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最終章 最高の笑顔
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1
どうして神様は、ここまで意地が悪いのだろう。
以前わたしが、役立たずであると心の中で散々に罵倒したからか。
でももしもそうなら、わたしを酷い目にあわせればいいだけだろう。
なんで、せめてもう少しくらい待ってくれなかったのか。
どうしてこう、これでもかとばかりに意地悪をしてくるのかな。
今日は野球の大会が行われる日。
わたしたち杉戸ブラックデスデビルズの、初の公式戦。
本来ならば、待ちに待った記念の日になるはずだった。
「ちょっと待て、お前ら」
自転車で小学校に集合し、これから出発だ、というところで、校舎から慌てたように飛び出してきたコタローコーチに呼び止められたのだ。
コーチは、ぜいぜいはあはあと情けなく息を切らせていたが、少し呼吸を整えると、こういったのである。
「覚悟して聞け。いいか? 浜……ボスがな……昏睡状態に、入ったって」
どんっ、という自分の心臓の音が氷柱になって、わたしの胸をぐさりと背中まで貫いていた。
聞き間違い?
そう思ったけど、聞き返す勇気もなく、また、聞き間違いなどではないことも分かっていた。
なんにも考えられないでいる自分と、ついにこの時が来たかと冷静に考えている自分が、一切の矛盾なく同居していた。
確かにここ数日、ボスの状態はよくなかった。
起きているのに、話し掛けても返事がなかったり。
でも、
でも本当に、なんでこうまで、神様は意地悪なのだろう。
だってそうじゃないか。
もう少しだけ待ってくれれば、今日の大会初戦を絶対に勝って、結果を報告して、ボスを笑顔にすることが出来たのに。
病気と戦う力を、取り戻してあげることが出来たのに。
なんともいえない苛立ちに、だん、と足を踏み下ろして、踵で地面をねじった。
他のみんなは、コーチの言葉にすっかり狼狽して、どうしよう、と泣きそうな表情でお互いの顔を見合わせている。
「知らせない方がよかったかな、とも思ったんだけど。でも、やっぱり試合よりボスのことの方がずっと大事だと思うから」
確かに、先生のいうことは正しい。
試合なんか、いつでも出来るのだから。
生命さえあれば、いつだって。
でも……
「いえ、教えて貰えてよかったです。ありがとうございます」
わたしは、頭を下げた。
「じゃあ、これから病院へ行くの?」
おずおずと尋ねるフミの言葉に、わたしはゆっくりと首を振った。
「大会に参加する。……わたしはね」
わたし自身の、迷いをふっ切るための言葉。
みんなは別に病院へ向かってもいい。
大会に出なくたっていい。
考えは、人それぞれだから。
とにかくわたしは、ボスのためにも会場へ向かおうと決心を固めた。ただ、それだけだ。
当然、みんなはさらに動揺を強くし、なんともいえない表情になって固まってしまっていた。
「あたしも行くよ、試合」
ざわめきかける場を静めたのはガソリンの声だった。
「だって、試合を棄権して病院に駆け付けて、本当にボスが喜ぶと思う? 試合に勝利して元気になって貰うんだってみんなでいってたのに、逆に悲しませてどうすんの?」
わたしの考えていたこと、でも黙っていたこと、ガソリンに、全部いわれてしまった。
そう、わたしが例え一人でも大会会場へ向かおうと思ったのは、ボスに笑って貰いたいから。
万病、笑顔に勝る特効薬はない。がんだって、きっとすぐに治る。
あんなに苦しい治療にだって耐えたんだ。絶対に、治らないわけがない。
笑顔にすることさえ、出来れば……
反対に、もしもこの大会を棄権したならば、間違いなくボスは悲しむだろう。自分の作り上げたチームの、初の公式戦。病床で、ボス自身も楽しみにしていたのだから。
「そうだね。この大会に出なきゃあ、なんのためにボスと一緒に練習をしてきたのか、分からないもんね」
ドンが、俯いていた顔を上げた。
「あたしも。……もう、吹っ切れた」
サテツの顔、自分でいう通り、さっきまでのどんよりした表情はもうどこかへ吹き飛んでいた。
「あたしも、精一杯頑張るよ」
ノッポも顔を上げた。
「病院まで場外ホームランを届ける」
バースが、腕を力強くぶうんと振った。
「ちゃちゃっと勝って終わらせちゃって、ボスのところへ知らせに行きましょうよ」
アキレスが、両腕持ち上げてたたたっと走る仕草。その意味は分からないけど、やる気なのは間違いないようだった。
ガソリンが、右手を前へと差し出した。
その上に、わたしが自分の右手を乗せた。
続いてフミが。
フロッグが。
ノッポ、ドン、サテツ、バース、アキレス、最後にコタローコーチ。
円陣を作り、みなの表情を確かめ、頷き合った。
ここにボスはいない。
でも、間違いなく彼女を中心に、今このチームは一つになっていた。
2
痛烈なライナー。
わたしは反応し、大きくジャンプした。
作戦ミスをした自分を、心の中で罵りながら。
完全に誤算であり、油断だった。
内野安打が多いバッターであるため、まさかここまで振ってくると思わなかった。そのため外野は前進守備にしてしまっていた。
わたしがしっかりキャッチすることが出来ればよかったのだけど、ボールはグローブの先をかすめるのがやっとで、小さく跳ね上がった。
ボールが抜けたことを確認し、三塁ランナーが走り出した。
完全に、やられた。
わたしのミスだ。
ここまで頑張ってきたのに、ついに失点か。
ボールは、センター前にぽとりと落ちた。
いや……
芝に落ちる寸前に、全力で駆け込んだアキレスが、ヘッドスライディングをしながらぎりぎり紙一重でキャッチしていた。
わたしがボールに触れたことと、外野の前進守備というミスが、偶然にも効を奏したようだった。
ホームへと走るランナーは、味方の声を受けて慌てて踵を返し戻ろうとする。
アキレスは、立ち上がるなり三塁のガソリンへと投げた。
四年生ながら、最近肩の力がついてきたアキレスだけど、タッチの差で三塁への送球は間に合わなかった。
スリーアウトには出来なかったけど、でもアウトを一つ増やしてこれでツーアウトだ。
「ありがとう、アキレス。助かった」
わたしは、おでこの汗を袖で拭った。
「いえ、コオロギさんが触ってくれたから、ぽーんと上がってキャッチ出来ました」
アキレスは帽子を被り直すと、深々と頭を下げた。
「わたしの戦術ミスからだったんだけどね」
でもそれで助かったんだ。ツキには見放されていない。
気を強く持って、集中して、さらにツキを引き寄せなければ。
いまのはツキだけじゃあないけど。アキレスはああいったけれど、それでもやっぱりあの俊足があればこそ、集中を切らさなかったからこそ、諦めず飛び込んだからこそ、アウトが取れたのだ。
小柄で、四年生だけど、頼りになるセンターだ。わたしも負けていられない。しっかりやらないと。
わたしは、ふと周囲を見回した。
みんなの表情、疲労の色が隠せないでいるようだ。
野球は常に走って回るような競技ではないけど、果てることのないピンチの連続により精神的に参ってしまっているのだ。
現在、わたしたち杉戸ブラックデスデビルズは、トーナメント初戦の相手である杉戸レッドクロウズと対戦している。
四回の裏。わたしたちの守備だ。
0-0で、まだ点は動いてはいない。スコアだけを見れば対等であるが、でも誰がどう見ても明らかな優勢と劣勢が存在していた。
もちろん劣勢なのがわたしたちだ。ピンチに次ぐピンチを、運と頑張りとでなんとか凌いでいる状態だった。
猛特訓の成果も多分にあったのかも知れないけど、戦力とは相対的なものであり、つまり相手が強大であるという現状にわたしたちは自身の成長を感じることなどまったく出来なかった。
安打数が、レッドクロウズが十一本に対しわたしたちが一本、というところからも、どれだけ戦力差が圧倒的であるか、どれだけわたしたちにとって絶望的な状況であるか、分かるというものだろう。
力の差があるのは当然だ。
レッドクロウズはただ男子チームであるというのみならず、町内リーグのトップに君臨しているチームなのだから。
そうした余裕からなのか、レッドクロウズはピッチャーを温存している。勝てば翌日にまた試合があるためだ。
彼らにとって、おそらく今日は大会の予行演習。肩慣らし。明日からが本番なのだろう。
いつも先発しているレッドクロウズの代名詞たる剛速球ピッチャーに代わって、今日先発しているのは、普段リーグ戦で終盤を投げる抑えのピッチャーだ。
球速はないけど、コントロール重視の投球をするのが特徴的だ。
わたしたちは村上先生にお願いして、速球を打つ練習を手に血マメが出来るくらいやり込んだけれど、だからといってゆっくりのボールが打てるようになるわけではなかった。
いま出ているピッチャーは、コントロールが優れているだけでなく、剛速球ではなくとも速度に緩急があって、わたしたちは感覚を狂わされてしまうのだ。
四回の表までに、空振りや三振の山、山、山といった状態だった。
たまにまぐれでバットに当てても、偵察した通り抜群の守備連係でなんにもさせて貰えない。
相手が相手だから仕方ない、といえるかも知れないけど、結果だけを見れば、これまで通りのなんにも出来ないわたしたちだった。
攻撃のみならず、守備においても同様だった。
フロッグの投球が、最初の二人を空振り三振に仕留めたまではよかったけれど、すぐに研究されて打ち込まれるようになったのである。
これまでの練習試合などでは、相手の打順が一巡するまでほぼ完璧なピッチングを見せていたけれど、今日は崩れるまでが早かった。
悪循環というもので、フロッグが気持ちを畏縮させ頬を膨張させることにより、相手は自信をつけ、どんどんバットを振るうようになっていく。
ほとんど空振りがなく、次々とヒットが放たれる。
わたしたちは必死に食らいついて、なんとか水際で食い止め、点の動くのを阻止し続けた。
いつ失点してもおかしくない状態だ。
息詰まる、苦しい展開。
一呼吸させて貰うには、現状を打破するしかない。攻略法を見つけるとか、まぐれでもいいから得点を上げるとか。
だけど、わたしたちの戦力は貧弱であり、戦術や選手を変えるなどといったオプションを駆使出来るはずもなかった。そもそも、丁度九人であり、変えようもない。
このまま粘って、数少ないチャンスをうかがうしかない。
ただし、絶対的に不利であることは認識しながらも、相手が二番手ピッチャーのうちになんとか攻略しなければ、という焦りは、少なくともわたしにはなかった。
むしろ、普段先発している剛速球ピッチャーをこそマウンドに引きずり出したい気持ちだった。
何故ならば、向こうの方こそ危機を感じて焦っているという証明になるからだ。
相手が、遥か格下であるわたしたちをどう思っているかなどは分からないけど、わたしたちの出来ることとしては、とにかく一球一球に集中して、粘り強く、現状を維持していくしかない。
このまま無失点でイニングが経過すれば、相手は絶対に動揺する。
もしも主力の一番手ピッチャーが出てくれば、それこそこちらが精神的に優位に立てる。いや、そこまではいかずとも、間違いなくわたしたちの心に自信が芽生える。
だから、まずは次の一球に集中だ。
あと一人を抑えれば、四回の裏が終了するのだから。
この大会は、一般的な大会よりもイニング数が多く、八回まで行われる。つまり、四回で折り返しだ。
男子リーグの首位チームに対して無失点で折り返すことが出来れば、例えほんのわずかであろうともわたしたちの自信に繋がるだろう。
「あと一人! みんな、集中しよう!」
わたしは手を叩き、叫んだ。
マウンド上のフロッグは、ドンとのサイン交換を終え、ゆっくりとモーションに入った。
投げた。
サブマリン。下から、ふわり浮き上がるボール。
ボールがフロッグの手からリリースされた瞬間、わたしは「いけない!」と心の中で声を上げていた。きっとフロッグ自身も、そう思っただろう。
焦りが出たか、握力が落ちてきたのか、コースが真ん中過ぎたのだ。
序盤から散々フロッグからのヒットを奪ってきた選手たちである。このような甘い球を見逃すはずがなかった。
唸るバット。
鈍い音とともにボールが弾ける。
地を跳ねるように、ゴロが三遊間、ガソリンとフミの間を抜けた。
バッターは一塁へ、三塁ランナーはホームへと、それぞれ走る。
レフトのバースが全力で前進しながらボールを拾い、がっちりした肩をぶんと振った。
バックホームだ。
小学生の女子として、これ以上ないくらいの素晴らしい送球だった。ほとんど山になることなく、ボールは一筋の線になってホームへ飛ぶ。
ドンが立ち上がり、少し横へ逸れたボールをキャッチ。ホームへとヘッドスライディングで突っ込むランナーへとタッチ。
しかし……
「セーフ!」
球審の叫び声。
間に合わなかった。
ついにわたしたちは、失点した。
その間にバッターは、一塁を蹴って二塁へと向かっていた。
ドンは気を落とすことなく、集中を切らすことなく、二塁へと投げた。
制球が甘く頭上を越えてしまうところだったけど、わたしはジャンプしながらなんとかキャッチ。一塁へ戻ろうと踵を返すバッターへと走り寄って、タッチアウト。
これで、スリーアウト。
四回の裏が終了した。
でも、
ついに、一点を取られてしまった……
これまでの試合でわたしたちがどれだけ失点してきたか、この試合の対戦相手がどれだけ強いチームなのか、そうしたところを考えれば、今日ほど全力以上の力を出せている素晴らしい試合はない。そう分かってはいるけど……
また失点してしまったということよりも、無失点で相手を焦らせるという作戦の失敗に、わたしは落ち込んでしまっていた。
切り替えるしかないけど、でも、みんなも落ち込んではいないだろうか。
わたしは顔を上げ、仲間の表情を確認しようとした。
その時である。
「まだまだあ!」
ガソリンの、裏返ったような怒鳴り声が轟いた。
「一点取られただけ。逆転するぞお!」
ベンチへと向かいながら、グローブを外して高く高く放り上げた。
「そうだよ。わたしたち、まだ負けていない! 試合はまだ終わっていない!」
わたしもガソリンに負けない大声で叫んでいた。受け損じたら士気に関わると思って、グローブを天高く投げることはしなかったけど。
暗く沈みかけているようなみんなの表情に、わずかながら希望の色が浮かんだかのように見えた、その時である。
ポツリ。
水滴のようなものを頬に受け、わたしは天を見上げた。
ポツリ。
まさか、と思った。
でも間違いない。
雨粒であった。しかも、とても大きな。
試合開始時は、からっと晴れていた青空が、いつの間にかすっかりどんより暗くなって、雨粒が落ちてきていたのだ。試合に夢中になるあまり、こうして降ってくるまでまったく気づかなかった。
今日は、晴れ予報のはずだったのに。
雨が降るだなんて、週間予報でも、今日当日の予報でも、まったくいってなかったのに。
でも目の前に起きているのが現実だ。
あっという間に、ざーっと音が立ち、もうもう煙の上がるような、激しい雨になった。
審判の判断により、試合は中断。敷地の端に設置されている、プレハブの建物に避難することになった。
本降りになってから避難完了まで一分とかかっていないけど、でも、わたしたちはすっかりびしょ濡れになっていた。それだけ雨が滝のように凄かったのだ。
「とんでもない雨だな。気象庁もふざけた予報出しやがって。とはいえ晴れ予報だったんだから、きっとすぐにやむだろう」
コタローコーチは屈んでバッグからタオルを取り出しながら、気象台の予報を信頼しているのかいないのか分からないような言葉を吐いた。
「もしも……やまなかったら?」
フロッグの問いに、わたしはびくりと肩を震わせていた。
みんなの顔にも、暗い影が落ちていた。
その言葉を聞いていたレッドクロウズの選手たちは、反対に明るい、でもちょっと恥ずかしいような、そんな表情になっていた。
このまま雨がやまなければ、
「雨天、コールド……」
わたしは、ぼそりと呟いた。
試合は既に四回を終えており、この大会のルールではコールドゲームは成立する。
このまま降り続けたら、わたしたちは、負けてしまう。
失点した直後に、こんな大雨が降るなんて……
「なんだよお、あとほんの少し早く降ってくれれば、よかったのに!」
ガソリンが、やり場のない怒りにコタローコーチのバッグを蹴飛ばした。
気持ちは分かる。本当に、どうせならあとほんの少し早く降ってくれていれば……
最悪だ。
3
三十分も降り続くようであれば、試合は中止。大会規定により、雨天コールドゲームで杉戸レッドクロウズの勝利。
そう告げられて、もう十分が経過している。
窓から見る限りでは、雨はいまだ衰える気配を見せない。
叩きつけるような凄まじさで、もうもうとした水煙に一寸先も見えないくらいだ。
早く試合が再開して欲しい、という願い、焦り。
もしもどのみちコールド負けなのであれば、早く決定して欲しいという思い。
いっそのこと、棄権を申し出ようか。
といった弱気を、叱咤払拭する気持ち。
わたしの中で、それらの思いが矛盾することなく存在していた。
でも、やはり試合は続けなければ。
少なくとも、棄権は絶対にダメだ。
ボスが悲しむ。
早く会いに行きたいだのなんだの、それはわたしたちの都合だ。
絶対に勝って、笑顔を持ち帰るんだといっていた、わたしたちの思い、それはどこへいった?
