神様のいたフットサル部

かつたけい

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     1
 予選大会の残り三戦は、当初の計画通りに二年生と三年生で難無く突破。
 翌週に静岡県で行われた決勝大会では、一年生から三年生まで全員の力で勝ち進み、佐原南高校は見事優勝を果たして日本一になったということだ。

 ということだなんて他人事のようだけど、仕方がない。
 だってそれらの話は、わたしの生まれるずっとずっと前のことなのだから。

     2
 その時からさらに地球は何十回もの公転を繰り返して、現在は西暦2068年だ。
 綿菓子のように真っ白な雲がぽっかりと浮かぶのどかで爽やかな陽気の中、わたしはうねうねと坂道を上っている。
 勝利坂、などという名前が付けられている坂道らしい。

 ここを上った先に佐原南高校があるのだが、そこは公立高校ながら昔っから女子フットサルの名門である。
 代々の先輩たちは通学バスを使わずにこの坂道を上って足腰を鍛錬したという。創立当初は単なる愛好会で弱小であったが、いつしか勝ちより負けが話題になるほどの強豪に成長した。そんな常勝軍団を作り上げる礎になったということで、勝利坂なのだ。

 行き交う自動車のやたら多い、単なる県道といえばそれまでだが。
 ここはそうへと抜ける近道として有名なため、とにかく交通量が多いのだ。

 勝利坂から見えるのは、過疎の進んだ町並みと牧歌的な田園風景。
 わたしはいま、その佐原南高校へと向かっているところだ。

 紹介が遅れた。
 わたしの名前は、さこみやほう
 今日から佐原南高校へと通うことになる、十五歳の女子だ。

 本当は仕事で海外に行っているお父さんお母さんに代わってふたばあちゃんが入学式に来てくれるはずだったのだけど、急遽それもかなわなくなりこうしてわたし一人で歩いているというわけだ。

 おかげで年寄りに気をつかってバスを使うこともなく、入学初日から勝利坂を上れるわけで、わたしとしては別段気にすることもないのだけど、心配なのは双葉ばあちゃんの方だ。

 先月ひいおばあちゃん、双葉ばあちゃんにとって実のお母さんが亡くなった。
 もうすっかり立ち直ったよと強がっていたのだけど、お墓参りしたことでショックがぶり返したのか突然倒れて寝込んでしまったのだ。

 顔を合わせれば怒鳴り合いの喧嘩ばかりしていたけど、本当は似た者同士の仲の良い二人だったからな。双葉ばあちゃんと、ばあちゃんとは。

 早く立ち直ってくれるといいな、双葉ばあちゃん。
 佐原南の大先輩に、教えて貰いたいことが数え切れないくらいあるし。
 当面はわたし一人で頑張って、不安と希望を切り開いていくしかないけど。

 そうだ、帰りに柚葉さんのお店にでも相談に寄ろうかな。
 ……どうやって友達を作ったのか、とか。

『出来るといいですね、友達』
「ひゃあ」

 ひび割れたようなあからさまに機械的な人工音声が唐突にわたしの左腕から聞こえて来て、わたしはびくりと肩をすくめるように震わせた。
 リストフォンに組み込まれた人工知能の一種であるAP、アシスタントペルソナが喋ったのだ。

「人の心を読むの、やめてください!」

 心の中だけでも恥ずかしいようなことを思ったのに、人に知られていたなんてもっと恥ずかしいじゃないか。人じゃないけど。

『以前に似たような発言をしていた時と心拍の調子が一致していたので予測が出来ただけで、心を読んでなどいないですよ』
「そ、それが読んでるっていうんです」

 わたしは、諦めたようにため息をついた。
 もしかして、わたしのAPだけなのだろうか。人の心に、こうやってずけずけと入ってくるのは。
 特にそのような不満を他の子から聞いたこともないし、きっとそうなのだ。そういうサンプルを、わたしはあてがわれたのだろう。

