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君は輪廻転生を信じるか?
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その日はなんだか、学校中がザワザワしていた。
いつもと同じ平日の一日なのに、いつもとは空気が違った。
その理由を中島ハルトが知ったのは放課後だった。
「転校生?」
呟くとクラスメイトで野球部の三浦が頷いた。
「そう、すっげーイケメンが5組に転校してきたんだって。女子が大騒ぎで他のクラスの友達に休み時間に伝えて、それがまた広がってって感じで、休み時間の度に見物人がおしかけて5組は大変だったって話だよ」
「三浦も随分くわしいな」
ハルトは感心しながら呟いた。
「俺は今、隣のクラスにいる田辺に聞いた」
「それでわざわざ、僕に報告する為に戻ってきたの?」
「そう! だってやっぱ誰かに報告したいじゃん!」
三浦は楽しそうに言った。
社交的で明るい三浦は噂話も大好きだ。仕入れてきたばかりの情報を誰かに伝えたくてウズウズしていたんだろう。
「俺もちょっと見てきたけど、なんかオーラが凄かった!」
「オーラ?」
首を傾げるハルトに三浦は頷く。
「そう、オーラ! すっごいイケメンなんだけどさ、ちょっとオーラが半端なくてみんな声かけにくそうな感じだった」
「ああ、そういう事か」
なんとなくわかる気がした。
イケメンでも明るく社交的な人もいれば、無口な人もいるだろう。
おそらくその転校生は後者なんだろう。
「でも三浦は誰とでも友達になるし、君なら声をかけられるんじゃないの?」
三浦は自分の顎をつまんだ。
「まぁ、確かに声は普通にかけられると思うけど、さすがに今日は無理かな。ま、そのうち友達になったらハルトにも紹介するよ!」
三浦は当然のように転校生と友達になる気なんだなと思った。
三浦はどこかの歌のように、学校で友達を100人作れるようなキャラクターだ。
ハルトは逆に内向的でおとなしい。
もしも三浦がいなければ学校に友達は一人も出来なかったかもしれない。
「じゃ、俺、部活に行ってくるよ!」
新しい情報をハルトに伝えた事で満足したのか、三浦は片手を上げた。
「うん、また明日。部活頑張って」
「おう!」
軽く手を振って挨拶を交わしたあと、三浦は教室から飛び出した。
ハルトは携帯を鞄にしまうと椅子から立ち上がった。
目の前にいた一人の少年と目があった。
クラス委員長の小柳だった。
「転校生、見に行くのか?」
「え、いや、いかないよ」
「……そっか」
小柳はクルリと向きをかえると廊下に向かって歩き出した。
ハルトはおとなしい性格だが、三浦のように距離を詰めてくる人間とは仲良くもなるし友達にもなる。
けれど小柳は三浦がいくら声をかけてもグループに混ざる事はない。
一人が好きなのか、他人をよせつけない雰囲気がある。
三浦などは小柳の事を孤高の委員長と呼んでいる。
そんな人嫌いそうな小柳に、ハルトはよく声をかけられる、ような気がしていた。
話が弾むわけではないが、なんとなく声をかけられたり視線を感じる事があった。
小柳が去った後で、ハルトは鞄を手に持つ。
今日の晩御飯の献立を考えながら廊下を歩く。
母子家庭なので夕食はいつもハルトが作っている。部活にも入らず、毎日学校と家事をこなすだけの毎日だった。
昇降口で下駄箱の扉を開けていると、入口に立つ少年が目に入った。
あまりの美貌に一瞬見惚れてしまった。
これが噂の転校生なんだなと理解した。
その前を緊張しながら通りすぎようとすると、声をかけられた。
「中島ハルト君」
思わず立ち止まってしまった。
目の前にいる美貌の少年が確かに自分の名を呼んだ。
「え、えっと……?」
困惑しながら声を出すと、少年は距離をつめて顔を寄せた。
「僕は椎名シュン、君を待ってたんだ」
「え?」
ハルトは目の前のシュンに身構えた。
何故彼は自分を知っているのだろう? ここで僕を待っていた?
困惑するハルトにシュンは微笑む。
「歩きながら話そうか? 君の話も聞きたいし、君に話したい事もいっぱいあるんだ」
邪気のない顔に見えた。裏があるようなそんな雰囲気はなかった。
「行こう」
手を引かれた。白く細い手だった。その肌の白さはまるで白人みたいだった。
雰囲気的にはロシア人ハーフみたいな外見だ。白い肌に亜麻色の髪。モデルのようなスタイル。
「家は前と同じだよね?」
「え?」
自分の家を知っているのだろうか?
