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第十九章 なんのために殺し合うのか
02 しゅい 小さな音と共に、扉が左右に開いた。第二研
しおりを挟むしゅい
小さな音と共に、扉が左右に開いた。
第二研究室、
とプレートの掛かっている部屋だ。
室内には、白衣を着た研究員が十人ほどいる。
普段通りに、仕事をしているようである。
アサキは、祥子に続いて室内に入ると、左右を見回しながら、
「なんだか、昔のことのように思えるな」
ぼそりと呟いた。
横を歩いているカズミが、不思議そうな顔をする。
「なにがよ。……ああ、ここあそこか。ウメと……」
アサキは、小さく頷いた。
二ヶ月ほど前に、この建物を訪れている。
アサキ専用に開発された、クラフトを受け取るためだ。
だが、そのクラフトは奪われていた。
行方不明であった慶賀応芽が、この施設へ潜入して、この部屋で、クラフトを奪ったのだ。
やはり専用開発された超魔道着に変身した応芽と、アサキは、この部屋で戦った。
アサキだけではない。
カズミも、祥子も、途中から参戦し、応芽と武器を交えている。
決着がついたのは別の場所とはいえ、戦いの始まりはこの部屋だ。
生命を落としたのは、応芽。
思い出すのも辛いことだけれども、でも、忘れてはいけない記憶だ。
応芽が何故、あのようなことをする必要があったのか。
親友が必死に生きてきた証を、思い、未来へと繋ぐためにも。
そう、出会ってほんの数ヶ月の付き合いとはいえ、彼女は自分にとって、掛け替えのない親友の一人なのだから。
そんな、複雑な思いを抱く、部屋の中。
研究員たちは、チームに分かれて、それぞれの仕事をしている。
現在、主として行われている作業は、魔道着表面を覆う力場の、係数チェックのようである。
中央の台に置かれた魔道着に、百本ほどの細かいコードが繋がっている。
周囲から、様々な光を照射している。
魔道着は防具であり、さらに、着ている者の魔力を内外から整えるためのアイテムである。その外側、表層を、効率よく魔力が流れるようにするため、実験の数値データを取っているというわけだ。
「この人たちは、平和のためと思って仕事をしているのかな」
アサキは、しみじみと呟いた。
別に深い疑問を抱いたわけではなく、なんとなく口をついて出ただけだ。
「思ってる、と思うよ。だいたいね、悪の組織だなんて作れないよ、子供アニメじゃあるまいし。この人たちだって、よい旦那さんであり、よいお父さんだと思うよ」
なんとなくの疑問に、延子がしっかり返答した。
「そうですよね。だから……」
アサキは、ぎゅっと強く拳を握った。
だからこそ、至垂所長の暴挙は、許してはいけないんだ。
と、そんなことを胸に思いながら、因縁のあるこの部屋を、ちょっと寂しい気持ちと、新たな強い決心と共に、突っ切った。
しゅい
反対側の、扉が左右に開く。
通路へ出た。
別に、この部屋に用事があったわけではないので、問題ない。
通路を、ぐるりと回り込んでもよかったが、抜けた方が直線で近いし、防犯システムはほぼ通路にある。
だから、マップ上を縦断したのである。
「ああ、そういえば……」
通路を歩きながら、アサキは思った。
そういえば、前にここへきた時……
ちょっと、
やってみようか。
歩きながら、軽く目を細めて、念じた。
また、非詠唱魔法である。
思念同調。
以前ここで、意識をこの建物そのものにシンクロさせて、慶賀応芽の居場所を探したことがあるのだが、同じ要領で、史奈を探せないかと考えたのだ。
だが、波長が合い掛けたところで、
いけない!