 などと是非ないことを嘆いている間にも、車道にはたくさんの自動車が行き交っている。
 ほとんどが匝瑳への抜け道として利用している乗用車だが、時折、佐原南の生徒を乗せていると思われるバスも通る。

 大小問わずどの車もみな、すうっとほとんど音もなく通っていく。
 近年発展著しく、すっかりと一般化した水素自動車である。

 あまりにも酷かった大気汚染への対策として政府が力を入れた、一つの回答だ。
 汚染物質を出さない技術だけでなく浄化の技術も飛躍的な発展を遂げている昨今、地球の大気汚染は西暦二〇〇〇年ほどのレベルにまで下がっているという。
 しかしここ数年、気管支系や神経性の病気になる人が急増しているらしく、一説には大気が綺麗になり過ぎたためなどともいわれている。その説の通りであればわたしたちのDNAは汚い大気に順応しているというわけだ。
 世の中、ままならないものである。

     3
 頭上を、すーーーっとゆっくり光が伸びて道を作っていく。
 あと二、三分もすると、この光のレールを宅配用の小型ジャイロが自動運転で飛んでいくのだ。

 光のレールといっても単に住民への注意喚起とカラス除けのものであり、仮になくともジャイロは狂うことなく目的地へ飛ぶのだけれど。

 眼下に田園や利根川の見える牧歌的な眺めの中で、絵の具を塗ったような青い空に綿菓子のような白い雲を見上げていると、自分がタイムスリップで大昔にワープしたような気分になる。

 同じような空を、昔の先輩たちも見上げていたのだろうな、と。
 さすがに宅配ジャイロなんかは飛んでいなかっただろうけど。
 いや、飛んでいたのかな。
 わたしには当たり前過ぎて、いつからの技術なのか考えたこともなかった。

 などと思っていたら、いつの間にか光のレールをジャイロが無音で渡って、もうわたしの視界から消え掛かっている。ジャイロもレールも。

 故障で墜落することなどはないのだろうか。
 などと不安に思うことがある。
 受験勉強期間に学校帰りや塾帰りに遭遇してしまった時なんか、落ちないかどうかハラハラドキドキしながら完全に小さくなって消えるまで見守っていたっけな。

 まあ、科学の進歩というもので、そうそう故障など起こらないか、故障しても事故に繋がりにくいように上手く出来ているのだろうけど。

 科学の進歩といえば最近ニュースで、物質の遠隔転送復元がマウスで成功したなどと聞いた。
 嘘かも知れないけど、本当なら凄いことだよな。ちょっと怖い気もするけど。
 そのような科学の進歩に、
 「こんな時代であろうとも、いや、こんな時代であるからこそ、最後は人と人なのだ」
 などという論調が増えてきているらしい。
 確かにその通りだとわたしも強く思う。

 だというのに、強度な対人コンプレックス。
 本当、自分が嫌になる。

 こんな弱い気持ちだけを、原子転送でどこかに飛ばしてくれないだろうか。マウスと脳を入れ換えられるのは勘弁して欲しいけど。
 「あんたはお母さんの娘なんだから、人が苦手なはずはないよ」
 などとお母さんは、豪快に笑いながらわたしの背中を叩くけど、どんな科学的根拠があるんだ、その言葉に。

 お母さんも、双葉ばあちゃんも、先月亡くなった梨乃ばあちゃんも、みんな若くして結婚し、十九や二十歳で出産を経験しているから、そういった結果が根拠なんだといいたいのかも知れない。でも、わたしにまで当てはめようとしないで欲しい。
 梨乃ばあちゃんは亡くなる前によく病室で、「あたしが死んだら宝香の子供に生まれ変わりたいなあ」なんてしみじみ呟いていたけど、ごめん、それは絶対に無理だ。
 きっと生涯独身だろうから。