と、自分の中で気持ちに決着をつけながらも、何秒もしないうちにまた同じこと考えてしまっている。
こうして思考がぐるぐる回ってしまうのも、雨がいつまでも止まないからだ。
早く、止んでくれればいいのに。
試合で十点取られたって、諦めなければひっくり返せるかも知れない。でも試合を終了されてしまっては、どうしようもない。
わたしたちは失点したけど、でも、せっかく盛り返そうという思いになれたのに。さあこれから逆転だ、という闘志を胸に燃やしかけていたのに。
「止みますように。お願いします。お願いします」
フミとアキレスが窓辺で肩をならべ、両手を組んで神頼みをしている。
神様なんていないのに。いるとしても意地悪な、最悪な、なんの役にも立たない神様だというのに。
「あ、そうだ! 忘れてた!」
コタローコーチが、素っ頓狂な叫び声を上げた。
「なんですか? うるさいなあ」
ガソリンが、不機嫌そうな表情で睨みつけた。
「浜野からの手紙。昨日、病院の人から預かったんだ。ベッドの下に、こんなのありましたって」
「それ先にいってよ!」
声を裏返し怒鳴るガソリン。
「すまん、どんなタイミングで渡そうか迷っているうちに、試合が始まってしまって。……でも、いま読むか? どんなことが書いてあるか、分からないんだぞ」
つまりは恨み言や、絶望感がつらつら書かれている可能性もあるわけで、そのようなものを読んだらきっと試合どころではなくなってしまう。それでも読むのか? 先生は、そう尋ねているのだ。
「読むに決まっているでしょ。これだけ付き合って、まだボスのこと信用出来ないの?」
ガソリンは、コーチに冷ややかな視線を向ける。
本当は彼女も、コーチの気遣いを分かっているのだろうけど、もどかしい気持ちにいてもたってもいられず、つい刺々しい態度を取ってしまうのだろう。
「分かった。じゃ、出すぞ」
コーチはがさごそとバッグを漁り、ビニール袋を取り出した。その中には、幾つもの白封筒が入っていた。
さっきバッグからタオルを取り出していたけど、その時に気づかなかったのだろうか。
「これは、サテツか、ほら。で、これはアキレス、ほら」
それぞれへ宛てた手紙のようで、コーチは一通づつ取り出しては渡していく。
「えーと、これはコオロギ」
「ありがとうございます」
わたしの差し出した両手の上に、コーチは封筒を乗せた。
封をしていない封筒。
フラップを開け、薄桃色の便箋を取り出した。
一枚に、びっしりと文字が書かれている。
わたしは読み始める。
間違いなく、ボスからわたしへ宛てたメッセージだった。
ぶるぶると震えた、酷い字だった。
どれだけの思いで、これを書いたのだろう。
すっかり筋力が衰え、意識の朦朧としかける中を、気力を振り絞って、一生懸命に書いたのだろう。
わたしたち全員へと。
じわ、と熱いものを感じた瞬間、それが頬を伝い落ちていた。
指で拭うけど、拭っても拭っても溢れてくる。
いつしか視界が完全に塞がっていた。
土砂降りの日に、ワイパーもかけずにドライブしているかのように、ぐちゃぐちゃだった。
確かに外は大雨だけど、でもここは屋根の下だというのに。
読み終えた。
視界はすっかりぐちゃぐちゃでなにも見えない状態になってしまっていたけど、でも、ボスからのメッセージ、それはわたしの胸に、しっかりと刻まれていた。
わたしは顔を上げた。
拳をぎゅっと握り、笑顔を作った。
コオロギ(の上に、打ち消し二重線)
君江ちゃん。
今は、まだ試合前かな。
それとも、もしかして試合中なのかな。
私には、この手紙がどういうふうにみんなに渡るのか分からないので、そんなことを気にしてしまいます。
自分でしっかり渡したいと思っているけど、それまでもつか分からないからです。生きていられるか、分からないからです。
いよいよだね。大会、初めての、公式戦が。
チームを率いるのは、君江ちゃんになるのかな? みんなの信頼に応え、全力で試合を引っ張ってくれるんじゃないかと信じています。
話は変わるけど、君江ちゃんが気にしていたこと。
自分のせいで私のがんが進行してしまったんじゃないか、って、君江ちゃん自分を責めていたことあったよね?
そんなこと言うなって、私怒鳴っちゃったけど、あの時はごめんね。でも私のせいで君江ちゃんが自分を責めるなんて、耐えられなかったから。
でね、そのことを担当の先生に聞いてみたんだけど、やっぱり関係ないって。
とっくに、手遅れだったんだって。
もちろん先生は、そんな言い方はしなかったけど。
だからさ、私が、とか、自分が、とか、そんなことは気にしないで、全力で大会を、せっかくの試合を楽しもうよ。
私はいつだって、みんなと一緒にいるから。
4
顔を無茶苦茶に歪ませて、腕を大きく激しく振って、なりふり構わぬ全力で、ガソリンは走る。
ネクストバッターズサークルから見守るわたしの前を通り過ぎ、なおも吠えながら全力で。
ショートが慌てたように前へ走り、泥まみれのボールをすくい上げ、肩をぶんと振るって一塁へと送球。
ファーストの構えるミットに、ボールが突き刺さった。
しかし、
「セーフ!」
という塁審のジャッジを待つまでもなく、既にガソリンは一塁ベースを駆け抜けていた。
内野安打。
久し振りのランナーが、しかもノーアウトで出た。
ガソリンは、うおおおおっと雄叫びを上げながら、一塁へと戻り、ジャンプしながらだしだしと両足でベースを踏み付けた。そして、お腹を大きくめくって、下に着ているもう一枚のユニフォームを見せた。
「お腹じゃ分かんないよ!」
というノッポの文句に、
「あ、そうか」
反対を向いて、今度は背中側を大きくめくり上げた。
1。
ボスの背番号だ。
背丈のほとんど同じガソリンは、ボスのユニフォームを自身のそれの下に着込んでいたのである。
この試合を、ともに戦おうと。
現在、五回の表。
世の終焉みたいな豪雨のあと、嘘のように雨はやみ、どんよりとした空の下ではあるものの、試合は再開された。
再開されたばかりであるため、得点は中断前と同様0-1のままだ。
ガソリンの打球は、本来ならゴロに打ち取られていたはずで、本当に運が良かった。
転がるボールがぬかるみにとられて速度が落ちて、そのため捕球が遅れ内野安打に繋がったからだ。
内野も外野も基本的にはスリッピーでボールがよく疾るグラウンド状態なのだけど、どうやらそこだけピンポイントで、ぐちゃぐちゃっと泥が盛り上がったようになっていたらしい。
幸運ではあったけど、でもその幸運を呼び込んだのはガソリンの強い気持ち。
負けちゃいられない。
次の打順はわたし。
続かないと。
この好機を、なんとしても生かさないと。
わたしはバッターボックスに入り、ヘルメットを被り直すとバットをぎゅっと握り、構えた。
ピッチャーは素早くサイン交換を終え、そして第一球。
投げた。
外角高めの、カーブだ。
見送った。
ボール。
恐らく外れるかな、と判断したこともあるけど、もともとわたしは、よっぽど甘い球でない限り初球に手を出さないところがある。あえてそうしているわけではなく、性格上そうなってしまうのだ。
第二球。
外角低めのストレート。
これも、わたしは手を出さなかった。
ボール。
見切ったからというよりも、絞ったコースではなかったからなのだけど。結果的には良かった。
「かっ飛ばせえ、お姉ちゃあん!」
ベンチから、フミの声援が飛んできた。
わたしは顔を向けることなく、でも、心の中で頷いていた。
かっ飛ばすとか、そういうタイプではないけど、でも必要ならやってやる、と。
今日は、絶対に勝たなければならないんだから。
ピッチャー、第三球。
投げた。
ど真ん中だ。
いける!
わたしは思い切りバットを振り、ボールを叩いた。
しかし、タイミングをずらされていた。思いのほか球速があったのだ。しかも、しっかり真芯で捉えたつもりが少しだけ下を叩いてしまっていた。
ぼん、と鈍い音とともにボールは後ろに跳ね上がっていた。
キャッチャーは、素早く立ち上がりながら腕を伸ばし、とと、と後ろに下がりながらキャッチした。
ファールフライで、アウトだ……
いや、受け損なっていた。
ぽろり、とこぼれ地に落ちていた。
マスクでよく見えず、しっかり掴みきれなかったのだろう。
助かった。
わたしはなるべく表情に出さないようにしながらも、ほっと胸を撫で下ろしていた。
現在ノーアウト一塁なのだ。ここであっさり打ち取られるくらいなら、最初から素直に二塁に送っておけばいい。ピッチャーに精神的な揺さ振りをかけるためにあえてそれをしないという作戦が、無駄になってしまうところだった。
第四球目、高目のスライダー。
ボール球かとも思ったが、つい手を出してしまう。
打球は横へ逸れた。一塁側へのファールだ。
打ち取られるよりはいいけど、でもカウントは追い込まれてしまった。
第五球。
ストレート、真ん中低めだ。
わたしはバットを振り掛けたが、直後、直感が全身にブレーキを掛けていた。
すとんと落ちたボールが、ワンバウンドでキャッチャーミットへ。
球審は、一塁審へとスイングの確認を取る。
バットは回っていないとの判定。これでツースリー、フルカウントになった。
「へいへい、ピッチャー焦ってるよお」
一塁のガソリンがピッチャーをからかう。もともと大きくリードしていたのだけど、そのリードがさらに大きくなった。
その瞬間、ピッチャーは一塁へ素早い牽制球。
でもガソリンはまったく動ぜず慌てず、余裕綽々といった表情で戻る。
バカにしたようにまたまた大きなリードを取るガソリンに、ピッチャーは再び牽制。
リードの目的が二塁へ近づくことではなく、ピッチャーをからかい、動揺させ、わたしのバッティングを援護するためにあるのだろう。彼女の意識は一塁にこそあり、簡単に牽制球で仕留められるものではなかった。
本当に動揺しているかどうかは分からないけど、おかげでピッチャーが次に投げる球について、ある程度絞ることが出来た。
あとは、運だ。
でも絶対に、その運を、掴み取ってやる。
わたしはそう心に強く念じながら、バットを構えた。
ピッチャーは、素早くセットモーションに入り、
投げた。
予想通りだ。
ガソリンのリードを警戒しての、速球。
このピッチャーは、こうしたボールを投げる際、必ず内角高めになる。
わたしにとって得意なコースではないけれど、でも、自分を信じ、これまでみんなと練習してきたことを信じ、ぎゅっと握ったバットを思い切り振り抜いていた。
びっと、手に電撃が走り抜けた。ジャストミートの手応えだ。
空気とゴムの反発する鈍い音。感じた手応えに、反射的にバットを捨て走り出していた。
ボールは地を疾るようにするする転がって、一二塁間を…………抜けた!
ヒットはほぼ確実だろうが、とにかくわたしはガムシャラ全力で走る。
横目に、ガソリンの姿が映る。
一瞬前まで一塁にいたガソリンは、大きくリードを取っていたことと、アキレスに次ぐ俊足とで、ぐんぐんと地を蹴って三塁へ。
やった。
と思っていたら、なんと三塁をも蹴っていた。
無茶でしょう!
「ストップストップ!」
というコタローコーチの叫びを無視し、ガソリンは走り続ける。
真っ直ぐホームを目掛けて、雄叫びを上げながら、腕を振り、全速力で。
その先にあるものを信じ、ガソリンは走る。
ボールを拾ったレフトは、すぐさまバックホーム。セカンドを中継して、素早く本塁へ。
キャッチャーミットにバズッとボールが飛び込むのと、ガソリンがホームベースを踏むのはほとんど同時だった。
ほんのわずかだけど、送球の方が早かった。
だけど……
「セーフ!」
球審の叫び声。
タイミングとしては完全に刺されていた。
でも送球が少し逸れたために、キャッチャーの足が少しだけベースから離れてしまっていたのだ。
我ら杉戸ブラックデスデビルズが、練習試合を含む対外試合でついに初めての得点を上げた瞬間であった。
初得点、そして先制されたこの試合を振り出しに戻したことに、ベンチは立ち上がりどっと爆発した。
進塁中のわたしも、心の中で大喜びしながら、二塁ベース目掛け全力疾走していた。
慌てて二塁へと送球するキャッチャーであるが、わたしは悠々セーフ。当たりとしては単なるヒットだったけど、ガソリンのおかげで二塁打だ。
わたしはヘルメットを脱いでふうと息を吐くと、再びかぶり、俯きながら小さくガッツポーズを作った。
チームとして初のホーム生還を果たしたガソリンであるが、仲間たちにぐるり取り囲まれ、頭や背中をばしばし叩かれ、髪の毛をもみくちゃにされ、そして……
泣いていた。
こらえようとしているのか天を見上げながら、でも全然こらえることが出来ず涙をぼろぼろこぼしながら、うわああああんとまるで幼児のように大口を開けて泣いていた。
見ていたわたしも思わずうっと詰まりそうになったけど、なんとかこらえ、じわり熱くなる目頭をそっと指で押さえた。
「ピッチャー交代!」
レッドクロウズの監督の声が、びりびりっと空気を震わせた。
同時に、わたしの心の中にもびりびりと緊張が走っていた。
待っていた瞬間が訪れたわけであるが、でもその緊張は、まるで予期していないものだった。
エースを引っ張り出せれば、それは向こうが焦っていることの証明になり、わたしたちの自信に繋がる。そう思って頑張り続けてきていたのだけど、いざそうなってみると、全然自信なんか沸いてこなかった。
村上先生にお願いして速球を打つ特訓を続け、速球に食らいつく能力は格段に向上しているはずと思っていたけど、いざこれからその攻略すべき剛速球ピッチャーが出てくるとなると、そんな自信はガラス細工よりも脆いものであることを気づかされるだけだった。
これから対峙するアキレスやバースのバッティングを信じないわけではないけれど。
間違いなく、相手も苦しんでいるからこその、この選手交代。そのように追い詰めたのは自分たち。それは、分かっているのだけど……自信を持っていいんだと……
でも……
わたしはぶんぶんと首を横に振った。
考えても仕方のないことを考えるな。
自分を、仲間を、普段の練習を信じ、諦めず、全力で相手にぶつかる。それしか、わたしたちに出来ることなんかないじゃないか。それしかないということならば、なにも迷う必要なんかないじゃないか。
そうだ。どんな強敵であろうとも、必死に食らいつき最後まで諦めない。それがボスの作った野球チーム、杉戸ブラックデスデビルズなのだから。
5
「お手柔らかにお願いしまあす!」
アキレスがいつもの調子でバッターボックスに立った。
あまりにいつも通り過ぎて、むしろその放つ緊張の凄まじさに、わたしまでぶるっと身震いした。
必死に自分と戦い、平常心でいようとしているんだ。アキレスも。
「アキレス、リラックスリラックス!」
ベンチから、ドンの声。
アキレスは応えようと、ガチガチに引き攣った笑みを浮かべた。
五回の表にしてついに投入されたエースピッチャーであるが、マウンドに立つと投球練習を開始した。
ずばん、ずばん、と鼓膜どころか身体まで震えるような低い音を立てて、ボールがキャッチャーミットに突き刺さる。
間近で見ているアキレスは、その迫力に呆然としてしまっている。
わたしは二塁の位置から見ているのだけど、確かに、とんでもなく速く、重たく感じる。
相手が遥か格上なのは分かるけど、でも、わたしたちだって、あんなに特訓をしたというのに。
これが実戦の気迫というものなのだろうか。
それとも村上先生、実は徐々に手を抜いていた? わたしたちに自信をつけさせるために。
もしそうなら完全逆効果。むしろ自信をなくしてしまうところだ。
いやいや、バッティングセンターにも通って、一番速い球で何度も何度も練習したんだ。わたしたちの実力が成長していることに、疑いの余地はないはずだ。
単に、わたしたちの捉え方の問題。
強豪を相手に、男子を相手に、勝手に恐れてしまっているだけなんだ。
……なんのために、あんな必死に練習をしたんだ。
ここでぶるぶる震えて、試合が終わるのをじっと待つため?
