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第十四章 慶賀雲音
12 多坂大学附属病。大阪府吹田市の郊外にある総合病院だ
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多坂大学附属病院。
大阪府吹田市の郊外にある総合病院だ。
一般診療が基本ではあるが、リヒト指定の病院であり、つまりは職員全員がリヒトに所属している。
東病棟の四階にある病室に、今日も慶賀応芽は訪れていた。
妹である慶賀雲音の、お見舞いのために。
お見舞い、という言葉が適切なのか、応芽には分からないが。
だって、妹の魂は、もうこの場所にはないのだから。
この場所どころか、どの場所にも存在していない。
当然だ。
自分が、砕いてしまったのだから。
半ば無意識に魂砕きの術法を施して、粉々に。
ならば何故、自分はここへくるのだろう。
魂などを超越した、なにかにすがりたくて?
それとも、ただ単に信じたくなくて? 現実を受け入れたくなくて?
自分の心のことながら、分からない。
分かるはずがないだろう。
だって、こんな境遇の女子中学生など、世の中をくまなく探したっているか?
病室の中で雲音は、ギャッジアップされているベッドに背をもたれさせて、ずっと正面の壁を見つめている。
正確には、ただ顔がそちらを向いている。
目は両方とも開いているし、瞬きもする。
でもその瞳は、如何なる光も捉えていない。感じていない。
単なる肉体の反応だ。
だって、魂がないのだから。
とはいえ、魂はなくとも呼吸はしている。
心臓は動いている。
身体だって、触れればやわらかい。温かい。
見舞う意味があろうとなかろうと、ここにこうして生きた肉体の存在する以上は、会いにこないわけには、いかないではないか。
いっそヴァイスタになって昇天させられていた方が、雲音にとっても、遺された者にとってもよかったのかも知れないけど、でも、ここにこうしている以上は……
ぽかん、とした感じに口を半開きにしている雲音。
双子であり、姉とそっくりな、顔。
つ、口の端から唾液が垂れた。
「ああもう、よだれや。赤ちゃんやなあ」
応芽はやさしく笑いながら、腰を軽く浮かせ、自分のスカートのポケットからハンカチを取り出して、軽く拭ってやった。
ハンカチをしまい、椅子に座り直すと、綺麗になった雲音の顔をじーっと見つめる。
双子の妹であるだけに、鏡を見ている気持ちになる。
生身の、決して割れない鏡だ。
割れない?
違うな。
あの時……割れた。
割れて、砕け散るその前に、自分が、砕いた。
魂の方を。
どうすればよかったのだろうか。
絶望が精神を支配して、肉体が硬化し皮膚にヒビが入り、ヴァイスタへと存在が塗り変わっていく妹。
あの時、どのようにすれば、妹を救えたのだろうか。
「ああ、ウメちゃん、おったんや」
声にドアの方を振り向くと、白衣を着た山末実久が立っていた。
「雲音ちゃんを、ベッドに寝かせる時間なんやけど。も少し、このままにしとこか?」
「あ、はい、ちょっとだけ。あたし、やっときますよって。ベッドの操作、もう分かりますから」
「お願いな。ウメちゃん、まめにきて、世話してくれて、偉いお姉ちゃんやなあ」
「そんなんやないんです。こちらこそ、ここのみなさんにはお世話になりっぱなしで」
「こっちは仕事や。……あんまり、根詰めんといてね。少しやつれたで。今回の件は、ウメちゃんのせいやないんやから」
「おおきに」
応芽は、愛想笑いを作って小さくお辞儀をした。
「ほな、またね」
山末実久が手を振って去り、部屋にぴんと張ったような静寂が戻る。
静寂の中で、また応芽はじーっと雲音の顔を見続ける。
どれほどの時間が流れた頃だろうか。
ぼそ、と口を開いたのは。
「そら、確かに、そうかも知れへん」
誰のせいでも、ないのかも知れない。
方法なんか、最初からなかったのかも知れない。
でも……
関係、ないんだ。
あたしのせいとか、せいじゃないとか、そんなの、関係ないんだ。
だって、
だって、
雲音は……
「たった一人きりの、妹やないかあ」
立ち上がり、覆い被さり、強く抱き締めていた。
大粒の涙をこぼしながら。
頬に、頬を押し当てた。
くにゃりとした、やわらかな妹の身体を、さらにぎゅっと力強く抱き締めた。
「心配、せんでええよ。必ず、助けたるからな」
必ず。
この生命と引き換えようとも、必ず。
雲音……
大阪府吹田市の郊外にある総合病院だ。
一般診療が基本ではあるが、リヒト指定の病院であり、つまりは職員全員がリヒトに所属している。
東病棟の四階にある病室に、今日も慶賀応芽は訪れていた。
妹である慶賀雲音の、お見舞いのために。
お見舞い、という言葉が適切なのか、応芽には分からないが。
だって、妹の魂は、もうこの場所にはないのだから。
この場所どころか、どの場所にも存在していない。
当然だ。
自分が、砕いてしまったのだから。
半ば無意識に魂砕きの術法を施して、粉々に。
ならば何故、自分はここへくるのだろう。
魂などを超越した、なにかにすがりたくて?
