いたくないっ!

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第十三章 神は降臨するのか

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 強烈なスパイスの香りが、ぷんぷんと漂っている。

 各階に古本屋が入っているビルの、二階奥にあるカレー屋だ。
 ごく普通の欧風カレー店であるが、場所が場所なのでオタ率高し。

 その数値の高さに貢献している、レンドル定夫、トゲリン、八王子、敦子殿。
 彼らは薄暗い空間の中で、四人がけのテーブルに着いて、なんだか難しい顔でそれぞれに雑誌を広げている。

 全員、同じ雑誌である。
 ほのか、あおい、しずか、ひかり、はるか、ゆうき、六人の魔法女子が肩を寄せ合って楽しそうに笑っている。

 「アメアニ」最新号。
 魔法女子ほのか第二期について、事の真偽を確かめねばいられないような情報が載っていると聞いて、さっそく買い求めたものだ。

 情報収集目的なら一冊で充分のはずだが、なのにそれぞれで買って持っているのは、どのみちいつもそれぞれで買っている雑誌だからである。

「神々との戦いがメイン。……本当に書いてあるな。まあ、これはよしとしよう。かみこうりんへんの副題は、第二期の制作が正式発表された時から分かっていたことだし」

 と、定夫。

「新たな魔法女子が続々? とあるでござるな」

 眼鏡のフレームつまみながら、ニチョニチョ声でトゲリンが。

「未来の危機を予知するものの、時を超える魔法を使える者がおらず、最終手段、現在に永遠の別れを告げてコールドスリープで未来へ。と」

 八王子、笑みを浮かべてはいるが、楽しいという感情からではないこと明白であった。

「第二期のキャラ原案はほとんど仕上がっており、入手情報が事実であれば、十二神や二十四魔将など、おそらく膨大な数の魔法女子が画面を賑わせることになるのだろう。……定かではないが、とは書かれていますが」

 敦子は本を閉じ、膝の上に置くと、ふうと小さなため息を吐いた。

「ガセじゃないのかなあ」

 八王子は笑みを浮かべたまま、氷と水の入ったコップを意味なく回している。

「まあ、そう考えるしかないような内容だよな。……みんなは、どう思う? この展開が本当だったら」

 定夫が尋ねる。

「いやあ、これはちょっと……」

 トゲリンが、オカッパ頭の下でなんとも苦々しそうな表情を作った。

「完全にSFになったいますよお。……なっちゃいますよ」

 困ったような怒ったような敦子。滑舌悪くなってしまったのを、ちょっと恥ずかしそうにわざわざいい直した。

「もう、別の作品だよね。新規アニメなら構わないけど、まほのでやるなよ、って思う。せめて、一話限りの特別編、お江戸が舞台でござる的な番外編でやってよね」

 八王子は、まだコップくるくる回している。

 定夫は、みんなの顔を見て、一呼吸、ゆっくり口を開いた。

「だよな。どんなに宇宙規模の超絶バトルになろうとも、最後にはほのぼの日常に還る。それが、まほのというアニメなんだ」

 どこかに明記されているわけではない。定夫にとって当然というだけのこと。
 だから、確認したのである。みんなの思いを。

「友達と喧嘩したり、誰かを好きになったり、失恋して落ち込んだり、テストで赤点取って補習受けたり、カラオケ行ったり、お料理したり、お正月には神社でお餅つきい……」

 もともとほのかにそうした日常要素を求めていた敦子が、楽しげに妄想しながら天井を見上げている。

「風呂を覗かれたり、スカートめくられたり、風のいたずらでめくれるのもまた風流かな。ほっほ」

 興奮妄想にニヤけるトゲリン。

「買い物先で選ぶ服が合うの太ったのと揉めたり、宿題終わらなくて泣きついたり、道端でどうでもいい雑談を延々としていたり、犬のウンコ踏んだり」

 八王子も続く。

「そう。そういう日常が、『魔法女子ほのか』の原点なんだ。元々、ほのぼの学園ものか、退魔ものか、ってことで企画作りだって始まっているんだし。だというのに、この一方通行の時間遡行、というか単なる氷漬けで未来に行って神々とバトルって、なんなんだ」
「だよね。次元の裂け目に落ちて転生しつつ過去に戻ったはるかのように、最終的に現在に戻ってくる可能性はそりゃあるだろうけどさあ、メインの舞台が未来世界というのは、なんかなあ。未来に行ってしまったら、ずっとバトルと冒険でやるしかない」
「キャラ数を増やすのが目的、って気がしませんか?」
「確かに。がわの考えそうなことでござる!」

 トゲリンが苦々しげに言葉を吐き捨てた。
 佐渡川書店とは、魔法女子ほのかアニメ化にあたり、バックについている超大手企業だ。メディア展開に精を出す会社として知られている。

「カード、玩具、ゲームをどんどん出して儲けたいんだけど、でも一般的に、その原作となるアニメ、まあ特撮も同じ傾向なんだろうけど、昔はともかく現代では主人公と同じフォーマットのキャラにしか注目がいかないんだよね。モノとして売れない。つまり『怪獣の人形』よりは『変身アイテム』、ということ。『正義の怪獣』よりは、『悪のラ○ダー』、『悪のガ○ダム』、ということ」
「日常路線にすると、せいぜい数話に一回しかそういうキャラを出せないが、未来、つまり非日常を舞台にしてしまえば、一話に何人も出すことが出来る。さっき敦子殿がいっていた通りなんだ。カードゲームなどを作るためには、相当数のキャラが必要だから」
「なんか、愛のない話ですよねえ。それが大人の世界というのなら、あたし、大人になりたくないなあ」
「企業としては、正しいのかも知れないでござるが。たくさんの社員を抱え、それぞれに家庭もあるのであろうし」