溶け散り掛けていた意識を、慌てて身体へと戻した。
先ほどの魔力センサーが、どうやらこの先、幾つもあって、それを反応させそうになってしまったのである。
以前の、思念同調の痕跡を発見されていて、それで警戒されているのだろうか。
関係なく、もともとこのフロアは警戒厳重ということだろうか。
魔力センサーなど、先ほどのように一つ一つ、係数の書き換えをしてしまえば、わけはない。
だが、キリがないし、万が一というリスクを、ここで背負う必要もないだろう。
だってとりあえずは、須黒先生の調べた情報の通りだし、立てた作戦の通りに、ことは進んでいるのだから。
もう一つ部屋を突き抜けて、通路を壁沿いに進めば、多分、突き当りの部屋に史奈がいる。
もしもいなかったならば、その時に、思念同調を使えばいい。
それよりなにより気掛かりなこと。
今回の発端となる、至垂が脅迫してきた時の映像だ。
背後に映っていた史奈が、喉にナイフを当てられていた。
あれは間違いなく、魔法使いだ。
思念同調を中断したから分からないが、おそらくその魔法使いは、現在も、史奈の近くにいるのだろう。
作戦では、わたしが魔法で、その魔法使いの動きを封じ込めることになっているのだけど……
でも、やれるのだろうか。
わたしに。
フミちゃんの生命のかかっている中で、冷静に、的確に、迅速に。
みんなは、わたしのことを買い被るけど。
それは、本当ならば成長を喜ぶべきもの、なんだろうけど……そもそも、待ち構えている魔法使いが、わたしよりもっと強いことだって考えられるじゃないか。
だって、そうだろう。
まず第一に、しっかりした訓練を受けていないわたしなんかが、世界で一番の魔法使いだとか、そんなこと普通に考えてあるはずがないということ。
第二に、リヒトは魔法使いを扱う組織なわけで、そういう素質のある女の子を広い世界から見付け出して育て上げることなんて、やろうとすれば出来ることだ。わたしより力のある者なんて、星の数ほど、集められるのではないか。
そのようなことを考えながら、みなと一緒に通路を歩くアサキであったが、結局、彼女は、ただ無駄な心配をしただけだった。
何故ならば……
ことの始まりを告げるのは、空間投影で宙に浮かぶ須黒先生の、鋭い叫び声だった。
「魔力反応! 二つ! 気を付けて!」
言葉ぶつ切り。
その叫びとほぼ同時に、通路の防火壁が、ほとんど音を立てずに動き、下がり始めた。
「走れ!」
閉じ込められようとしていること、いち早く察した祥子が、叫び、走り出した。
残る四人も慌て、床を蹴り跳ね後を追う。
腰を屈め、身を折り曲げて、なんとか防火壁を潜り抜け、通路の向こう側へ。
そしてまた走る。
「バレたってことか?」
「最初からかも」
「そがいな話は後じゃ!」
「そうだな……うわっ!」
全力で走りながら、カズミは咄嗟に身を屈めた。
「くそ、剣かなんか、風圧受けた! 誰がいるぞ!」
「ぐっ」
治奈が呻き、左腕を押さえた。
紫色の魔道着が切り裂かれて、押さえる右手の指の間から、血が染み出している。
「大丈夫? カズミちゃん! 治奈ちゃん!」
アサキが不安そうに尋ねた。
と、その瞬間、アサキ自身も感じていた。カズミがいっていた、その風圧を。
無意識に、身体が動いていた。
感じたその瞬間に、アサキは、風圧から、見えない武器の軌道と位置を読み取って、手の甲で横から弾いたのである。
手の甲に、確かな感触。
金属を弾いた音。
ち、
と舌打ちが聞こえた気がした。
全力で走り続ける五人の前に、分岐点。
真っ直ぐ先には、ほとんど閉まりかけた防火壁があり、左を見るとまだ降り始めたばかりの防火壁。
誰かの言葉を待つまでもなく、みな、左へ曲がった。
