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第九章 再び合宿へ
04 天王台第三中学校の体育館は、閑散としながらも一角だ
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天王台第三中学校の体育館は、閑散としながらも一角だけは人が密集しており、なんともいいがたい妙な熱気に包まれていた。
「シゲ、四番も見ろって!」
「分かってるよ!」
「シュン、せめてコースに立てよ!」
「出来るならやってんだよ!」
男子たちの、悲痛ともいえる叫び声が反響している。
コートの中で、バスケットボールを右手で小気味よく弾ませているのは、体操服姿の令堂和咲である。
男子を一人を背負っている状態だが、今の声掛けに押された男子がもう一人、アサキの正面から向かっていく。
アサキは、軽く首と視線を動かして、背後の状況を確認すると、一気に仕掛けていた。
だん、
前方へと大きくついた瞬間、自身も跳ねるように加速して、あっという間にボールに追い付くと、向かってくる相手の脇をするり抜けていた。
「令堂、こっちや!」
横目に、手を高く上げながらサイドを駆け上がる、応芽の姿が見える。
アサキは、ポイントガードを抜きに掛かる素振りを見せた瞬間、真横へボールを投げていた。
かなり強目のパスであったが、応芽はしっかり両手にキャッチすると、すぐさまドリブルに入り、向き合う男子をかわしざまゴールへバンウドパスを出した。
だがゴールに味方はおらず。
いや、後方から走り込んだアサキが拾っていた。
両手でしっかり持ちながら、小さくジャンプすると、右手で軽くボールを放り投げた。
ボールはリング内周をぐるぐる回り、内側に吸い込まれ、ネットを小さく揺らした。
得点である。
「ナイシューや令堂! よお決めたで!」
「ウメちゃんのパスが最高だったよ」
二人は、高く上げた手をパンと打ち合わせた。
「くそお」
「またこの二人の連係からかあ」
「分かっちゃいるのになあ」
男子たちが、肩を落として悔しがっている。
彼ら彼女らが現在ここでなにをしているのかといえば、もちろんバスケットボールである。
アサキたちの相手は、この中学の男子バスケットボール部員。
男子部員が五人に対して、アサキたちは四人。この条件で試合を行っているのである。
人数に差があるだけでなく、性別の違いもあるというのに、得点がほぼ互角であるばかりか、見る者を驚かせる圧巻のプレーはむしろアサキたち女性チームの方にこそ生じていた。
特に素晴らしいのがアサキと応芽の二人で、実際、得点の大半が、彼女たちの連係から生まれていた。
試合開始前は自信なさげであったアサキだが、いざ始まってみれば誰よりも生き生きとしており、攻撃に守備に走り回って、獅子奮迅の大活躍である。
「どこまで伸びるんだよ、あいつは」
壁際で腕組みしながら、その活躍を唖然憮然のない混ぜになった複雑な表情で見つめているのは、昭刃和美。突き指したっ!といって、開始早々にピッチを出て、それからずっと見学組を決め込んでいる。
そのため彼女たちは、本来は二つあるはずの交代枠を、一つだけで順繰り回している状態なのである。
今も、「ローテーションもへったくれもなく、すぐ出番くるから疲れるけえね」と不満をいいながら治奈が、正香に代わって入ったところだ。
「カズミさん、その言葉は魔法使いとしての能力をいっていますか?」
ピッチから出た正香が、周囲に聞かれないよう、こそっとした小さな声で、カズミへと尋ねる。先ほどの、「どこまで伸びるんだよ」に対しての質問だろう。
「コートでのこの躍動も、魔法力と精神力向上の賜物ですからね。もともとの競技経験に加え、読みが鋭くなって、そこから気持ちの好循環が生まれているという状態。……凄いですよね、アサキさんは」
正香は目を細めてふふっと笑った。
カズミは、顔を正面に向けたまま、横目でちらり正香を見ると、