 などと世知辛さをしみじみ語り合っていると、女性店員がやってきて皿をテーブルに置いた。
 切れ込みにバターが差し込まれている熱々のジャガイモだ。

「ここいつも、最初にこれが出るんですよね。すぐ手をつけるとそれでお腹一杯になっちゃうし、必ず口の中をやけどするから、カレーが美味しく食べられなくなっちゃうんですよね。だからあたし、いつも最後までとっておくんです」

 と、経験を語っている敦子の隣で、

「ぐあああ、あ、あふっ、あふっ、うっ、上顎の皮がめくれたああああ!」

 トゲリンの絶叫。
 なんだか二人羽織芸に見えるのは、単に太っているからであろうか。

「だから敦子殿がいってたのにい。ほら、トゲリン、水」

 八王子が、コップを滑らせトゲリンの前に差し出した。

「あたし三回くらいやっちゃって、もう骨身に染みてますからね」

 えへへ、と笑う敦子、のテーブルを挟んで、

「舌ギャアア! あふっ、皮っ、むけっ、むけっ!」

 周囲から学習することを知らない山田レンドル定夫であった。
 というかそもそも、この四人で来たのも二回目だというのに。

     2
「権利は当社にあるということですので」
「しし、しかしっ!」

 と、食らいつく定夫であったが、

「失礼致します」

 ブツ。
 プーップーッ。

 切られてしまった。
 定夫は受話器を手にしたまま、まるで時が止まったように呆然として、動かなかった。
 本当に時が止まっているわけではないことは、ずるりと垂れた真緑のぶっとい鼻水が振り子のように揺れていることから瞭然であったが、とにかくそれほどのショックを受けていたのである。

 可能性の一つとして想定には入れて、ある種の覚悟はしていたのだが、まさかここまで見事に門前払いを食らうとは思っていなかったのだ。

 なんの話か。
 神保町のカレー屋に、ジャガイモの熱さについて苦情を訴えたわけではない。

 「魔法女子ほのか」の全権を売った相手、星プロダクションというアニメ制作会社に電話をしてみたのだ。
 第二期の構成について、原作者として思うところを糺すために。

 要するに、アメアニに掲載されている情報が真実だとしたら、フザケンナコノヤローと文句をいってやるために。

 権利譲渡の際に名刺を受け取っていたので、その担当の名を告げ取り次ぎをお願いしたのであるが……
 しかし、担当者は多忙を理由に電話に出ず。
 三分ほど保留にされた挙句が、先ほどの会話だ。

 面倒くせえ、とにかく突っぱねろ、ということで受付嬢に門前払いを指示したのだろう。

 こちらが権利を手放した以上は、どんな些細な口出しをすることも許されないということか。
 定夫たちのオリジナル作品があるWebサイトを、権利譲渡の際に閉鎖させられたのだが、それがつまり、そういうことだったのであろう。
 まったくもって釈然としないが。

 そもそも第一期の制作発表では、ネット発祥の作品であることを強く前面に押し出していたはずではないか。
 だったら、「しょせん素人の作った物だが、しかし原点ここにあり」としてオリジナルはそのまま残して閲覧出来るようにし、かつ、原作者とのやりとりを上手に利用して、さらに作品を盛り上げていくという手法だってあるだろうに。
 手作り感を生かすという方法があるだろうに。
 育て作り上げたのはみなさんです、という雰囲気に持っていくことだって出来るだろうに。

 オリジナル版は現在も闇サイトより入手は可能で、いまだ高い評価を受けているのではあるが、そのようなことにのみ心慰められなければならないとは、悔しいを通り越して、これはなんという気持ちなのか自分でも分からない。

 権利譲渡の契約が成立した直後のこと、八王子は金銭的なことについてもっと上手く交渉しておけばよかったと愚痴をこぼしていた。
 定夫は現在でも金銭云々という気持ちはあまりないが、ただ、発言権をある程度主張しておくべきだったかと強く後悔していた。

 ずーっと呆けたような顔をして、家の中で北風に吹かれていた定夫であったが、ようやく、はっと気付いたように受話器を置いた。
 ねろねろと、鼻水が顎まで垂れていたので袖で思い切り拭った。

 顔中にねろねろが拡散されただけだった。

     3
「もち聖地巡礼っす。ホノキュン萌え萌えー」
「第一巻初版本のカバーに、神主さんのサイン頼もうと思って持ってきちゃいましたあ! 関係ないけどズシーン最高!」
「ゆうきウイン!」

 眼鏡をかけた三人の若者が、境内ではしゃいでいる。一人は、ほのかのフィギュア、一人は漫画本を手にして振っている。
 みな肥満体型なのにカメラにやたら寄るため、画面はぎゅうぎゅうである。

 夕方ワイド番組で、現在日本のアニメ界に大旋風を巻き起こしている「魔法女子ほのか」の特集を放送しているのだが、それを、いつもの四人で視ているのだ

 特集の取材場所は、鳥取県にある神社だ。
 ほのかたちは作中で巫女のアルバイトをしているのだが、そのモデルらしいということで、この神社は聖地認定されているのである。

