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第二十六章 夢でないのなら
03 「お、お前、本当に、アサキ、なのか? あの……アホ
しおりを挟む「お、お前、本当に、アサキ、なのか? あの……アホで有名な」
カズミは、まだ狐につままれた顔で、ぷるぷる震える人差し指を、そーっとアサキへと向けた。
気恥ずかしいのか、言葉はやたらふざけているが。
アサキもやはり狐につままれた顔で、すぐには言葉を返せず、ぽけっと口を半開きにしていた。
やがて、ふうっと小さく柔らかいため息を吐くと、苦笑を浮かべつつ顔を上げた。
「気を悪くしないでね、カズミちゃん。わたしも、同じこと思ったんだ」
「誰がアホで有名だあ!」
がちっ!
カズミは、赤毛の少女の首を両手で思い切り掴んだ。
「ち、違うよお! 本当にカズミちゃんなの、って思ったってこと! ぐ、ぐるじい離しでよお」
「お、お、なんか久々だな、このやりとり。うん、この締め心地具合のよさは、まさしくアサキだよ」
はははっ、首をぐいぐい締めながら、カズミは楽しげに笑った。
「ぞでより首い締めるのやめでえええ……」
やめてもらえるのは、それから何十秒後のことであったか。
なおもしばらく、土気色の顔で、げほごほとむせているアサキであったが、やがてそれもおさまると、
「でも、不思議だったな。この気配は絶対にカズミちゃんだ、って思ったのに、指が触れた瞬間に、あれカズミちゃんじゃない、って感じてしまって」
「はあ? こんな絶世の美女は、そうそう存在しねえのに、ブレるんじゃねえよ」
「やっぱりカズミちゃんだっ」
アサキは、ぷっと吹き出した。
いいぐさに、なんだかおかしさが込み上げてしまって。
「おい、別に笑う台詞じゃなかっただろ!」
カズミは、アサキへと抱き付いていた。
不満げに唇を尖らせながらも、背中に腕を回してぎゅうっと強く。
強く。
感触、温もり、息遣いを確かめるように。
「本当に、アサキなんだな……」
ぼそり。
吐息に似た声。
「そうだよ、カズミちゃん」
アサキの顔には、微笑みが浮かんでいた。
知らず腕を回して、二人は抱き締め合った。
お互いの存在を、確認し合った。
どれくらい、そうしていただろうか。
「うくっ」
アサキは、しゃくり上げた。
不意に、感が極まってしまったのだ。
たっぷりの涙が、目から溢れていた。
ぼろり、こぼれた。
堪え切れず。
ぼろり、ぼろりと。
「ば、ばかっ、泣くなよ濡れちゃうだろ。この泣き虫の弱虫のオシッコ漏らしの鼻タレ女!」
「……もっといって」
罵詈雑言を、ねだった。
以前に戻れるわけはないけれど、ちょっとだけ、思い出が心地よくて。
「はあ? バカになったんか。ああ、元から大バカだったよな」
「そうだよ」
泣き顔を隠そうと、頬を、カズミの頬へと擦り付けた。
笑いながら。
「自分でいうなよ。……ヘタレで、泣き虫なくせに、とてつもなく強くて、どうしようもなく優しくて、ほんと、最高の大バカ、だよ、お前は。ったく、生きて……まだ、くた、ばって、なかったの、かよ……」
カズミは、ぶるっと身体を震わせた。
より強く、アサキを抱き締めた。
彼女の方こそ、感極まって泣きそうになっており、顔を見られまいとしていたのである。
結局、本当に泣いてしまった。
顔は密着でアサキからは見えないけれど、息遣いから分かる。
カズミは、すすり泣いていた。
ヘタレだの、バカだのと、乱暴な言葉を吐いてごまかしながら。
「カズミちゃんこそ。どろどろに溶けて、ヴァイスタに飲み込まれちゃって、死んじゃったんだと思っていた。よかった。生きて、生きててくれて、本当に、よ、よかっ……よかったっ」
アサキも、カズミの態度に対し、自らの感動を押さえることが出来なかった。
二人は、わんわん声を立て、泣き始めた。
嗚咽から、大声の感泣へ。
かたく抱き締め合ったまま。
二人は、上を向いて。
随喜の涙を、こぼし続けた。
やはり、夢では、なかったのだ。
リヒトの建物の中で、戦ったことは。
つまりは、みんなが死んでいったことも。
それは、悲しいことだけど……
でも、でも、こうして生きていた。
カズミちゃんは。
生きていて、くれた。
いまはただ、それを喜ぼう。
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