防火壁はそのまますーっと、ほとんど音なく降り続けて、隙間あと三十センチほど。みな、そのわずかな隙間へと躊躇なくスライディングし、次々と抜けていく。
最後の延子が抜けて立ち上がった瞬間、背後で防火壁が完全に閉じた。
「かわせた?」
腕からじくじくと血を流しながら、治奈が、閉まった防火壁を振り返った。
襲撃者を、まくことが出来たか。という意味である。
「たぶん……あ、いけない!」
めくれた薄水色スカートを直しながら、万延子の驚いた声。
進行方向、十メートルほど先にある防火壁が、もうほぼ閉じ掛けているのだ。
「やってみる!」
アサキは、呪文を念じた。
だらりと下げた右手のひらと、左手のひら、それぞれから青い光が生じていた。
光、輝きは、薄く引き伸ばされ、ピザLサイズ並みの、五芒星魔法陣が出来上がっていた。
両手をクロスさせ、その魔法陣円盤をそれぞれ投げると、空中で二つが組み合わさり、回転し、青い球形になった。
投げた魔法陣が挟まって、ガキリ引っ掛かる音と共に、壁の落下が止まった。
「サンキュ、アサキ」
カズミが、礼をいいながら腰を屈めて抜けた。
続いて治奈、祥子、延子、最後にアサキも通り抜けた。
はあ、
はあ、
みんな、息切れ切れである。
だが、この壁落下のアスレチックも、ようやく終わりを向かえた。
通路の突き当りにきたのである。
第三試験室、
と、扉の上にプレートが掛かっている。
「ダメ元っ!」
といいながら、カズミが壁のセンサーに、セキュリティカードを翳した。
しゅいっ
と音がして、あっさりと、扉は左右に開いた。
「拍子抜け、じゃの」
「でも気を付けろよ」
治奈、そしてカズミが、恐る恐る部屋へと入る。
訓練上であろうか。
物のなんにもない、薄暗い部屋だ。
「とりあえず、一息はつけるかな。こう走ると、年寄りには堪えちゃうね」
唯一の三年生である万延子が、自虐的なことをいいながら、わざとらしく腰に手を当てて背筋を伸ばした。
「みんなごめん」
須黒先生の声。
祥子のリストフォンから、上半身が空間投影されているのだが、申し訳なさそうに、しゅんと縮こまってしまっている。
「出来る限りの想定をして、持っているデータと送られてくるデータから最適を判断していたつもりだったのだけど……」
「魔法使いが潜んでいたんです。姿も見せずに近寄って攻撃してきた、油断のならない相手でした。だから、仕方ないですよ、先生」
励ますアサキの言葉に、須黒先生の顔がほんの少しだけ明るくなった。
「これからすぐに対策を立てるから、少しだけ時間をちょうだい」
そういうと、手元のキーボードを叩き始めるのであるが、
「必要ない!」
しんと静まり返った部屋に、ちょっとおかしなイントネーションの大声が響いた。
不意の、その大声に、アサキたち五人、そして空間投影画面の中の須黒先生は、一ようにびくり肩を震わせた。
ぶん、
奥の暗がりから、アサキたちのいる方へと、なにかがもの凄い速度で飛んでくる。
それは赤黒く、ぬめぬめとした、
それはなにやら、臓物にも見える、グロテスクな塊であった。
アサキの顔面を、狙っていた。
顔を少し傾けて、かわした。
びじゃっ、
背後からの音に、みなが振り返ると、壁の一部が茶色に染まっている。
いま飛来し、アサキが避けたものだ。
壁に当たって破裂し、ぐちゃぐちゃとした赤黒い塊が、床に落ちている。
にも見える、ではなく、本当に臓物であった。
なんの動物だかは、分からないが。
間違いなく、臓物であった。
見た目と状況の気持ち悪さに、カズミが、あひっ、と小さく悲鳴の声を漏らした。
ぶん、
また、それは飛んできた。
また、それはアサキへと。
避けた瞬間、また次の物が。
奥の暗がりにいる何者かは、アサキだけを狙っているようである。