今の言い方はそう聞こえた。
過去に彼と会った事があっただろうか? 考えたが思いだせなかった。
こんなビジュアルの人間を知っていたら、忘れる事はないはずだ。
絶対に初対面だと思うのに、シュンは昔からの友人のように話し続ける。
「僕の今の家は君の家の近くなんだよ。遅くなってしまったけど、ちゃんと転校出来て良かったよ。ずっと君に会いに来たかったんだ」
ハルトは立ち止まって掴まれていた手を振りほどいた。
「僕は椎名君と会った事があったかな?」
「シュンで良いよ」
怪訝な顔で訊ねたのに、シュンは笑顔で返してきた。
「僕もハルト君って呼んでいい?」
「……別に良いけど」
マイペースなシュンにハルトは強く出られなかった。
彼のペースで進んでいく。
「ごめんね。君が混乱するってわかってたのに、つい嬉しくてはしゃいでしまった。僕は昔、君に助けてもらった事があるんだ」
「助けた?」
やっぱり過去の知り合いだろうか。でもこの外見の人間をこんなにきれいサッパリ忘れるモノだろうか。
「僕からしたらはるか昔の事になるんだけど、君からしたら5年位前の事になるかな」
「5年前?」
当時は小学校6年だ。彼は同じ小学校にいただろうか? いや、いない。
例えば外見が成長で変わってしまったのだとしても、こんな独特の雰囲気を持つ人間はいなかった。
ハルトは早々に思いだす事を諦めた。
「ごめん、覚えてないんだけど、僕は君と友達だったのかな?」
シュンは首を傾げた。美しい髪が揺れる。
「うーん、友達とは違ったかな? もしかしたら友達になれたのかもしれなかったけど、そんな時間はなかったんだ」
「時間がなかった?」
今回のように突然転校したとか、そういう事だろうか。
考え込んでいるとシュンが顔を覗きこんできた。
「ハルト君も大きくなったね。すっごく綺麗になってて嬉しかった。やっぱり心が綺麗な人は外見も綺麗になるんだね」
「ちょ! 綺麗って!」
同級生に言われるような言葉ではないのでビックリした。
そもそも綺麗というなら、シュンの方が綺麗だ。
「というか、その考えで言ったら君は心が綺麗だから顔もそんなに綺麗だって、自分で言ってるみたいだよ」
「え? 僕って綺麗じゃない?」
真顔で返されてしまって言葉が出なかった。
「……いや、確かに綺麗だけど」
「本当? 嬉しいな。ハルト君に綺麗だって言われちゃったよ」
溶けそうな顔で嬉しそうに微笑まれた。
ついドキリとしてしまった。
話がスムーズに進んでいない気がしたが、シュンが悪い人間ではないのは分かった。
天然というか純粋というか、素直な人だと思う。
「さっきシュン君は僕に会った事があるみたいに言ってたけど、どこで会ったのかな? 小学校?」
「うーん、小学校ではないかな」
「じゃあ、どこで?」
「今から行ってみる?」
「え?」
予想外の発言に目を見開く。
「行くってどこに?」
「僕達が出会った場所。君の家の近くだよ」
「近く……」
呟いて考えていると再び腕を掴まれた。
「じゃあ、行こうか」
美しい顔で微笑まれ、文句が言えなかった。
母子家庭で経済的負担をかけたくなかったハルトは、高校は自宅から歩ける距離の場所を選んでいた。
徒歩で30分位の距離だ。
その道のりをシュンは楽しそうにゆっくり歩いた。
やがて左手に林のような緑の木々が見えた。それは馴染みの公園だった。
「ここって……」
呟くハルトにシュンは頷く。
「よく遊びに来てたんでしょ?」
「うん……」
近所に公園はいくつもあったが、この公園が一番大きな物だった。
球技も出来るグラウンドや、林のような緑に覆われたマラソンコース、池の上を歩ける遊歩道などがあった。
シュンは迷う事なく入口から公園の中に入る。
「昔は毎日のようにここで遊んでたなぁ」
見渡しながらハルトは呟いた。
中学に上がってからは家事を手伝うようになって、ここに来る事は減ったが小学生の頃は毎日のように来ていたように思う。
野球やサッカーを知らない人とする事もあったので、シュンともその時に遊んでいたんだろうか。
ハルトは少し背の高いシュンを見上げる。
「シュン君ともここでいっしょに遊んでた?」
「違うよ」
微笑みながら否定された。
納得がいかなかった。
公園で遊ぶ以外にどう出会うと言うのだろう。
池の遊歩道の手前で、シュンは立ち止まった。
「出会ったのはここだよ」
「ここって……」
遊歩道の入り口だが、そこでの記憶は一切なかった。
いや、鬼ごっこなどでこの辺りを走り回っていた事はある。
でも他に印象的な出来事はない。
困り果ててシュンを見ると真剣な瞳で見つめられた。その視線に緊張感を覚えた。
「君は輪廻転生を信じる?」
「え?」
突然の問いに面食らった。
「え、えっと……」
聞かれて即答できるものではなかった。
輪廻転生。それはつまり生まれ変わりの事だ。
人が死んだあと、また誰かに生まれ変わる。
いや、人だけではないのかもしれない。動物や植物に生まれ変わる。
それが輪廻転生。
「僕は昔ここで君に助けてもらった鳥の生まれ変わりだよ」
「え?」
予想外の発言に頭がおいつかなかった。
生まれ変わりもそうだが鳥と言うのは?
頭を押さえて考えているとシュンが続ける。
「君は5年程前にここで怪我をした鳥を見つけた。そしてその鳥を病院に連れていき、看病もしてくれた」
「あ……」
思いだした。確かにケガをした鳥を見つけて助けた事がある。
鳥の体にはおもちゃの矢が刺さっていた。その衝撃的な映像が記憶に残っている。
地面にいた鳥を見つけたハヤトは泣きながら病院に連れていった。
でもその鳥は……。
「僕が助けたって、だってあの鳥はすぐに死んでしまったんだ……」
病院に連れていったが鳥は助からなかった。すぐに死んでしまった。
「僕は助けられてない……」
震える声で呟いたが、シュンは首を振った。
