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エピローグ
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昼休みの校庭。
顔を始めて見る、入学したての一年生と思われる女子生徒が数人、制服姿のまま、バレーボールを使ってドッヂボールのような遊びをしている。
まだ友達になったばかりだろうか。
些細なことに笑顔ではしゃいでいて、なんだか初々しい。
「なんでよけるのお?」
いまボールを投げた子が、不満そうな大声を上げた。不満そうといっても、自分の言葉こそ理不尽であると分かっている冗談めいたものではあったが。
「あったり前でしょう。メグちゃんのボール、速いし怖いしい。普通こういうので、そんな投げ方しないしい」
昼休みのボール遊び程度で、ということだろう。
「分かったよおだ。あたしが拾ってくればいいんでしょ」
投げ損なったのか、受け損なったのか、避け損なったのか、当事者の感覚如何であるため離れたところで見ている第三者であるわたしにはよく分からない。よく分からないけど、とにかくそのボールは、わたしの方へところころ転がってきて、足元近くで止まった。
わたしはしゃがむと、両手で拾い上げた。
制服のスカートの裾に、少し土がついてしまい、手で払った。
メグちゃんと呼ばれていた子が、ゆっくりとこちらへ近寄ってくる。
「すみません」
彼女は軽く頭を下げた。
「良い肩、しているね」
わたしの投げ掛けたその言葉は、現在のわたしを作ったといっても過言でない言葉だった。小学生の時に、わたしはある子にこの台詞で話し掛けられた。その出会いがなければ、わたしは間違いなく違う人生を歩んでいただろう。
「そんなこと、ないです」
いきなり褒めの言葉を受けて、メグちゃんはちょっと恥ずかしそう。
わたしは笑みを浮かべ、ボール差し出した。
「ありがとうございます!」
恥ずかしさを押し殺すように顔をきりりっとさせると、大声で礼をいった。
でも数秒後のことを考えると、きっとわたしの方が遥かに遥かに恥ずかしいはず。でも、せっかくの機会なんだ。無駄にしてたまるか。
わたしは決意し、ぎゅっと拳を握り、ゆっくりと、口を開いた。
「あの……もう、入る部活は決め」
と、いいかけたところ、向こうからの「ちょっとメグー!」という大声に、わたしのぼそぼそとした小さい声は完全に打ち消されてしまった。
「すみません、失礼します!」
メグちゃんは深くお辞儀をすると、踵を返し、仲間たちのところへ走り戻っていった。
わたしは、その背中を見つめながら、自分の顔がぼうっと熱くなっているのを感じていた。
やっぱり、一人だけでいる子に話し掛けるべきだったと後悔していた。
だってわたし、間違いなくちょっとおかしな女子だと思われたよ。あの子たち、絶対に陰でそんな話するよ。
最悪だ……
いやいや、こんな程度ここ数日もう慣れっこだ。
へこたれてたまるか。
決して最悪なんかではない。わたしは、ここの野球部の厳しい練習にだって、男子しかいない中で一年間を耐え切ったんだ。それに比べれば、なんということない。
よし、くじけず次のターゲットを探すぞ。
わたしは歩きながら、きょろきょろ視線を動かし首を動かす。
ここは、埼玉県立杉戸商業高等学校の校庭。
わたしは、ここの生徒である。この四月に進級して、二年生になったばかりだ。
お前の学力なら春日部南の方が良い、と中学の担任には推められたのだけど、わたしは杉戸商業に入ることにこだわった。
徒歩圏内、つまりはジョギング通学により鍛えられるからということもあるが、なによりの決め手は野球部の強豪校であるためだった。
とはいえ男子部しか存在していないのだけど、でもこの辺り一帯どの高校にも女子野球部はなく、ならばどうせということでわたしは野球強豪校に入学し、関係者に何度も頭を下げて頼み込み、入部を受け入れて貰ったのである。