「別にあたし、あいつのことこれっぽっちも褒めてなんかいないんだけど。つうかあいつ、バスケ以外のスポーツてんでダメじゃん。跳び箱すらろくに跳べないじゃん。逆上がりも出来ねえじゃん。あいつ、自転車も乗れないんだぜ。魔法力が向上してるからって今の理屈なら、他だってやれるはずだろ」
「そこはきっと、自信がないんですよ。気持ちの乗れる時と乗れない時の、波が激しいんですね。……でも自信を持てるところから、どんどん自信をつけて、着実に基礎値が上がっている。……こうしてどんどんアサキさんが成長していくのも、かわいい後輩をずっと叱咤して育ててきたカズミさんとしては、ちょっと寂しくもありますね」
「うん。まあね……って、バカいってんじゃねえよ! もっともーっと、あと五億倍成長しなきゃあ使い物になんねえよ、あんな泣き虫のヘタレ女」
カズミは踵で床を蹴ると、ぷいっと横を向いて腕を組み直した。
しかし、だすだすとボールの弾む重たい音についつい引き寄せられて、また視線を落として、試合の様子を見てしまう。
試合というより、アサキのプレーを。
現在は、治奈が男子部員の背中から回り込むようにボールを拾い、そのままドリブルでキープしているところだ。
「治奈ちゃん!」
アサキが飛び出しながら叫ぶと、治奈が反応して素早くパスを出した。
男子二人の間を風のように抜けたアサキは、ボールを受けた瞬間にドリブルに入っていた。
すっと一人をかわし、さらにもう一人を抜きに掛かる、と見せて治奈へと戻した。
アサキに男子たちの意識が集中していることを察した治奈は、すぐさま反対側の応芽へとパスを出す。
応芽は、そのままドリブルでゴールへと近付いてシュートを放った。
両手でしっかり丁寧に狙ったシュートであったが、打つ瞬間男子に背中を押されたためか、力みすぎ、放物線を描いたボールはそのままゴールを越えてしまった。
だが、読んでいたのか可能性の一つとして想定していたのか、そこへ反対側から駆け込んだアサキが、高く高くジャンプしながら、空中でそのボールを手のひらで押し上げた。
ボールは、リングを潜り抜けて落ちた。
「やった、同点や!」
ハイタッチをする応芽とアサキ。二人の肩を、笑いながら治奈が叩いた。
ふう。
壁に寄り掛かって試合を見ていたカズミは、ため息というのか何息というのか、頭を掻くと口元を歪めて笑みを浮かべた。
「どこまで、伸びるのかなあ。あのナキムシクソヘタレは。……跳び箱に衝突して泣いてたくせに、なんなんだ」
と、ここで須黒先生の吹く長い笛の音が鳴った。
「はい、練習試合はこれで終了です。男子部員のみんな、ありがとうございましたあ!」
ぱんぱんと手を叩く音が響くと、それが合図であったかのように男子たちは、床にへたり込んだり、倒れたり、
「なんなん、先生、なんなん、こいつらさあ! バスケ部でもないくせにさあ!」
と、食って掛かったり。
バスケ部員ではない、しかも女子の、しかも自分たちより選手数が一人少なく、交代枠も一つしかない、そんな相手に、圧勝どころか同点という結果を考えれば、落ち込むのも当然というものだろう。
最初の方こそ男子は手を抜いていたとはいえ、何点か決められてからは段々とガムシャラになり、最後の方は体格差に物をいわせたかなり乱暴なプレーまでしてしまったというのに、女子たちはするりするりと華麗な連係で抜け出して得点を重ねていくのだから、恥の上塗りもいいところである。
「令堂、令堂、お前すげえんだな、男子相手なのに大活躍じゃん。一番目立ってたよ!」
アサキへと声を掛ける男子は、同じクラスの村田栄だ。
惨敗の悔しさこそあれど、それとは別にアサキのプレーにすっかり感動感服しているようである。
「そ、そんなことないよお」
褒められたから、というよりも、思いがけず男子に話し掛けられたことで、アサキはちょっと顔を赤らめて、手を振り照れ笑いをした。
「なにいいいっ? 恋する村田くんのために頑張ったのよ、だってえ? ほんとか、アサキい!」
カズミがからかった、早速。
「だだっ、誰もそんなこといってないでしょおおお!」
「勝負には勝ったけど、小さな胸をスリーポイントでズキュンと撃ち抜かれたってええ?」
