彼と恋に堕ちる

りよ

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19・ルイの計画

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俺は非常によくない事に気づきかけていた。
それはそう、感じてはならない感情。
今更、本当に今更って感じだけど、俺はそうシューヤの事が……。



シューヤはあれからというもの、頻繁に人間界に遊びにきては学校に潜りこんだり俺の家に遊びに来たりした。
我が家では母さんのお気に入りだから、誰よりも待遇が良かったりする。
今日だって俺の部屋で、ケーキと紅茶がセットでテーブルに置かれている。

けれどシューヤはそんなケーキに喜ぶでもなく、さっきから俺の顔を眺めている。
「えっと、そのケーキ食わないの?」

聞くとシューヤは頬杖をついたまま言う。
「ああ、俺はケーキよりもルイが食べたい」
「!」

どうしよう。顔が熱い。
前ならここで「バカ!」とか「なに言ってんだよ!」って叫んでたのに、今の俺はこんな言葉に顔が熱くなって、嬉しいなんて思ってしまうんだ。
「ルイ……」

名前を呼ぶとシューヤが顔を寄せてきた。
包まれた頬をついシューヤの手にすりつけたくなるような気分だ。
シューヤの唇が俺のそれに近づく。
甘くて愛しい唇だと思う。
その唇に自分から吸いつきたくなる。

けれどそんなシューヤの顔を押し返す。
「や、やめろよ……」
「やめろって、顔が赤いけど? それにとてもやめて欲しくなさそうなんだけど?」
「そ、それは……」
シューヤの整った顔から視線をそらす。
なのにシューヤはその俺の顔を追いかけて覗き込んでくる。

「なぁルイ、本当は俺が欲しいんだろ? 俺のこと好きなんだろ?」

心臓はドキドキとうるさかった。「うん」って素直に言えたらどんなに良いだろう。
でも俺は「うん」なんて言えない。言っちゃいけない。
だって俺はタケルさんと付き合ってるんだから……。

「ルイ……」
呟くとシューヤが唇を寄せてきた。それを触れる寸前に避けた。
するとシューヤが眉を顰めながら俺を見る。

「キスを避けられるのって、嫌な気分になるんだけど?」
「あ、ご、ごめん」
つい素直に謝ってしまった。
だってシューヤを傷つけたって思うとやっぱ嫌な気持ちだ。
出来たらこいつの喜ぶ事をしてやりたいと思ってしまう。
けれど……。

「あ、あのさ、シューヤ、忘れてるかもしれないけど、俺タケルさんと付き合ってるんだよ」
シューヤは無言で怒りを滲ませた顔をした。

「その、だからあの、俺、道徳的にお前とキスとかはその出来ない。えっとほら教えただろう? 他人のモノは盗っちゃいけませんって」

「泥棒は赤神タケルの方だ」

「え?」
俺はシューヤを見た。シューヤは静かに怒りをみなぎらせていた。
「ルイは最初から俺の事が好きだった。俺はそれをちゃんと分かっていた。それなのに鈍感で間抜けなルイをたぶらかして、ノリと勢いで赤神タケルが奪いとったんだ。あいつの方こそ泥棒で最低な奴だ」

えっと、さりげなく俺の悪口言ってたけど、でもそうシューヤの言い分は十分に分かった。
確かにシューヤからしたらそうなるだろう。
でも正確に言えば、やっぱり悪いのは俺なんだ。
だって本当に好きかもわからないのに、つい勢いで付き合うって言っちゃったのは俺だ。
その責任や落し前は、やっぱり俺がつけなきゃいけないと思う。

「シューヤ、聞いてくれ!」
俺は今までにない位真剣にシューヤに向き直った。

「俺、あとでお前に言いたい事がある。でも今はそれは言えない。でも後で必ず言うから」
「どういう意味だ?」
わけがわからないって顔をするシューヤに、俺はどう言って良いか悩みながら言う。

「その、いろいろ決着がついたら、えっと……今のキスとか……その先とか……出来るようになると思うから」

シューヤは驚いたように目を向いたが、やがて微笑んだ。

「フ……どうやらやっとお前は真実に気づいたようだな」
「……うん」
「ずいぶん待たされたぞ」
「うん、ごめん」
「でも何で今じゃなく後でなんだ?」
「それはその……」