とりあえず頑張るだけ頑張ってみて、負けたけど良い勝負でしたと自己満足するため?
違うだろう。
満足なんかいらない。
良い勝負でなんかなくてもいい。
勝つために、
そう、わたしたちは、勝つために、ここへ来たんだ。
結果を手に入れる、そのためだけに、ここへ来たんだ。
ただでさえ大きな大きなハンデがあるというのに、怖気づいていて結果が手に入ってたまるか。
「アキレス! 気持ちで負けるなあ!」
わたしは、二塁から叫んでいた。
バッターボックスで震えているアキレスへと。
このような怒鳴り声にも似た大声をわたしが張り上げることは珍しく、アキレスはしばらくぽかーんとしてしまっていたけれど、やがて拳を握り締めた右腕を高く上げて、無言で応えた。
ゆっくりと、バットを構えた。
ピッチャー、アキレスへの第一球。
ど真ん中、ストレート。
コース、球種だけなら、完全に甘い球。アキレスは見逃さず、初球から思い切り振った。
「ストライク!」
空振りであった。
しかもタイミングがワンテンポ遅れていた。
あまりの球速に、完全に狂わされたのだ。
「よく見て! 打てる打てる! 相手焦ってるよー! 小四の女に打たれたらどうしようって、焦ってるよお!」
ベンチから、ガソリンの声が飛ぶ。
その言葉が動揺を誘った、というわけではないのだろうけど、次の球は、低すぎてボールになった。振らせるような球にも思えなかったから、単なるコントロールミスのようだ。
第三球、外角低めのストレート。
ぶうん、と大きな空振り。
またもやタイミングが大きくずれていた。
やっぱり、打つのは簡単ではないのか。上手く当てたとしても飛ぶかどうか分からないのに、そもそもかすりもしない。
アキレスは、チームの中でも一番ミートが上手なはずなのに。
剛速球とはいえ、練習で投げてくれた村上先生よりかは遅いはずなのに。
やはり、真剣勝負の場は違うということか。
でも、気後れする必要はどこにもない。
ここまで、相手が闘志を燃やしているということだ。
ここまで、相手が本気ということだ。
わたしたちが、本気にさせたということだ。
だから、自信を持て。
アキレスを、仲間たちを、信じろ。高路君江……いや、コオロギ!
本当はここまで冷静ではない。でも、そんな言葉を胸に何度もとなえることで、わたしは冷静であろうと努めた。
繰り返すうちに、若干ながらも心の余裕が生じたのだろうか。不意に一か八かの勝負を思いつき、仕掛けてみる気になっていた。
「アキレス!」
わたしは二塁ベース上から、バッターボックスに立つアキレスへとサインを送った。
アキレスは両手を上げて万歳の仕草。本当は、オーケーの意を示すサインもちゃんとあるのだけど、アキレスはわざとそうおどけてみせることで、自分を少しでもリラックスさせようとしているのだ。その必死さが、健気さが、なんとも心地好く、嬉しかった。
わたしは二塁ベースからずるずると離れて、大きくリードを取る。その瞬間、
牽制だ!
ピッチャーがくるり振り返った刹那、電光石火の勢いで放たれたボールが、セカンドのグローブに突き刺さっていた。
だけど同時にわたしは、頭から二塁ベースに飛び込んでいた。
「セーフ」
危なかった。リードを取るリズムの逆を突かれていたら、間違いなく刺されていた。
と、もう一度牽制がくる。
わたしはまた素早く二塁へと飛び込んだ。
分かっていても紙一重というタイミングだったけれど、それでもまたわたしは同じくらい大きなリードを取った。
ピッチャーは、バットをぶんぶん振って打つ気満々といったムードを漂わせているアキレスへ、第四球目を投げた。
手からリリースされるその瞬間、わたしは走り出していた。
同じくリリースされた瞬間、アキレスはバットの持ち方を変え水平に寝かせていた。バントの構えである。
球種がストレートではなくスライダーなのは意外だったけど、アキレスは緊張などどこ吹く風でここ一番の集中力を見せ、しっかり食らいついた。腕をぐっと伸ばして、バットの先端で、当てた。
ぼんと軽く跳ね上がって、落ち、転がる。
既にアキレスは、バットを投げ捨て走り出していた。
わたしも、全力で三塁へと向かう。
先ほどアキレスへ出したサインの指示は、セーフティーバント。ツーストライクの追い込まれた状況からだったけど、よく当ててくれた。
キャッチャーは素早く前へ飛び出してボールを拾うと、三塁は間に合わないと判断した監督の「ファーストファースト!」という声に、一塁へと投げた。
相手も驚くような快足を見せるアキレスではあったけど、残念ながらタッチの差で送球の方が早かった。
あと一歩、アキレスの足が早く出ていれば。
キャッチャーの反応が、あと一瞬だけ遅れていれば。
もしもアキレスが左打ちだったら。
そのどれか一つでも、現実になっていれば。
ほんの少しだけ、運が足りなかった。
いや……そんなことは、ないか。
アキレスに送られて、わたしはこうして三塁にいる。
ワンアウト、三塁。
もの凄い重圧の中で、一打逆転という大チャンスをこうして作ってくれたのだから。それで充分だ。
次はバースの打順。
頼むよ。
わたしはぎゅっと拳を握った。
6
バッターボックスに立ち、バットを構えるバース。無口ではあるがいつもにこやかな顔をしている彼女だけど、さすがに今は表情が硬い。
硬いのは顔だけでなく心技体すべてのようで、いざピッチャーが投げ始めると、空振り、空振り、と二球で見るも簡単に追い込まれてしまった。
エースの登場に硬くなるのも分かるけど、硬くなりすぎだ。
第三球目は、ボール。
一瞬振りかけたけど、止めた。
第四球目、ストレートど真ん中を空振り。
結局、三振か……
いや、
「ファールボール!」
という球審の判定。どうやらバットにかすっていたようだ。
助かった。
まさに九死に一生。わたしは、ほっと安堵の息を吐いて胸を押さえた。
第五球目、ファール。
第六球目、ファール。高く舞い上がり一塁ベンチ近くに落ちるが、追うファーストのわずか先でぽとりと落ちた。またまた、助かった。
第七球目、低め、ボール。
第八球目、ファール。
第九球目、ファール。
最初の二球こそ大きく空振りしてしまっていたバースだけど、その後はしっかり見てスイングすることが出来るようになってきていた。しかも、段々とタイミングも合ってきている。
ピッチャーの方も、少しムキになっているのかも知れない。
女子相手に追い詰められて、変化球で空振りを誘って勝っても恥ずかしいだけだから、と。
でもそれだけではない。
やっぱり、わたしたちの練習は間違っていなかったんだ。
ストレートしか投げないと分かっていたってあんな剛速球、もしも特訓していなかったらとても目で追えなかっただろう。
ピッチャーは、セットモーションに入った。第十球目を、投げた。
ストレート、ど真ん中。
どれだけの力を肩に込めたのか、これまでにない剛速球。
しかし……
捉えていた。
バースのスイングが、ついに、完璧に。
ゴムの反発する鈍い音がしたその瞬間には、ボールは遥か空へと吸い込まれていた。
まさかホームラン? と思わせる凄い当たり。
でも期待感高揚感は、一瞬にして落胆に変わる。
上空の風に押し戻されて、急速に落下を始めたのだ。
追い風ならもしかしたら本当にホームランだったかも知れないし、そうでないとしても犠牲フライで得点出来たかも知れないのに……
この程度の飛距離では……
そして、わたし程度の足の速さでは……
わたしは、きゅっと唇を噛んだ。
アキレスやガソリンほどの足の速さがあれば、ここで勝負が出来たのに。
レフトが前進しながら両手を上げ、フライをキャッチした。
その直後の、自分の行動、後から考えても理解出来ないものだった。
わたしは、走り出していたのである。
誰かの声が聞こえたような気がして、背中を押されたような気がして、気がつけば、三塁を蹴っていたのである。
「ちょっと!」
「コオロギ!」
「無茶だよお!」
仲間たちの、悲鳴にも似た絶叫。
「バックホームバックホーム!」
「余裕余裕! 落ち着いて投げろ!」
相手側の、監督や仲間たちの声。
周囲の方がわたしより状況は見えているわけで、つまりはどう考えてもわたしの行動は軽率で、無茶であり無謀だったのだろう。
でも、もうこんなチャンスはないかも知れない。
点を、取らなければ。
行かなければ。
前へ進まなければ。
そうだ。
勝つために。
みんなで、笑うために。
だから、
お願い、
ボス……わたしに、力を貸して!
心の中で絶叫を上げたその瞬間、わたしの身体は真っ白な、暖かく柔らかい光に包まれていた。
それは単なる錯覚だったのかも知れない。
いや、間違いなくそうだろう。でも間違いなく、わたしは光の中を、走っていた。
一際眩しく、激しく輝いている場所をめざして。
走っていた。
気がつけば、叫んでいた。
言葉にならない、声にもならない声を、叫んでいた。
そして、そこが硬い地面であることなどなにも考えずに、頭から飛び込んでいた。
どうっ、と胸を激しく打ち付けるが、痛みを押し殺し、歯を食いしばって、ぬかるんだ土の上を滑った。
なにかに、顔や肩がガチッとぶつかって、わたしの身体は静止した。
まるで時が止まったかのように、周囲は静まり返っていた。
白い光の中にいたような気がしていたけれど、ふと気づくと、わたしの顔のすぐ前に、なにかが見えた。
防具のようなもの。
キャッチャーが、ホームベースをブロックしているのだ。その足が見えていたのだ。
……アウト?
やっぱり、間に合わなかった?
実力にないことをしようとして、わたし、仲間に迷惑をかけてしまった……
指先に、なにか硬いものの感触を覚え、わたしは、自分の腕の、その先を見る。
驚きに、目を見開いていた。
わたしの手が、
指先が、
触れているものは……
「セエーーフ!」
球審の叫び声に、見守っていた仲間たちがまるで火山の噴火のようにどどんと爆発した。
わたしは信じられない気持ちで、ゆっくりと立ち上がった。
肩を組んで喜ぶ仲間たちを呆然と眺めていたわたしは、続いてゆっくりとスコアボードへ視線を向けた。
塁審はボードへ近寄ると、七回の表のスコアである1を消して、2とチョークで書き換えた。
わたしはヘルメットを脱いで、天を見上げた。
どんよりと曇った、黒い空を。
全然、実感が沸かない。
ガソリンがホームインした時には、わたしは必死で進塁中であったに関わらずあんなに喜んでいたというのに。
自分がホームを踏んだのに、全然、そんな実感は沸かなかった。
でも、間違いない。
わたしの実感なんか、どうでもいい。
大切なのは事実。
ついに、わたしたちは逆転を果たしたのだ。
7
フミは自身最高といって過言でない素晴らしい反応を見せたが、打球の鋭さ激しさ、そして気迫がそれを遥かに上回っていた。
つまりは、横っ飛びするフミのグローブの先を弾いて、ボールが抜けたのである。
アキレスが前へ走りながら拾うが、もう遅い。バッターは一塁へ。そして、一塁ランナーは二塁へ。
「ごめんなさい!」
フミは申し訳なさそうというよりは悔しそうな表情で、地面に両拳を叩きつけた。
「フミ、ドンマイドンマイ! いまのはうちがフミでも捕れなかったよ」
アキレスは笑顔で、同じ四年生であるフミの肩を叩き、慰め、持ち場へ戻った。
「みんなあ、負けんなあ!」
「あと二回!」
「守り切れよお!」
土手の斜面に、三十人ほどの男女がおり、必死に叫び声を上げている。こちらへと、声援を送っている。
わたしたちの小学校の、生徒たち。
全員の顔を知っているわけではないけれど、おそらく半数以上がボスのクラスだ。
彼らはつい先ほど、七回表のわたしたちの攻撃中に、ぞろぞろと自転車でやってきた。
わたしたちが、入院しているボスのために試合を頑張っている、と誰からか聞いて、先生に率いられるわけでなく自発的に応援に駆け付けてくれたらしい。
中には、よくボスと喧嘩していた相澤健太の姿もあった。
頼もしい援軍の登場にチームのみんなは喜んだ。サテツやドンなんか、瞳を潤ませるくらいに感動していた。でも、残念ながらそれでわたしたちの実力が向上するものでもなかった。チャンスらしいチャンスをこれっぽっちすらも作れずに、外野フライ三連続で七回の表は終了した。
強いて良いところをあげるのならば、一人も三振しなかったということくらいか。そこは、自分たちを認めていいところだ。
でも、やはりあの二得点は単なる偶然であったのだと落ち込む気持ちを、どうしても抑えることは出来なかった。
その落ち込みが原因ではないのだろうけど、この七回の裏、先ほど述べたようにフミの必死の頑張りを嘲笑うようなヒットによって、ノーアウト一塁二塁というピンチを向かえることになったのである。
この程度のピンチは、もうこの試合だけで何度も向かえている。でもこれまでと、今とでは、同じ状況であってもその重みが格段に違っていた。
一つに、打順が何巡もしたことで、既にフロッグの投げる球に相手はみな慣れてきている。向こうはしっかりしたチームであり大人の監督とコーチがおり、選手に的確な助言を与えているということ。
次に、終盤で追い掛ける展開ということで、相手の方こそ追い詰められて必死であるということ。
さらには、必死にボールを追い掛け続けたわたしたちの肉体的な疲労。
これらにより相対的に相手の攻撃は怒涛の迫力となり、弱小のわたしたちがこのまま逃げ切り勝利を掴もうとするためにはかつて発揮したこともないほどの集中力を発揮し、保ち続けねばならず、そのための精神的な疲労。
わたしたちの体力や気力は、限界に近かった。いや、既に限界を超えているかも知れない。
それも当然だろう。試合慣れをしていないわたしたちが、(必勝の信念で練習に臨み、勝負に臨んでいるとはいえ)こんなところにまで来てしまったのだから。強豪男子チーム相手に、一失点で終盤を迎えているという。
ここまででも、充分に快挙だ。
快挙の代償は、予想しえないほどの体力と精神力の消耗。
みな、息を切らせている。
肩で大きく呼吸している。
立っているのがやっとという状態。いま誰かが倒れても、まったく不思議ではない。
野手ですらそうなのだ。
守備の主役、ピッチャーのフロッグがどんなであるか、想像にかたくないというものだ。既に、過度に膨張しきった頬っぺは破裂して、顔どころか全身の空気が抜けたように萎んでしまっていた。
繰り返すけど、わたしたちナインは、もう限界だった。
でも、戦わないわけにはいかなかった。
体力が尽きようと、気力が尽きようと。いや、例えこの身が砕けようとも。
それしか、わたしたちに出来ることはないのだから。
一球一球に集中し、食らいつくことしか。
その集中を保つためにも、まずは絶対に、この七回を押さえることだ。
このピンチを切り抜けさえすれば、残るイニングはあと一つ。きっと、あらたな気力が、わたしたちに生まれる。
か、どうかは分からないけど、そう信じて、頑張るしかない。
マウンド上のフロッグは、ドンのサインに何度目かで頷くと、ゆっくりと腕を背後に回し、腰を屈め、ボールを投げた。地面ぎりぎりの、下から放り上げるようなリリースポイントで。
外角高め。
この投球の軌道にもすっかり慣れ、なおかつ絞っていたコースであったのだろう。バッターは躊躇わずにぶんと大きくバットを回した。
ぼうっ、とゴムの反発する、鈍い音。
完全に、合わせられた? いや、助かった、ライト方向へのファールボールだ。
これは運が良かったというべきか、それともフロッグにまだ余力が残っておりつまり彼女の実力によるものなのか、わたしにはもうよく分からない。
フロッグが自分の限界を超えるピッチングをしていることは、絶対に間違いのないことだけど。
疲労の色を浮かべたまま、バッターにそれを隠す余力もなく、フロッグは次の投球に入った。
ど真ん中。全然変化をしない、誰にでも分かる甘い球。当然バッターは、再び思い切りバットを振り抜いた。
鈍い音がして、ボールはワンバウンド、フロッグの左を抜けて、転がった。
軽いリードを取っていた一塁二塁それぞれのランナーは、チャンスに全力で走り出した。
向こう側ベンチから、どっと喚声が上がった。
転がる打球は、ファーストのサテツが横っ飛びでキャッチしようとするが、わずか届かずグローブの先に当てて弾いてしまう。
ヒット? 無死満塁?