「だからあ……からかうのやめてよお! それに、同点だったよお!」
さらに顔を赤く赤く、赤毛の髪より赤く染めてしまうアサキなのであった。
「シゲ、四番も見ろって!」
「分かってるよ!」
「シュン、せめてコースに立てよ!」
「出来るならやってんだよ!」
男子たちの、悲痛ともいえる叫び声が反響している。
コートの中で、バスケットボールを右手で小気味よく弾ませているのは、体操服姿の令堂和咲である。
男子を一人を背負っている状態だが、今の声掛けに押された男子がもう一人、アサキの正面から向かっていく。
アサキは、軽く首と視線を動かして、背後の状況を確認すると、一気に仕掛けていた。
だん、
前方へと大きくついた瞬間、自身も跳ねるように加速して、あっという間にボールに追い付くと、向かってくる相手の脇をするり抜けていた。
「令堂、こっちや!」
横目に、手を高く上げながらサイドを駆け上がる、応芽の姿が見える。
アサキは、ポイントガードを抜きに掛かる素振りを見せた瞬間、真横へボールを投げていた。
かなり強目のパスであったが、応芽はしっかり両手にキャッチすると、すぐさまドリブルに入り、向き合う男子をかわしざまゴールへバンウドパスを出した。
だがゴールに味方はおらず。
いや、後方から走り込んだアサキが拾っていた。
両手でしっかり持ちながら、小さくジャンプすると、右手で軽くボールを放り投げた。
ボールはリング内周をぐるぐる回り、内側に吸い込まれ、ネットを小さく揺らした。
得点である。
「ナイシューや令堂! よお決めたで!」
「ウメちゃんのパスが最高だったよ」
二人は、高く上げた手をパンと打ち合わせた。
「くそお」
「またこの二人の連係からかあ」
「分かっちゃいるのになあ」
男子たちが、肩を落として悔しがっている。
彼ら彼女らが現在ここでなにをしているのかといえば、もちろんバスケットボールである。
アサキたちの相手は、この中学の男子バスケットボール部員。
男子部員が五人に対して、アサキたちは四人。この条件で試合を行っているのである。
人数に差があるだけでなく、性別の違いもあるというのに、得点がほぼ互角であるばかりか、見る者を驚かせる圧巻のプレーはむしろアサキたち女性チームの方にこそ生じていた。
特に素晴らしいのがアサキと応芽の二人で、実際、得点の大半が、彼女たちの連係から生まれていた。
試合開始前は自信なさげであったアサキだが、いざ始まってみれば誰よりも生き生きとしており、攻撃に守備に走り回って、獅子奮迅の大活躍である。
「どこまで伸びるんだよ、あいつは」
壁際で腕組みしながら、その活躍を唖然憮然のない混ぜになった複雑な表情で見つめているのは、昭刃和美。突き指したっ!といって、開始早々にピッチを出て、それからずっと見学組を決め込んでいる。
そのため彼女たちは、本来は二つあるはずの交代枠を、一つだけで順繰り回している状態なのである。
今も、「ローテーションもへったくれもなく、すぐ出番くるから疲れるけえね」と不満をいいながら治奈が、正香に代わって入ったところだ。
「カズミさん、その言葉は魔法使いとしての能力をいっていますか?」
ピッチから出た正香が、周囲に聞かれないよう、こそっとした小さな声で、カズミへと尋ねる。先ほどの、「どこまで伸びるんだよ」に対しての質問だろう。
「コートでのこの躍動も、魔法力と精神力向上の賜物ですからね。もともとの競技経験に加え、読みが鋭くなって、そこから気持ちの好循環が生まれているという状態。……凄いですよね、アサキさんは」
正香は目を細めてふふっと笑った。
カズミは、顔を正面に向けたまま、横目でちらり正香を見ると、
「別にあたし、あいつのことこれっぽっちも褒めてなんかいないんだけど。つうかあいつ、バスケ以外のスポーツてんでダメじゃん。跳び箱すらろくに跳べないじゃん。逆上がりも出来ねえじゃん。あいつ、自転車も乗れないんだぜ。魔法力が向上してるからって今の理屈なら、他だってやれるはずだろ」