「違うよ。助けてもらった。結果的にはすぐに死んでしまったけど、君が助けてくれた事実は変わらないよ。僕は君に手当てしてもらえて嬉しかったんだ。そのお陰で僕の心は救われた。だからまたすぐに生まれ変わる事ができたんだ」
肝心な事に気付いた。
「ちょっと待って! 生まれ変わりって言うのはおかしいだろ?」
「なんで?」
不思議そうにシュンは首を傾げる。
「だって生まれ変わりっていうのは死んだ後に転生するんでしょ? 君が本当にあの時の鳥だとしても、すぐに生まれ変わってもまだ5歳位なんじゃないの?」
勢いで話し早口になる。
「君は今15か16歳でしょ? 5年前、すでに君はこの世に存在している。その鳥の生まれ変わりなわけないよ」
ハルトは言い切った。
けれどシュンは動じた様子もなかった。
「君は勘違いをしているよ」
「勘違い?」
何を勘違いしているのか分からなかった。計算だろうか。5年前じゃなく6年前? いや、でも。
「死んだ瞬間から後に生まれ変わるっていうのは君の思い込みだよ」
「え?」
「死んだ瞬間、その魂は自由になる。次に何者に生まれ変わるのか、どの時代に生まれるかは自由だ」
シュンは美しい顔で、人ではないモノのように語る。それは神々しく見えた。
「例えば、今僕がここで死んだとしよう。その瞬間、自由になった魂は江戸時代の人に生まれる事もできるし、外国のどこかの誰かに生まれ変わる事も出来る。魂は自由なんだよ」
「そんな、そんな事って……」
言葉が続かなかった。
そもそも輪廻転生とか生まれ変わり自体が存在するのかもわからない。
そのわからない物の仕組みやルールなんかもっとわからない。
「そんなの何でもアリなんじゃない?」
「そうかな? いや、そうだね。なんとでも言えるもんね」
シュンは微笑んだ。
その笑みを見て冗談だったんだろうかと思った。
からかわれただけ。嘘を言われた。つまりはそういう事。
そう納得しかけた時、シュンの手が伸びた。
優しくハルトの頬に触れる。
「だから最初に君に聞いたでしょ。君は輪廻転生を信じるかって。世界がとか世の中がとか、他の誰かがなんて関係ない。君が僕の言う事を信じるかどうかだけが、僕にとっては大事なんだ」
シュンの言葉が胸に刺さった。
他の誰かではなく自分が信じるか。
「そんなの、わからないよ」
ハルトは呟くと小道をフラフラと歩き出した。シュンはその後をついてくる。
「どこに行くの?」
「帰る。いや、違う、買い物しなきゃ。晩御飯の……」
「じゃあ、僕もついて行く」
後ろを歩くシュンを振り返った。
「なんで?」
「君の事が好きなんだ。だからずっと側にいたい」
ある意味、生まれ変わりの話よりも衝撃的な言葉だった。
「好きっていうのはね、恋愛感情って意味だよ。君と付き合いたいとか、キスしたいとか、それ以上の事をしたいとか、大事にしたいとか一生側にいたいとかそういう意味」
昼休み。黙々と弁当を食べるハルトの横でシュンはそんな言葉をずっと繰り返していた。
買い物にもついて行きたい、家にも行きたいと言うシュンをなんとか説得して、昨日は公園で別れた。
そのかわりに翌日、学校で昼食を一緒にとる約束をした。
シュンは存在が目立つので、教室をさけてホールのベンチまで移動していた。
シュンの告白は本気だったようで、先ほどからずっと口説かれているような状況だった。
「もう、君の好きは伝わったから、それ以上言わないでくれる?」
弁当箱を閉じてようやくハルトは口を開いた。
横にいたシュンは嬉しそうに微笑む。
「本当に? 良かった。じゃあ、付き合ってくれる?」
「いやいや、なんでそうなる? 気持ちが伝わったって言っただけだよ」
「僕の気持が伝わったなら、普通は付き合ってくれるんじゃないの? 女の子はみんな僕と付き合いたいって言ってくるんだけど?」
ハルトはため息をつく。
「僕は男だからね」
「男だとダメなの?」
真顔で聞かれた。そう聞かれると困る。
「いや、今の世の中ダメって事はないんだけど、うーん……」
どう説明して良いモノか困ってしまう。
「ほら、君と僕は出会ったばかりだし」
「前世からの知り合いなのに? 君は僕の恩人なんだ。好きになって当然でしょ?」
「それは……」
手を掴まれた。しかもシュンが持っていた菓子パンごと両手で握りしめられた。
「君がとても優しい人だって事はよく知っているよ。それにすごく綺麗でかわいい」
「……それはひいき目というか、現実より良く見えてるよ。多分多くの人は賛同しない」
「そんな事ないよ。それに他の人なんか関係ないし、君が気にする事はないよ」
シュンに好かれていると知られたら、女子から嫌がらせを受けそうだなと思った。
「さっきから気になってたんだけど、シュン君、お昼食べないの?」
「え?」
シュンは掴んでいた手を離した。袋に入ったままだった菓子パンが潰れていた。
「あ、うん、食べる。君の側にいられたのが嬉しくて、食べるの忘れてた」
無邪気な様子でシュンは笑った。
その様子に胸がつまった。
食事を忘れる程嬉しいとか好きとか、そんな風に誰かに思われた事はなかった。
三浦と仲良くなるまでは一人でいる事が多く、友達もいなかった位だ。
誰かに好かれるというのは不思議な感覚だった。
教室に帰ると三浦がやってきた。
「さっき転校生が迎えに来てただろ?」
気付かれないように廊下に出たのに、鋭いなと思った。
自分の席に向かいながら呟く。
「よく気付いたね」
「俺を誰だと思ってんの? つーか俺が友達になって紹介するとか言ってたのに、先越されちゃったな」
「ああ、うん」
確かに昨日、そんな風に言っていた。
「なんていうか、その、ごめん」
「なんで謝るんだよ? 俺はお前に友達が出来て嬉しいよ。友達が多いって楽しいしからさ!」
友達が少ないハルトを、普段から三浦が気遣ってくれていたのは分かっていた。
「今度、俺に転校生紹介してくれる?」
「うん」
席について教科書の用意をしていると、視線を感じた。