 そもそも結婚とか恋愛にまるで興味ないし、わたし。
 でも、この弱気な性格だけは直したいなあ。

『まずはわたしにまで敬語であるところから、なんとかしないといけませんね。わたしたちAPは、単なるアプリケーションなんですから』
「わ、分かってま……じゃなくて、分かってるよ!」

 そう、そんなこと機械なんかにいわれなくたって分かっている。
 だから、佐原南に入学したんだ。

 担任からはもっと上を狙えるといわれたけど、徒歩圏内の学校がいいからと適当なことをいって無理を通したのだ。
 かつてしんどうりようがいたフットサル部に入部するために。
 きっとそこでなら、自分を変えられる。
 変えて見せる。
 そう思って。

     4
 新堂良子は稀に見る天才でありながら天才凡才の枠に捉われない、未来永劫このような人間は二度と地上に現れることはないのではというほどに偉大な女性フットサル選手だ。
 わたしにとって神様といって過言でない。

 神様は、わたしが今日から通う佐原南高校の卒業生なのだ。
 女子フットサル部で主将として率いた七つの大会をすべて全勝優勝するという、とても塗り替えられそうもない大記録を持っている。
 高校在学中に召集されるようになった日本代表でも、高校卒業後に所属したFWリーグでも、彼女の出場した試合はほとんど負けていない。

 神様の凄いところは、そういった記録の面だけではない。
 とても温厚で、優しくて、礼儀正しく、常に相手を敬うことを忘れず、試合の後にはほとんどの人と仲良くなってしまう。
 ピッチの内外問わず、人間として最高の女性だったらしい。

 それ故に、ということなのだろうか。
 短い生涯を終えることになったのは。

 見ず知らずの子供を守るために暴走自動車の前へ飛び出し、子供を突き飛ばして助け、自らは二十七歳という若さで命の花を散らすことになったのだ。
 運転手は二十歳くらいの若者で、暴走の理由は単に運転しながらネットに夢中になっていたということ。
 減速した形跡は微塵もなく、新堂良子は即死であっただろうといわれている。

 長らく行方不明であった母親の居場所をようやく探し出し、会えることになったその前日の出来事だったらしい。

 わたしが新堂良子という女性を知ったのは三年ほど前。偉人発見伝というテレビ番組で彼女の特集をしていたのをたまたま観たのだ。
 始めは床にごろんと寝そべってお菓子をつまみながらなんとなく見ていただけだったけど、彼女が高校時代を過ごしたのがとり市であったというところから引き込まれ、番組終了する頃にはすっかり正座姿勢で、涙をボロボロこぼしながら観ていた。

 感受性が並以上の者なら誰だって泣くだろう。
 現実の無情があまりにも切な過ぎて、悲し過ぎて。

     5
 そんな偉人がこの香取市に住んでいたのだと知って誇らしくなったわたしは、なにかもっと彼女を知る材料はないものかと調べた。
 ネットで得られる情報だけではあきたらず、プロ選手時代に出したという自伝書を探した。
 紙の本しかなかった。色あせた、相当古いものではあったが、ネットの古本屋で入手することが出来た。

 生まれて初めて手にした紙の本という珍しさも手伝って、夢中になって読んだ。
 読めば読むほど、フットサル選手としてよりもまず人間性にみせられた。
 こんな人間になりたいと思った。
 現在でも愛読書。
 人生の手本となる書だ。

 しんどうりようへの憧れを強くするのに比例して、わたしもいつか佐原南に入って、わたしだけの成層圏同盟を作るんだという思いも強まっていった。
 ちょっと子供っぽいかなとも思いながら、でも、真剣だった。

 いつだったか、自伝書をすっかり読み尽くし、さすがにわたしの中の新堂良子熱も少し冷めていたある日、わたしはなんとなく香取市の偉人の存在をもったいぶりながら家族に話してみた。

 びっくり仰天、青天の霹靂、犬が西向きゃ、あ、いやいや最後のは関係ないか、とにかくそんな言葉では到底いいあらわせないくらいの衝撃をわたしは受けたのだった。
 なんと双葉ばあちゃんが佐原南の卒業生で、新堂良子とは同期、それどころか親友だったというのだから。

 さらに驚くことが一つ。
 自伝書の中に「成層圏同盟」という章があるのだが、双葉ばあちゃんがその成層圏同盟の一人だったというのだ。

 わたしの新堂良子熱、復活!

