魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

文字の大きさ
上 下
210 / 395
第十六章 日常の中ならばよかったのにな

06 「了解した!」祥子が叫びながら、斧を振り上げるのと

しおりを挟む

「了解した!」

 しようが叫びながら、斧を振り上げるのと、
 しなっていた白く長いものが、いきなり硬く尖り、真っ直ぐ突き出されるのと、
 同時であった。

 現在、ヴァイスタと交戦中だ。
 マンションの、一室で。
 ぐろ先生の部屋の、真下で。

 あまりの巨体のため、窮屈そうに背を屈めている、ヴァイスタと、
 銀黒の魔道着、嘉嶋祥子が。

 祥子の背後には、あきらはるが、ぐったりしている須黒先生を膝に乗せ、介抱している。

 天井には、大穴。
 上の部屋にいた彼女たちは、この穴から須黒先生と治奈がヴァイスタに引きずり込まれ、助けるべく祥子が踊り飛び込み、交戦中というわけである。
 日本の一般的なマンション室内なので、ヴァイスタには実に窮屈そうであるが。

 屈みながらヴァイスタは、もう一本の白く長い腕を振るった。
 祥子を避ける円弧を描いて、須黒先生を介抱していた治奈へと、襲い掛かった。
 触手状のにょろり長い腕、先端に手や指はないが、ぱっくり裂け目が開いて、そこに生えている無数の鋭い歯が、治奈へと噛り付こうとしたのである。

「うわ!」

 驚く治奈だが、祥子には想定内の攻撃だったようである。
 柄のない、巨大な斧。刃身に空いた穴に指を掛けて、そこを軸にくるり回転、振り下ろし、触手の先端部分を切り落とした。

 感じるであろうタイミングとしては実に危機一髪で、ふう、と治奈は安堵のため息を吐いた。

 床に落ちた、落とされた腕の先端は、もうちりちり音を立て干からび始めている。
 また、ヴァイスタ本体の、切断された断面からは、とろーっと粘液が垂れて、もう回復が始まっている。

 ヴァイスタは、致命傷を与えない限り、どのような傷であろうともすぐに修復されてしまうのだ。

「先生! 先生!」

 治奈が、ぐでっと横になっている須黒先生を膝に乗せ、軽く揺すったり、軽く頬を叩いている。

「つつ……大丈夫よ。もう、意識はあるから」
「よかった。頭を強く打ち付けてたみたいじゃったから」

 よかった、と本当にいえる状況かどうか。

 LDKには、巨人ヴァイスタ、向き合う祥子、そして須黒先生、治奈。
 魔道着を着ているのは、祥子ただ一人。
 須黒先生は魔法使い引退の身であるし、治奈はクラフトが発動せず変身が出来ていない。

 ヴァイスタは身を縮めて窮屈そうだが、それ以上に祥子の方が戦いにくそうだ。
 狭い空間で、戦えない二人を庇いながらであるためだ。
 また、祥子の得物が巨大な斧で、小回りの効く武器ではないためだ。

 それでも、斧の側面で受けたり、側面の大きな穴を軸に振り回すなど、器用に交戦していたが、だがここで思わぬアクシデントが起きた。

「がっ」
「明木さん!」

 治奈が、須黒先生に肩を貸して、隣の部屋へ連れて行こうとしていたのだが、そこをまた円弧の攻撃で襲われ、祥子が距離的ぎりぎり庇い切れなかったのである。

 負の連鎖。
 治奈のこと、残った須黒先生のことに焦った祥子の身体に、ヴァイスタのもう一本の腕が巻き付いていた。

「うああああ!」

 ぎりぎりと、西洋甲冑に似た銀黒の魔道着が、締め付けられる。
 全身、巨大な斧ごと。
 丸太も楽々とへし折れるであろう、凄まじい力で。

 魔道着を着ていなかったら、一瞬にして身体はバラバラになっていただろう。

 むしろ、魔道着を着ているからこそ、ヴァイスタの攻撃に躊躇がないのである。

 別に、良心の呵責があって、加減しているわけではない。
 ヴァイスタにそのような、人間的な感情は残ってない。

 なるべく絶望を膨らませた方が、より強い仲間、つまり強力なヴァイスタが生まれる可能性が増すということだ。

 必ずしもその絶望、死の恐怖が、魔法使いのヴァイスタ化を誘うわけではないが。それならそれで、殺して食ってしまえば、膨らんだ絶望の分だけ、自分がより強いヴァイスタになる。

 そのような理由であろう、というのが、現在の最新学説である。

「ぐうう……」

 ヴァイスタの長い腕に全身を巻かれ締められ、祥子の、歌劇団スターのように整った顔が苦痛に歪む。

「嘉嶋さん! その変な形の斧をエンチャントして、こっちに投げて!」
「無茶、いいますね、須黒さん」

 祥子は、銀黒髪の中で、苦痛に顔を歪めながらも、微かに苦笑を浮かべた。

「スタークストレング……」

 額に脂汗を浮かべながらの、呪文詠唱。

 確かに無茶な要求である。
 集中しなければ、呪文詠唱は出来ない。
 集中すると、身体に力を入れることが出来ない。
 身体に力を入れなければ、ヴァイスタの締め付けに耐えられない。
 多少なら耐えられても、格段に増した激痛、呼吸もろくに出来ないのに呪文を唱えるなど、普通に考えて、出来るものではない。
 形式だけの詠唱をしたところで、念を集中出来ていなければ、なんの意味もないのだ。