委員長の小柳がこちらを見ていた、ような気がした……。
その日から毎日、ハルトはシュンと昼休みを過ごすようになった。
放課後もシュンがついて来るので、毎日一緒に帰っているような状況だ。
「スーパーまでついて来なくて良いのに」
呟くハルトの横で、シュンは楽しそうにスーパーの棚を眺めていた。
鮭の缶を手に取っては目を輝かせている。
「ただの鮭缶が珍しい?」
「普段スーパーとか来ないから新鮮なんだ」
「買い物とかしないの?」
「うん、今は祖父の家に住んでるんだけど、お手伝いさんがいるから」
ハルトはマジマジとシュンを見つめた。
彼の事を全く知らない事に気付いた。変な時期の突然の転校も何か理由があるのだろうか。
気にはなったが繊細な問題かもしれないので口に出来なかった。
「そう言えば、昼休みはいつもパンを食べてるよね? お弁当はお手伝いさんは作ってくれないの?」
「頼めば作ってくれると思うけど、食にあんまり興味ないからパンで良いかなって思ってたんだ」
シュンはいつもパンを一つか二つしか食べていない。
「だからそんなに痩せてるんだよ。そのうち倒れちゃうよ」
「大丈夫だよ。今はハルト君に毎日会えて幸せだから、お腹もいっぱいなんだ」
「そんなのでお腹は膨れないよ!」
ハルトは整ったシュンの顔を見上げた。
少しだけドキドキする心臓を意識しながら、思い切って口を開く。
「明日から、君の分のお弁当も作ってきても良いけど……」
「本当に?」
シュンの顔が輝いた。
「すごく嬉しいよ!」
「味は保証しないよ?」
「ハルト君が作ってくれるモノが美味しくないわけないよ! すごいな、ハルト君の手作りお弁当! すごいや!」
カゴを持ったままの手をギュっと握りしめて言われた。
あまりの喜びようにハルトは提案してみて良かったと思った。
こんな風に喜んでくれるなら、もっと何かしてあげたいと思ってしまう。
いつものようにホールのベンチで二人分の弁当箱を広げると、シュンは感嘆の声を上げた。
「お揃いのお弁当箱に、お揃いのオカズだ! すごいな、本当に僕の分があるなんて!」
「うん、美味しくないかもだけど食べて下さい」
「美味しいよ! すごく!」
「まだ食べてないじゃん」
突っ込んで一緒に笑った。
「だって好きな人が作ってくれたお弁当なんだよ。美味しくないワケがないでしょ?」
好きという言葉に顔が熱くなった。
前までは聞き流せていたのに。
その変化に気付いたのか、シュンは真剣な顔になる。
「君の事が好きなんだ。前世からずっと。再会してからはもっともっと好きになったんだ。僕と付き合ってくれる?」
ハルトは黙って頷いていた。
シュンの手が頬に触れた。顔が近づき唇が触れた。
初めてのキスだった。
目を開けると視線が合った。同時に微笑む。幸福を実感した。
シュンとの付き合いは順調だった。
学校では休み時間を一緒に過ごし、放課後はスーパーに行って、時には母と共に三人で夕食を食べた。
そんなある日、移動教室の為に廊下に出ると小柳と目が合った。
真面目なクラス委員長は真剣な顔をしていた。
「少しだけ、時間をもらえないか?」
「良いけど……」
以前から小柳の視線を感じる事があった。その理由がわかるのだろうか。
廊下の奥で小柳は立ち止まった。
そしてなんの躊躇もなく聞いてきた。
「椎名シュンと付き合ってるのか?」
小柳の意図が分からなかったが、ハルトは頷いた。
「そう、なのか……」
小柳は手で口もとを覆って黙り込む。しばらくそうして何か考えを巡らせた後で、視線を向けた。
「輪廻転生の事も信じたのか?」
「え?」
小柳がどうしてその事を知っているのかわからなかった。
「どうしてその事を?」
「ごめん、偶然、告白の場面を見てたんだ。君は知らなかったかもしれないけど、俺の家もあの公園の近所なんだ」
「ああ、なるほど」
最初の、公園での告白を聞かれていたんだと納得した。
「君はあんな話を信じたのか?」
断罪するかのような、強い口調で聞かれた。
小柳は拳を握りしめていたが、その手が震えている。
「俺は子供の頃からずっとあの公園の近くに住んでいるんだ。だから君が鳥を助けた事も知っている」
「え?」
動揺するハルトに向かって小柳は続ける。
「あいつも、椎名シュンも同じなんじゃないか? たまたま君が鳥を助けるのを見ていた。それを前世の事だと話している」
「それは……」
ハルトも考えた。その可能性はもちろんある。けれど……。
「椎名の祖父の家があの近くにあるんだ。椎名は子供の頃に遊びに来て、君があの鳥を助けたのを偶然見たんだと思う。そして君に興味を持った。彼は突然引っ越してきただろう? 転校しておいかけてくる程君に執着してるなんて、怖くないのか?」
「怖い?」
「そうだろ? 親の反対押し切って祖父の家で暮らしてるんだ。ストーカーみたいだと思わないのか?」
ハルトは黙っていた。
黙って考えていた。
「どうして委員長はそんなに僕の事を気にするの? 話した事もないのにいつも僕を見ていた。シュン君と付き合ってる事にもすぐに気付いたし、シュン君の家の事も調べているみたいだ。僕からしたら君の方がストーカーみたいだって思うよ」
ビクリと小柳は震えた。
「違う! そうじゃないんだ! ごめん、俺は……」
小柳は額を押さえて俯いていたが顔を上げた。
「あの鳥に刺さってた矢は、俺が撃ったモノなんだ」
「え?」
驚くハルトの前で、小柳は震える声で続ける。
「おもちゃの弓と矢だったんだ。矢は紙で作ったものだ。まさか刺さるなんて思ってなかったんだ。怖くて罪悪感で潰れそうで、でも君が鳥を助けてくれた。それだけで少しほっとしたんだ。自分の犯した罪は消えないけど、君が鳥を手当てしてくれて、俺は少し救われたんだ……」
今までの小柳の視線の意味がようやくわかった。
彼は彼で苦しんで後悔しているんだと思うと、責める言葉は出てこなかった。