だけど、ここでサテツが信じられないような意地を見せた。倒れ込みながらも腕を地面に叩きつけて、その勢いで前へ推進して、自分の弾いてしまったボールへと一瞬にして飛び込んだのだ。
「こっちへ!」
セカンドであるわたしは、サテツへと走り寄りながら、サテツが放り投げたボールを受け取った。
でも、このまま一塁に走って行っても、もう間に合わない。サテツの頑張りは、これ以上進塁をさせないというだけだった。
いや……
フロッグが、一塁へと、飛び込んでいた。ふらふらした足取りながら、全力で、カバーに入っていた。
わたしは、投げた。
フロッグを信じて、強く、速く。
ボールは、一塁ベースへと倒れ込みながら腕を高く上げたフロッグのグローブの中に、ばすっと音を立ておさまっていた。
「アウト!」
一塁審の声が響く。
地面に肩を打ち付け激痛に顔をしかめるフロッグであったが、もうその瞬間には立ち上がっていた。
ホームへと、アンダースローではあるが勢いのあるボールを送っていた。
「戻れ戻れ!」
三塁を蹴ってホームへと向かっていたランナーは、監督の怒鳴り声に、慌てて踵を返し、戻った。
こうしてわたしたちは、なんとか失点せずバッターを打ち取って、アウトを一つ得ることが出来た。
でも、打ち取ったといえるのかどうか。一つずつ進塁されて、二塁三塁。アウトを一つ取ったとはいえ、より厳しい状況になってしまった。
次にヒットを打たれたら、ほぼ間違いなく失点だ。
もしここで失点してしまったら……
きっとわたしたちは、がくりと落ち込むだろう。張り詰めていた精神の糸が、ぷつりと切れるだろう。
同点であっても、きっとそうなる。ましてや逆転されたらなんて……想像もしたくない。
なら、想像するな!
わたしは、自分の弱気を叱咤していた。
真面目に試合をする気がないのなら、だったら最初から大会になんか参加せず、病院のボスのところへ行っておけばよかっただろう。
みんなにあんなかっこつけた台詞を吐いて、この試合に出たのだというのに、それでちょっと追い詰められたくらいで勝手に弱気になったりして、恥ずかしくないのか。
みんな限界を超えて、それでもなお弱音を吐かず頑張っているというのに。
負けてはいられない……
みんなに、負けていられない。
そうだ。
勝つんだ。
チーム全員で、頑張って、勝利を掴むんだ。
だから、この回はなにがなんでも守らないと。
勝利のために、あとアウト五つ。
たったの、それだけなんだ。
だから……
8
「頼むよ、フロッグ」
わたしは、呟くように、低く抑えたような声を発していた。
その声を受けてか分からないけど、フロッグの動きがぴたりと止まった。こちらからは、背中しか見えていないけど、なんだか考え込んでいるようだった。
やがて、くるりと振り向いて、わたしの顔を見た。
「もし失敗したら、ごめん」
え……
失敗って、なにが?
生じた疑問を、口にしかけた時には、もうフロッグは前へと向き直っていた。
またもや考え込むように立っていたフロッグであるが、やがて、ぎゅっとボールを握ると、ゆっくりと投球モーションに入った。
軽く屈みながら、背後へとボールを持った右腕を回し、そして身体を前へ倒すように傾けながら、地面すれすれのところに手を這わせ、打ち上げるように、リリース。
わたしが自分の目を疑ったのは、次の瞬間だった。
バッターは大きく空振りし、キャッチャーのドンは受け損ない、マスクにがんとぶつかった。
なんだ、いまの?
なにが起きた?
これまでと同じ感じに投げたように見えたのに、でも、全然ボールが落ちなかった。
アンダースローは速度も出ないから、放り上げるもののバッター手前ですとんと落ちる。そういったものだと思っていたのに。実際、これまでフロッグの投球もそうだったのに。
いや、確かに落ちてはいる。
でも、これまでの投球に比べると、まったく落ちていない。まるで、オーバースローで速球を投げたかのようだ。
実際に受けてみないと分からないけど、バッターからはぐんと浮き上がって見えたのではないだろうか。
わたしの目の錯覚ではないようだ。
相手のバッターも監督も、わたしの仲間たちも、みんなぽかんとしてしまっている。
フロッグ、なにを……したの?。
唖然として立ち尽くすわたしに背を向けたまま、彼女は黙々と、次の投球モーションに入った。
投げた。
また、あのボールだ。
バッターは必死にバットを振り、なんとか当てたが、当てただけ。ファールボールがバックネットを叩いた。
次は、外角へ遠く外した。それほど大きく外したわけではないけど、バッターは誘いに乗らなかった。
次の投球は、初回からずっと見せてきた、ふわんと落ちる球。バッターは感覚を狂わされたのか、ボールからかなり離れたところを思い切り叩こうとしてしまい、勢い余ってくるり一回転。
「バッターアウト!」
球審の叫び声がなければ、わたしたちは呆気に取られたままだったかも知れない。
三振だ。
これで、あと一人で七回が終了する。
「フロッグ……いまの球は、なんなの?」
ガソリンが、わたしたちの疑問を代表して尋ねた。
「変化しない変化球。一人で練習していたら、たまたまこんなボールがあるんだって気づいて……。アンダーって速度が出ないから、球種を増やそうと思ってよく練習していたんだ。まだまだだから、上手くいくかは賭けになってしまうし、いざという時までは使いたくなかったんだけど」
フロッグは照れたように鼻の頭をかき、笑った。
帽子のつばを掴んで下へ向け、恥ずかしそうな自分の顔を隠した。
「充分に、いざという時だよ。いきなり本番で投げられるなんて、凄い……」
褒めて乗せようとか、そういったつもりは毛頭なく、わたしは素直に感動してしまっていた。その思いが、無意識に言葉に出ていた。
初めて会った時は、学校が違うからとはいえボスの後ろに隠れてしまう気弱なところがあったけど……打たれ始めると止まらないところがあったけど……現在のフロッグは、精神的に格段の成長を見せている。
本当に、ここまで頼りになるピッチャーはいない。
異論は認めない。体力的にハンデのある女子だというのに、男子相手に実際ここまでたった一失点しかしていないのだから。
相手は強豪チームであり、フロッグの投げるボールは既に対策されてしまっていたけど、この終盤にて加わった新たなボール、遥か遠くにしか見えなかった希望が、ぐっと大きく膨らんだ。
さすがは、ボスが見つけたピッチャーだ。
種明かしをすると、この不思議な球は、後にジャイロボールと名付けられ、色々な物議を醸し出すことになる、定義の難しい(理論は実証されているが、用語、用法として)、やはり後世においても不思議な球であった。かなり後から知ったことだけど。
特殊かつ厳密な投げ方をすることにより、ボールにバックスピンがかからずに、進行方向へ正回転がかかる。これにより、フロッグのいう変化しない変化が生まれるのだ。
次のバッターにも、フロッグは初球からそれを投げた
疲労からか、緊張からか、コントロールがそれて大きく外れてしまう。
でも驚異を与えることは出来たようだ。次は、なんでもない球を振らせて、見事ストライクを奪った。
緊張と疲労とに倒れそうなフロッグだけど、でもこれで波に乗れるかな。と思ったけど、そう甘くはなかった。
制球定まらずに、二連続でボール球。
カウントワンスリー、と追い込まれてしまった。
もう一度ボール球を投げたら、満塁にされてしまう。
次の投球。手元が狂ったかど真ん中の甘い球。
バッターは、待ってましたとばかり思い切り振った。
バットがボールを捉えた。打球は高く上がって、サテツの遥か上を越える。
ライトのノッポは、落下地点を目掛けて全力で走る。
三塁にいたランナーがホームを踏み、二塁ランナーも三塁を蹴る。
やられた……
追い詰められ甘いコースに投げてしまった結果であるが、でも、ワンバウンドを振らせようとするような、そんな勇気を持てという方が酷というものか。
だけど……
これは、どうしたことだろう。
ふわっ、と、ボールの軌道が微妙に変わっていた。
ファールラインをほんの少し越えたところに、ボールは落ちたのである。
ファールフライ。
上空に吹いている予想も出来ない強風に、ボールが押されたんだ。
助かった。
わたしは、ほっと安堵のため息を吐いた。
神風だとは思わない。だってさっきは、もしかしたらホームランかもというバースの打球が、上空の強い風に戻されてそうはならなかったのだから。これで、帳消しだ。
でも、まだ気は抜けない。一息つくのは、せめてあと一人を打ち取って、七回の裏が終了してからだ。
息が、苦しい。
いつ終わるとも知れないこの重圧に、身体が、精神が、ぺしゃんこに押し潰されそうだ。
そこから逃れようと思ったからなのか、自分でも分からない。
気がつけば、空を見上げていた。
どんよりと濁りきった、灰色の空を。
もう何ヶ月も前に、大雨の中でボスの指揮の元猛特訓したことを思い出していた。
みんな前髪がべったり顔に張り付いて、あえぐように呼吸しようにも雨粒しか入ってこない。
みんなで声を掛け励まし合う中で、サテツだか誰だかがいっていた、なんだか元気の出る、前向きになれる言葉を、今、わたしは思い出していた。
あの時は、真顔でいうサテツがおかしくて、みんなで笑ってしまったけど、今こそその言葉が心に突き刺さる時はなかった。
その言葉を胸に唱えながら、わたしはすっと顔を落とし、前を向いた。
ぐるりと、みんなの顔を見回した。
ドン、サテツ、フロッグ、フミ、ガソリン、バース、アキレス、ノッポ。頼もしい、仲間たちの顔を。
すーっと、わたしは息を吸った。
小さな胸に、限界まで、吸い込んで、一気に、吐き出していた。
「あと四人! しまっていくぞーーーーーっ!」
あの言葉を胸に唱えながら、わたしは叫んでいた。
どんなに暗く雲っていようとも、どんなに激しい大雨であろうとも、雲を突き抜けたその向こうには、かならず青い空が広がっている。
そう信じて。
わたしたちは、ただひたすらに、勝利を求めた。
ただひたすらに、白球を、追い続けたんだ。
9
はあ、はあ、
すっかり、息が切れてしまっていた。
どんなに呼吸をしようにも、熱砂を溶かしたような不快なものしか体内に入ってこない。
肺にまるで酸素が入ってこない。
それでも、わたしたちは、走っていた。
多分いまのわたしたちなら、宇宙の真空状態の中だって走って進むことが出来るだろう。どうでもいい。出来るとか、出来ないとかじゃなく、進まなきゃいけないんだ。行かなきゃいけないんだ。
わたしたちは、病院へと続く道を、走っていた。
ふらふらとした足取りで。
野球のユニフォーム姿のままで。
一人として、声を出す者はいなかった。
余計なお喋りをする者はいなかった。
そんな余力があるのなら、その分を走ることに回して、一分一秒でも早く到着したいからだ。
なおも走り続け、ようやく病院へと到着した。
日曜日であるため、裏にある夜間用の出入口へと回り込む。本当は受付を済まさないといけないのだけど、守衛さんが呼び止めるのも無視して中へ入ってしまう。
守衛さんが追ってこなかったのは、既に顔見知りになっているということと……分かっているからなのだろう。
マラソンを駆け終えたランナーのように、はあ、はあ、と息を切らせながら、わたしたちはエレベーターの扉の前へ立った。
階数表示を見ると、ちょうど扉が閉まって上へ動き始めたところのようだ。呪うべき不運の一つではあるが、誰も文句を口にする元気もなく、示し合わせたかのように一斉に階段へと向かい、上り始める。
鉛のように重たくなっている身体を、体内に残る全力を振り絞って一段づつ押し上げる。
四階へ。
ナースステーション前を通って、通路へと飛び出す。
目指すは、長い長い通路の奥だ。
もう何度も何度もここを訪れているというのに、慣れているはずだというのに、部屋までの通路の長さにこんなにイラついたことはなかった。
はあ、
はあ、
もし転がった方が速いというのなら、躊躇うことなくそうしていただろう。
病室の、扉が開いているのに気がついた。
ふっ、とわたしは小さく呻いた。
様々な思いが内側から胸を突き破りそうになり、それをなんとか押し殺したのだ。そうしなければわたし、ここでへたり込んでしまいそうで。泣き叫んでしまいそうで。
きっとみんな、同じような気持ちでいるのだろう。
なおも、ふらふらとした、いまにも倒れそうな足取りで走り続け、わたしたちはその病室と入った。
入ってすぐのところに、ボスのお父さんが、松葉杖をついて立っている。
その向こうには、病院の先生と、二人の看護婦さん。ベッドを、囲むように……
囲まれ、眠るように目を閉じているのは、わたしたちの、ボス……浜野まどかであった。
完全に肉のそげ落ちた、まるでミイラのような、青い顔。以前とすっかり別人のようだけど、間違いなく、わたしたちのボス。
お医者さんは、突然集団で押しかけたわたしたちの姿に驚いたか一瞬ぽかんとした表情を浮かべたけど、すぐにきりっとした顔に戻る。わたしたちに対しても説明責任を果たそうと思ったのか、ゆっくりと、口を開こうとした。
きっと言葉を選んでくれているのだろうけど、でもそんな話、わたしたちにはどうでもよかった。
わたしたちは、どどっと雪崩のようにベッドへと押し寄せていた。
お医者さんや看護婦さんを、邪魔だとばかりに押し退けて。
話を聞くことなんかよりも、伝えたかったから。一秒でも早く、報告したかったから。
なによりも、それが一番、大切なことだったから。
ガソリンが、大きな口を開けて、ボスの名を叫んでいた。一階から五階、病棟の全室に轟かんばかりの大声で。
みんなも口々に叫ぶ。ボスを呼ぶ。
叫びながら、誰からともなく、両手を突き出していた。
左手でエル、右手で逆エルを作り、くっつけ、ダブリューの字を作っていた。
ウイン。
勝利のポーズを、わたしたちはボスへと送っていた。ボスへと、捧げていた。
笑顔で報告するんだ。みんなでそう誓い合ったのに……いや、確かに笑顔ではあったけれど、こんなに引き攣った、酷い笑顔はなかった。
意味ないじゃないか。
こんな、涙をボロボロこぼしながら、顔をぐしゃぐしゃに歪めた笑顔だなんて。
まるで意味が、ないじゃないか。
それでも、わたしたちには、これしか出来なかった。
とてもはがゆかったけれど、でもこれが、なんの力もないちっぽけなわたしたちに出来る、精一杯のことだった。
その時である。
わたしたちは、見た。
驚きの表情で。
そのためにここへ来たというのに、おかしな話ではあったけれど。
わたしたちの目の前で、ボスが、ゆっくりと、目を開けたのを。
お医者さんたちも驚く中で、うっすらとではあるが、間違いなく目を開き、こちらを見たのである。
朦朧混濁としているはずの意識の中、その瞳にわたしたちを捉え、彼女は、微笑んだのである。
それはとても優しく、柔らかな笑みで……
人って、こんなふうに、笑えるんだ。
こんな純粋な笑顔って、世の中にあるんだ。
忘れない。
わたし、忘れないよ。
絶対に。
その、最高の笑顔を。わたしたちへの、最高のプレゼントを。
例え、なにがあろうとも。
いつしか手を下ろし、
ぎうゅっと拳を握り締め、
ボロボロと涙をこぼしながら、
ぐにゃぐにゃに歪んだ顔で、
わたしは、そう心に誓っていた。
先ほどまでどんよりどんよりした空であったというのに、いつしかからっと晴れ上がり、冬の西陽が窓から差し込んで、わたしたちを暖かく照らしていた。
どうして神様は、ここまで意地が悪いのだろう。
以前わたしが、役立たずであると心の中で散々に罵倒したからか。
でももしもそうなら、わたしを酷い目にあわせればいいだけだろう。
なんで、せめてもう少しくらい待ってくれなかったのか。
どうしてこう、これでもかとばかりに意地悪をしてくるのかな。
今日は野球の大会が行われる日。
わたしたち杉戸ブラックデスデビルズの、初の公式戦。
本来ならば、待ちに待った記念の日になるはずだった。
「ちょっと待て、お前ら」
自転車で小学校に集合し、これから出発だ、というところで、校舎から慌てたように飛び出してきたコタローコーチに呼び止められたのだ。
コーチは、ぜいぜいはあはあと情けなく息を切らせていたが、少し呼吸を整えると、こういったのである。
「覚悟して聞け。いいか? 浜……ボスがな……昏睡状態に、入ったって」
どんっ、という自分の心臓の音が氷柱になって、わたしの胸をぐさりと背中まで貫いていた。
聞き間違い?
