいた。
蟻地獄にも似た巨大なすり鉢の中心部には、なにごともなく剣を持ち立っているアサキの姿、そして、ぐちゃりぐちゃりと血みどろになり横たわっている巨蜘蛛、至垂の姿があったのである。
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