「輪廻転生を信じるかって聞いたよね?」
小柳は顔を上げるとハルトを見る。
「生まれ変わりは仕組みも含めてよくわからないけど、でもね、そんな風に告白されて僕は嬉しかったんだ。ロマンチックだって思ったんだ」
「ロマンチック?」
「うん、そんな風に言うシュン君を好きになっちゃたんだ。だから好きな人が輪廻転生を信じて欲しいと言うなら、僕は信じるよ」
君も信じてよ。シュン君が鳥の生まれかわりなら、君は償うチャンスを貰えたって事だよ。
そう考えたが口にはしなかった。
「いろいろ心配してくれたみたいでありがとう。でも、僕達は大丈夫だよ。僕は彼の事が好きだから心配しないで良いよ」
ハルトは微笑んで告げた。
引きつっていた小柳の顔から力が抜ける。
「……うん、それなら良かったよ。ごめん、邪魔して」
ようやく笑みに近い表情になった小柳に会釈して、ハルトは廊下を進んだ。
放課後。
シュンと共に公園の池にかかる遊歩道を歩いた。
池のほぼ真ん中で立ち止まると欄干に手をつく。
「前に輪廻転生を信じるかって、僕に聞いたよね?」
「うん」
風でなびく髪を押さえながらシュンは微笑んでいる。
「輪廻はわからないけど、僕は君の事は信じるよ」
シュンは頷いた。
「うん、ありがとう。例え誰も信じてくれなくても、君だけが信じてくれたら僕はそれで良いんだ」
見つめ合いキスを交わそうとしたその時、一羽の鳥が遊歩道の上を横切った。
二人でそれを見つめる。
自然とお互いの手を握っていた。
生まれ変わってもまた僕に会いたいと思ってくれた。
実際に会いに来てくれた。
好きになってくれた。
それが事実なら、なんて幸せでロマンチックな事だろう。
いつもと同じ平日の一日なのに、いつもとは空気が違った。
その理由を中島ハルトが知ったのは放課後だった。
「転校生?」
呟くとクラスメイトで野球部の三浦が頷いた。
「そう、すっげーイケメンが5組に転校してきたんだって。女子が大騒ぎで他のクラスの友達に休み時間に伝えて、それがまた広がってって感じで、休み時間の度に見物人がおしかけて5組は大変だったって話だよ」
「三浦も随分くわしいな」
ハルトは感心しながら呟いた。
「俺は今、隣のクラスにいる田辺に聞いた」
「それでわざわざ、僕に報告する為に戻ってきたの?」
「そう! だってやっぱ誰かに報告したいじゃん!」
三浦は楽しそうに言った。
社交的で明るい三浦は噂話も大好きだ。仕入れてきたばかりの情報を誰かに伝えたくてウズウズしていたんだろう。
「俺もちょっと見てきたけど、なんかオーラが凄かった!」
「オーラ?」
首を傾げるハルトに三浦は頷く。
「そう、オーラ! すっごいイケメンなんだけどさ、ちょっとオーラが半端なくてみんな声かけにくそうな感じだった」
「ああ、そういう事か」
なんとなくわかる気がした。
イケメンでも明るく社交的な人もいれば、無口な人もいるだろう。
おそらくその転校生は後者なんだろう。
「でも三浦は誰とでも友達になるし、君なら声をかけられるんじゃないの?」
三浦は自分の顎をつまんだ。
「まぁ、確かに声は普通にかけられると思うけど、さすがに今日は無理かな。ま、そのうち友達になったらハルトにも紹介するよ!」
三浦は当然のように転校生と友達になる気なんだなと思った。
三浦はどこかの歌のように、学校で友達を100人作れるようなキャラクターだ。
ハルトは逆に内向的でおとなしい。
もしも三浦がいなければ学校に友達は一人も出来なかったかもしれない。
「じゃ、俺、部活に行ってくるよ!」
新しい情報をハルトに伝えた事で満足したのか、三浦は片手を上げた。
「うん、また明日。部活頑張って」
「おう!」
軽く手を振って挨拶を交わしたあと、三浦は教室から飛び出した。
ハルトは携帯を鞄にしまうと椅子から立ち上がった。
目の前にいた一人の少年と目があった。
クラス委員長の小柳だった。
「転校生、見に行くのか?」
「え、いや、いかないよ」
「……そっか」
小柳はクルリと向きをかえると廊下に向かって歩き出した。
ハルトはおとなしい性格だが、三浦のように距離を詰めてくる人間とは仲良くもなるし友達にもなる。
けれど小柳は三浦がいくら声をかけてもグループに混ざる事はない。
一人が好きなのか、他人をよせつけない雰囲気がある。
三浦などは小柳の事を孤高の委員長と呼んでいる。
そんな人嫌いそうな小柳に、ハルトはよく声をかけられる、ような気がしていた。
話が弾むわけではないが、なんとなく声をかけられたり視線を感じる事があった。
小柳が去った後で、ハルトは鞄を手に持つ。
今日の晩御飯の献立を考えながら廊下を歩く。
母子家庭なので夕食はいつもハルトが作っている。部活にも入らず、毎日学校と家事をこなすだけの毎日だった。
昇降口で下駄箱の扉を開けていると、入口に立つ少年が目に入った。
あまりの美貌に一瞬見惚れてしまった。
これが噂の転校生なんだなと理解した。
その前を緊張しながら通りすぎようとすると、声をかけられた。
「中島ハルト君」
思わず立ち止まってしまった。
目の前にいる美貌の少年が確かに自分の名を呼んだ。
「え、えっと……?」
困惑しながら声を出すと、少年は距離をつめて顔を寄せた。
「僕は椎名シュン、君を待ってたんだ」
「え?」
ハルトは目の前のシュンに身構えた。
何故彼は自分を知っているのだろう? ここで僕を待っていた?
困惑するハルトにシュンは微笑む。
「歩きながら話そうか? 君の話も聞きたいし、君に話したい事もいっぱいあるんだ」
邪気のない顔に見えた。裏があるようなそんな雰囲気はなかった。
「行こう」
手を引かれた。白く細い手だった。その肌の白さはまるで白人みたいだった。
雰囲気的にはロシア人ハーフみたいな外見だ。白い肌に亜麻色の髪。モデルのようなスタイル。
「家は前と同じだよね?」
「え?」
自分の家を知っているのだろうか?