男子部員とまったく同じ練習をするという条件で。
女子の身であるため公式戦には出られないけど、でも、出場可能だとしても出ることは出来なかっただろう。だって、練習試合ですらただの一度も使って貰えたことがないからだ。
特に落ち込んではいない。わたしは男子の強豪野球部に入部したのであり、わたしなんかが簡単に出られるようなレベルならそもそも入った意味がないからだ。
しごかれ罵声を浴びせられ、時にはグローブを顔に投げつけられたり、ボロボロになりながらもしっかりと己の肉体と精神を鍛えつつ、学校内にどれほどいるか分からないけど野球をやりたいと思っている女子の仲間を集めて、いつか必ず女子部を作る。
部の創設がかなわなければ、愛好会のようなレベルのものでもいい。スタート地点がちょっと遅れるだけの話で、目指すゴールは同じだから。
公立高ながらも野球の名門と名高いこの杉戸商業に、いつか女子部を作りたい。いつか男子部とならんで強豪と誇ることとなる、そのささやかな種をまきたい。
これが、わたしの夢。
高校卒業までという可能期間限定の夢ではあるけど、でもきっと大学に入っても、大人になってどこかに就職しても、わたしは同じような夢を追い続けるだろう。
去年は誰に声を掛けてもフラれてばかり。今年も新入生中心に声を掛けているものの、現在のところ戦果はなしのつぶて。
難しいことだと分かってはいるけれど、でも、絶対に諦めない。
だってわたしはあの時、この世に奇跡は起こるということを知ったから。
とっても小さな、他人に話しても一笑に付されるような、そんな程度の奇跡かも知れないけど。
ふと、足を止め、空を見上げる。
どこまでも広がる、気持ちのよい青い空。
手を組んだ腕を持ち上げ、大きく伸びをした。
知らず、笑みを浮かべていた。
空を見上げながら、思い出していたのだ。
ささやかな夢を全力で追い続けていた、ある少女のことを。
心の中で、その少女へと話し掛けていた。
今度はわたしと一緒に、夢を、追い掛けてみませんか?
ボス。
顔を始めて見る、入学したての一年生と思われる女子生徒が数人、制服姿のまま、バレーボールを使ってドッヂボールのような遊びをしている。
まだ友達になったばかりだろうか。
些細なことに笑顔ではしゃいでいて、なんだか初々しい。
「なんでよけるのお?」
いまボールを投げた子が、不満そうな大声を上げた。不満そうといっても、自分の言葉こそ理不尽であると分かっている冗談めいたものではあったが。
「あったり前でしょう。メグちゃんのボール、速いし怖いしい。普通こういうので、そんな投げ方しないしい」
昼休みのボール遊び程度で、ということだろう。
「分かったよおだ。あたしが拾ってくればいいんでしょ」
投げ損なったのか、受け損なったのか、避け損なったのか、当事者の感覚如何であるため離れたところで見ている第三者であるわたしにはよく分からない。よく分からないけど、とにかくそのボールは、わたしの方へところころ転がってきて、足元近くで止まった。
わたしはしゃがむと、両手で拾い上げた。
制服のスカートの裾に、少し土がついてしまい、手で払った。
メグちゃんと呼ばれていた子が、ゆっくりとこちらへ近寄ってくる。
「すみません」
彼女は軽く頭を下げた。
「良い肩、しているね」
わたしの投げ掛けたその言葉は、現在のわたしを作ったといっても過言でない言葉だった。小学生の時に、わたしはある子にこの台詞で話し掛けられた。その出会いがなければ、わたしは間違いなく違う人生を歩んでいただろう。
「そんなこと、ないです」
いきなり褒めの言葉を受けて、メグちゃんはちょっと恥ずかしそう。
わたしは笑みを浮かべ、ボール差し出した。
「ありがとうございます!」
恥ずかしさを押し殺すように顔をきりりっとさせると、大声で礼をいった。
でも数秒後のことを考えると、きっとわたしの方が遥かに遥かに恥ずかしいはず。でも、せっかくの機会なんだ。無駄にしてたまるか。