それとも、ただ単に信じたくなくて? 現実を受け入れたくなくて?
自分の心のことながら、分からない。
分かるはずがないだろう。
だって、こんな境遇の女子中学生など、世の中をくまなく探したっているか?
病室の中で雲音は、ギャッジアップされているベッドに背をもたれさせて、ずっと正面の壁を見つめている。
正確には、ただ顔がそちらを向いている。
目は両方とも開いているし、瞬きもする。
でもその瞳は、如何なる光も捉えていない。感じていない。
単なる肉体の反応だ。
だって、魂がないのだから。
とはいえ、魂はなくとも呼吸はしている。
心臓は動いている。
身体だって、触れればやわらかい。温かい。
見舞う意味があろうとなかろうと、ここにこうして生きた肉体の存在する以上は、会いにこないわけには、いかないではないか。
いっそヴァイスタになって昇天させられていた方が、雲音にとっても、遺された者にとってもよかったのかも知れないけど、でも、ここにこうしている以上は……
ぽかん、とした感じに口を半開きにしている雲音。
双子であり、姉とそっくりな、顔。
つ、口の端から唾液が垂れた。
「ああもう、よだれや。赤ちゃんやなあ」
応芽はやさしく笑いながら、腰を軽く浮かせ、自分のスカートのポケットからハンカチを取り出して、軽く拭ってやった。
ハンカチをしまい、椅子に座り直すと、綺麗になった雲音の顔をじーっと見つめる。
双子の妹であるだけに、鏡を見ている気持ちになる。
生身の、決して割れない鏡だ。
割れない?
違うな。
あの時……割れた。
割れて、砕け散るその前に、自分が、砕いた。
魂の方を。
どうすればよかったのだろうか。
絶望が精神を支配して、肉体が硬化し皮膚にヒビが入り、ヴァイスタへと存在が塗り変わっていく妹。
あの時、どのようにすれば、妹を救えたのだろうか。
「ああ、ウメちゃん、おったんや」
声にドアの方を振り向くと、白衣を着た山末実久が立っていた。
「雲音ちゃんを、ベッドに寝かせる時間なんやけど。も少し、このままにしとこか?」
「あ、はい、ちょっとだけ。あたし、やっときますよって。ベッドの操作、もう分かりますから」
「お願いな。ウメちゃん、まめにきて、世話してくれて、偉いお姉ちゃんやなあ」
「そんなんやないんです。こちらこそ、ここのみなさんにはお世話になりっぱなしで」
「こっちは仕事や。……あんまり、根詰めんといてね。少しやつれたで。今回の件は、ウメちゃんのせいやないんやから」
「おおきに」
応芽は、愛想笑いを作って小さくお辞儀をした。
「ほな、またね」
山末実久が手を振って去り、部屋にぴんと張ったような静寂が戻る。
静寂の中で、また応芽はじーっと雲音の顔を見続ける。
どれほどの時間が流れた頃だろうか。
ぼそ、と口を開いたのは。
「そら、確かに、そうかも知れへん」
誰のせいでも、ないのかも知れない。
方法なんか、最初からなかったのかも知れない。
でも……
関係、ないんだ。
あたしのせいとか、せいじゃないとか、そんなの、関係ないんだ。
だって、
だって、
雲音は……
「たった一人きりの、妹やないかあ」
立ち上がり、覆い被さり、強く抱き締めていた。
大粒の涙をこぼしながら。
頬に、頬を押し当てた。
くにゃりとした、やわらかな妹の身体を、さらにぎゅっと力強く抱き締めた。
「心配、せんでええよ。必ず、助けたるからな」
必ず。
この生命と引き換えようとも、必ず。
雲音……
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