今の言い方はそう聞こえた。
過去に彼と会った事があっただろうか? 考えたが思いだせなかった。
こんなビジュアルの人間を知っていたら、忘れる事はないはずだ。
絶対に初対面だと思うのに、シュンは昔からの友人のように話し続ける。
「僕の今の家は君の家の近くなんだよ。遅くなってしまったけど、ちゃんと転校出来て良かったよ。ずっと君に会いに来たかったんだ」
ハルトは立ち止まって掴まれていた手を振りほどいた。
「僕は椎名君と会った事があったかな?」
「シュンで良いよ」
怪訝な顔で訊ねたのに、シュンは笑顔で返してきた。
「僕もハルト君って呼んでいい?」
「……別に良いけど」
マイペースなシュンにハルトは強く出られなかった。
彼のペースで進んでいく。
「ごめんね。君が混乱するってわかってたのに、つい嬉しくてはしゃいでしまった。僕は昔、君に助けてもらった事があるんだ」
「助けた?」
やっぱり過去の知り合いだろうか。でもこの外見の人間をこんなにきれいサッパリ忘れるモノだろうか。
「僕からしたらはるか昔の事になるんだけど、君からしたら5年位前の事になるかな」
「5年前?」
当時は小学校6年だ。彼は同じ小学校にいただろうか? いや、いない。
例えば外見が成長で変わってしまったのだとしても、こんな独特の雰囲気を持つ人間はいなかった。
ハルトは早々に思いだす事を諦めた。
「ごめん、覚えてないんだけど、僕は君と友達だったのかな?」
シュンは首を傾げた。美しい髪が揺れる。
「うーん、友達とは違ったかな? もしかしたら友達になれたのかもしれなかったけど、そんな時間はなかったんだ」
「時間がなかった?」
今回のように突然転校したとか、そういう事だろうか。
考え込んでいるとシュンが顔を覗きこんできた。
「ハルト君も大きくなったね。すっごく綺麗になってて嬉しかった。やっぱり心が綺麗な人は外見も綺麗になるんだね」
「ちょ! 綺麗って!」
同級生に言われるような言葉ではないのでビックリした。
そもそも綺麗というなら、シュンの方が綺麗だ。
「というか、その考えで言ったら君は心が綺麗だから顔もそんなに綺麗だって、自分で言ってるみたいだよ」
「え? 僕って綺麗じゃない?」
真顔で返されてしまって言葉が出なかった。
「……いや、確かに綺麗だけど」
「本当? 嬉しいな。ハルト君に綺麗だって言われちゃったよ」
溶けそうな顔で嬉しそうに微笑まれた。
ついドキリとしてしまった。
話がスムーズに進んでいない気がしたが、シュンが悪い人間ではないのは分かった。
天然というか純粋というか、素直な人だと思う。
「さっきシュン君は僕に会った事があるみたいに言ってたけど、どこで会ったのかな? 小学校?」
「うーん、小学校ではないかな」
「じゃあ、どこで?」
「今から行ってみる?」
「え?」
予想外の発言に目を見開く。
「行くってどこに?」
「僕達が出会った場所。君の家の近くだよ」
「近く……」
呟いて考えていると再び腕を掴まれた。
「じゃあ、行こうか」
美しい顔で微笑まれ、文句が言えなかった。
母子家庭で経済的負担をかけたくなかったハルトは、高校は自宅から歩ける距離の場所を選んでいた。
徒歩で30分位の距離だ。
その道のりをシュンは楽しそうにゆっくり歩いた。
やがて左手に林のような緑の木々が見えた。それは馴染みの公園だった。
「ここって……」
呟くハルトにシュンは頷く。
「よく遊びに来てたんでしょ?」
「うん……」
近所に公園はいくつもあったが、この公園が一番大きな物だった。
球技も出来るグラウンドや、林のような緑に覆われたマラソンコース、池の上を歩ける遊歩道などがあった。
シュンは迷う事なく入口から公園の中に入る。
「昔は毎日のようにここで遊んでたなぁ」
見渡しながらハルトは呟いた。
中学に上がってからは家事を手伝うようになって、ここに来る事は減ったが小学生の頃は毎日のように来ていたように思う。
野球やサッカーを知らない人とする事もあったので、シュンともその時に遊んでいたんだろうか。
ハルトは少し背の高いシュンを見上げる。
「シュン君ともここでいっしょに遊んでた?」
「違うよ」
微笑みながら否定された。
納得がいかなかった。
公園で遊ぶ以外にどう出会うと言うのだろう。
池の遊歩道の手前で、シュンは立ち止まった。
「出会ったのはここだよ」
「ここって……」
遊歩道の入り口だが、そこでの記憶は一切なかった。
いや、鬼ごっこなどでこの辺りを走り回っていた事はある。
でも他に印象的な出来事はない。
困り果ててシュンを見ると真剣な瞳で見つめられた。その視線に緊張感を覚えた。
「君は輪廻転生を信じる?」
「え?」
突然の問いに面食らった。
「え、えっと……」
聞かれて即答できるものではなかった。
輪廻転生。それはつまり生まれ変わりの事だ。
人が死んだあと、また誰かに生まれ変わる。
いや、人だけではないのかもしれない。動物や植物に生まれ変わる。
それが輪廻転生。
「僕は昔ここで君に助けてもらった鳥の生まれ変わりだよ」
「え?」
予想外の発言に頭がおいつかなかった。
生まれ変わりもそうだが鳥と言うのは?
頭を押さえて考えているとシュンが続ける。
「君は5年程前にここで怪我をした鳥を見つけた。そしてその鳥を病院に連れていき、看病もしてくれた」
「あ……」
思いだした。確かにケガをした鳥を見つけて助けた事がある。
鳥の体にはおもちゃの矢が刺さっていた。その衝撃的な映像が記憶に残っている。
地面にいた鳥を見つけたハヤトは泣きながら病院に連れていった。
でもその鳥は……。
「僕が助けたって、だってあの鳥はすぐに死んでしまったんだ……」
病院に連れていったが鳥は助からなかった。すぐに死んでしまった。
「僕は助けられてない……」
震える声で呟いたが、シュンは首を振った。
「違うよ。助けてもらった。結果的にはすぐに死んでしまったけど、君が助けてくれた事実は変わらないよ。僕は君に手当てしてもらえて嬉しかったんだ。そのお陰で僕の心は救われた。だからまたすぐに生まれ変わる事ができたんだ」
肝心な事に気付いた。
「ちょっと待って! 生まれ変わりって言うのはおかしいだろ?」
「なんで?」
不思議そうにシュンは首を傾げる。
「だって生まれ変わりっていうのは死んだ後に転生するんでしょ? 君が本当にあの時の鳥だとしても、すぐに生まれ変わってもまだ5歳位なんじゃないの?」
勢いで話し早口になる。