そう思ったけど、聞き返す勇気もなく、また、聞き間違いなどではないことも分かっていた。
なんにも考えられないでいる自分と、ついにこの時が来たかと冷静に考えている自分が、一切の矛盾なく同居していた。
確かにここ数日、ボスの状態はよくなかった。
起きているのに、話し掛けても返事がなかったり。
でも、
でも本当に、なんでこうまで、神様は意地悪なのだろう。
だってそうじゃないか。
もう少しだけ待ってくれれば、今日の大会初戦を絶対に勝って、結果を報告して、ボスを笑顔にすることが出来たのに。
病気と戦う力を、取り戻してあげることが出来たのに。
なんともいえない苛立ちに、だん、と足を踏み下ろして、踵で地面をねじった。
他のみんなは、コーチの言葉にすっかり狼狽して、どうしよう、と泣きそうな表情でお互いの顔を見合わせている。
「知らせない方がよかったかな、とも思ったんだけど。でも、やっぱり試合よりボスのことの方がずっと大事だと思うから」
確かに、先生のいうことは正しい。
試合なんか、いつでも出来るのだから。
生命さえあれば、いつだって。
でも……
「いえ、教えて貰えてよかったです。ありがとうございます」
わたしは、頭を下げた。
「じゃあ、これから病院へ行くの?」
おずおずと尋ねるフミの言葉に、わたしはゆっくりと首を振った。
「大会に参加する。……わたしはね」
わたし自身の、迷いをふっ切るための言葉。
みんなは別に病院へ向かってもいい。
大会に出なくたっていい。
考えは、人それぞれだから。
とにかくわたしは、ボスのためにも会場へ向かおうと決心を固めた。ただ、それだけだ。
当然、みんなはさらに動揺を強くし、なんともいえない表情になって固まってしまっていた。
「あたしも行くよ、試合」
ざわめきかける場を静めたのはガソリンの声だった。
「だって、試合を棄権して病院に駆け付けて、本当にボスが喜ぶと思う? 試合に勝利して元気になって貰うんだってみんなでいってたのに、逆に悲しませてどうすんの?」
わたしの考えていたこと、でも黙っていたこと、ガソリンに、全部いわれてしまった。
そう、わたしが例え一人でも大会会場へ向かおうと思ったのは、ボスに笑って貰いたいから。
万病、笑顔に勝る特効薬はない。がんだって、きっとすぐに治る。
あんなに苦しい治療にだって耐えたんだ。絶対に、治らないわけがない。
笑顔にすることさえ、出来れば……
反対に、もしもこの大会を棄権したならば、間違いなくボスは悲しむだろう。自分の作り上げたチームの、初の公式戦。病床で、ボス自身も楽しみにしていたのだから。
「そうだね。この大会に出なきゃあ、なんのためにボスと一緒に練習をしてきたのか、分からないもんね」
ドンが、俯いていた顔を上げた。
「あたしも。……もう、吹っ切れた」
サテツの顔、自分でいう通り、さっきまでのどんよりした表情はもうどこかへ吹き飛んでいた。
「あたしも、精一杯頑張るよ」
ノッポも顔を上げた。
「病院まで場外ホームランを届ける」
バースが、腕を力強くぶうんと振った。
「ちゃちゃっと勝って終わらせちゃって、ボスのところへ知らせに行きましょうよ」
アキレスが、両腕持ち上げてたたたっと走る仕草。その意味は分からないけど、やる気なのは間違いないようだった。
ガソリンが、右手を前へと差し出した。
その上に、わたしが自分の右手を乗せた。
続いてフミが。
フロッグが。
ノッポ、ドン、サテツ、バース、アキレス、最後にコタローコーチ。
円陣を作り、みなの表情を確かめ、頷き合った。
ここにボスはいない。
でも、間違いなく彼女を中心に、今このチームは一つになっていた。
2
痛烈なライナー。
わたしは反応し、大きくジャンプした。
作戦ミスをした自分を、心の中で罵りながら。
完全に誤算であり、油断だった。
内野安打が多いバッターであるため、まさかここまで振ってくると思わなかった。そのため外野は前進守備にしてしまっていた。
わたしがしっかりキャッチすることが出来ればよかったのだけど、ボールはグローブの先をかすめるのがやっとで、小さく跳ね上がった。
ボールが抜けたことを確認し、三塁ランナーが走り出した。
完全に、やられた。
わたしのミスだ。
ここまで頑張ってきたのに、ついに失点か。
ボールは、センター前にぽとりと落ちた。
いや……
芝に落ちる寸前に、全力で駆け込んだアキレスが、ヘッドスライディングをしながらぎりぎり紙一重でキャッチしていた。
わたしがボールに触れたことと、外野の前進守備というミスが、偶然にも効を奏したようだった。
ホームへと走るランナーは、味方の声を受けて慌てて踵を返し戻ろうとする。
アキレスは、立ち上がるなり三塁のガソリンへと投げた。
四年生ながら、最近肩の力がついてきたアキレスだけど、タッチの差で三塁への送球は間に合わなかった。
スリーアウトには出来なかったけど、でもアウトを一つ増やしてこれでツーアウトだ。
「ありがとう、アキレス。助かった」
わたしは、おでこの汗を袖で拭った。
「いえ、コオロギさんが触ってくれたから、ぽーんと上がってキャッチ出来ました」
アキレスは帽子を被り直すと、深々と頭を下げた。
「わたしの戦術ミスからだったんだけどね」
でもそれで助かったんだ。ツキには見放されていない。
気を強く持って、集中して、さらにツキを引き寄せなければ。
いまのはツキだけじゃあないけど。アキレスはああいったけれど、それでもやっぱりあの俊足があればこそ、集中を切らさなかったからこそ、諦めず飛び込んだからこそ、アウトが取れたのだ。
小柄で、四年生だけど、頼りになるセンターだ。わたしも負けていられない。しっかりやらないと。
わたしは、ふと周囲を見回した。
みんなの表情、疲労の色が隠せないでいるようだ。
野球は常に走って回るような競技ではないけど、果てることのないピンチの連続により精神的に参ってしまっているのだ。
現在、わたしたち杉戸ブラックデスデビルズは、トーナメント初戦の相手である杉戸レッドクロウズと対戦している。
四回の裏。わたしたちの守備だ。
0-0で、まだ点は動いてはいない。スコアだけを見れば対等であるが、でも誰がどう見ても明らかな優勢と劣勢が存在していた。
もちろん劣勢なのがわたしたちだ。ピンチに次ぐピンチを、運と頑張りとでなんとか凌いでいる状態だった。
猛特訓の成果も多分にあったのかも知れないけど、戦力とは相対的なものであり、つまり相手が強大であるという現状にわたしたちは自身の成長を感じることなどまったく出来なかった。
安打数が、レッドクロウズが十一本に対しわたしたちが一本、というところからも、どれだけ戦力差が圧倒的であるか、どれだけわたしたちにとって絶望的な状況であるか、分かるというものだろう。
力の差があるのは当然だ。
レッドクロウズはただ男子チームであるというのみならず、町内リーグのトップに君臨しているチームなのだから。
そうした余裕からなのか、レッドクロウズはピッチャーを温存している。勝てば翌日にまた試合があるためだ。
彼らにとって、おそらく今日は大会の予行演習。肩慣らし。明日からが本番なのだろう。
いつも先発しているレッドクロウズの代名詞たる剛速球ピッチャーに代わって、今日先発しているのは、普段リーグ戦で終盤を投げる抑えのピッチャーだ。
球速はないけど、コントロール重視の投球をするのが特徴的だ。
わたしたちは村上先生にお願いして、速球を打つ練習を手に血マメが出来るくらいやり込んだけれど、だからといってゆっくりのボールが打てるようになるわけではなかった。
いま出ているピッチャーは、コントロールが優れているだけでなく、剛速球ではなくとも速度に緩急があって、わたしたちは感覚を狂わされてしまうのだ。
四回の表までに、空振りや三振の山、山、山といった状態だった。
たまにまぐれでバットに当てても、偵察した通り抜群の守備連係でなんにもさせて貰えない。
相手が相手だから仕方ない、といえるかも知れないけど、結果だけを見れば、これまで通りのなんにも出来ないわたしたちだった。
攻撃のみならず、守備においても同様だった。
フロッグの投球が、最初の二人を空振り三振に仕留めたまではよかったけれど、すぐに研究されて打ち込まれるようになったのである。
これまでの練習試合などでは、相手の打順が一巡するまでほぼ完璧なピッチングを見せていたけれど、今日は崩れるまでが早かった。
悪循環というもので、フロッグが気持ちを畏縮させ頬を膨張させることにより、相手は自信をつけ、どんどんバットを振るうようになっていく。
ほとんど空振りがなく、次々とヒットが放たれる。
わたしたちは必死に食らいついて、なんとか水際で食い止め、点の動くのを阻止し続けた。
いつ失点してもおかしくない状態だ。
息詰まる、苦しい展開。
一呼吸させて貰うには、現状を打破するしかない。攻略法を見つけるとか、まぐれでもいいから得点を上げるとか。
だけど、わたしたちの戦力は貧弱であり、戦術や選手を変えるなどといったオプションを駆使出来るはずもなかった。そもそも、丁度九人であり、変えようもない。
このまま粘って、数少ないチャンスをうかがうしかない。
ただし、絶対的に不利であることは認識しながらも、相手が二番手ピッチャーのうちになんとか攻略しなければ、という焦りは、少なくともわたしにはなかった。
むしろ、普段先発している剛速球ピッチャーをこそマウンドに引きずり出したい気持ちだった。
何故ならば、向こうの方こそ危機を感じて焦っているという証明になるからだ。
相手が、遥か格下であるわたしたちをどう思っているかなどは分からないけど、わたしたちの出来ることとしては、とにかく一球一球に集中して、粘り強く、現状を維持していくしかない。
このまま無失点でイニングが経過すれば、相手は絶対に動揺する。
もしも主力の一番手ピッチャーが出てくれば、それこそこちらが精神的に優位に立てる。いや、そこまではいかずとも、間違いなくわたしたちの心に自信が芽生える。
だから、まずは次の一球に集中だ。
あと一人を抑えれば、四回の裏が終了するのだから。
この大会は、一般的な大会よりもイニング数が多く、八回まで行われる。つまり、四回で折り返しだ。
男子リーグの首位チームに対して無失点で折り返すことが出来れば、例えほんのわずかであろうともわたしたちの自信に繋がるだろう。
「あと一人! みんな、集中しよう!」
わたしは手を叩き、叫んだ。
マウンド上のフロッグは、ドンとのサイン交換を終え、ゆっくりとモーションに入った。
投げた。
サブマリン。下から、ふわり浮き上がるボール。
ボールがフロッグの手からリリースされた瞬間、わたしは「いけない!」と心の中で声を上げていた。きっとフロッグ自身も、そう思っただろう。
焦りが出たか、握力が落ちてきたのか、コースが真ん中過ぎたのだ。
序盤から散々フロッグからのヒットを奪ってきた選手たちである。このような甘い球を見逃すはずがなかった。
唸るバット。
鈍い音とともにボールが弾ける。
地を跳ねるように、ゴロが三遊間、ガソリンとフミの間を抜けた。
バッターは一塁へ、三塁ランナーはホームへと、それぞれ走る。
レフトのバースが全力で前進しながらボールを拾い、がっちりした肩をぶんと振った。
バックホームだ。
小学生の女子として、これ以上ないくらいの素晴らしい送球だった。ほとんど山になることなく、ボールは一筋の線になってホームへ飛ぶ。
ドンが立ち上がり、少し横へ逸れたボールをキャッチ。ホームへとヘッドスライディングで突っ込むランナーへとタッチ。
しかし……
「セーフ!」
球審の叫び声。
間に合わなかった。
ついにわたしたちは、失点した。
その間にバッターは、一塁を蹴って二塁へと向かっていた。
ドンは気を落とすことなく、集中を切らすことなく、二塁へと投げた。
制球が甘く頭上を越えてしまうところだったけど、わたしはジャンプしながらなんとかキャッチ。一塁へ戻ろうと踵を返すバッターへと走り寄って、タッチアウト。
これで、スリーアウト。
四回の裏が終了した。
でも、
ついに、一点を取られてしまった……
これまでの試合でわたしたちがどれだけ失点してきたか、この試合の対戦相手がどれだけ強いチームなのか、そうしたところを考えれば、今日ほど全力以上の力を出せている素晴らしい試合はない。そう分かってはいるけど……
また失点してしまったということよりも、無失点で相手を焦らせるという作戦の失敗に、わたしは落ち込んでしまっていた。
切り替えるしかないけど、でも、みんなも落ち込んではいないだろうか。
わたしは顔を上げ、仲間の表情を確認しようとした。
その時である。
「まだまだあ!」
ガソリンの、裏返ったような怒鳴り声が轟いた。
「一点取られただけ。逆転するぞお!」
ベンチへと向かいながら、グローブを外して高く高く放り上げた。
「そうだよ。わたしたち、まだ負けていない! 試合はまだ終わっていない!」
わたしもガソリンに負けない大声で叫んでいた。受け損じたら士気に関わると思って、グローブを天高く投げることはしなかったけど。
暗く沈みかけているようなみんなの表情に、わずかながら希望の色が浮かんだかのように見えた、その時である。
ポツリ。
水滴のようなものを頬に受け、わたしは天を見上げた。
ポツリ。
まさか、と思った。
でも間違いない。
雨粒であった。しかも、とても大きな。
試合開始時は、からっと晴れていた青空が、いつの間にかすっかりどんより暗くなって、雨粒が落ちてきていたのだ。試合に夢中になるあまり、こうして降ってくるまでまったく気づかなかった。
今日は、晴れ予報のはずだったのに。
雨が降るだなんて、週間予報でも、今日当日の予報でも、まったくいってなかったのに。
でも目の前に起きているのが現実だ。
あっという間に、ざーっと音が立ち、もうもう煙の上がるような、激しい雨になった。
審判の判断により、試合は中断。敷地の端に設置されている、プレハブの建物に避難することになった。
本降りになってから避難完了まで一分とかかっていないけど、でも、わたしたちはすっかりびしょ濡れになっていた。それだけ雨が滝のように凄かったのだ。
「とんでもない雨だな。気象庁もふざけた予報出しやがって。とはいえ晴れ予報だったんだから、きっとすぐにやむだろう」
コタローコーチは屈んでバッグからタオルを取り出しながら、気象台の予報を信頼しているのかいないのか分からないような言葉を吐いた。
「もしも……やまなかったら?」
フロッグの問いに、わたしはびくりと肩を震わせていた。
みんなの顔にも、暗い影が落ちていた。
その言葉を聞いていたレッドクロウズの選手たちは、反対に明るい、でもちょっと恥ずかしいような、そんな表情になっていた。
このまま雨がやまなければ、
「雨天、コールド……」
わたしは、ぼそりと呟いた。
試合は既に四回を終えており、この大会のルールではコールドゲームは成立する。
このまま降り続けたら、わたしたちは、負けてしまう。
失点した直後に、こんな大雨が降るなんて……
「なんだよお、あとほんの少し早く降ってくれれば、よかったのに!」
ガソリンが、やり場のない怒りにコタローコーチのバッグを蹴飛ばした。
気持ちは分かる。本当に、どうせならあとほんの少し早く降ってくれていれば……
最悪だ。
3
三十分も降り続くようであれば、試合は中止。大会規定により、雨天コールドゲームで杉戸レッドクロウズの勝利。
そう告げられて、もう十分が経過している。
窓から見る限りでは、雨はいまだ衰える気配を見せない。
叩きつけるような凄まじさで、もうもうとした水煙に一寸先も見えないくらいだ。
早く試合が再開して欲しい、という願い、焦り。
もしもどのみちコールド負けなのであれば、早く決定して欲しいという思い。
いっそのこと、棄権を申し出ようか。
といった弱気を、叱咤払拭する気持ち。
わたしの中で、それらの思いが矛盾することなく存在していた。
でも、やはり試合は続けなければ。
少なくとも、棄権は絶対にダメだ。
ボスが悲しむ。
早く会いに行きたいだのなんだの、それはわたしたちの都合だ。
絶対に勝って、笑顔を持ち帰るんだといっていた、わたしたちの思い、それはどこへいった?