臓物の飛来が収まって、また、しんと静まり返っていた。
息遣いすら聞こえそうな、冷たい空気。
不意に、声が聞こえた。
楽しそうな、少女の声が。
「令堂和咲い、内蔵を投げ付けられて悲鳴を上げないどころか、顔色一つ変えないなんてねえ。肝が据わっている、ってことかな。投げたのが肝だけに、ねえ」
吹き出したかと思うと、ぎゃははははははと大爆笑。
自分の掛けた言葉に、自分で大受けしている。
闇の中に、人の姿が、浮かび上がっていた。
こちらへ、近付いてくる。
姿が、はっきりしてくる。
白を基調に茶色のラインの入った、スカートタイプの魔道着。
スカートからは、白いタイツを履いた、細い足が伸びている。
やはり、魔法使いであった。
普通に考えて、リヒトの差し向けた者、ということだろう。
と、そこへ、また別の声が聞こえた。
「そら違うだろ。そいつは、あたしらと同じ。自分自身を見ているだけだから、平気なだけだよ」
黒を基調に青いラインの入った、スカートタイプの魔道着。
スカートからは、黒いタイツを履いた、細い足が伸びている。
白い魔道着の、隣に立った。
……なにを、いっているんだろう?
アサキは、二人の意味不明な会話に対し、目を細めながら、軽く首を傾げた。
意味不明ではあるが、間違いなく、不快だった。
その言葉は、アサキにとって。
いや、誰でも嫌な気持ちになるだろう。
人にいきなり内蔵を投げ付けておいて、自分自身を見ている、とか。
白と黒、二人の魔法使い。
万延子と同じ、派手なふりふりスカートタイプの魔道着だ。
だが、派手さ延子の比ではない。
戦闘服とはとても思えず、まるでアイドル歌手。
いたるところにふりふりが付いて、いたるところ逆立っている。アップリケも刺繍されており、とにかくかわいらしく装飾過剰の服である。
でも、油断は出来ないし、するつもりもない。
油断などしたら、多分、殺される。
死んだら、フミちゃんを助けられない。
と、アサキは気持ち戒め、拳をぎゅっと握った。
二人の姿を、じっと観察する。
先ほど、通路で攻撃を受けたけど、黒い方が、そうだろうか。
声、気配、匂いから、きっとそうだ。
お互い、身隠しの魔法を掛けていたのに、こっちが一方的な攻撃を受けた。走っていて、魔力の目をしっかり働かせられなかったといえ、だったら条件は同じなのに。
そこだけをとっても、どれだけ恐ろしい能力を持っているか、ということ。
先ほど、自分より強い者がここにいて不思議でない、という想像をしたが、もしかしたら、この二人がそうなのかも知れない。
だから、なるべく戦闘には、ならないようにしたいけど……
握る手の内側が、汗でぐちゃぐちゃだ。
アサキは不快に顔をしかめ、魔道着で手のひらを拭いた。
それをきっかけに、というわけでもないだろうが、白い魔法使いが、また口を開いて、また少し歪なイントネーションで言葉を発した。
「あと数分でね、さっきの内蔵みたく、なっちゃうんだから、意味はないと思うんだよね。正直ね。あ、名乗りの話ね。でもね、それをいったら、誰でもいつか死ぬんだし、だからね、一応ね、一応の一応ね、名乗っておくね。あと数分の間だけど、それまでの間ってことで」
ひねったいい回しだが、さりとて独創性もない、勝利宣言であり、殺害宣言。
白い魔法使いは、少し口を閉じ、笑みを強くすると、また口を開いた。
「わたしはね、斉藤衡々菜。リヒトの特務隊の一人であり、所長至垂徳柳の親衛隊のような者。そんでね、隣にいるこのブスがね、康永保江いう同じ特務……」
斉藤衡々菜、と名乗ったド派手なふりふり白スカートの魔法使いは、にこり邪気のない笑みを浮かべ、隣にいる黒スカートの魔法使いを紹介しようとするが、そのにこり邪気のない顔に、頬に、