「君は今15か16歳でしょ? 5年前、すでに君はこの世に存在している。その鳥の生まれ変わりなわけないよ」
ハルトは言い切った。
けれどシュンは動じた様子もなかった。
「君は勘違いをしているよ」
「勘違い?」
何を勘違いしているのか分からなかった。計算だろうか。5年前じゃなく6年前? いや、でも。
「死んだ瞬間から後に生まれ変わるっていうのは君の思い込みだよ」
「え?」
「死んだ瞬間、その魂は自由になる。次に何者に生まれ変わるのか、どの時代に生まれるかは自由だ」
シュンは美しい顔で、人ではないモノのように語る。それは神々しく見えた。
「例えば、今僕がここで死んだとしよう。その瞬間、自由になった魂は江戸時代の人に生まれる事もできるし、外国のどこかの誰かに生まれ変わる事も出来る。魂は自由なんだよ」
「そんな、そんな事って……」
言葉が続かなかった。
そもそも輪廻転生とか生まれ変わり自体が存在するのかもわからない。
そのわからない物の仕組みやルールなんかもっとわからない。
「そんなの何でもアリなんじゃない?」
「そうかな? いや、そうだね。なんとでも言えるもんね」
シュンは微笑んだ。
その笑みを見て冗談だったんだろうかと思った。
からかわれただけ。嘘を言われた。つまりはそういう事。
そう納得しかけた時、シュンの手が伸びた。
優しくハルトの頬に触れる。
「だから最初に君に聞いたでしょ。君は輪廻転生を信じるかって。世界がとか世の中がとか、他の誰かがなんて関係ない。君が僕の言う事を信じるかどうかだけが、僕にとっては大事なんだ」
シュンの言葉が胸に刺さった。
他の誰かではなく自分が信じるか。
「そんなの、わからないよ」
ハルトは呟くと小道をフラフラと歩き出した。シュンはその後をついてくる。
「どこに行くの?」
「帰る。いや、違う、買い物しなきゃ。晩御飯の……」
「じゃあ、僕もついて行く」
後ろを歩くシュンを振り返った。
「なんで?」
「君の事が好きなんだ。だからずっと側にいたい」
ある意味、生まれ変わりの話よりも衝撃的な言葉だった。
「好きっていうのはね、恋愛感情って意味だよ。君と付き合いたいとか、キスしたいとか、それ以上の事をしたいとか、大事にしたいとか一生側にいたいとかそういう意味」
昼休み。黙々と弁当を食べるハルトの横でシュンはそんな言葉をずっと繰り返していた。
買い物にもついて行きたい、家にも行きたいと言うシュンをなんとか説得して、昨日は公園で別れた。
そのかわりに翌日、学校で昼食を一緒にとる約束をした。
シュンは存在が目立つので、教室をさけてホールのベンチまで移動していた。
シュンの告白は本気だったようで、先ほどからずっと口説かれているような状況だった。
「もう、君の好きは伝わったから、それ以上言わないでくれる?」
弁当箱を閉じてようやくハルトは口を開いた。
横にいたシュンは嬉しそうに微笑む。
「本当に? 良かった。じゃあ、付き合ってくれる?」
「いやいや、なんでそうなる? 気持ちが伝わったって言っただけだよ」
「僕の気持が伝わったなら、普通は付き合ってくれるんじゃないの? 女の子はみんな僕と付き合いたいって言ってくるんだけど?」
ハルトはため息をつく。
「僕は男だからね」
「男だとダメなの?」
真顔で聞かれた。そう聞かれると困る。
「いや、今の世の中ダメって事はないんだけど、うーん……」
どう説明して良いモノか困ってしまう。
「ほら、君と僕は出会ったばかりだし」
「前世からの知り合いなのに? 君は僕の恩人なんだ。好きになって当然でしょ?」
「それは……」
手を掴まれた。しかもシュンが持っていた菓子パンごと両手で握りしめられた。
「君がとても優しい人だって事はよく知っているよ。それにすごく綺麗でかわいい」
「……それはひいき目というか、現実より良く見えてるよ。多分多くの人は賛同しない」
「そんな事ないよ。それに他の人なんか関係ないし、君が気にする事はないよ」
シュンに好かれていると知られたら、女子から嫌がらせを受けそうだなと思った。
「さっきから気になってたんだけど、シュン君、お昼食べないの?」
「え?」
シュンは掴んでいた手を離した。袋に入ったままだった菓子パンが潰れていた。
「あ、うん、食べる。君の側にいられたのが嬉しくて、食べるの忘れてた」
無邪気な様子でシュンは笑った。
その様子に胸がつまった。
食事を忘れる程嬉しいとか好きとか、そんな風に誰かに思われた事はなかった。
三浦と仲良くなるまでは一人でいる事が多く、友達もいなかった位だ。
誰かに好かれるというのは不思議な感覚だった。
教室に帰ると三浦がやってきた。
「さっき転校生が迎えに来てただろ?」
気付かれないように廊下に出たのに、鋭いなと思った。
自分の席に向かいながら呟く。
「よく気付いたね」
「俺を誰だと思ってんの? つーか俺が友達になって紹介するとか言ってたのに、先越されちゃったな」
「ああ、うん」
確かに昨日、そんな風に言っていた。
「なんていうか、その、ごめん」
「なんで謝るんだよ? 俺はお前に友達が出来て嬉しいよ。友達が多いって楽しいしからさ!」
友達が少ないハルトを、普段から三浦が気遣ってくれていたのは分かっていた。
「今度、俺に転校生紹介してくれる?」
「うん」
席について教科書の用意をしていると、視線を感じた。
委員長の小柳がこちらを見ていた、ような気がした……。
その日から毎日、ハルトはシュンと昼休みを過ごすようになった。
放課後もシュンがついて来るので、毎日一緒に帰っているような状況だ。
「スーパーまでついて来なくて良いのに」
呟くハルトの横で、シュンは楽しそうにスーパーの棚を眺めていた。
鮭の缶を手に取っては目を輝かせている。
「ただの鮭缶が珍しい?」
「普段スーパーとか来ないから新鮮なんだ」
「買い物とかしないの?」
「うん、今は祖父の家に住んでるんだけど、お手伝いさんがいるから」
ハルトはマジマジとシュンを見つめた。
彼の事を全く知らない事に気付いた。変な時期の突然の転校も何か理由があるのだろうか。
気にはなったが繊細な問題かもしれないので口に出来なかった。
「そう言えば、昼休みはいつもパンを食べてるよね? お弁当はお手伝いさんは作ってくれないの?」
「頼めば作ってくれると思うけど、食にあんまり興味ないからパンで良いかなって思ってたんだ」
シュンはいつもパンを一つか二つしか食べていない。
「だからそんなに痩せてるんだよ。そのうち倒れちゃうよ」
「大丈夫だよ。今はハルト君に毎日会えて幸せだから、お腹もいっぱいなんだ」