「そこはきっと、自信がないんですよ。気持ちの乗れる時と乗れない時の、波が激しいんですね。……でも自信を持てるところから、どんどん自信をつけて、着実に基礎値が上がっている。……こうしてどんどんアサキさんが成長していくのも、かわいい後輩をずっと叱咤して育ててきたカズミさんとしては、ちょっと寂しくもありますね」
「うん。まあね……って、バカいってんじゃねえよ! もっともーっと、あと五億倍成長しなきゃあ使い物になんねえよ、あんな泣き虫のヘタレ女」
カズミは踵で床を蹴ると、ぷいっと横を向いて腕を組み直した。
しかし、だすだすとボールの弾む重たい音についつい引き寄せられて、また視線を落として、試合の様子を見てしまう。
試合というより、アサキのプレーを。
現在は、治奈が男子部員の背中から回り込むようにボールを拾い、そのままドリブルでキープしているところだ。
「治奈ちゃん!」
アサキが飛び出しながら叫ぶと、治奈が反応して素早くパスを出した。
男子二人の間を風のように抜けたアサキは、ボールを受けた瞬間にドリブルに入っていた。
すっと一人をかわし、さらにもう一人を抜きに掛かる、と見せて治奈へと戻した。
アサキに男子たちの意識が集中していることを察した治奈は、すぐさま反対側の応芽へとパスを出す。
応芽は、そのままドリブルでゴールへと近付いてシュートを放った。
両手でしっかり丁寧に狙ったシュートであったが、打つ瞬間男子に背中を押されたためか、力みすぎ、放物線を描いたボールはそのままゴールを越えてしまった。
だが、読んでいたのか可能性の一つとして想定していたのか、そこへ反対側から駆け込んだアサキが、高く高くジャンプしながら、空中でそのボールを手のひらで押し上げた。
ボールは、リングを潜り抜けて落ちた。
「やった、同点や!」
ハイタッチをする応芽とアサキ。二人の肩を、笑いながら治奈が叩いた。
ふう。
壁に寄り掛かって試合を見ていたカズミは、ため息というのか何息というのか、頭を掻くと口元を歪めて笑みを浮かべた。
「どこまで、伸びるのかなあ。あのナキムシクソヘタレは。……跳び箱に衝突して泣いてたくせに、なんなんだ」
と、ここで須黒先生の吹く長い笛の音が鳴った。
「はい、練習試合はこれで終了です。男子部員のみんな、ありがとうございましたあ!」
ぱんぱんと手を叩く音が響くと、それが合図であったかのように男子たちは、床にへたり込んだり、倒れたり、
「なんなん、先生、なんなん、こいつらさあ! バスケ部でもないくせにさあ!」
と、食って掛かったり。
バスケ部員ではない、しかも女子の、しかも自分たちより選手数が一人少なく、交代枠も一つしかない、そんな相手に、圧勝どころか同点という結果を考えれば、落ち込むのも当然というものだろう。
最初の方こそ男子は手を抜いていたとはいえ、何点か決められてからは段々とガムシャラになり、最後の方は体格差に物をいわせたかなり乱暴なプレーまでしてしまったというのに、女子たちはするりするりと華麗な連係で抜け出して得点を重ねていくのだから、恥の上塗りもいいところである。
「令堂、令堂、お前すげえんだな、男子相手なのに大活躍じゃん。一番目立ってたよ!」
アサキへと声を掛ける男子は、同じクラスの村田栄だ。
惨敗の悔しさこそあれど、それとは別にアサキのプレーにすっかり感動感服しているようである。
「そ、そんなことないよお」
褒められたから、というよりも、思いがけず男子に話し掛けられたことで、アサキはちょっと顔を赤らめて、手を振り照れ笑いをした。
「なにいいいっ? 恋する村田くんのために頑張ったのよ、だってえ? ほんとか、アサキい!」
カズミがからかった、早速。
「だだっ、誰もそんなこといってないでしょおおお!」
「勝負には勝ったけど、小さな胸をスリーポイントでズキュンと撃ち抜かれたってええ?」
「だからあ……からかうのやめてよお! それに、同点だったよお!」
さらに顔を赤く赤く、赤毛の髪より赤く染めてしまうアサキなのであった。
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