「誰がブスだてめえええええ!」
黒スカート魔道着の魔法使い、康永保江の、音速を超えた右拳がぶち込まれていた。
斉藤衡々菜の、顔面がひしゃげた。
と見えたその瞬間には、そこに顔面も肉体も魔道着も白のふりふりもなく。
どどおん、と重たい音と共に、後ろの壁が砕けていた。
砕け、すり鉢状になった中に、斉藤衡々菜の全身が、めり込んでいた。
「もおおお冗談も通じなあい!」
斉藤衡々菜が、笑いながらやり返した。
すり鉢に埋め込まれているそのままの体制で、首と腕と背中と足とで、壁を跳ね返した。次の瞬間には、ガッと音がして、黒スカート魔道着は、全身、床に打ち付けられていた。
白スカートの魔道着、斉藤衡々菜が、両手を組んで、飛びながらくるり前転。その勢いを乗せ、拳のハンマーで、頭上から叩き潰したのである。
「なんだ、こいつら……」
敵を前に、ブスがどうとか下らないことで殴り合っている二人の姿、その狂気性に、カズミは唖然とした顔で、かすれた声を発した。
「特務隊に、きみたちのような者は見たことないのだけどな」
銀黒髪に銀黒の魔道着、元リヒトの嘉嶋祥子が、軽く小首を傾げた。大柄な身体に、ちょっと不釣り合いであるが。
「昇格したばかりにしても、そもそも、どの部所でも見たことない。魔法使い自体、なりたてだとしても、どんな才能があろうと、あっという間に特務隊はないよね」
「てめえになんか関係あんのかよ! すぐ殺されるくせによ!」
前のめりに凄むのは、黒スカートの魔法使い、康永保江である。
「殺すとか、物騒な言葉は好きじゃないなあ」
強がりなのか、駆け引きなのか、祥子は澄ました顔で、後頭部を軽く掻いた。
「あーっ、誰かと思ってたら、元リヒトの嘉嶋祥子ちゃんね。まだね、徳柳からはね、はっきり明確な指示は出てないのね。だっからとりあえずう、臓物に向けて臓物を投げて、遊んでたあああ」
白スカート、邪気なくあはははと上を向いて笑う、斉藤衡々菜。
「ふざけないで!」
だん、と激しく床を踏む音、それを掻き消すアサキ自身の怒鳴り声。
斉藤衡々菜を、睨み付けていた。
視線を受けた相手は、そよぐ風ほどにも感じていないようであるが。
アサキは、本心から不快にイラついていた。
当然だろう。
自分だけを執拗に狙う、行動、発言。
至垂徳柳のように、打算駆け引きで自分を不安に落とそうしているのなら、ともかく。
邪気なく、そうだからそうといっているだけなのが、むしろ質が悪い。
「どうして、あたしらのことが分かったんだよ」
カズミが尋ねる。
落ち着いた声で。
怒りぐっと堪え、アサキの気持ちや、この空気を、はぐらかそうとしているのだろう。
ここでアサキがイライラして自制心を失って、どうなるものでもないからだ。
質問に答えたのは、黒スカートに青ライン、康永保江である。
「バカなのかお前は。お前たちは人質を取られている、しかし猶予は存分にある。潜入の可能性は高い。そうと分かってりゃ、あれこれせずに、このフロアにだけ気を張っとけばいい。……反対に、お前らがどうして、あたしたちのことが分からなかったのか、だろ?」
黒スカートの魔道着、康永保江は、意地悪そうな顔をくっと歪めると、続きを語る。
「お前らも、魔法索敵の対策をしてはいるようだけど、お前らのちんけな魔力が憐れに思えるくらいに、あたしらの魔力の方が圧倒的、絶対的、無限大的に強いんだよ。ただそれだけだ、分かったかこのタコ」
「あぁ?」
タコと鼻で笑われて、カズミの表情が変わった。
アサキの怒り不快をはぐらかせようとして、持ち出しただけの質問だったというのに、受けた侮辱にすっかり切れ掛かっている。
歯をぎちり軋らせながら、激しく一歩を踏み出した。
と、その時である。
ブウウウウウウン