俺はシューヤに告白するつもりだった。けれどそれは今は言えない。
だって俺はまだタケルさんと別れていないんだ。
別れる前にシューヤに告白するなんて卑怯だ。俺の道徳観が許さない。
だからちゃんとタケルさんに謝って、きちんと別れた後で、シューヤに告白したい。

無言でそう考えていたら、シューヤは黙って俺の手を取った。

「ま、いいよ。後でじっくり聞く事にする」
俺の思いがシューヤに通じたのだろうか?
そう思っていると、シューヤは俺の手にそっと口づけた。

「早く、俺のモノになれよ」
心の中だけで「うん」と頷いた。



俺はタケルさんに会う前に、学校でケンヤを呼び出していた。

「ケ・ン・ヤくん、遊びましょ!」

廊下でそう叫んだら、ケンヤはすっとんできた。
なんだかんだと学校では優等生キャラを保っているケンヤを呼び出すにはこれが一番だ。

「お前、恥かしい呼び出しすんなよ! 俺にホモとバカの噂が立つだろう!?」
「えっとどっちも事実じゃ?」
言ったらナイフを出された。
俺はさっさと謝ると、ケンヤを校舎のホールに連れていく。

「最近はどう?」
「どうって何だよ? 主語言えよ、意味わかんないぞ」
乱暴に髪をかきあげながらそう言うケンヤに言う。

「今も世の中にムカついてる? 絶望してる?」
「え?」
ケンヤは真顔で俺を見た後で、目を伏せて頷く。

「当然だろ。今もいろいろムカつく事がいっぱいだよ。みんな自分勝手で我儘で自分の事ばっかり、もっと他人を気遣えって言うんだよ」
「あのさ!」
大声を出してケンヤの袖にしがみついた。

「俺、お前のっていうか、ケンヤ先輩の気持ち分かるよ。そういう人間の嫌な部分いっぱい見るとみんな嫌いになって死んじゃえば良い。爆破されちゃえ! 核ミサイルの発射だ! 粉々になっちゃえ! プレデターやエイリアンのエサになっちゃえって思うよ!」
「いや、俺はそこまで思わないが……」
「まあ、例だから良いんだよ。とにかくそういう嫌な人間に絶望してもさ、全部が全部人間みんながそうだなんて思わないでほしいんだ! 中には良い人や立派な人がいるんだ! そんな人達を見て人間って良いもんだって見直してもらいたい。それに悲観ばっかしないで
嫌な人がいなくなるように努力しようよ!」

熱く語る俺に驚きながらも、ケンヤは冷静な顔で言った。
「それでお前、結論、俺に何が言いたいワケ?」
俺は笑顔で言った。

「就職しない?」



俺は久しぶりに携帯でタケルさんと連絡を取っていた。

待ち合わせ場所の、せせらぎ湾岸地区の都市エリアの交差点にいると、派手な赤い改造車? が現れた。
「ルイ、おまたせ!」

さっそうと車から降りてくるタケルさんは、まるで西部警○の大門のようだった。
古いな俺。

「タケルさん、呼び出してすみません!」
「いや、構わないよ、ルイとデートなら大歓迎だ」
タケルさんは俺が連れている制服姿の男に気づく。

「えっと、彼は以前会った……?」
横をプイと向いているケンヤにタケルさんは首を傾げる。

「ええ、そうなんです! 俺の学校の先輩の闇川剣夜さんです!」
「ヤミカワケンヤ? なんとなく気になる名まえだが……」
顎をつまんで考えていたが、タケルさんはすぐに気を取り直すと、必殺好感度爆発スマイルを披露した。
その笑顔攻撃から顔を背けて、ケンヤは俺に小声で聞く。

「なんで俺を赤神レッドに会わせるんだ?」
えっと微妙な名前になってるけど、ま、いっか。
小声でケンヤに言う。
「お前さ、タケルさんについて学んだ方が良いと思うんだ。正しい世の中の直し方をさ」
「は?」
ケンヤが驚いて声を上げたその瞬間。
タケルさんが道路に向かって前方三回転半して地面を転がると起き上がった。
「な、なんだ? 人が轢かれそうにでもなったか?」