と、自分の中で気持ちに決着をつけながらも、何秒もしないうちにまた同じこと考えてしまっている。
こうして思考がぐるぐる回ってしまうのも、雨がいつまでも止まないからだ。
早く、止んでくれればいいのに。
試合で十点取られたって、諦めなければひっくり返せるかも知れない。でも試合を終了されてしまっては、どうしようもない。
わたしたちは失点したけど、でも、せっかく盛り返そうという思いになれたのに。さあこれから逆転だ、という闘志を胸に燃やしかけていたのに。
「止みますように。お願いします。お願いします」
フミとアキレスが窓辺で肩をならべ、両手を組んで神頼みをしている。
神様なんていないのに。いるとしても意地悪な、最悪な、なんの役にも立たない神様だというのに。
「あ、そうだ! 忘れてた!」
コタローコーチが、素っ頓狂な叫び声を上げた。
「なんですか? うるさいなあ」
ガソリンが、不機嫌そうな表情で睨みつけた。
「浜野からの手紙。昨日、病院の人から預かったんだ。ベッドの下に、こんなのありましたって」
「それ先にいってよ!」
声を裏返し怒鳴るガソリン。
「すまん、どんなタイミングで渡そうか迷っているうちに、試合が始まってしまって。……でも、いま読むか? どんなことが書いてあるか、分からないんだぞ」
つまりは恨み言や、絶望感がつらつら書かれている可能性もあるわけで、そのようなものを読んだらきっと試合どころではなくなってしまう。それでも読むのか? 先生は、そう尋ねているのだ。
「読むに決まっているでしょ。これだけ付き合って、まだボスのこと信用出来ないの?」
ガソリンは、コーチに冷ややかな視線を向ける。
本当は彼女も、コーチの気遣いを分かっているのだろうけど、もどかしい気持ちにいてもたってもいられず、つい刺々しい態度を取ってしまうのだろう。
「分かった。じゃ、出すぞ」
コーチはがさごそとバッグを漁り、ビニール袋を取り出した。その中には、幾つもの白封筒が入っていた。
さっきバッグからタオルを取り出していたけど、その時に気づかなかったのだろうか。
「これは、サテツか、ほら。で、これはアキレス、ほら」
それぞれへ宛てた手紙のようで、コーチは一通づつ取り出しては渡していく。
「えーと、これはコオロギ」
「ありがとうございます」
わたしの差し出した両手の上に、コーチは封筒を乗せた。
封をしていない封筒。
フラップを開け、薄桃色の便箋を取り出した。
一枚に、びっしりと文字が書かれている。
わたしは読み始める。
間違いなく、ボスからわたしへ宛てたメッセージだった。
ぶるぶると震えた、酷い字だった。
どれだけの思いで、これを書いたのだろう。
すっかり筋力が衰え、意識の朦朧としかける中を、気力を振り絞って、一生懸命に書いたのだろう。
わたしたち全員へと。
じわ、と熱いものを感じた瞬間、それが頬を伝い落ちていた。
指で拭うけど、拭っても拭っても溢れてくる。
いつしか視界が完全に塞がっていた。
土砂降りの日に、ワイパーもかけずにドライブしているかのように、ぐちゃぐちゃだった。
確かに外は大雨だけど、でもここは屋根の下だというのに。
読み終えた。
視界はすっかりぐちゃぐちゃでなにも見えない状態になってしまっていたけど、でも、ボスからのメッセージ、それはわたしの胸に、しっかりと刻まれていた。
わたしは顔を上げた。
拳をぎゅっと握り、笑顔を作った。
コオロギ(の上に、打ち消し二重線)
君江ちゃん。
今は、まだ試合前かな。
それとも、もしかして試合中なのかな。
私には、この手紙がどういうふうにみんなに渡るのか分からないので、そんなことを気にしてしまいます。
自分でしっかり渡したいと思っているけど、それまでもつか分からないからです。生きていられるか、分からないからです。
いよいよだね。大会、初めての、公式戦が。
チームを率いるのは、君江ちゃんになるのかな? みんなの信頼に応え、全力で試合を引っ張ってくれるんじゃないかと信じています。
話は変わるけど、君江ちゃんが気にしていたこと。
自分のせいで私のがんが進行してしまったんじゃないか、って、君江ちゃん自分を責めていたことあったよね?
そんなこと言うなって、私怒鳴っちゃったけど、あの時はごめんね。でも私のせいで君江ちゃんが自分を責めるなんて、耐えられなかったから。
でね、そのことを担当の先生に聞いてみたんだけど、やっぱり関係ないって。
とっくに、手遅れだったんだって。
もちろん先生は、そんな言い方はしなかったけど。
だからさ、私が、とか、自分が、とか、そんなことは気にしないで、全力で大会を、せっかくの試合を楽しもうよ。
私はいつだって、みんなと一緒にいるから。
4
顔を無茶苦茶に歪ませて、腕を大きく激しく振って、なりふり構わぬ全力で、ガソリンは走る。
ネクストバッターズサークルから見守るわたしの前を通り過ぎ、なおも吠えながら全力で。
ショートが慌てたように前へ走り、泥まみれのボールをすくい上げ、肩をぶんと振るって一塁へと送球。
ファーストの構えるミットに、ボールが突き刺さった。
しかし、
「セーフ!」
という塁審のジャッジを待つまでもなく、既にガソリンは一塁ベースを駆け抜けていた。
内野安打。
久し振りのランナーが、しかもノーアウトで出た。
ガソリンは、うおおおおっと雄叫びを上げながら、一塁へと戻り、ジャンプしながらだしだしと両足でベースを踏み付けた。そして、お腹を大きくめくって、下に着ているもう一枚のユニフォームを見せた。
「お腹じゃ分かんないよ!」
というノッポの文句に、
「あ、そうか」
反対を向いて、今度は背中側を大きくめくり上げた。
1。
ボスの背番号だ。
背丈のほとんど同じガソリンは、ボスのユニフォームを自身のそれの下に着込んでいたのである。
この試合を、ともに戦おうと。
現在、五回の表。
世の終焉みたいな豪雨のあと、嘘のように雨はやみ、どんよりとした空の下ではあるものの、試合は再開された。
再開されたばかりであるため、得点は中断前と同様0-1のままだ。
ガソリンの打球は、本来ならゴロに打ち取られていたはずで、本当に運が良かった。
転がるボールがぬかるみにとられて速度が落ちて、そのため捕球が遅れ内野安打に繋がったからだ。
内野も外野も基本的にはスリッピーでボールがよく疾るグラウンド状態なのだけど、どうやらそこだけピンポイントで、ぐちゃぐちゃっと泥が盛り上がったようになっていたらしい。
幸運ではあったけど、でもその幸運を呼び込んだのはガソリンの強い気持ち。
負けちゃいられない。
次の打順はわたし。
続かないと。
この好機を、なんとしても生かさないと。
わたしはバッターボックスに入り、ヘルメットを被り直すとバットをぎゅっと握り、構えた。
ピッチャーは素早くサイン交換を終え、そして第一球。
投げた。
外角高めの、カーブだ。
見送った。
ボール。
恐らく外れるかな、と判断したこともあるけど、もともとわたしは、よっぽど甘い球でない限り初球に手を出さないところがある。あえてそうしているわけではなく、性格上そうなってしまうのだ。
第二球。
外角低めのストレート。
これも、わたしは手を出さなかった。
ボール。
見切ったからというよりも、絞ったコースではなかったからなのだけど。結果的には良かった。
「かっ飛ばせえ、お姉ちゃあん!」
ベンチから、フミの声援が飛んできた。
わたしは顔を向けることなく、でも、心の中で頷いていた。
かっ飛ばすとか、そういうタイプではないけど、でも必要ならやってやる、と。
今日は、絶対に勝たなければならないんだから。
ピッチャー、第三球。
投げた。
ど真ん中だ。
いける!
わたしは思い切りバットを振り、ボールを叩いた。
しかし、タイミングをずらされていた。思いのほか球速があったのだ。しかも、しっかり真芯で捉えたつもりが少しだけ下を叩いてしまっていた。
ぼん、と鈍い音とともにボールは後ろに跳ね上がっていた。
キャッチャーは、素早く立ち上がりながら腕を伸ばし、とと、と後ろに下がりながらキャッチした。
ファールフライで、アウトだ……
いや、受け損なっていた。
ぽろり、とこぼれ地に落ちていた。
マスクでよく見えず、しっかり掴みきれなかったのだろう。
助かった。
わたしはなるべく表情に出さないようにしながらも、ほっと胸を撫で下ろしていた。
現在ノーアウト一塁なのだ。ここであっさり打ち取られるくらいなら、最初から素直に二塁に送っておけばいい。ピッチャーに精神的な揺さ振りをかけるためにあえてそれをしないという作戦が、無駄になってしまうところだった。
第四球目、高目のスライダー。
ボール球かとも思ったが、つい手を出してしまう。
打球は横へ逸れた。一塁側へのファールだ。
打ち取られるよりはいいけど、でもカウントは追い込まれてしまった。
第五球。
ストレート、真ん中低めだ。
わたしはバットを振り掛けたが、直後、直感が全身にブレーキを掛けていた。
すとんと落ちたボールが、ワンバウンドでキャッチャーミットへ。
球審は、一塁審へとスイングの確認を取る。
バットは回っていないとの判定。これでツースリー、フルカウントになった。
「へいへい、ピッチャー焦ってるよお」
一塁のガソリンがピッチャーをからかう。もともと大きくリードしていたのだけど、そのリードがさらに大きくなった。
その瞬間、ピッチャーは一塁へ素早い牽制球。
でもガソリンはまったく動ぜず慌てず、余裕綽々といった表情で戻る。
バカにしたようにまたまた大きなリードを取るガソリンに、ピッチャーは再び牽制。
リードの目的が二塁へ近づくことではなく、ピッチャーをからかい、動揺させ、わたしのバッティングを援護するためにあるのだろう。彼女の意識は一塁にこそあり、簡単に牽制球で仕留められるものではなかった。
本当に動揺しているかどうかは分からないけど、おかげでピッチャーが次に投げる球について、ある程度絞ることが出来た。
あとは、運だ。
でも絶対に、その運を、掴み取ってやる。
わたしはそう心に強く念じながら、バットを構えた。
ピッチャーは、素早くセットモーションに入り、
投げた。
予想通りだ。
ガソリンのリードを警戒しての、速球。
このピッチャーは、こうしたボールを投げる際、必ず内角高めになる。
わたしにとって得意なコースではないけれど、でも、自分を信じ、これまでみんなと練習してきたことを信じ、ぎゅっと握ったバットを思い切り振り抜いていた。
びっと、手に電撃が走り抜けた。ジャストミートの手応えだ。
空気とゴムの反発する鈍い音。感じた手応えに、反射的にバットを捨て走り出していた。
ボールは地を疾るようにするする転がって、一二塁間を…………抜けた!
ヒットはほぼ確実だろうが、とにかくわたしはガムシャラ全力で走る。
横目に、ガソリンの姿が映る。
一瞬前まで一塁にいたガソリンは、大きくリードを取っていたことと、アキレスに次ぐ俊足とで、ぐんぐんと地を蹴って三塁へ。
やった。
と思っていたら、なんと三塁をも蹴っていた。
無茶でしょう!
「ストップストップ!」
というコタローコーチの叫びを無視し、ガソリンは走り続ける。
真っ直ぐホームを目掛けて、雄叫びを上げながら、腕を振り、全速力で。
その先にあるものを信じ、ガソリンは走る。
ボールを拾ったレフトは、すぐさまバックホーム。セカンドを中継して、素早く本塁へ。
キャッチャーミットにバズッとボールが飛び込むのと、ガソリンがホームベースを踏むのはほとんど同時だった。
ほんのわずかだけど、送球の方が早かった。
だけど……
「セーフ!」
球審の叫び声。
タイミングとしては完全に刺されていた。
でも送球が少し逸れたために、キャッチャーの足が少しだけベースから離れてしまっていたのだ。
我ら杉戸ブラックデスデビルズが、練習試合を含む対外試合でついに初めての得点を上げた瞬間であった。
初得点、そして先制されたこの試合を振り出しに戻したことに、ベンチは立ち上がりどっと爆発した。
進塁中のわたしも、心の中で大喜びしながら、二塁ベース目掛け全力疾走していた。
慌てて二塁へと送球するキャッチャーであるが、わたしは悠々セーフ。当たりとしては単なるヒットだったけど、ガソリンのおかげで二塁打だ。
わたしはヘルメットを脱いでふうと息を吐くと、再びかぶり、俯きながら小さくガッツポーズを作った。
チームとして初のホーム生還を果たしたガソリンであるが、仲間たちにぐるり取り囲まれ、頭や背中をばしばし叩かれ、髪の毛をもみくちゃにされ、そして……
泣いていた。
こらえようとしているのか天を見上げながら、でも全然こらえることが出来ず涙をぼろぼろこぼしながら、うわああああんとまるで幼児のように大口を開けて泣いていた。
見ていたわたしも思わずうっと詰まりそうになったけど、なんとかこらえ、じわり熱くなる目頭をそっと指で押さえた。
「ピッチャー交代!」
レッドクロウズの監督の声が、びりびりっと空気を震わせた。
同時に、わたしの心の中にもびりびりと緊張が走っていた。
待っていた瞬間が訪れたわけであるが、でもその緊張は、まるで予期していないものだった。
エースを引っ張り出せれば、それは向こうが焦っていることの証明になり、わたしたちの自信に繋がる。そう思って頑張り続けてきていたのだけど、いざそうなってみると、全然自信なんか沸いてこなかった。
村上先生にお願いして速球を打つ特訓を続け、速球に食らいつく能力は格段に向上しているはずと思っていたけど、いざこれからその攻略すべき剛速球ピッチャーが出てくるとなると、そんな自信はガラス細工よりも脆いものであることを気づかされるだけだった。
これから対峙するアキレスやバースのバッティングを信じないわけではないけれど。
間違いなく、相手も苦しんでいるからこその、この選手交代。そのように追い詰めたのは自分たち。それは、分かっているのだけど……自信を持っていいんだと……
でも……
わたしはぶんぶんと首を横に振った。
考えても仕方のないことを考えるな。
自分を、仲間を、普段の練習を信じ、諦めず、全力で相手にぶつかる。それしか、わたしたちに出来ることなんかないじゃないか。それしかないということならば、なにも迷う必要なんかないじゃないか。
そうだ。どんな強敵であろうとも、必死に食らいつき最後まで諦めない。それがボスの作った野球チーム、杉戸ブラックデスデビルズなのだから。
5
「お手柔らかにお願いしまあす!」
アキレスがいつもの調子でバッターボックスに立った。
あまりにいつも通り過ぎて、むしろその放つ緊張の凄まじさに、わたしまでぶるっと身震いした。
必死に自分と戦い、平常心でいようとしているんだ。アキレスも。
「アキレス、リラックスリラックス!」
ベンチから、ドンの声。
アキレスは応えようと、ガチガチに引き攣った笑みを浮かべた。
五回の表にしてついに投入されたエースピッチャーであるが、マウンドに立つと投球練習を開始した。
ずばん、ずばん、と鼓膜どころか身体まで震えるような低い音を立てて、ボールがキャッチャーミットに突き刺さる。
間近で見ているアキレスは、その迫力に呆然としてしまっている。
わたしは二塁の位置から見ているのだけど、確かに、とんでもなく速く、重たく感じる。
相手が遥か格上なのは分かるけど、でも、わたしたちだって、あんなに特訓をしたというのに。
これが実戦の気迫というものなのだろうか。
それとも村上先生、実は徐々に手を抜いていた? わたしたちに自信をつけさせるために。
もしそうなら完全逆効果。むしろ自信をなくしてしまうところだ。
いやいや、バッティングセンターにも通って、一番速い球で何度も何度も練習したんだ。わたしたちの実力が成長していることに、疑いの余地はないはずだ。
単に、わたしたちの捉え方の問題。
強豪を相手に、男子を相手に、勝手に恐れてしまっているだけなんだ。
……なんのために、あんな必死に練習をしたんだ。
ここでぶるぶる震えて、試合が終わるのをじっと待つため?