モーターの、振動。
バイブレーション。
ここにいる全員の、左腕のリストフォンが震えている。
それぞれの画面には、至垂徳柳の上半身が映っている。
祥子のリストフォンだけは、表示内容が空間投影されているため、必然的に、みなそちらへと視線を向けることになる。
グレーのスーツを着ているリヒト所長、至垂徳柳。
机に両肘をつき、組んだ指の背に顎を乗せ、薄笑いを浮かべている。
背後、壁際には、まだ幼い明木史奈の姿。
両手を縛られ吊るされている。
目もうつろ、心身すっかり衰弱している様子である。
先ほどは隣に、ナイフを突き付けている魔法使いがいたが、今は見えない。おそらく、ここにいる二人が、ということなのだろう。
「フミ!」
明木治奈は、空間投影されている妹の姿へと、悲痛な顔で呼び声を投げた。
「フミ!」
もう一度、呼んだ。
妹、史奈の、がくりだらりと下がっている頭が、ゆっくり持ち上がった。
垂れた前髪に隠れている、二つのまぶたが、震えながらそっと開かれ、そして突然、はっと気付いて大きく見開かれた。
「お姉……ちゃん」
画面の中の史奈は、驚きと混乱に、目を白黒させている。
無理もないだろう。
誘拐され、幽閉されていた。
助けがきた? と思ったら少女だけ。
中には姉もおり、しかもみな、見たことのない白銀プラス色とりどりの戦闘服に身を包んでいるのだから。
「もう、安心じゃけえね。お姉ちゃんたちが、必ず、助けるからのう」
治奈は、笑みを浮かべた。
すると、画面の中の史奈も、ニコリ笑みを返した。かなり、力のない笑みではあったが。
「と、いってもさーあ」
空間投影の画面内、吊るされた幼い女の子の姿を、横から入った至垂の顔面が隠した。
鼻息でカメラレンズが曇りそうなくらいに、顔を寄せると、彼は楽しそうに、歪んだ口を開いた。
「分が悪い、と思うんだよね」
と。
「だって、わたしたちは……ええと、フミちゃんっていったっけ? この娘の、生命を握っているわけだろう? きみたちには投降するチャンスを与えたのに、従うどころか、こっそり忍び込んで。挙げ句のはてには、こうして、あっさり見つかっちゃったわけじゃない?」
さらにカメラへ顔を寄せながら、
「あっ
とおっ
てき
にいいいいいいいいっ、
分が、悪いと思うんだなあ。あとなにが出来るのか。もう命乞いしかないと思うけど、でもそれも、ちょっと虫がよい考えだとは思わない?」
「てめえの理屈に酔ってろ! 変な名前の異常性癖クソ野郎! なんの関係もないフミちゃんを巻き込んどいて、好き勝手いいやがって! 名前が妙ちくりんなだけでなく、随分とボケ面をしてる奴だとは思ってたけど、やっぱり脳味噌もおかしかったんだな」
カズミの怒鳴り声である。
怒りにぶるぶる身体を震わせ、画面の至垂へと寄ると、正拳突きで顔面をブチ抜いた。
もちろんこれは空間投影の映像であり、拳は空間を、するりすり抜けただけであるが。
それも承知か、もう一発、投影映像を殴り付けるカズミ。
至垂の唇が、より楽しげに釣り上がるだけであった。
腹立たしげに舌打ちをするカズミ。
更になにかをいい掛けるが、
その前に、ぐいとアサキが出た。
映像の至垂へと、険しい表情を向けると、小さく口を開いた。
ぼそりと小さくではあるが、しかしはっきりと、アサキらしくない低くドスの利いた声で、こういったのである。
「もしもフミちゃんになにかあったら、わたしは絶対に、あなたを許さない」
と。
「許さなかったらどう……」
至垂が楽しげに、ありがちな言葉を返そうとするが、アサキはみなまでいわせず言葉を被せ、
「リヒトを潰す」
また、低く、小さいがはっきりとした声で、至垂を睨んだ。