 彼ら三人以外にも、それと思しき風体の若者たち、はたまた中年たちまで、カメラは捉えている。どうでもいいが肥満率高し。

 「魔法女子ほのか」、その人気はこの通り衰えることを知らなかった。

 ラジオドラマも近々開始予定で、「君の作った魔法女子が戦うぞー」などと、アニメ雑誌やWebでキャラを募集している。「『○○ウイン係』まで、どしどし応募してくれ!」

 なるほど、ラジオつまり音声だけであるため、いくらでもキャラ増産が可能という、おそらくは佐渡川書店からのアイディアなのだろう。

 一般からの募集ということで、一種同人誌的な存在のキャラになるため、やり過ぎると興ざめや違和感のもととなる。しかし、佐渡川の関わる作品はそのあたりのバランス感覚が絶妙なので、今回も、まず問題になることはないのだろう。

 嗚呼、さすがは佐渡川書店。
 夢のある素敵な企業。
 金儲けの達人。

 そんな話はどうでもいいが、いや、ついでなのでどうでもいい話を続けるが、

 先週、「魔法女子ほのかチョコ」という、シール入りのスナック菓子が発売された。一個五十円、税抜き。
 いずれ、シールだけ抜き取ってチョコを食べずに捨てる輩が現れるのだろう。

 DHA入りの、「ほのかがバカにならないパン」。炎上商法を狙っているとしか思えない衝撃的なネーミング。「なんで私ばっかりこういう扱いなんですかあ」、と涙目で怒っている包装イラストの可愛らしさも手伝って、売れ行き好調ということである。

 好調といえば、女児向け玩具である変身アイテムを忘れてはならない。

 一クールアニメだというのに、放映期間中に大企業からしっかりした玩具が出て、しかもそれが売れに売れてしまう、大きいお友達の購入率も非常に高い、と異例づくめであった。
 だからこそ、つまり大手スポンサーに充分な旨味があったからこそ、過激な暴力描写でけしからんと騒がれつつも早々に第二期制作が決まったのだろう。

 魔法女子ほのかは、もう巨大ビジネスなのである。
 日本経済の一翼を担う存在なのである。

 もちろんまだ一過性のブームという可能性は捨て切れないが、既にして巨額の金が動いていることに違いはなかった。

 さて、
 夕方ワイドに話を戻そう。というよりも、それを視ている四人に。

「アホだなあ、こいつら」

 八王子がポテトチップスをつまみながら、うふふっと笑った。

「まほのに、決まった舞台などないというのにな」

 定夫。ポテトチップスの袋に、見ずに手を入れようとして、トゲリンの指と触れ合ってしまいお互い慌てて引っ込めた。

「拙者が、背景の参考にするためネットで探した写真は、伊豆とか、三重がほとんどナリよ。自分で撮影した学校や町の風景、家などは、全部この近所でござる」

 つまり東京武蔵野市。

「テレビアニメ版も、おそらくモデルは多摩のあたりと、伊豆を混ぜたものであろうな」
「なのに、なのに、鳥取で萌えーとかいってんの。もうやんなっちゃう」

 定夫は、もにょもにょ肥満したお腹をばしばし叩いた。

 愚痴である。
 要するに。

 愚痴を愚痴として認めたくないので、このように上から小馬鹿ないい方になっているだけで。

 彼らは最近、集まってはこのように愚痴ばかりこぼしていた。
 テレビアニメ化された当初は、単純に嬉しく、自分たちが誇らしく、文句など出ようはずがなかったのだが、第二期の噂が出てからというもの。

 次の舞台は遥か未来の世界であるというふざけた噂が出たことにより喜びちょっと冷めてしまい、真偽を確認すべく制作会社の担当に話を聞こうとしたが、「もううちの作品だから」と、門前払いを食らった。それにより、定夫たちの不満は一気に爆発したのである。

 それでも最初は、「もうそれは、まほのじゃない!」、という、一種作品愛からの憤りであったのだが、愚痴をこぼし続けているうちに、「作品を作ったのは自分たちなのに!」と、いつしか思いが歪んでしまっていた。

 本人たちにも、自覚はある。
 真っ直ぐでないことは分かっている
 さりとて心のことゆえ、どうしようもなかった。

 既に権利は譲り渡しているため、現実面としてもまたどうしようもなかった。もしも、星プロダクションや佐渡川書店に法的措置などをとられたら、太刀打ち出来るはずもない。

 腹を立てても、どうしようもない。
 どうしようもないが、腹立たしい。

「くそ、ムカムカすっから、ごちゃんにまほのの裏設定を書き込んでやる」

 山田レンドル定夫は、パソコンのキーボードをぶっとい指でカタカタ叩き出す。
 巨大インターネット掲示板ごちゃんねるに、カタカタカタカタ。

 原作者と知り合いで色々な話を聞いて知っているんだけどー、というていで制作裏話を書き込んだ。

 ほのかたちは異世界の機械体、単なる科学的魔法触媒に意思が芽生えたもの、という設定にまとまりつつあったこと、

 ほのかたちが人類の敵で、半分に別れて殺し合う構想もあったこと、
 それが、「魔法女子はるか」というテレビアニメ版の新キャラに受け継がれているだろうということ、

 資料はすべて制作会社に渡してあり、テレビアニメ版も随所随所でその設定を生かしていること、つまり、テレビ版ほのかが「魔法触媒という機械体」である可能性も充分考えられること、