とりあえず頑張るだけ頑張ってみて、負けたけど良い勝負でしたと自己満足するため?
違うだろう。
満足なんかいらない。
良い勝負でなんかなくてもいい。
勝つために、
そう、わたしたちは、勝つために、ここへ来たんだ。
結果を手に入れる、そのためだけに、ここへ来たんだ。
ただでさえ大きな大きなハンデがあるというのに、怖気づいていて結果が手に入ってたまるか。
「アキレス! 気持ちで負けるなあ!」
わたしは、二塁から叫んでいた。
バッターボックスで震えているアキレスへと。
このような怒鳴り声にも似た大声をわたしが張り上げることは珍しく、アキレスはしばらくぽかーんとしてしまっていたけれど、やがて拳を握り締めた右腕を高く上げて、無言で応えた。
ゆっくりと、バットを構えた。
ピッチャー、アキレスへの第一球。
ど真ん中、ストレート。
コース、球種だけなら、完全に甘い球。アキレスは見逃さず、初球から思い切り振った。
「ストライク!」
空振りであった。
しかもタイミングがワンテンポ遅れていた。
あまりの球速に、完全に狂わされたのだ。
「よく見て! 打てる打てる! 相手焦ってるよー! 小四の女に打たれたらどうしようって、焦ってるよお!」
ベンチから、ガソリンの声が飛ぶ。
その言葉が動揺を誘った、というわけではないのだろうけど、次の球は、低すぎてボールになった。振らせるような球にも思えなかったから、単なるコントロールミスのようだ。
第三球、外角低めのストレート。
ぶうん、と大きな空振り。
またもやタイミングが大きくずれていた。
やっぱり、打つのは簡単ではないのか。上手く当てたとしても飛ぶかどうか分からないのに、そもそもかすりもしない。
アキレスは、チームの中でも一番ミートが上手なはずなのに。
剛速球とはいえ、練習で投げてくれた村上先生よりかは遅いはずなのに。
やはり、真剣勝負の場は違うということか。
でも、気後れする必要はどこにもない。
ここまで、相手が闘志を燃やしているということだ。
ここまで、相手が本気ということだ。
わたしたちが、本気にさせたということだ。
だから、自信を持て。
アキレスを、仲間たちを、信じろ。高路君江……いや、コオロギ!
本当はここまで冷静ではない。でも、そんな言葉を胸に何度もとなえることで、わたしは冷静であろうと努めた。
繰り返すうちに、若干ながらも心の余裕が生じたのだろうか。不意に一か八かの勝負を思いつき、仕掛けてみる気になっていた。
「アキレス!」
わたしは二塁ベース上から、バッターボックスに立つアキレスへとサインを送った。
アキレスは両手を上げて万歳の仕草。本当は、オーケーの意を示すサインもちゃんとあるのだけど、アキレスはわざとそうおどけてみせることで、自分を少しでもリラックスさせようとしているのだ。その必死さが、健気さが、なんとも心地好く、嬉しかった。
わたしは二塁ベースからずるずると離れて、大きくリードを取る。その瞬間、
牽制だ!
ピッチャーがくるり振り返った刹那、電光石火の勢いで放たれたボールが、セカンドのグローブに突き刺さっていた。
だけど同時にわたしは、頭から二塁ベースに飛び込んでいた。
「セーフ」
危なかった。リードを取るリズムの逆を突かれていたら、間違いなく刺されていた。
と、もう一度牽制がくる。
わたしはまた素早く二塁へと飛び込んだ。
分かっていても紙一重というタイミングだったけれど、それでもまたわたしは同じくらい大きなリードを取った。
ピッチャーは、バットをぶんぶん振って打つ気満々といったムードを漂わせているアキレスへ、第四球目を投げた。
手からリリースされるその瞬間、わたしは走り出していた。
同じくリリースされた瞬間、アキレスはバットの持ち方を変え水平に寝かせていた。バントの構えである。
球種がストレートではなくスライダーなのは意外だったけど、アキレスは緊張などどこ吹く風でここ一番の集中力を見せ、しっかり食らいついた。腕をぐっと伸ばして、バットの先端で、当てた。
ぼんと軽く跳ね上がって、落ち、転がる。
既にアキレスは、バットを投げ捨て走り出していた。
わたしも、全力で三塁へと向かう。
先ほどアキレスへ出したサインの指示は、セーフティーバント。ツーストライクの追い込まれた状況からだったけど、よく当ててくれた。
キャッチャーは素早く前へ飛び出してボールを拾うと、三塁は間に合わないと判断した監督の「ファーストファースト!」という声に、一塁へと投げた。
相手も驚くような快足を見せるアキレスではあったけど、残念ながらタッチの差で送球の方が早かった。
あと一歩、アキレスの足が早く出ていれば。
キャッチャーの反応が、あと一瞬だけ遅れていれば。
もしもアキレスが左打ちだったら。
そのどれか一つでも、現実になっていれば。
ほんの少しだけ、運が足りなかった。
いや……そんなことは、ないか。
アキレスに送られて、わたしはこうして三塁にいる。
ワンアウト、三塁。
もの凄い重圧の中で、一打逆転という大チャンスをこうして作ってくれたのだから。それで充分だ。
次はバースの打順。
頼むよ。
わたしはぎゅっと拳を握った。
6
バッターボックスに立ち、バットを構えるバース。無口ではあるがいつもにこやかな顔をしている彼女だけど、さすがに今は表情が硬い。
硬いのは顔だけでなく心技体すべてのようで、いざピッチャーが投げ始めると、空振り、空振り、と二球で見るも簡単に追い込まれてしまった。
エースの登場に硬くなるのも分かるけど、硬くなりすぎだ。
第三球目は、ボール。
一瞬振りかけたけど、止めた。
第四球目、ストレートど真ん中を空振り。
結局、三振か……
いや、
「ファールボール!」
という球審の判定。どうやらバットにかすっていたようだ。
助かった。
まさに九死に一生。わたしは、ほっと安堵の息を吐いて胸を押さえた。
第五球目、ファール。
第六球目、ファール。高く舞い上がり一塁ベンチ近くに落ちるが、追うファーストのわずか先でぽとりと落ちた。またまた、助かった。
第七球目、低め、ボール。
第八球目、ファール。
第九球目、ファール。
最初の二球こそ大きく空振りしてしまっていたバースだけど、その後はしっかり見てスイングすることが出来るようになってきていた。しかも、段々とタイミングも合ってきている。
ピッチャーの方も、少しムキになっているのかも知れない。
女子相手に追い詰められて、変化球で空振りを誘って勝っても恥ずかしいだけだから、と。
でもそれだけではない。
やっぱり、わたしたちの練習は間違っていなかったんだ。
ストレートしか投げないと分かっていたってあんな剛速球、もしも特訓していなかったらとても目で追えなかっただろう。
ピッチャーは、セットモーションに入った。第十球目を、投げた。
ストレート、ど真ん中。
どれだけの力を肩に込めたのか、これまでにない剛速球。
しかし……
捉えていた。
バースのスイングが、ついに、完璧に。
ゴムの反発する鈍い音がしたその瞬間には、ボールは遥か空へと吸い込まれていた。
まさかホームラン? と思わせる凄い当たり。
でも期待感高揚感は、一瞬にして落胆に変わる。
上空の風に押し戻されて、急速に落下を始めたのだ。
追い風ならもしかしたら本当にホームランだったかも知れないし、そうでないとしても犠牲フライで得点出来たかも知れないのに……
この程度の飛距離では……
そして、わたし程度の足の速さでは……
わたしは、きゅっと唇を噛んだ。
アキレスやガソリンほどの足の速さがあれば、ここで勝負が出来たのに。
レフトが前進しながら両手を上げ、フライをキャッチした。
その直後の、自分の行動、後から考えても理解出来ないものだった。
わたしは、走り出していたのである。
誰かの声が聞こえたような気がして、背中を押されたような気がして、気がつけば、三塁を蹴っていたのである。
「ちょっと!」
「コオロギ!」
「無茶だよお!」
仲間たちの、悲鳴にも似た絶叫。
「バックホームバックホーム!」
「余裕余裕! 落ち着いて投げろ!」
相手側の、監督や仲間たちの声。
周囲の方がわたしより状況は見えているわけで、つまりはどう考えてもわたしの行動は軽率で、無茶であり無謀だったのだろう。
でも、もうこんなチャンスはないかも知れない。
点を、取らなければ。
行かなければ。
前へ進まなければ。
そうだ。
勝つために。
みんなで、笑うために。
だから、
お願い、
ボス……わたしに、力を貸して!
心の中で絶叫を上げたその瞬間、わたしの身体は真っ白な、暖かく柔らかい光に包まれていた。
それは単なる錯覚だったのかも知れない。
いや、間違いなくそうだろう。でも間違いなく、わたしは光の中を、走っていた。
一際眩しく、激しく輝いている場所をめざして。
走っていた。
気がつけば、叫んでいた。
言葉にならない、声にもならない声を、叫んでいた。
そして、そこが硬い地面であることなどなにも考えずに、頭から飛び込んでいた。
どうっ、と胸を激しく打ち付けるが、痛みを押し殺し、歯を食いしばって、ぬかるんだ土の上を滑った。
なにかに、顔や肩がガチッとぶつかって、わたしの身体は静止した。
まるで時が止まったかのように、周囲は静まり返っていた。
白い光の中にいたような気がしていたけれど、ふと気づくと、わたしの顔のすぐ前に、なにかが見えた。
防具のようなもの。
キャッチャーが、ホームベースをブロックしているのだ。その足が見えていたのだ。
……アウト?
やっぱり、間に合わなかった?
実力にないことをしようとして、わたし、仲間に迷惑をかけてしまった……
指先に、なにか硬いものの感触を覚え、わたしは、自分の腕の、その先を見る。
驚きに、目を見開いていた。
わたしの手が、
指先が、
触れているものは……
「セエーーフ!」
球審の叫び声に、見守っていた仲間たちがまるで火山の噴火のようにどどんと爆発した。
わたしは信じられない気持ちで、ゆっくりと立ち上がった。
肩を組んで喜ぶ仲間たちを呆然と眺めていたわたしは、続いてゆっくりとスコアボードへ視線を向けた。
塁審はボードへ近寄ると、七回の表のスコアである1を消して、2とチョークで書き換えた。
わたしはヘルメットを脱いで、天を見上げた。
どんよりと曇った、黒い空を。
全然、実感が沸かない。
ガソリンがホームインした時には、わたしは必死で進塁中であったに関わらずあんなに喜んでいたというのに。
自分がホームを踏んだのに、全然、そんな実感は沸かなかった。
でも、間違いない。
わたしの実感なんか、どうでもいい。
大切なのは事実。
ついに、わたしたちは逆転を果たしたのだ。
7
フミは自身最高といって過言でない素晴らしい反応を見せたが、打球の鋭さ激しさ、そして気迫がそれを遥かに上回っていた。
つまりは、横っ飛びするフミのグローブの先を弾いて、ボールが抜けたのである。
アキレスが前へ走りながら拾うが、もう遅い。バッターは一塁へ。そして、一塁ランナーは二塁へ。
「ごめんなさい!」
フミは申し訳なさそうというよりは悔しそうな表情で、地面に両拳を叩きつけた。
「フミ、ドンマイドンマイ! いまのはうちがフミでも捕れなかったよ」
アキレスは笑顔で、同じ四年生であるフミの肩を叩き、慰め、持ち場へ戻った。
「みんなあ、負けんなあ!」
「あと二回!」
「守り切れよお!」
土手の斜面に、三十人ほどの男女がおり、必死に叫び声を上げている。こちらへと、声援を送っている。
わたしたちの小学校の、生徒たち。
全員の顔を知っているわけではないけれど、おそらく半数以上がボスのクラスだ。
彼らはつい先ほど、七回表のわたしたちの攻撃中に、ぞろぞろと自転車でやってきた。
わたしたちが、入院しているボスのために試合を頑張っている、と誰からか聞いて、先生に率いられるわけでなく自発的に応援に駆け付けてくれたらしい。
中には、よくボスと喧嘩していた相澤健太の姿もあった。
頼もしい援軍の登場にチームのみんなは喜んだ。サテツやドンなんか、瞳を潤ませるくらいに感動していた。でも、残念ながらそれでわたしたちの実力が向上するものでもなかった。チャンスらしいチャンスをこれっぽっちすらも作れずに、外野フライ三連続で七回の表は終了した。
強いて良いところをあげるのならば、一人も三振しなかったということくらいか。そこは、自分たちを認めていいところだ。
でも、やはりあの二得点は単なる偶然であったのだと落ち込む気持ちを、どうしても抑えることは出来なかった。
その落ち込みが原因ではないのだろうけど、この七回の裏、先ほど述べたようにフミの必死の頑張りを嘲笑うようなヒットによって、ノーアウト一塁二塁というピンチを向かえることになったのである。
この程度のピンチは、もうこの試合だけで何度も向かえている。でもこれまでと、今とでは、同じ状況であってもその重みが格段に違っていた。
一つに、打順が何巡もしたことで、既にフロッグの投げる球に相手はみな慣れてきている。向こうはしっかりしたチームであり大人の監督とコーチがおり、選手に的確な助言を与えているということ。
次に、終盤で追い掛ける展開ということで、相手の方こそ追い詰められて必死であるということ。
さらには、必死にボールを追い掛け続けたわたしたちの肉体的な疲労。
これらにより相対的に相手の攻撃は怒涛の迫力となり、弱小のわたしたちがこのまま逃げ切り勝利を掴もうとするためにはかつて発揮したこともないほどの集中力を発揮し、保ち続けねばならず、そのための精神的な疲労。
わたしたちの体力や気力は、限界に近かった。いや、既に限界を超えているかも知れない。
それも当然だろう。試合慣れをしていないわたしたちが、(必勝の信念で練習に臨み、勝負に臨んでいるとはいえ)こんなところにまで来てしまったのだから。強豪男子チーム相手に、一失点で終盤を迎えているという。
ここまででも、充分に快挙だ。
快挙の代償は、予想しえないほどの体力と精神力の消耗。
みな、息を切らせている。
肩で大きく呼吸している。
立っているのがやっとという状態。いま誰かが倒れても、まったく不思議ではない。
野手ですらそうなのだ。
守備の主役、ピッチャーのフロッグがどんなであるか、想像にかたくないというものだ。既に、過度に膨張しきった頬っぺは破裂して、顔どころか全身の空気が抜けたように萎んでしまっていた。
繰り返すけど、わたしたちナインは、もう限界だった。
でも、戦わないわけにはいかなかった。
体力が尽きようと、気力が尽きようと。いや、例えこの身が砕けようとも。
それしか、わたしたちに出来ることはないのだから。
一球一球に集中し、食らいつくことしか。
その集中を保つためにも、まずは絶対に、この七回を押さえることだ。
このピンチを切り抜けさえすれば、残るイニングはあと一つ。きっと、あらたな気力が、わたしたちに生まれる。
か、どうかは分からないけど、そう信じて、頑張るしかない。
マウンド上のフロッグは、ドンのサインに何度目かで頷くと、ゆっくりと腕を背後に回し、腰を屈め、ボールを投げた。地面ぎりぎりの、下から放り上げるようなリリースポイントで。
外角高め。
この投球の軌道にもすっかり慣れ、なおかつ絞っていたコースであったのだろう。バッターは躊躇わずにぶんと大きくバットを回した。
ぼうっ、とゴムの反発する、鈍い音。
完全に、合わせられた? いや、助かった、ライト方向へのファールボールだ。
これは運が良かったというべきか、それともフロッグにまだ余力が残っておりつまり彼女の実力によるものなのか、わたしにはもうよく分からない。
フロッグが自分の限界を超えるピッチングをしていることは、絶対に間違いのないことだけど。
疲労の色を浮かべたまま、バッターにそれを隠す余力もなく、フロッグは次の投球に入った。
ど真ん中。全然変化をしない、誰にでも分かる甘い球。当然バッターは、再び思い切りバットを振り抜いた。
鈍い音がして、ボールはワンバウンド、フロッグの左を抜けて、転がった。
軽いリードを取っていた一塁二塁それぞれのランナーは、チャンスに全力で走り出した。
向こう側ベンチから、どっと喚声が上がった。
転がる打球は、ファーストのサテツが横っ飛びでキャッチしようとするが、わずか届かずグローブの先に当てて弾いてしまう。
ヒット? 無死満塁?