 暇さえあれば双葉ばあちゃんから話をせがみ、聞き出した。ばあちゃんの身体がカラカラに干からびてしまうくらいに、毎日のように思い出話を吸い取り続けた。

 わたしのフットサル熱も新堂良子熱に比例して高くなり、気持ちのベクトルこそ違えども初めて蹴った幼少の頃に戻っているといってよかった。
 生来の気の弱さからあまり仲間に溶け込めずに、一人でボールを蹴ることを好んでいたのだけど、内心ではみんなと仲良くボールを蹴りたい、フットサルを通して友人を作りたい、という欲求が芽生え、日に日に大きく育っていった。
 「通して作る」もなにも、通していない友達すら、わたしには一人もいなかったけれど。

 話し掛けてきてくれる子はいるのだけれど、それ以上の関係になることをわたしが拒んでしまうのだ。
 そういうつもりは毛頭ないのだけれど、口を閉じてもじもじしている間に、相手は無視されてといるとでも思うのか、ぷいっとどこかへ行ってしまうのだ。

『友達を作る前に、まずは人と話せるようにならないとですね』
「分かってま……分かってるよ!」

 もうやだ、このAP。やっぱり心を読んでいるよ。
 それとも実はわたし、独り言いってる? お母さんや、双葉ばあちゃんや、梨乃ばあちゃんみたいに。

 でも、仮にそうであっても独り言にいちいち食いついてこないで欲しいなあ。

 あと最低でも二年間、サンプルデータ取得のためにこのAPを使い続けないとならない。気が滅入るな。
 校内や敷地内では音声出力は自動的にオフになって、APからの発信は振動と文字表示のみになるから、その点は救いだけど。

 でもAPのいう通り、まずは人と話せるようにならないとだな。
 フットサルに本腰を入れたいと思っているのなら、なおさらだ。
 やっぱり、仲間に対してまるでコミュニケーションを取ろうとしないのはよくないからな。

 好きでやっているわけではないとはいえ、そんなんじゃどんなに一人で練習して腕を上げたところで試合に使ってもらえないだろうし。
 中学の時のように。
 公式戦に一度も出してもらえないどころか、紅白戦すら出してもらえないことがほとんどだったからな。
 まあ、単に実力不足ということだったんだろうけど。

『いえ、データ上では技術はおおむねトップクラスでした』
「わたしなんかが? そんなはずない」

 下手の横好き、きっとそんなレベルだ。
 トップだなんて、とんでもない。

『本人がどう思うか、他人の目にどう映るのか、そうした印象と、データは別なのでしょうね。でもデータが現実です。俊敏性、シュート精度、奪取成功率、キープ率、二年生の時から引退まで、すべてトップです。唯一パス精度だけ、ほんさんにトップを譲っていますが僅差です』

 なんで知っているんだ、そんなこと。
 その頃にはまだAPはリストフォンにインストールされてなかったくせに、一体どこからそんなデータを引っ張ってきたんだ。
 でも、実感ないな。いきなりそんなこといわれても。
 わたしをからかっているんじゃないだろうか、このAP。

『そのようなことをして、わたしになにかメリットがありますか? 佐原南に入って、自分を変えるのではないのですか? もっと自信を持って下さい』
「変えられるなら、変えたいですよ」
『中学では実力ナンバーワンだったんですから、大丈夫です』

 やっぱり、嘘ついているよこのAP。絶対に。
 だってわたし、練習の時ならいざ知らず、面と向かって蹴る段になると緊張してしまって、まともに身体が動かなかったのだから。

 それに、いくらなんでもナンバーワンの実力だというのなら、公式戦で控えに入ったことすら一度もないなんてことがあるだろうか?