「そんなのでお腹は膨れないよ!」
ハルトは整ったシュンの顔を見上げた。
少しだけドキドキする心臓を意識しながら、思い切って口を開く。
「明日から、君の分のお弁当も作ってきても良いけど……」
「本当に?」
シュンの顔が輝いた。
「すごく嬉しいよ!」
「味は保証しないよ?」
「ハルト君が作ってくれるモノが美味しくないわけないよ! すごいな、ハルト君の手作りお弁当! すごいや!」
カゴを持ったままの手をギュっと握りしめて言われた。
あまりの喜びようにハルトは提案してみて良かったと思った。
こんな風に喜んでくれるなら、もっと何かしてあげたいと思ってしまう。
いつものようにホールのベンチで二人分の弁当箱を広げると、シュンは感嘆の声を上げた。
「お揃いのお弁当箱に、お揃いのオカズだ! すごいな、本当に僕の分があるなんて!」
「うん、美味しくないかもだけど食べて下さい」
「美味しいよ! すごく!」
「まだ食べてないじゃん」
突っ込んで一緒に笑った。
「だって好きな人が作ってくれたお弁当なんだよ。美味しくないワケがないでしょ?」
好きという言葉に顔が熱くなった。
前までは聞き流せていたのに。
その変化に気付いたのか、シュンは真剣な顔になる。
「君の事が好きなんだ。前世からずっと。再会してからはもっともっと好きになったんだ。僕と付き合ってくれる?」
ハルトは黙って頷いていた。
シュンの手が頬に触れた。顔が近づき唇が触れた。
初めてのキスだった。
目を開けると視線が合った。同時に微笑む。幸福を実感した。
シュンとの付き合いは順調だった。
学校では休み時間を一緒に過ごし、放課後はスーパーに行って、時には母と共に三人で夕食を食べた。
そんなある日、移動教室の為に廊下に出ると小柳と目が合った。
真面目なクラス委員長は真剣な顔をしていた。
「少しだけ、時間をもらえないか?」
「良いけど……」
以前から小柳の視線を感じる事があった。その理由がわかるのだろうか。
廊下の奥で小柳は立ち止まった。
そしてなんの躊躇もなく聞いてきた。
「椎名シュンと付き合ってるのか?」
小柳の意図が分からなかったが、ハルトは頷いた。
「そう、なのか……」
小柳は手で口もとを覆って黙り込む。しばらくそうして何か考えを巡らせた後で、視線を向けた。
「輪廻転生の事も信じたのか?」
「え?」
小柳がどうしてその事を知っているのかわからなかった。
「どうしてその事を?」
「ごめん、偶然、告白の場面を見てたんだ。君は知らなかったかもしれないけど、俺の家もあの公園の近所なんだ」
「ああ、なるほど」
最初の、公園での告白を聞かれていたんだと納得した。
「君はあんな話を信じたのか?」
断罪するかのような、強い口調で聞かれた。
小柳は拳を握りしめていたが、その手が震えている。
「俺は子供の頃からずっとあの公園の近くに住んでいるんだ。だから君が鳥を助けた事も知っている」
「え?」
動揺するハルトに向かって小柳は続ける。
「あいつも、椎名シュンも同じなんじゃないか? たまたま君が鳥を助けるのを見ていた。それを前世の事だと話している」
「それは……」
ハルトも考えた。その可能性はもちろんある。けれど……。
「椎名の祖父の家があの近くにあるんだ。椎名は子供の頃に遊びに来て、君があの鳥を助けたのを偶然見たんだと思う。そして君に興味を持った。彼は突然引っ越してきただろう? 転校しておいかけてくる程君に執着してるなんて、怖くないのか?」
「怖い?」
「そうだろ? 親の反対押し切って祖父の家で暮らしてるんだ。ストーカーみたいだと思わないのか?」
ハルトは黙っていた。
黙って考えていた。
「どうして委員長はそんなに僕の事を気にするの? 話した事もないのにいつも僕を見ていた。シュン君と付き合ってる事にもすぐに気付いたし、シュン君の家の事も調べているみたいだ。僕からしたら君の方がストーカーみたいだって思うよ」
ビクリと小柳は震えた。
「違う! そうじゃないんだ! ごめん、俺は……」
小柳は額を押さえて俯いていたが顔を上げた。
「あの鳥に刺さってた矢は、俺が撃ったモノなんだ」
「え?」
驚くハルトの前で、小柳は震える声で続ける。
「おもちゃの弓と矢だったんだ。矢は紙で作ったものだ。まさか刺さるなんて思ってなかったんだ。怖くて罪悪感で潰れそうで、でも君が鳥を助けてくれた。それだけで少しほっとしたんだ。自分の犯した罪は消えないけど、君が鳥を手当てしてくれて、俺は少し救われたんだ……」
今までの小柳の視線の意味がようやくわかった。
彼は彼で苦しんで後悔しているんだと思うと、責める言葉は出てこなかった。
「輪廻転生を信じるかって聞いたよね?」
小柳は顔を上げるとハルトを見る。
「生まれ変わりは仕組みも含めてよくわからないけど、でもね、そんな風に告白されて僕は嬉しかったんだ。ロマンチックだって思ったんだ」
「ロマンチック?」
「うん、そんな風に言うシュン君を好きになっちゃたんだ。だから好きな人が輪廻転生を信じて欲しいと言うなら、僕は信じるよ」
君も信じてよ。シュン君が鳥の生まれかわりなら、君は償うチャンスを貰えたって事だよ。
そう考えたが口にはしなかった。
「いろいろ心配してくれたみたいでありがとう。でも、僕達は大丈夫だよ。僕は彼の事が好きだから心配しないで良いよ」
ハルトは微笑んで告げた。
引きつっていた小柳の顔から力が抜ける。
「……うん、それなら良かったよ。ごめん、邪魔して」
ようやく笑みに近い表情になった小柳に会釈して、ハルトは廊下を進んだ。
放課後。
シュンと共に公園の池にかかる遊歩道を歩いた。
池のほぼ真ん中で立ち止まると欄干に手をつく。
「前に輪廻転生を信じるかって、僕に聞いたよね?」
「うん」
風でなびく髪を押さえながらシュンは微笑んでいる。
「輪廻はわからないけど、僕は君の事は信じるよ」
シュンは頷いた。
「うん、ありがとう。例え誰も信じてくれなくても、君だけが信じてくれたら僕はそれで良いんだ」
見つめ合いキスを交わそうとしたその時、一羽の鳥が遊歩道の上を横切った。
二人でそれを見つめる。
自然とお互いの手を握っていた。
生まれ変わってもまた僕に会いたいと思ってくれた。
実際に会いに来てくれた。
好きになってくれた。
それが事実なら、なんて幸せでロマンチックな事だろう。
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