「絶対に、あなたの野望がかなえられないように。もしメンシュヴェルトも既に抱き込んでいるのなら、それも潰す。……わたしは決して、あなたの道具なんかにはならない。決して、あなたなんかに絶望させられはしない」
凄むアサキであるが、至垂はそよ風に吹かれたほども感じていない。だからなんだ、といった顔である。
「ほう。逆に脅しというわけかね。無意味なことだ。だって考えてみてごらん。時間さえ掛ければ、きみに代わる超ヴァイスタ候補なんかは、いくらでも作り出せるんだから」
「そうでしょうね」
「現在いるからきみなだけ。……神創造の手伝いが出来るなんて、ある意味こんな名誉なこともないのに……」
「あなたの勝手な価値観でしょう」
アサキは冷ややかな視線を、至垂の映像へと向ける。
「そこまでというのなら、もうきみに存在価値はないのかな。でも、その心意気には打たれた。爽やかな正義面に酔いしれる姿に、感動したよ」
「そんなつもりはない!」
正義とか、そんなんじゃない。
ただ、自分の中でどうしても赦せないことがあるだけだ。
ただ、親友の家族を救いたいだけだ。
「つもりはなくともそうなんだよ。嫌いじゃないよ、わたしは。真っ直ぐなのは。いざ折れたら、粉微塵に砕けるからね。という打算と、さっきの爽やかな感動との、半分半分なんだけど……チャンス、上げるよ」
「なにを、いってるんですか?」
「きみたちは圧倒的に分が悪い、といったでしょ? 打開するためのチャンスだよ。そこにいる二人と戦い、もしも勝てたら、えっと、フミちゃん? この娘を放してあげる……かも、知れない。さて、これで、きみたちには可能性が、希望が出来たね」
グレーのスーツ、至垂は、机に肘を置き直した。
「なあ徳柳、こいつら殺してもいいのか?」
黒スカートの康永保江が、空間に映っている至垂へと尋ねる。
至垂は、返事も頷きもせず、画面の中で、アサキたち潜入した魔法使いたちへと視線を向けた。
「強いよ、その二人は。少なくとも、令堂くん以外のザコどもが、束になって挑んでも、一人にすら勝てないだろうね。まあ、だから、束になって挑んでも構わないよ」
「そういうことだっ」
くくっ、黒スカートの康永保江は、声に出して笑った。
反対に、声に出さず、ただ唇を釣り上げたのは、カズミである。
小さく息を吐いた。
「舐められたもんだよ」
そのため息、言葉、苦笑、本心ではないだろう。
いや、もちろん、相手の強さや、舐めるに足る実力あっての発言であることなど、カズミも理解はしているのだろうが。
魔法使い同士の戦いとなれば、ほぼ魔力の量や質が勝敗を決める。それらの要素は、機械で数値化出来るものだからだ。
なにはともあれ、チャンスを掴めたことは事実である。
潜入が見付かってしまい史奈の生命も相手次第、という状況の中、アサキのハッタリによって。
須黒先生が次の手を打ってくれるはずだ、と信じた上での、そのための時間稼ぎにしかならないかも知れないが。
「では、楽しい結果を待っているよ」
空間投影や、それぞれのリストフォンに映っている至垂の画像が、ざーっというノイズ音と共に乱れ、信号未検出のブルー画面へと変わった。
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彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
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初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
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