 会議で即効ボツになったが、物語はすべてアニオタの一夜の夢であった、

 などなど、定夫は魚肉ソーセージのようなぶっとい指で、器用に素早く書き込んでは送信して行く。「喰らえーーっ!」などとキョウ様の真似で叫びながら。

「最初は嬉しいという感情だけだったのに、色々と複雑な感情が芽生えてしまったでござるなあ」

 なおも一心不乱にカタカタやっている定夫を見ながらトゲリンが、思えば遠くへきたもんだとばかりしみじみ呟いた。

 敦子が、その呟きを受けて、

「あたしも最初は、プロの演じ方と自分とを比較出来て勉強になるなあ、って喜んでいたんですけどね。なんかこう、やっぱりもやもやが溜まりますね。……お恥ずかしい話なんですけどこの間、『プロト版の声の方がよかったよね』なんて、自分で書き込んじゃいましたよ。はあ、なんかむなちいいい」
「まあ、おれらより敦子殿が一番悔しいのかも知れないよなあ。ほのかの個性って、敦子殿から誕生しているんだから」

 定夫。画面から視線そらさずキーボード叩きながら。

「ええっ、そうなんですかあ?」
「ほら、その喋り方」
「あ、ああ……なるほどですね」

 定夫たちと敦子が知り合った日のこと。
 見知らぬ女子に追われて、涙と鼻水と阿鼻叫喚の悲鳴を撒き散らしながら逃げる定夫たち。追う敦子の投げ掛ける、「な、なんで逃げるんですかああ」「なにをしたっていうんですかあああ」という言葉、それがヒントとなり、間延び敬語のほんわか主人公というアイディアが生まれ、台本を修正したのだ。
 もともと敬語が多いという設定ではあったが、それを徹底的にしたのだ。

 主人公に魅力がなければアニメのヒットは有り得ない。つまり、まほののヒットは敦子のおかげといって過言ではないのである。

「ほのかの喋り方だけじゃないよ。歌が原音そのまんま使われて、しかもスマッシュヒットを飛ばしているというのに、お金が出ないどころか名前も出ないんだよ」

 八王子。自分のことのように悔しそうな表情だ。

「いえ、それは別にいいんです。たくさんの嬉しさドキドキを貰ったことは事実なので。でも、確かにちょっと悔しいような気も。……あたし、嫌な子だあ」

 両手で頭を抱える敦子。
 その仕草の可愛らしさに、ちょっとドキっとしてしまった定夫は、ごまかすように、

「そそ、そういやっ、ほのか以外のキャラがテレビ版で一斉にリネームされたけどさ、あれもどう考えても敦子殿の歌からヒントを得ているよなあ。あおいとか、風が静かとか」
「やけ酒だああ!」

 敦子は、ペットボトルのオレンジジュースをぐいーっと一気に飲み干した。

「なんか、むなしいでござるなあ。色々と」

 ニチョニチョぼやくトゲリン。

「あれ……おい、さっきの書き込みに、こんなレスがきたぞ」

 という定夫の言葉に、みんなでパソコン画面に顔を寄せた。



 724
 20××/××/××/××:×× ID:877245 名前:つっく

 それは、ほのかへの冒涜だからな。
 分かってんのかてめえ。
 てめえ、夜道には気をちけろよな。
 どうせちょっと注目浴びたいクソオタが、デタラメを書いただけなんがろうけどな、
 だからって、なんでも許されるわけじゃぬえんだよ。
 仮にてもえの言うことが本当だとしてもな、
 そんなん、どーでもいいんだよ。
 もうな、テレビのほのかが、本物のほのかなんだよ。
 ほのかはもうな、テレビのぬかで息をしているんだよ。
 はあ、それがなんだあ?
 ゆうにことかいてなんだあ?
 触媒の機械だあ?
 オタの夢オチだあ?
 殺すぞ、てめえ、ほんとに。
 ぶっ殺すぼ
 お前は、ほのかを穢したんだぞてめえ。



 先ほど定夫が裏話を書き込んだのだが、それについてのレスである。
 他のごちゃんねらーに、「ネタにマジレス。バカじゃねえの」「落ち着け」「ぶっ殺すぼ、ってどこの方言ですか?」などとからかわれている。

 定夫、トゲリン、八王子の三人は、顔を見合わせると、誰からともなくニヤリと笑った。

「キエーーッ!」

 八王子は、怪鳥のような奇声を張り上げて定夫の前のキーボードをくいと自分へと引き寄せると、両の人差し指で不器用そうにガッシャガッシャと叩き始めた。



 796
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 うるせーバーカ
 ネタじゃねーよバーカ



 貧弱な語彙で書き込み、送信した。
 すると定夫も、キーボードを奪い返してカタカタ、



 797
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 俺は神。
 お前のが冒涜だろうが。愚か者め。



 続いてトゲリンも、



 799
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 まほのが無かったらなんにも残らない、人生それっきりの真性オタク野郎!
 ござる!



「だっ、だめですよう、みなさん、この人たちだってファンなんですからあ。ファン同士で喧嘩してどうするんですかあ」

 真面目な敦子が、この流れにすっかりオロオロとしてしまっていた。

「敦子殿も、はい」

 八王子に背中押されて、敦子の前にキーボード、

「では、お言葉に甘えて」と、キーを叩こうとする敦子であったが、はっと目を見開き首を横にぶんぶん、「で、ですからっ、だめですってばああ!」
「ダメもナニも、もう引けんのじゃーい! ハルマゲドーン!」

 わけの分からないことを叫びながら、定夫は掲示板の更新ボタンをクリックした。

 もう、レスがきていた。



 803
 20××/××/××/××:×× ID:877245 名前:つっく

 過去ログは、全部とってあるぞ。
 そのコテハンを使った、ほか掲示板のもな。
 お前のことなんか、すぐに特定出来るんだからな。
 住んでいるとろこなんか、すぐ分かるんだからな。
 俺にそうゆう態度とって、覚悟は出来ているってことででいんだよな。
 もう一回言うぞ。お前の住んでるとこなんか、すぐ分かるんだからな。



「こやつ、脅しをかけてきたでござるぞ」
「オタの分際で」
「バトルスタート!」
 かくして、定夫、トゲリン、八王子の三人は、順繰り順繰り連続書き込みによる爆弾投下を開始したのであった。



 809
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 ふーん。


 810
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 へー。


 812
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 そーなの?