 結局、その程度の実力なんだよ。
 でも、いいんだ。
 これから成長すればいいんだから。
 自分を変え、成長する。そのために、わたしは佐原南に入ったのだから。

 自分の技術に自信なんかないけれど、フットサルが大好きだということだけは誰にも自信を持っていえる。
 その唯一絶対の自信で、頑張り抜いて、今度こそ仲間を、友達を、たくさん作り……あ、いや無理なら一人でも構わないけど……ともに競い、高め合う。そんな充実した三年間を送るんだ。

『頑張りましょう』
「はい、頑張ります!」

 APとそんなやり取りをしている間に勝利坂を上りきり、残るは平坦な道だけだ。
 あとほんの少しで、道をおおう木の枝々がカーテンのように左右に開いて佐原南高校の校舎が見えてくるはずだ。

 坂をうねうね細かく上っていたから分からなかったけど、徒歩で学校へ向かう制服姿も結構いるようだ。
 大半が、お母さんらしい人と一緒に歩いている。

 わたしのところは、海外にいる両親に代わって双葉ばあちゃんが入学式に参加するはずだったんだよな。
 梨乃ばあちゃんが亡くなってからも落ち込むそぶりなど周囲に見せず強気で頑張っていたけれど、お墓参りの後に張り詰めていた糸がぷつり切れてしまったのか、突然倒れて寝込んでしまったのだ。

 十九歳の時にアルバイト先であるタコ焼き屋の店主つまりわたしのおじいちゃんと結婚をしてからずっと、わたしのお母さんを出産する前後一ヶ月をのぞいて一日も休むことなく働いてきたというのに。

 年齢もあるけど、ショックがあまりに大き過ぎたのだろうな。
 まあ、それはそうか。わたしだって悲しくてあんなに泣いたんだ。
 もしもお父さんやお母さんが突然亡くなったりしたらと思うと、どれほど辛いことなのか想像もつかないな。

 ああ、そうだ……
 出てくる話が双葉ばあちゃんのことばかりというのもなんなので、ついで、といっては本人たちに申し訳ないけれど、せっかくなので紹介をしておこうか。
 今なお健在の、成層圏同盟のことを。

     6
 成層圏同盟。
 さん、ゆずさん、ふたばあちゃん、ようさん、の四人だ。
 お互い家が遠くないこともあって現在もべったりで、見ていて恥ずかしくなるくらい仲がいい。

 わたしが小さい頃から、双葉ばあちゃんのお店に遊びに行くと、ばあちゃんと同じくらいの女性が訪れていて仲良さそうに喋っていたりしていたのだが、それがなんと成層圏同盟の留美さん、柚葉さん、洋子さんであったのだ。

 中二の時にそれを知ったわたしは、なんで隠してたんだよおと双葉ばあちゃん背中をぽかぽか叩いてしまったものだが、わたしがしんどうりようの存在をテレビで知っていて好きであったことなど知るはずもなかっただろうし仕方がないことだったな。
 そもそも双葉ばあちゃんは、わたしが嫌々フットサルをやっていると思っていただろうし、だから話したくとも話しにくいものがあったのだろう。

 そうそう、少女時代になにかにつけては「ユズちゃんと結婚する」といっていたらしい洋子さんであるが、なんと二人はやがて本当に結婚することになった。
 というのは冗談。わたしだって冗談をいうことくらいあるのだ(心の中でくらいは)。

 単に、結婚相手がたまたま同姓だったというだけ。二人とも、どう姓になったのだ。

 同盟の盟主は若くして亡くなってしまったけど、残る四人の結束はそれから四半世紀以上の年月を経た現在、微塵の揺らぎもない。
 微笑ましくもあり、正直、羨ましく妬ましいところでもある。

     7
 さて、双葉ばあちゃんたちの話はここまでにして、平坦な道を歩き続けているうちにいよいよ木々の間から、これから三年間という長い日々を過ごすことになる佐原南高校の校舎が見えてきた。

 過疎化で生徒の数が激減していることから近い将来に廃校になるとの噂もあり、だからもしかしたら三年間はいられないかも知れないけど。

 段々と正門が大きく見えてくる。
 その脇に、佐原南の制服を着た女子生徒が一人……踊っている?