タケルさんは笑顔でこっちに戻ってくる。指に何かを持って。
「誰かがタバコのポイ捨てをしたんだ。危ない所だった。まだ火がついているよ。でももう大丈夫だ。これでこのエリアの大火災は防がれた」
「……」
ケンヤは俺の腕をつかむと言った。

「俺、帰りたいんだけど……」
「そう言うなよ。タケルさんめっちゃ良い人だから、もっと見て勉強しろよ。そして見習いとしてお前も働け!」
「なに言ってんだよ? しかもいつの間にか先輩に向かって命令口調だし」
「あ、すみません、先輩。どうかタケルさんについて正しい世直しを勉強しなすって下さい」
「更に日本語ヘンだよ」


その時、急に視界に入るものがあった。
「あ、危ない!」
それは小さな子供だった。子供が車道に飛び出した。
車が近づく。これは絶対絶命のピンチだと思った。
するとタケルさんはダッシュで走ると車の前に飛び出し、車を素手で受け止めた。
人間ワザではなかった。でも戦隊の人だから当然なのか? いや、でもすごい!

俺が茫然としていると、ケンヤが颯爽と走って子供を抱え上げて戻ってきた。
それに叫びながら母親らしき人が近づく。

「ありがとうございました。すみません、ご迷惑をおかけして」
謝る母親にケンヤは眉を顰める。
「こんな小さな子供から目を離すなよな!」
「す、すみません!」
平謝りする母親にケンヤは冷たい視線のまま睨むように言う。
「こんなガキ轢かされたら車の方が迷惑なんだよ! 首に紐でもつないでガキは連れ歩けよ。母親がちゃんと教育しないから、こんな……」
言い募るケンヤの肩をタケルさんがポンと叩いた。

「こら、言いすぎるなよ。お母さんもあんなに反省してるじゃないか? それに小さな子供から絶対に目を離さないっていうのはどうしても無理な事なんだよ。君だってまばたきするなって言ったってしちゃうだろ? 不可抗力だよ。さ、お母さんも顔あげて。子供が心配そうに見てますよ」

見ると子供が母親に抱きつきながらじっと見つめていた。
ケンヤはその様子に言葉をなくす。
親子はタケルさんに改めてお礼を言うと去っていった。
そして帰り際、抱っこされた子供が無言でこっちに手を振った。
タケルさんは笑顔で振り返す。それをケンヤは複雑そうに見ている。
俺はついケンヤの手を取って、一緒に子供に振り返した。
そしてケンヤに笑顔で言う。

「タケルさんて、マジでバカみたいに良い人だろ? 小さな正義のために派手に動いてさ。そういうの、すっごく疲れると思うのに、でもやっちゃうんだよな。でもそれってすっげー格好イイよな?」

俺の言葉にケンヤは黙っていた。

そんな俺達の小声の会話をよそに、タケルさんは必殺の笑顔で歯をキラリと輝かした。
「改めてよろしく剣夜君。ルイの友達なら、俺にとっても友達だ。気軽に接してくれ」
「……」
ケンヤは返事をしなかった。
けれど差し出されたタケルさんの手は黙って握った。
俺はその光景に満足する。

きっとケンヤは、バカみたいに真っすぐで真面目なタケルさんに触れて変わってくれると思う。
シューヤが好きだって自覚した俺だって、正義の味方をしてるタケルさんは格好イイって見惚れちゃう位なんだから。


ケンヤをタケルさんに紹介して連絡先を交換させると、俺はケンヤと別れてタケルさんの車に乗り込んだ。

「えっとパトロール中じゃないんですか? 俺、邪魔じゃないですか?」
「ああ、大丈夫。パトロールも兼ねたドライブでもしよう。どこか行きたいとこある? 港エリアでも行く?」
「えっと、お任せしますよ」

車の助手席に座りながら、俺はケンヤをタケルさんの助手にして欲しいと、タケルさんにお願いした。
「剣夜君ね。運動神経も良いみたいだし、真面目そうな性格みたいだし、うん、俺達の仕事むきな気がするね。高校3年生なら、卒業して訓練学校に入ってって丁度良いね。俺で良かったらいろいろ教えてあげるよ」
「ありがとうございます!」

今日の計画の一個目が上手くいってほっとした。
でもこの後、もっと重大な問題が俺を待っている。
俺は、こんな素敵な人に、これから別れると言わないといけないんだ……。
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