 813
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 つうか、「住んでいるとろこ」ってなんだよ?


 815
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 ばーか


 816
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 なあにが、覚悟出来てるだよ。


 818
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 通報しますた


 821
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 実はプロト版からのファンで、こっちは適当に三重とか福島とか登別とか言ってただけなのに、聖地巡礼とかいって、全部まわってんだろ。


 822
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 ばーか。


 824
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 「お前のこと」もなにも、おれたち三十五人いるんですけどお。


 825
 20××/××/××/××:×× ID:618574 名前:ほのたそオリジナル委員会

 特定してみてくださーい。



 その異様なムードに、すっかり涙目になっていた敦子が我慢限界で泣き出してしまうまで、順繰り連続書き込みは続けられたのである。

     4
 夜。
 曇り空に、街灯りがほのかに反射している。

 住宅街の中を、黒縁眼鏡オカッパ肥満体型の男が歩いている。
 山田レンドル定夫である。

 駅前にある浜野書房で、アニメ情報誌「アメアニ」と、ライトノベル「女子小学生で勇者なんだけど文句ある? ③」を買った帰りだ。

 異変を察知したのは、真っ直ぐの道に入ってすぐのことだった。
 後ろの足音に気が付いたのである。

 誰かが、ついてきている。

 まあ、右も左も一軒家で、ここに自分の家がない限りは真っ直ぐ進むしかないわけだが。

 というわけで、別段おかしいこともないだろう、と自分を納得させ、歩き続ける。

 ちょっと気になり始めたのは、自分が止まった時であった。

 抜かさせてしまおうと止まったわけではなく、右手に持った本屋の包みを落としかけたので、持ち替えようと止まっただけ。
 ところが、後ろの足音もぴたり止まったのだ。

 不安になった定夫は、無意識に歩調を速めていた。
 すると後ろの足音も、真似するように急ぎ出した。

 もしかしたら後ろに人などおらず、静かな夜道に自分の足音がこだましているだけなのだろうか。

「しずかっ」

 確かめようと思ったわけではないが、ふと気づけばそんな囁き叫ぶ声を発していた。
 すると背後から、

「ゆうきっ」

 男の、やはり囁き叫ぶような声が返ってきた。
 こだまでは、なかった。

 怪しくはあるが、まほののファン、ということだろうか。
 本屋でアニメ雑誌を買う自分を見かけて、友達になろうと跡を追ってきたのであろうか。

 考えても埒はあかない。
 しずかっゆうきっ、と声をかわし合った以上は、無視するわけにはいかなかった。
 足を止め、振り返った。

 腹になにか、鋭い物を突き付けられていた。
 目の前に立つ、パーカーのフードを目深に被った男に。

 ごくり。
 定夫は、唾を飲んだ。

 そおっと、視線を下ろす。
 街灯に照らされ、きらりなにかが光った。

 そして、定夫は知った。
 自分の腹に突き付けられているのは、サバイバルナイフだか包丁だか、片手持ちの刃物だったのである。
 一瞬で、さあっと血の気が引き、頭が真っ白になっていた。

「が…」
「声出すなよ!」

 男が、囁くような小ささながら、しゅっと鋭い呼気を吐いた。
 目深に被ったフードの中で、眼鏡のレンズが、街灯を反射してきらり光った。

「アマチュア発信のアニメってことで、別にてめえが作者でもおかしくはねえよ。絶対にそんなはずはない、なんて無意味な否定はしねえよ」

 唐突に、パーカーの男は語り始めた。

 定夫は涙目になっていた。
 はあはあ呼吸が荒い。

 男は続ける。

「でもな、お前が作ったとか、どうでもいいんだよ。テレビの中で、もう完成している、息をしている、そんなキャラクターたちがいるんだよ。もう、生きているんだよ。分かるか?」

 はあ、はあ。

「はあはあじゃねえよ! 聞いてんのか!」
「ひひひひひーっ、そそそそっ」

 そそそそんなこといわれましてもっ。

「つまりな、お前がごちゃんでほざいていたことが真実であれ嘘であれ、冒涜なんだよ。神に逆らってるんだよ」
「ががっ」
「それを神が裁かないというのなら……おれが裁く!」