わたしは決意し、ぎゅっと拳を握り、ゆっくりと、口を開いた。
「あの……もう、入る部活は決め」
と、いいかけたところ、向こうからの「ちょっとメグー!」という大声に、わたしのぼそぼそとした小さい声は完全に打ち消されてしまった。
「すみません、失礼します!」
メグちゃんは深くお辞儀をすると、踵を返し、仲間たちのところへ走り戻っていった。
わたしは、その背中を見つめながら、自分の顔がぼうっと熱くなっているのを感じていた。
やっぱり、一人だけでいる子に話し掛けるべきだったと後悔していた。
だってわたし、間違いなくちょっとおかしな女子だと思われたよ。あの子たち、絶対に陰でそんな話するよ。
最悪だ……
いやいや、こんな程度ここ数日もう慣れっこだ。
へこたれてたまるか。
決して最悪なんかではない。わたしは、ここの野球部の厳しい練習にだって、男子しかいない中で一年間を耐え切ったんだ。それに比べれば、なんということない。
よし、くじけず次のターゲットを探すぞ。
わたしは歩きながら、きょろきょろ視線を動かし首を動かす。
ここは、埼玉県立杉戸商業高等学校の校庭。
わたしは、ここの生徒である。この四月に進級して、二年生になったばかりだ。
お前の学力なら春日部南の方が良い、と中学の担任には推められたのだけど、わたしは杉戸商業に入ることにこだわった。
徒歩圏内、つまりはジョギング通学により鍛えられるからということもあるが、なによりの決め手は野球部の強豪校であるためだった。
とはいえ男子部しか存在していないのだけど、でもこの辺り一帯どの高校にも女子野球部はなく、ならばどうせということでわたしは野球強豪校に入学し、関係者に何度も頭を下げて頼み込み、入部を受け入れて貰ったのである。
男子部員とまったく同じ練習をするという条件で。
女子の身であるため公式戦には出られないけど、でも、出場可能だとしても出ることは出来なかっただろう。だって、練習試合ですらただの一度も使って貰えたことがないからだ。
特に落ち込んではいない。わたしは男子の強豪野球部に入部したのであり、わたしなんかが簡単に出られるようなレベルならそもそも入った意味がないからだ。
しごかれ罵声を浴びせられ、時にはグローブを顔に投げつけられたり、ボロボロになりながらもしっかりと己の肉体と精神を鍛えつつ、学校内にどれほどいるか分からないけど野球をやりたいと思っている女子の仲間を集めて、いつか必ず女子部を作る。
部の創設がかなわなければ、愛好会のようなレベルのものでもいい。スタート地点がちょっと遅れるだけの話で、目指すゴールは同じだから。
公立高ながらも野球の名門と名高いこの杉戸商業に、いつか女子部を作りたい。いつか男子部とならんで強豪と誇ることとなる、そのささやかな種をまきたい。
これが、わたしの夢。
高校卒業までという可能期間限定の夢ではあるけど、でもきっと大学に入っても、大人になってどこかに就職しても、わたしは同じような夢を追い続けるだろう。
去年は誰に声を掛けてもフラれてばかり。今年も新入生中心に声を掛けているものの、現在のところ戦果はなしのつぶて。
難しいことだと分かってはいるけれど、でも、絶対に諦めない。
だってわたしはあの時、この世に奇跡は起こるということを知ったから。
とっても小さな、他人に話しても一笑に付されるような、そんな程度の奇跡かも知れないけど。
ふと、足を止め、空を見上げる。
どこまでも広がる、気持ちのよい青い空。
手を組んだ腕を持ち上げ、大きく伸びをした。
知らず、笑みを浮かべていた。
空を見上げながら、思い出していたのだ。
ささやかな夢を全力で追い続けていた、ある少女のことを。
心の中で、その少女へと話し掛けていた。
今度はわたしと一緒に、夢を、追い掛けてみませんか?
ボス。
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