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第二十一章 それでも顔を上げて前へ進む
07 広い部屋だ。とても広く、天井も非常に高い。バスケッ
しおりを挟む広い部屋だ。
とても広く、天井も非常に高い。
バスケットボールの試合が出来なくはない、という程度に広い部屋である。
といっても、試合をするには色々な物が有り過ぎるが。
床には、大小の机が乱雑に配置されており、合間合間に大小の五芒星魔法陣が描かれている。
描かれた魔法陣の間に机を置いている、といった見方も出来るだろうか。
机の上には、計器類や卓上コンピュータなどが置かれひしめき合っている。
画面に映っているのは、数字やグラフ、文字情報。
それが、目まぐるしく変化していく。
また、測定器のアナログ針も、一体なにを計測しているものなのか、絶えず小さく大きく振れている。
このように、視覚情報としては騒々しいが、それ以外はただ広いだけで、音もなく、しんと静まり返っている。
足を踏み入れた二人以外に、人の息吹をまるで感じない、無機質で、気味の悪い部屋であった。
「なんじゃろか。鳥肌立つくらいに、不気味な部屋じゃね」
「そうだね」
紫の魔道着と、赤の魔道着を着た少女たち。
明木治奈と、令堂和咲である。
カーペットの道が用意されているわけではないが、机の配置上、隣の部屋へ続く扉へと直線で突き抜けられるようになっており、二人はそこを歩いている。
きょろきょろ見回し歩きながら、アサキは薄ら寒そうな表情で唇を震わせた。
「早く助けてあげないとな」
不気味な部屋を見ているうちに、同じ建物の中で現在どのような扱いを受けているか分からない明木史奈を思ってしまい、焦る気持ちをぎゅっと拳を握り締めて紛らわした。
「ありがとう、アサキちゃん」
「いや、だからこれは、わたしのせいでもあるんだから」
「アサキちゃんは、なんにも悪くなんかないじゃろ。強い魔法力を持って生まれた、というだけ。……ま、そがいな話は後じゃ」
「そうだね」
二人は歩く。
歩きながら、きょろきょろ見回しながら、アサキは胸に呟いていた。
この部屋、なんとなく、いや、かなりはっきりと記憶にあるな。
そうか、ここは地上階の部屋だったんだ。
前にこの東京支部にきた時、幼少の頃のことや、この施設で実験体になっていた記憶を思い出したけど、すべて地下室だとばかりと思っていた。
他にどんな子が、ここで実験されていたのだろう。
もしかしたら、さっき戦った子たちも、そうなのかな。
だとしたらあの子たちも、この施設の所長である至垂徳柳の犠牲者ということになるのか。
「行こうか」
治奈の声に、我に返った。
いつの間にか、足を止めてしまっていたようだ。
「あ、あ、ごめん」
歩き出す。
すぐに部屋を抜けて、通路へと出た。
妙に幅も高さもある、大きな通路だ。
小さなトラックなど楽々と通れるほどの。
抜けてきた扉の反対側に、これまた大きな扉がある。
ずっと真っ直ぐ進めと指示されているから、おそらくこの扉を通れということだろう。
道案内と称して自分たちを襲わせたりしている至垂徳柳のことなので、どこまでが本当のことかは分からないが、言葉を信じるのならば。
いずれにせよ、行くしかない。
アサキは、治奈の顔を見て、
治奈はアサキの顔を見て、小さく頷き合った。
巨大な扉の横にタッチセンサーがあり、治奈は躊躇いがちに手を翳した。
しゅい、
大きく重そうな扉であるというのに、ほとんど音もなく一瞬で、左右に分かれて開いた。
視界が開けた瞬間、アサキは、吐き気を催していた。
気持ちが不快というのみならず、実際に嘔吐感が込み上げて、咄嗟に屈みながら口元を押さえていた。
治奈も、気持ち悪そうに口を押さえている。
そうなって不思議のない光景が、彼女たちの目の前にあったのである。
床から突き出た、巨大な無数の試験管。
液体の中に、浮かんでいるのは、
脳味噌であり、
臓器であり、
眼球、
手足、
口、
子宮、
外陰部、
耳、
髪の毛、
心臓、
骨、
舌、
乳房、
筋肉、
このようなものを目の当たりにしたならば、まともな神経の持ち主ならば誰でも吐き気を催すだろう。
それらから放たれているものかは分からないが、室内にはねっとりとした異臭が漂っている。
臓器のデパート。
それだけで充分に異様だというのに、壁に掛けられているトナカイの首や、書道のタペストリー、燭台、といった客人接待を思わせる調度品の数々。
百歩譲って必要な実験をしているだとしても、普通、誰がこんなところを接待の場に選ぶ?
アサキは、不快と憤りとで頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。
狂気すら感じられる、悪趣味極まりない部屋だ。
趣味でないなら、単なる非人道的。
いずれにせよ、批難されて仕方のない部屋である。
「酷いのう……」
治奈が、小さく唇を動かした。
声に出すつもりはなかったのかも知れないが、部屋があまりにも静かであるため、はっきり聞こえた。
「そうだね」
聞こえた手前、アサキは返した。
返しはしたけれども、正直、それどころではなかった。
込み上げる吐き気以上に、気持ちがムカムカして仕方なかったのである。
こんなことをしている、させている、至垂徳柳に対して。
なんの研究だか知らないけど。
酷過ぎるよ……
この脳だって、こうしているんだから、生きているのだろう。
五感がないのに意識だけはあるだなんて。あまりに残酷だ。
それとも、死んでいる?
誰かの死体?
それとも、無からここで作り出された、とか……
いずれにしても、許されるものじゃないだろう。
裁きを受けるべきものだろう。
もしもこの脳に意識があるものならば、なんとか助けてあげたい、せめて解放してあげたいけれど、でも、ごめん、それは後だ。
行かないと。
早く、すべてを終わらせないと。
少し歩調を速めるアサキであるが、突然、
どん、
と胸が大きく鼓動した。
ふらり、ぐらり、よろけて、苦しそうに胸を押さえた。
「どがいした? アサキちゃん」
「なんでも、ないよ。急ごう」
硬い笑みを、アサキは浮かべた。
なんでもなくは、なかった。
襲い掛かる不安心で、胸は一杯だった。
この部屋での記憶が蘇りそうになっていることが原因である。
最初は、ここも見たような気がするなという程度であったのだが、不意に胸が高鳴り、どっと不安が襲ってきたのだ。
思い出そうとすれば、この部屋での記憶をはっきりと思い出せるのかも知れない。
でも、そんな暇はないんだと自分にいい聞かせて、アサキは進み続ける。
いいわけである。
思い出さないのは、暇がないからではない。
思い出したくないだけだ。
実は、そう自分でも分かっていた。
分かっていたからこそ、ますます自分の心を偽って、アサキは目眩にふらふらしながらも、早足でこの部屋を抜けようとする。
「待って、アサキちゃん」
追い掛けて治奈が肩を並べた。
すぐに、この実験室だか接待部屋だかの反対端に着いて、今度はアサキがタッチセンサーに手を翳した。
左右開きの巨大な扉が、やはりほとんど音も立てず開いた。
至垂徳柳の姿が、そこにはあった。
開いた扉の向こう側、なんにもないがらんとした大きな部屋の中央に、スーツ姿で立っており、楽しげな顔でアサキたちを見ていた。
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