 男は刃物を振り上げた。

「はひいいいいい!」

 吸い込むような悲鳴を上げる定夫。
 急に大きく息を吸い込んだためか、ボタンがぶっつん弾けてズボンがずるり膝まで落ちていた。

「ゆゆゆぶしてくださあい!」

 定夫は、ブリーフまる出しのまま土下座、頭をこすりつけ、尻を高く持ち上げた。
 ぶい、と屁が漏れた。

「作品を、世界を、ほのかたちを、そして愛する者たちを冒涜したこと、謝れっ!」
「はひっはひっはひぃぃぃ」

 定夫は、アスファルト工事のランマーのように、がすがすがすがす頭を地面に打ち続ける。

 その時、前方から灯りが。
 それは、だんだん強くなってくる。

「次はほんと殺すぞ」

 男はそういい残して、走り去った。

「なにしてんの? 君い」

 灯りは、パトカーのヘッドライトであった。

     5
 警察官が、二人。
 そのうちの一人が、車載無線で会話をしている。

「ええ、ええ、アニメマニア同士の、アニメキャラが好きとか嫌いとかいう争いらしいんですけどね、ええ、はい、はい。いえ、一人でした。少年がブリーフまる出しで……」

 警官の横には、ズボンを上げた山田定夫。
 あまりの辱めを受けて、肩を縮めてなんともいえない表情でずっと下を向いていた。

     6
「好きなアニメを流行らせるために、被害を偽装したりしてないよね。とかいわれたんだよ。するわけねーだろ。ほっといたって流行ってるんだよ。あんな変なのがわいてくるくらい充分に!」

 山田レンドル定夫は「殺人拳蜘蛛の糸!」と、オカマダム祐介の必殺技名を叫びながら、壁をアチョーと殴り付けた。
 ぼぎん、と手の砕け散る衝撃激痛に、

「手るギャアアアアアアップ!」と、悲鳴絶叫、涙目で手を押さえた。

 痛みをごまかすため腕の皮膚をつねって、ちちちちちーーっなどと不気味な声を発している定夫に、

「だだっ大丈夫ですか? これで紛れますかあ?」

 敦子が心配そうな表情で、定夫のもう一方の腕をぎゅーっとつねった。

 ここはお馴染み、定夫の部屋である。
 お邪魔しているのはいつもの面々、トゲリン、八王子、敦子殿。

 そのいつもの面々に定夫は、連日のように溜まりに溜まる不満をぶちまけまくっていた。
 感極まりすぎて、ぼぎんと自らの腕を破壊してしまったわけだが。

 なんの不満かというと、刃物を持った男に脅されて警察沙汰になったことについてである。

 事件当日の夜はメールで、翌日からは朝から晩まで、今日も朝から今の今まで、口を開けばずっと罵詈雑言をぶちまけ続けている。

 犯人に対して、そして警察の対応に対して、ぺらぺらぺらぺら、身に遭遇したことを語っては、ナメンナコノヤロウと拳を振り上げている。
 語る内容の、半分は嘘であったが。

 刃物に負けずやり返し押し問答になっているところ、警察がきたから見逃してやった、とか。
 ブリーフ丸出して屁をこいたことなども、相手のことにしてしまったし。

 事実は、定夫が刃物で脅されて、はひいはひいしか声が出ず、ブリーフ姿で土下座して、尻をくいと上げた瞬間に屁が漏れた。
 偶然パトカーが通り掛かったことで男は逃げ、おかげで命が助かったものの、警官にはアニオタのしょーもない争いと思われ、挙句の果てには事件の捏造を疑われ。

 定夫にも五分だか五厘だかの魂というものがあり、そんなみっともないことを正直に白状出来るわけもなく、ごまかし続けるしかなかったのである。

 犯人への憤りなどは本物であり、味わった恐怖の分だけ強がってしまっているのである。無意識に殺人拳蜘蛛の糸を壁に叩き込んでしまうくらい。

 ネットを見る限りでは、特にニュースにはなっていないようで、ほっとしたような、はたまた腹立たしいような、複雑な思いの定夫である。

 ニュースもなにも、そもそも事件として扱われていないのかも知れないが、それもそれで悔しい。犯人が裁かれないどころか、警察がまともに取り合っていないというだから。

 こっちはナイフだかなんだか脅され、危うく殺されるところだったというのに。ちっとも市民の役に立ってねーじゃねえかクソ警察。仕事しろや!

「でも、どうやってレンさんのことが分かったんですかねえ」

 敦子が首を傾げる。
 さも始めて口にした疑問のような態度だが、実はもう十回目だ。

「ネットの書き込みから、色々と分かることがあるんだよ。名前、地域の情報とか、ハンドル名なんかから他の掲示板が分かったり。IPアドレスの一部、または全部が晒されているような掲示板もあるし。そういう情報からあたりをつけて、絞り込んでいくんだ。個人でやるとは限らない。見ず知らずの物凄い数の他人同士が協力してあっという間に調べ上げてしまう、ってこともある」

 定夫のパソコンでウェブサイト閲覧をしていた八王子が、マウス握る手を休めて親切に説明してあげた。

「うーん。なるほどですねえ」

 よく分かっていないこと表情から明白であるが、敦子はとりあえずうんうん頷いた。

「でもそんな情報くらいで個人の特定が出来ちゃうなんて。怖いよー」
「怖くないっ! あのパーカー野郎、ムチャクチャ弱そうだったから、今度また現れやがったら返り討ちにしてやっから」

 定夫は強がって、指をぽきぽき鳴らそうと手を組んだ。脂肪のためか、まったく鳴らなかったが。

 代わりにではないが定夫の指ではなく八王子の喉が、ぎゅむと鳴った。唾を飲み込もうとして、つっかえて喉が動いた、ということのようだ。

「ねえ、なにこれ……」

 八王子はすっかり青冷めた顔で、パソコンモニターを指差した。

「いかが致した?」

 トゲリン、敦子、レンドルの三人は、パソコン画面に顔を寄せた。
 表示されているのは、知る人ぞ知る有名な裏サイト「うおんてっど」だ。要するに、腹立たしい者をネットに晒すためのサイトである。