 だが、

「アインスタークスゲイフル」

 祥子の腕が、巻き付いたヴァイスタの腕の中で、ぼーっと青白く光っていた。

 エンチャントは通常、手のひらに気を集中させ、武器へ翳すことで、破壊のエネルギーを流し込む。
 腕にいくら魔法を集中させようとも、この、全身を締め上げられた状態では、流石にそれは困難に思われるが……

 ぎゅうぎゅうと絡み付かれたまま、激痛に、呼吸の出来ない苦しさに、顔を歪めている祥子。

「ぐ、ぐ」

 苦痛の表情のまま、身悶えを始めた。
 絞められたまま、肩を揺すった。

 揺すっているうちに、身体と一緒に締め上げられていた、巨大な斧が、落ちた。

 そう、祥子のこの身悶えは、斧を自由にするためだったのである。

 それだけではない。
 落下する斧の、刃身が青白く輝いている。
 締め上げられながら、祥子は、エンチャントを完了させていたのだ。

 ヴァイスタに掴まれ宙ぶらりんになっている状態で、足を軽く持ち上げて、斧の刃身に空いた拳大の穴に、爪先を差し入れ、そこを軸に、くるりん。落下の勢いを利用して、飛び、須黒先生の元へすとん。

 いや、すとん、というには、あまりにも巨大な、重厚感満載の無骨で歪な斧であるが、須黒先生は、穴に指を掛けて、軽々と受け止めていた。

「ありがとう」

 先生は、にこり微笑んだ。
 構える姿も、なんだか軽そうである。

 エンチャントの効果だろう。
 破壊力が増すだけでなく、軽くなるのだ。
 あの状況下であったというのに、銀黒の魔法使いは、かなり高度なエンチャントを施したようである。
 須黒先生の筋肉量という、そこだけの問題かも知れないが。

 ぶん、ぶん、と思い切り斧を振ってみるが、ヴァイスタは完全無視で、銀黒の魔道着を締め続けている。
 ヴァイスタは、魔力が高く、かつ襲いやすい者から襲うためである。この中で一番魔力を持っている者が、なおかつ自分の腕の中にあり、なおかつ武器をも捨てたとなれば、手放す道理がないのだ。

 斧を振りながら、須黒先生は、

「魔道着を着ていないからってえ……舐めんじゃねえぞお!」

 吠えた。

 舐めるも舐めないも、もちろんヴァイスタの習性などはよく分かっているはずで、自分に気合を入れただけだろう。
 気合の雄叫び張り上げて、タイトスカートを気にもせず、床を蹴って、ヴァイスタへと飛び込んだ。

 魔力を帯びた巨大な斧を手にしているだけあって、さすがに、ヴァイスタも反応した。
 祥子を締め上げながら、反対の腕を、しならせて、そして一気に突き出した。

 その行動、予測済み。
 須黒先生は、にょろり長いヴァイスタの腕へと、飛び乗っていた。

 白い皮膚をぬらぬら覆う粘液を利用して、腕の端から端へと滑る。
 斧を振り上げる。

 ヴァイスタは、その斧による頭部への一撃を警戒したのだろう。
 また、この空間に武器といえる武器は、その斧しかないことを認識したのだろう。
 祥子への締め上げを解いて、解いたその腕で、自らの頭部をガードしたのである。

 だが、元魔法使いである須黒先生には、その行動すらも予測済み。
 腕の上を、そのまま滑り続け、軽く跳躍。頭部と、ガードする腕とを飛び越えると、部屋の壁へと、両足を着いた。
 そして、慣性で壁に押し当てられる勢いを利用して、壁を走ったのである。
 上へと、そして、さらには天井を、走ったのである。

 混乱に腕を絡ませたヴァイスタ、の頭上から、須黒先生が逆さまに落ちた。

 ずちりむちゅり、と巨大なゼリーを握り潰したら、このような音がするだろうか。

 たん、とヴァイスタの背を蹴って、須黒先生は逆さまから正の姿勢に戻り、着地した。
 小さくため息を吐いた。

 ヴァイスタの背中が、職人が出刃包丁で開いた魚さながらに、大きく、深く、避けていた。

 それを認識すると、須黒先生はもう一回、小さく息を吐いた。
 髪の毛を掻き上げ、スカートの乱れを直した。

「嘉嶋さん、昇天をお願い」
「承知。……ほとんど体術のみでヴァイスタを倒すとは。お見事です、さすが元魔法使いさと
「昭刃さんから、なにか聞いた?」
「いえ、なんにも」

 ははっと笑いながら銀黒の魔法使い、祥子は、手を伸ばす。
 ぴくりとも動かず立ち尽くしているヴァイスタの、腹部に正面から手を当てて、呪文を唱え始めた。

 と、その背後で須黒先生が、くたっとやわらかく崩れ、倒れてしまった。
 先に気を失っている治奈の身体へと、折り重なって。

 二十代故に微量にしかない体内の魔力を、エンチャントされた武器によって、吸い尽くされたためである。

 どん
 どおん

 上の階から、低い音が響いている。
 ぐらりぐらりと、揺れている。
 天井に、人が楽々通れるほどの、大きな裂け目が出来ている。
 この裂け目の向こう、上の部屋で、よろずのぶたちがまだ、ヴァイスタと戦っているのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

闇の世界の住人達

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
そこは暗闇だった。真っ暗で何もない場所。 そんな場所で生まれた彼のいる場所に人がやってきた。 色々な人と出会い、人以外とも出会い、いつしか彼の世界は広がっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 そちらがメインになっていますが、どちらも同じように投稿する予定です。 ただ、闇の世界はすでにかなりの話数を上げていますので、こちらへの掲載は少し時間がかかると思います。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...