だけど、ここでサテツが信じられないような意地を見せた。倒れ込みながらも腕を地面に叩きつけて、その勢いで前へ推進して、自分の弾いてしまったボールへと一瞬にして飛び込んだのだ。
「こっちへ!」
セカンドであるわたしは、サテツへと走り寄りながら、サテツが放り投げたボールを受け取った。
でも、このまま一塁に走って行っても、もう間に合わない。サテツの頑張りは、これ以上進塁をさせないというだけだった。
いや……
フロッグが、一塁へと、飛び込んでいた。ふらふらした足取りながら、全力で、カバーに入っていた。
わたしは、投げた。
フロッグを信じて、強く、速く。
ボールは、一塁ベースへと倒れ込みながら腕を高く上げたフロッグのグローブの中に、ばすっと音を立ておさまっていた。
「アウト!」
一塁審の声が響く。
地面に肩を打ち付け激痛に顔をしかめるフロッグであったが、もうその瞬間には立ち上がっていた。
ホームへと、アンダースローではあるが勢いのあるボールを送っていた。
「戻れ戻れ!」
三塁を蹴ってホームへと向かっていたランナーは、監督の怒鳴り声に、慌てて踵を返し、戻った。
こうしてわたしたちは、なんとか失点せずバッターを打ち取って、アウトを一つ得ることが出来た。
でも、打ち取ったといえるのかどうか。一つずつ進塁されて、二塁三塁。アウトを一つ取ったとはいえ、より厳しい状況になってしまった。
次にヒットを打たれたら、ほぼ間違いなく失点だ。
もしここで失点してしまったら……
きっとわたしたちは、がくりと落ち込むだろう。張り詰めていた精神の糸が、ぷつりと切れるだろう。
同点であっても、きっとそうなる。ましてや逆転されたらなんて……想像もしたくない。
なら、想像するな!
わたしは、自分の弱気を叱咤していた。
真面目に試合をする気がないのなら、だったら最初から大会になんか参加せず、病院のボスのところへ行っておけばよかっただろう。
みんなにあんなかっこつけた台詞を吐いて、この試合に出たのだというのに、それでちょっと追い詰められたくらいで勝手に弱気になったりして、恥ずかしくないのか。
みんな限界を超えて、それでもなお弱音を吐かず頑張っているというのに。
負けてはいられない……
みんなに、負けていられない。
そうだ。
勝つんだ。
チーム全員で、頑張って、勝利を掴むんだ。
だから、この回はなにがなんでも守らないと。
勝利のために、あとアウト五つ。
たったの、それだけなんだ。
だから……
8
「頼むよ、フロッグ」
わたしは、呟くように、低く抑えたような声を発していた。
その声を受けてか分からないけど、フロッグの動きがぴたりと止まった。こちらからは、背中しか見えていないけど、なんだか考え込んでいるようだった。
やがて、くるりと振り向いて、わたしの顔を見た。
「もし失敗したら、ごめん」
え……
失敗って、なにが?
生じた疑問を、口にしかけた時には、もうフロッグは前へと向き直っていた。
またもや考え込むように立っていたフロッグであるが、やがて、ぎゅっとボールを握ると、ゆっくりと投球モーションに入った。
軽く屈みながら、背後へとボールを持った右腕を回し、そして身体を前へ倒すように傾けながら、地面すれすれのところに手を這わせ、打ち上げるように、リリース。
わたしが自分の目を疑ったのは、次の瞬間だった。
バッターは大きく空振りし、キャッチャーのドンは受け損ない、マスクにがんとぶつかった。
なんだ、いまの?
なにが起きた?
これまでと同じ感じに投げたように見えたのに、でも、全然ボールが落ちなかった。
アンダースローは速度も出ないから、放り上げるもののバッター手前ですとんと落ちる。そういったものだと思っていたのに。実際、これまでフロッグの投球もそうだったのに。
いや、確かに落ちてはいる。
でも、これまでの投球に比べると、まったく落ちていない。まるで、オーバースローで速球を投げたかのようだ。
実際に受けてみないと分からないけど、バッターからはぐんと浮き上がって見えたのではないだろうか。
わたしの目の錯覚ではないようだ。
相手のバッターも監督も、わたしの仲間たちも、みんなぽかんとしてしまっている。
フロッグ、なにを……したの?。
唖然として立ち尽くすわたしに背を向けたまま、彼女は黙々と、次の投球モーションに入った。
投げた。
また、あのボールだ。
バッターは必死にバットを振り、なんとか当てたが、当てただけ。ファールボールがバックネットを叩いた。
次は、外角へ遠く外した。それほど大きく外したわけではないけど、バッターは誘いに乗らなかった。
次の投球は、初回からずっと見せてきた、ふわんと落ちる球。バッターは感覚を狂わされたのか、ボールからかなり離れたところを思い切り叩こうとしてしまい、勢い余ってくるり一回転。
「バッターアウト!」
球審の叫び声がなければ、わたしたちは呆気に取られたままだったかも知れない。
三振だ。
これで、あと一人で七回が終了する。
「フロッグ……いまの球は、なんなの?」
ガソリンが、わたしたちの疑問を代表して尋ねた。
「変化しない変化球。一人で練習していたら、たまたまこんなボールがあるんだって気づいて……。アンダーって速度が出ないから、球種を増やそうと思ってよく練習していたんだ。まだまだだから、上手くいくかは賭けになってしまうし、いざという時までは使いたくなかったんだけど」
フロッグは照れたように鼻の頭をかき、笑った。
帽子のつばを掴んで下へ向け、恥ずかしそうな自分の顔を隠した。
「充分に、いざという時だよ。いきなり本番で投げられるなんて、凄い……」
褒めて乗せようとか、そういったつもりは毛頭なく、わたしは素直に感動してしまっていた。その思いが、無意識に言葉に出ていた。
初めて会った時は、学校が違うからとはいえボスの後ろに隠れてしまう気弱なところがあったけど……打たれ始めると止まらないところがあったけど……現在のフロッグは、精神的に格段の成長を見せている。
本当に、ここまで頼りになるピッチャーはいない。
異論は認めない。体力的にハンデのある女子だというのに、男子相手に実際ここまでたった一失点しかしていないのだから。
相手は強豪チームであり、フロッグの投げるボールは既に対策されてしまっていたけど、この終盤にて加わった新たなボール、遥か遠くにしか見えなかった希望が、ぐっと大きく膨らんだ。
さすがは、ボスが見つけたピッチャーだ。
種明かしをすると、この不思議な球は、後にジャイロボールと名付けられ、色々な物議を醸し出すことになる、定義の難しい(理論は実証されているが、用語、用法として)、やはり後世においても不思議な球であった。かなり後から知ったことだけど。
特殊かつ厳密な投げ方をすることにより、ボールにバックスピンがかからずに、進行方向へ正回転がかかる。これにより、フロッグのいう変化しない変化が生まれるのだ。
次のバッターにも、フロッグは初球からそれを投げた
疲労からか、緊張からか、コントロールがそれて大きく外れてしまう。
でも驚異を与えることは出来たようだ。次は、なんでもない球を振らせて、見事ストライクを奪った。
緊張と疲労とに倒れそうなフロッグだけど、でもこれで波に乗れるかな。と思ったけど、そう甘くはなかった。
制球定まらずに、二連続でボール球。
カウントワンスリー、と追い込まれてしまった。
もう一度ボール球を投げたら、満塁にされてしまう。
次の投球。手元が狂ったかど真ん中の甘い球。
バッターは、待ってましたとばかり思い切り振った。
バットがボールを捉えた。打球は高く上がって、サテツの遥か上を越える。
ライトのノッポは、落下地点を目掛けて全力で走る。
三塁にいたランナーがホームを踏み、二塁ランナーも三塁を蹴る。
やられた……
追い詰められ甘いコースに投げてしまった結果であるが、でも、ワンバウンドを振らせようとするような、そんな勇気を持てという方が酷というものか。
だけど……
これは、どうしたことだろう。
ふわっ、と、ボールの軌道が微妙に変わっていた。
ファールラインをほんの少し越えたところに、ボールは落ちたのである。
ファールフライ。
上空に吹いている予想も出来ない強風に、ボールが押されたんだ。
助かった。
わたしは、ほっと安堵のため息を吐いた。
神風だとは思わない。だってさっきは、もしかしたらホームランかもというバースの打球が、上空の強い風に戻されてそうはならなかったのだから。これで、帳消しだ。
でも、まだ気は抜けない。一息つくのは、せめてあと一人を打ち取って、七回の裏が終了してからだ。
息が、苦しい。
いつ終わるとも知れないこの重圧に、身体が、精神が、ぺしゃんこに押し潰されそうだ。
そこから逃れようと思ったからなのか、自分でも分からない。
気がつけば、空を見上げていた。
どんよりと濁りきった、灰色の空を。
もう何ヶ月も前に、大雨の中でボスの指揮の元猛特訓したことを思い出していた。
みんな前髪がべったり顔に張り付いて、あえぐように呼吸しようにも雨粒しか入ってこない。
みんなで声を掛け励まし合う中で、サテツだか誰だかがいっていた、なんだか元気の出る、前向きになれる言葉を、今、わたしは思い出していた。
あの時は、真顔でいうサテツがおかしくて、みんなで笑ってしまったけど、今こそその言葉が心に突き刺さる時はなかった。
その言葉を胸に唱えながら、わたしはすっと顔を落とし、前を向いた。
ぐるりと、みんなの顔を見回した。
ドン、サテツ、フロッグ、フミ、ガソリン、バース、アキレス、ノッポ。頼もしい、仲間たちの顔を。
すーっと、わたしは息を吸った。
小さな胸に、限界まで、吸い込んで、一気に、吐き出していた。
「あと四人! しまっていくぞーーーーーっ!」
あの言葉を胸に唱えながら、わたしは叫んでいた。
どんなに暗く雲っていようとも、どんなに激しい大雨であろうとも、雲を突き抜けたその向こうには、かならず青い空が広がっている。
そう信じて。
わたしたちは、ただひたすらに、勝利を求めた。
ただひたすらに、白球を、追い続けたんだ。
9
はあ、はあ、
すっかり、息が切れてしまっていた。
どんなに呼吸をしようにも、熱砂を溶かしたような不快なものしか体内に入ってこない。
肺にまるで酸素が入ってこない。
それでも、わたしたちは、走っていた。
多分いまのわたしたちなら、宇宙の真空状態の中だって走って進むことが出来るだろう。どうでもいい。出来るとか、出来ないとかじゃなく、進まなきゃいけないんだ。行かなきゃいけないんだ。
わたしたちは、病院へと続く道を、走っていた。
ふらふらとした足取りで。
野球のユニフォーム姿のままで。
一人として、声を出す者はいなかった。
余計なお喋りをする者はいなかった。
そんな余力があるのなら、その分を走ることに回して、一分一秒でも早く到着したいからだ。
なおも走り続け、ようやく病院へと到着した。
日曜日であるため、裏にある夜間用の出入口へと回り込む。本当は受付を済まさないといけないのだけど、守衛さんが呼び止めるのも無視して中へ入ってしまう。
守衛さんが追ってこなかったのは、既に顔見知りになっているということと……分かっているからなのだろう。
マラソンを駆け終えたランナーのように、はあ、はあ、と息を切らせながら、わたしたちはエレベーターの扉の前へ立った。
階数表示を見ると、ちょうど扉が閉まって上へ動き始めたところのようだ。呪うべき不運の一つではあるが、誰も文句を口にする元気もなく、示し合わせたかのように一斉に階段へと向かい、上り始める。
鉛のように重たくなっている身体を、体内に残る全力を振り絞って一段づつ押し上げる。
四階へ。
ナースステーション前を通って、通路へと飛び出す。
目指すは、長い長い通路の奥だ。
もう何度も何度もここを訪れているというのに、慣れているはずだというのに、部屋までの通路の長さにこんなにイラついたことはなかった。
はあ、
はあ、
もし転がった方が速いというのなら、躊躇うことなくそうしていただろう。
病室の、扉が開いているのに気がついた。
ふっ、とわたしは小さく呻いた。
様々な思いが内側から胸を突き破りそうになり、それをなんとか押し殺したのだ。そうしなければわたし、ここでへたり込んでしまいそうで。泣き叫んでしまいそうで。
きっとみんな、同じような気持ちでいるのだろう。
なおも、ふらふらとした、いまにも倒れそうな足取りで走り続け、わたしたちはその病室と入った。
入ってすぐのところに、ボスのお父さんが、松葉杖をついて立っている。
その向こうには、病院の先生と、二人の看護婦さん。ベッドを、囲むように……
囲まれ、眠るように目を閉じているのは、わたしたちの、ボス……浜野まどかであった。
完全に肉のそげ落ちた、まるでミイラのような、青い顔。以前とすっかり別人のようだけど、間違いなく、わたしたちのボス。
お医者さんは、突然集団で押しかけたわたしたちの姿に驚いたか一瞬ぽかんとした表情を浮かべたけど、すぐにきりっとした顔に戻る。わたしたちに対しても説明責任を果たそうと思ったのか、ゆっくりと、口を開こうとした。
きっと言葉を選んでくれているのだろうけど、でもそんな話、わたしたちにはどうでもよかった。
わたしたちは、どどっと雪崩のようにベッドへと押し寄せていた。
お医者さんや看護婦さんを、邪魔だとばかりに押し退けて。
話を聞くことなんかよりも、伝えたかったから。一秒でも早く、報告したかったから。
なによりも、それが一番、大切なことだったから。
ガソリンが、大きな口を開けて、ボスの名を叫んでいた。一階から五階、病棟の全室に轟かんばかりの大声で。
みんなも口々に叫ぶ。ボスを呼ぶ。
叫びながら、誰からともなく、両手を突き出していた。
左手でエル、右手で逆エルを作り、くっつけ、ダブリューの字を作っていた。
ウイン。
勝利のポーズを、わたしたちはボスへと送っていた。ボスへと、捧げていた。
笑顔で報告するんだ。みんなでそう誓い合ったのに……いや、確かに笑顔ではあったけれど、こんなに引き攣った、酷い笑顔はなかった。
意味ないじゃないか。
こんな、涙をボロボロこぼしながら、顔をぐしゃぐしゃに歪めた笑顔だなんて。
まるで意味が、ないじゃないか。
それでも、わたしたちには、これしか出来なかった。
とてもはがゆかったけれど、でもこれが、なんの力もないちっぽけなわたしたちに出来る、精一杯のことだった。
その時である。
わたしたちは、見た。
驚きの表情で。
そのためにここへ来たというのに、おかしな話ではあったけれど。
わたしたちの目の前で、ボスが、ゆっくりと、目を開けたのを。
お医者さんたちも驚く中で、うっすらとではあるが、間違いなく目を開き、こちらを見たのである。
朦朧混濁としているはずの意識の中、その瞳にわたしたちを捉え、彼女は、微笑んだのである。
それはとても優しく、柔らかな笑みで……
人って、こんなふうに、笑えるんだ。
こんな純粋な笑顔って、世の中にあるんだ。
忘れない。
わたし、忘れないよ。
絶対に。
その、最高の笑顔を。わたしたちへの、最高のプレゼントを。
例え、なにがあろうとも。
いつしか手を下ろし、
ぎうゅっと拳を握り締め、
ボロボロと涙をこぼしながら、
ぐにゃぐにゃに歪んだ顔で、
わたしは、そう心に誓っていた。
先ほどまでどんよりどんよりした空であったというのに、いつしかからっと晴れ上がり、冬の西陽が窓から差し込んで、わたしたちを暖かく照らしていた。
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