「えへーーっ!」

 敦子が、ひっくり返った声を張り上げた。
 モニターの中には、西部劇によくあるようなお尋ね者の貼り紙が四枚横に並んでいる。顔の部分がくり抜かれて、ウォンテッドされている者の顔写真が貼り付けられているのであるが、それは、

 レンドル定夫、
 トゲリン、
 八王子、
 敦子殿、

 の四人だったのである。
 顔写真の下には、それぞれの情報が書かれている。


  名前 山田定夫(やまださだお)
  住居 東京都武蔵野市
  学校 武蔵野中央高校
  体臭 臭い
  罪状 神への反逆、および、原作者を詐称し、魔法女子ほのかのファンを執拗なまでに愚弄嘲笑したこと。


「なんだよこれ。どこで、こんな写真を手に入れたんだ」

 定夫は黒縁眼鏡のフレームを摘まみながら、ぐいっと画面へさらに顔を寄せた。

 ガツ!

「あいたっ!」

 敦子の即頭部に、思い切り頭突きをかましてしまった。

「すまんっ、トゲリン」
「あたし敦子ですう」

 敦子は涙目でいうと、自身も画面へ顔を近付けて、うーんと難しい表情を作った。

 使われている四人の写真は、なんだかまとまりがない。

 定夫のは比較的こまかな画質だが、
 八王子は、印刷物を取り込んで、荒い網点をデジタル加工で修正したような、
 敦子は、学校の集合写真を思い切り引き伸ばしたような、しかも妙に顔立ちが幼いような、

「あたしの、たぶん四年前。中一の時。入学直後の、集合写真です」
「ぼくのは、去年の学内報かな。教育実習の授業風景で、脇にちょいと写っているの使ったんだな」
「つうか八王子が投稿したんじゃないか? いまパソコンいじってたし。古い写真だって色々と持ってるし」

 定夫は、ぼそり疑惑の言葉を口にした。

「なんでぼくがそんなことしなきゃならないんだよ!」
「犯人、あのパーカー野郎の背丈、低くて、ガリガリして弱そうな感じだった」
「ふきゃーーー!」

 八王子は髪の毛逆立て怪鳥のような奇声を張り上げた。

「もうやめましょうよ、疑心暗鬼になったら負けです。この中にはそんなことする人は絶対にいません」

 敦子が定夫と八王子の間で、踏切遮断棒のように右手を上げたり下げたり。仕草の意味は不明だ。

「すまん八王子。酷いこといってしまった」

 定夫は、オカッパ頭をガリガリ。ばらばら粒塩のように大きなフケが落ちた。

「いや、分かればいいんだ。そもそも、ぼくは中二の途中で引っ越してきたんだし、四年前の敦子殿の写真なんか手に入るわけないでしょ。中学校だって違うんだし。……とはいえ、アルバムをその筋の業者に売るような人もいるくらいだから、その気になれば写真の入手は可能なんだろうけど。でも、あまりに早いよね」
「早い、というと?」

 トゲリンがネチョネチョ声で尋ねる。

「犯人が、掲示板でレンドルとやり合ってムカっときて、それから調べて写真を入手したにしては、ちょっと早いよね、ってこと」
「確かにそうでござるな。つまり、とっくに調べられていたということナリか」
「ごちゃんでのやりとりだと、あいつは、まだおれたちのことを知らなかったよな。調べれば分かるんだとか凄んでたから。つまり、誰かが既におれたちのこと調べていて、そこから教えてもらったり、写真を入手したんだろうな」
「えー、それ動機が分からないですよ。誰かが既に調べて、って、その調べる動機が」
「ぼくらの作ったオリジナルが、ネットアニメとしてまず話題になって、それで、テレビアニメ化の話がきたわけじゃない? その話題になっていた時に、『原作、誰が作ってんのかな』と興味を持ったやつがいた、ということじゃないかな」
「なるほど。でもなあ、素人が根性でアニメを一本作っただけだぞ。それをそこまで調べようとするかな」
「推測だけど、まずそいつは敦子殿に興味を持ったのかもね。女性キャラ全員の声、そしてエンディングも担当している。そこにハアハアしてしまい、調べ上げたんだ」
「ハアハアって……」

 なんとも情けない敦子の顔。
 八王子は続ける。

「もしくは、テレビアニメ後かも。あのエンディング曲はテレビでも使われて大ヒットしただろう? でもアニメキャラならいざ知らず、歌を気に入っただけでそこまで入れ込んで調べようというのも妙な話。だから、その歌へのちょっとした興味が、オリジナル版への興味へ、そしてオリジナル声優への興味ということで、敦子殿に繋がった、と」
「なんでことごとく、あたしなんですかあ?」

 怖さと情けなさの混じったような、複雑な表情の敦子であった。

「だから、メインキャラの声と歌をやっているからだよ」
「でも実際に襲われたのは、レンさんじゃないですか」
「いや、それはそれ、これはこれだよ。きっかけは、敦子殿。それにより、我々のことを調べたやつがいる。そいつから、あの掲示板野郎が情報を聞き出したと」
「レンさん襲った人が、この『うぉんてっど』の人なのかなあ」
「おそらくね。冒涜がどうとか、使うワードに独自性があることから、可能性は高い。というわけで、レンドルを襲ったのは掲示板のあいつということでほぼ決まりなんだろうけど、それはそれとして、この写真を入手したやつというのは……」