 いや、踊っているかのように見えたが、そうではなく、なにやらボールを蹴っているようだ。
 サッカーボール?
 いや、四号球に見えるしちょっと重そうに見えるから、フットサル球だ。

 二年生三年生の始業式は明日だから、おそらくわたしと同じ新一年生だろう。でも、これから入学式だというのに、こんなところで一体なにをしているのだろう。

 ちょっとした興味を覚えつつ、わたしはその女子生徒のいる正門へと近付いていく。
 背が低く髪の毛はショートで、制服を着ていなければ小学生の男の子と間違ってしまいそうな、そんな子だ。

 ボールキープの練習をしているのだろうか。
 まるでダンスのように途切れることない動きで、上手だな。技術があるだけでなく、しっかりと想像が出来ているのだろう。

 って、え?
 あれ、
 あの子……
 もしかして……

「ああーーーーっ!」

 突然わたしは素っ頓狂な叫び声を上げていた。
 わたしだけではない。自分の声に掻き消されて聞こえなかったけど、彼女もまたわたしを指差して驚きの声を張り上げていた。

 以前に、わたしはこの子と出会ったことがある。
 先々月、受験日の前日に駅前で道を尋ねてきた子だ。

 なんでも九州の熊本だかなんだか遠くに住んでいて、春からこっちの学校に通うのだとか。

 高校生、だったんだ。確かに、一人暮らしするとかいってた気はするけど。
 しかも、佐原南だったんだ。
 しかも、というか、それよりも……女の子、だったんだ……
 確かあの時は、ダボダボのオーバーオールを着ていたかな。帽子を目深にかぶっていたし、三言四言しか言葉をかわさなかったから、てっきり小学生の男の子かと思っていた。

「ん、男の子がどうしたって?」
「あ、いえ、なんでもないですっ」

 いえるわけないだろう。
 というか、いっちゃってるでしょ! もう嫌だ、この遺伝。友達が出来なかったのって、これが原因のような気がしてきた。

「ほらっ、パス」

 女の子が、いきなりボールを転がしてきた。
 わたしは反射的に足裏で押さえつけると、真っ直ぐに蹴り返していた。
 すかさずもっと速いのが来たので、わたしもダイレクトに強めのボールを返した。

 などといきなりパスを受けたわたしだけど、この後、どうすればいいんだ?
 さよならって、去ればいいのか。
 上手だね、って褒めてあげればいいのか。
 道端で知らない子からボールのパスを受けた経験なんか一度もないし、どうやってこの場をしめくくればいいんだ……

 と、内心困っていると、女の子が突然ボールを強く蹴り上げた。

 わたしはびっくりし、飛ぶ先へと慌て走った。
 ここは平坦といっても緩やかな傾斜があるため、ボールが坂道を下ってしまうと思ったのだ。いま自動車は来ていないとはいえ、車道に飛び出してしまっても大変なことになるし。

 走り寄り、足を高く上げて伸ばして、なんとか足元に落とし押さえつけた。
 ふう。

「お、パンツ見えたっ」

 女の子の声に、わたし、瞬時に耳まで真っ赤になっていた。鏡ないから見えないけど、でも、絶対。

「見ないでください! それに、こんなとこでボール蹴るなんて危ないですよ!」」

 わたしは制服のスカートを両手で押さえつけながら、自分でもびっくりするくらいの大きな声を出していた。

「まあ、わたしも蹴っちゃいましたけど」

 こほん、と咳ばらい。
 わたしの大声に女の子はきょとんとしてしまっていたが、やがて、ぷっと吹き出すとそのまま声を立てて笑い始めた。

「ごめんね」

 邪気のない、本当に小学生と見間違っておかしくないような笑顔で謝ってきた。

「確かにノリノリでボール蹴ってたなあ」

 と、なおも笑い続けるその顔につい釣り込まれてしまったか、いつしかわたしも声を立て笑い出していた。

「お、そんな顔で笑うんだ。……この前、駅前で道を教えてくれた子だよね。あたし、西にしおりなつ。今日からここの一年。よろしく」
さこみやほう。わたしも今日からここの生徒。よろしく」
「あのっ、唐突だけどあたしの言葉さっ、ちゃんと標準語になってる?」
「え? え? なってますよ」

 本当に唐突な質問に驚いてしまったが、そんなことを気にしてるんだと思うとなんだかおかしくなってきて、また声を立てて笑った。

「ひょっとしてフットサルのボールを蹴るのはついでで、一人一人に話し掛けていたんですか?」

 自分の標準語を確認するために。

「そうなんだ。でも迫宮さんさあ、よくフットサルだって分かったじゃん。みんな幼児用のサッカーボールだと思うんだよなあ。あたしがチビなのもあるからしょうがないんだけどさ。ほんとチビでしょ、あたし」

 といわれても、なんと受け返せばいいのか困るのですが。

「わたしもフットサルやっているから」

 とりあえず無難な言葉を返した。

「おー、やっぱり。どうりで足裏キュッが上手だと思った」
「別に上手なんかじゃないですよ」
「またあ、謙遜を。基礎完璧じゃん。宝香はさ、フットサル部に入るの? あ、あ、ごめん、つい下の名前呼び捨てにしちゃった」
「いいですよ別に」

 学校では誰とも距離のある関係だったから、下の名前を呼び捨てられたことなんて初めてだったけど。

「じゃあ、あたしも夏美って呼び捨てにしていいから。というか、そうしなきゃダメ。で、宝香はフットサル部に入るの? あたしはそのために熊本から出てきたんだけど」
「はい。入るつもりです。……夏美」

 わたしが初対面の人を(正確には初じゃないけど)呼び捨てにしてしまってどぎまぎしていると、その様子が面白かったのか夏美がぷっと吹き出した。

 わたしもなんだかじわじわとおかしさが込み上げてきて、夏美同様に吹き出してしまった。
 箸が転がってもおかしい年頃などというが、これがそうなのだろうか。自分には無縁のことと思っていたが。

「じゃあ改めて、これから三年間よろしくね、宝香」

 ひとしきり笑っておかしさが過ぎ去ると、夏美はわたしへと右手を差し出した。

「こちらこそよろしく、夏美」

 名前を呼ぶことの気恥ずかしさや心地よさの中、わたしも右手を伸ばして彼女の子供のように小さく柔らかな手を握った。わたしの手も、他人のことはいえないくらい小さいけれど。

「っとお、もう時間だあ! 入学式に遅れたりなんかしたらさまにならん。教えろよな、お前!」

 夏美はのけぞるように激しく驚くと、怒鳴り声を張り上げた。
 わたしに向けてではない。
 左腕につけているリストフォンへと怒鳴っているのだ。

『聞かれなかったので』

 彼女のAPアシスタントペルソナは淡々と答えた。

「不良プログラムかよ。昨日オートでパッチ当たって更新されたって履歴が出てたぞ。って、時間なかけん! 急ごい、宝香!」

 夏美はスカートを軽やかに翻すとたたっと正門を通り抜け、足早に敷地へと入った。

 その背中を見つめながら、ふと思っていた。 
 わたしの成層圏同盟を、早速、一人見つけたのかも知れない。
 きっと、そうに違いない。

 では、残る仲間を探しに行こうか。
 神様のいたフットサル部へ。
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