 アニオタ探偵八王子が、推理や問題点をぺらぺら披露しているところ、マウスカチカチいじっていた定夫が不意に素っ頓狂な声を上げた。

「つうか、『うぉんてっど』消されてるぞ!」

 と。
 残る三人は、パソコン画面に顔を寄せた。

「本当だ」

 確かに、定夫たち四人のウォンテッド分が、綺麗に一覧から削除されていた。

「よく気付いたでござるな、レンドル殿」
「管理人に削除依頼出すか、警察に訴えるか、その前にとりあえずこの野郎のIPアドレスとかなんか情報が調べられないかなと思って色々いじっていたら気が付いたんだ」
「下手すると自分が捕まるわけだし、閲覧履歴とIPアドレスから、ぼくたちがおそらくここを見ただろうと判断して、目的達成ということで削除撤退したのかもね。まあ、犯人はまったくの別人という可能性もあるわけだけど」
「つうかさあ、だんだんと腹立たしくなってきたんだけど」

 定夫は、ぼそり呟いた。

「拙者もでござる」

 トゲリンと定夫は、しばし見つめ合うと、「同志!」と、がっし手を組み合った。
 腹立たしくなったといっても定夫の場合、もともとメーター振り切りっぱなしではあったので、好戦的な感情が強くなって恐怖不安を上回ったというのが正しい表現かも知れない。

「こいつらこそ、まほのを冒涜している! おれは断固戦うぞ!」

 定夫は、右腕を突き上げ、叫んだ。

 ブリーフ姿でガタガタ震えながら土下座して、ぶいと屁を漏らしたという、凄まじくみっともない姿を狼藉者に晒してしまったという、その恥ずかしさの反動による感情大爆発なのであるが、本人はまるで気付いていなかった。「ふふ、気付かなければ正義の怒りだと思っていられるよね」「ああ、君は賢いな、アンドリュー」。

「ぼくもっ、こんな酷いことされて黙ってられないよ!」

 八王子も声を荒らげる。

「黙ってはいられないが、さりとて高らかに声を上げればレンドル殿のように刺し殺されるわけで」
「おれ別に刺し殺されてはいないが……」

 その寸前ではあったが。

「でも、どうするんですかあ? 戦うって」
「簡単だ。『やつらの大好きな魔法女子ほのか』を、否定してやるんだ」
「はにゃ?」

 わけが分からず目が点になっている敦子に対し、八王子とトゲリンの二人は、

「なるほど」

 ニヤリ笑った。

「どうして、まほのを否定することが、犯人へやり返すことになるんですか? それに、否定って……」
「つまりだな、もともとこの問題は、まほの第二期への不満から始まっているということなんだ。それに対しておれが色々と掲示板に書き込んだことから、肯定賛美しか許さないという思考放棄の信者野郎を怒らせてしまった」
「ということで、つまりは一石二鳥というか、ことのついでというか、原点回帰、ということなのでござるよ。まほの否定は」

 と、トゲリンが補足する。

「そういうことだ。……みんな、あんな未来が舞台の完全SFのまほのなんか嫌だよな。だから今回の事件は、我々が大きく声を上げる、反撃の狼煙を上げるきっかけを作ってくれたものでもあるんだ」

 今回の事件 = ブリーフで屁をこいたこと。
 墓場まで持っていきたい秘密を胸に、定夫はぶんと右腕を振り上げた。そして、叫ぶ。

「取り戻そうぜ! おれたちの『魔法女子ほのか』を!」
「拙者たちのホノタソをっ!」

 トゲリンも、右腕を振り上げた。

「テレビアニメをぶっ壊そう!」

 八王子も続いた。

「そう、世界をすべて破壊するんだ」
「おばあちゃ…いや、はるかがいっていた。破壊なくして創造はない」

 定夫は突き上げている右手の、人差し指をぴっと立てた。

「そのはるかすらも、ぶち壊そう」
「おー!」
「テレビ生まれのキャラでござるからな」
「ちょっとお、やめましょうよおお」

 軍靴の音が聞こえそうな、なんとも物騒な雰囲気になっていく部屋の中で、すっかり涙目の敦子が必死になだめようとしている。

 しかし、そんな彼女を尻目に、
 三人は案を出し合い計画を練っていく。
 ばれたら罪に問われておかしくないような、数々の案を。

 イベント会場に乗り込んで、黄色いヘルメットに拡声器で佐渡川のやりくちを訴えるとか、
 そこでさらに、星プロダクション担当に冷酷非情に突っぱねられた話をするとか、
 週刊誌に裏設定と裏話を売り込むか、
 星プロダクションの下請けに対する黒い噂を聞いたことがあるが、そうした横暴と絡めて訴えるのもいいだろう。

 罪に問われておかしくはないものの、なんともセコイことばかりであった。
 しかし彼らは真剣に話し続ける。

「『真・魔法女子ほのか』の設定を作り上げて、ぶつけるか」
「そうでござるな、オリジナルはこっちなのだから」

 法的所有権は微塵もないわけだが。

「そう。オリジナルはこっち、つまり正義は我らにあり。偽物の、金欲にまみれた作品をぶちこわして、あらたな世界を創造するんだ!」
「おーー!」

 すっかりハイテンション。ドーパミンを分泌しまくる三人であった。

「我ら、生まれた時は違えども、死す時は同じ」

 腕を剣に見立てて、その剣先を、三人は高くかかげ突き合わせた。三国志だか三銃士だか分からないが。

「ささ、敦子殿も恥ずかしがらず」
「いやだようう」

 トゲリンに腕を掴まれ掲げられ、強引にダルタニャンにされる涙目の敦子であった。
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