3 / 5
3・記憶喪失でも、案外上手く生きていける
しおりを挟む
記憶がなくても学校生活は順調だった。
クラスメイトなどは、すでに僕に記憶がない事すら、忘れているのではないだろうか。
学校でも寮でも、基本的にはフミヤと過ごす事が多かった。
シアンの誘いの事はあえて考えないようにし、ナナトの所には、いつ行こうか悩んでいた。
過去の自分の秘密を知っていそうなナナト。
真実を知りたいような、知りたくないような、複雑な気持ちで決められない。
そもそも彼は、降参するならと言った。つまりギリギリまで自分で考えろという事だろう。
ならばもう少し、僕は過去の自分の事を考えたい。
何を考え、誰を想っていたのか……。そう、おそらく僕は誰かに恋をしていたのだろうから。
学校から帰宅して、寮の階段を上っている時だった。
「よぉ、久しぶり」
見ると階段の上にトーヤの姿があった。
「え、何、その嫌そうな顔。もっと嬉しそうな顔して欲しいんだけどな」
「別に嫌そうな顔はしてないと思いますけど」
「じゃあ、嫌じゃないんだ?」
階段を上りながら答える。
「別に嫌いじゃないですよ」
「んじゃ、今から俺の部屋で話そうぜ」
「え?」
トーヤは勢いよく、僕の腕を引っ張る。
「あなたは、どっか行くとこじゃなかったの?」
「暇だから、ナナトとか委員会の後輩のコトにでも遊びに行こうと思ってたんだけど、ミサキを見つけたんだ。他の奴のトコに行く必要なんかないだろ。さ、我が城へレッツゴー」
すごい勢いで、僕は階段を上らされ、上級生の部屋のある4階へと連れていかれてしまった。
初めて入るトーヤの部屋は、僕達の部屋とほとんど変わりなかった。
物は少し散らかっているが、まぁ、許容範囲内だ。
「お茶とか、常備してないんだけど、いるなら買ってくるけど?」
「いや、良いです」
フミヤとかシアンがマメなだけで、普通はこんなものじゃないかと思った。
一般的な男子からすれば、自分でお茶を入れるより、自動販売機で買ってきた方が早いだろう。
「最近はどう?」
ベッドに座る僕に、椅子の背もたれを前にして座りながらトーヤは訊ねた。
「えっと、まぁ、それなりに過ごしてます」
「記憶がないまま?」
「そうですね。記憶はないです」
「そっか……」
考えるように、背もたれに肘をついて呟く。
「思い出したいと思ってる?」
「それはまぁ……」
「そうだよな。でないと俺との恋も思いだしてもらえないものなぁ」
頭を押さえてトーヤは言った。
「だから、その嘘はもう良いですよ」
「本当に嘘だと思ってる?」
「え?」
トーヤの目が真剣な物だと気付いた。
「だって、それは嘘だって貴方が言ったんじゃないですか?」
「それは……そう言うしかないだろ。記憶がないんだから」
心臓が早くなった。まさか、僕はこの人と本当に付き合っていた?
自信に満ちた強い瞳。
誰が見ても格好良いと言いそうな、整った顔の人。
でも……やはり僕にはピンとこない。
「僕、トーヤの事、やっぱり好みじゃないと思う」
「うわ!」
叫ぶような声をだして、トーヤは髪をかきまぜた。
「そうハッキリ言ってくれるか……」
溜息を一つついたあとで、トーヤは僕を見る。
「そうだな、恋人とは違ったかもしれない。言い方は悪いけどセフレって感じだった」
「え?」
言葉にならない程ショックを受けた。
セフレ? この僕がこの人と?
部屋の中がグルグルと回りだしたような気がした。トーヤの言葉を受け止めきれない。
以前の僕はそんなヤツだったのか? まさかと思う。
いや、でも以前の僕はあのシアンと平気でキスをしていたんだ。
目の前のトーヤともキスだって、それ以上の事だってしていたかもしれない。
「体で確認する?」
ふいに聞こえた声に、現実に返る。
「え?」
いつの間にか、トーヤは僕の前に立っていた。
「俺にもう一度抱かれたら、すべてを思いだすんじゃない?」
トーヤの手が僕の頬に触れる。指先が淫らに動く。
「僕は……」
「以前の自分の事が知りたいんだろ? だったら体で確認したら良い。頭で考えるより、ずっと簡単に理解できるはずだよ」
トーヤは両手をベッドについて僕に顔を寄せる。
「ミサキは簡単に乱れるはずだよ。俺の指や舌を覚えているから、喘ぎ方だってねだり方だってもう知ってるハズなんだ」
心臓の音が大きくなる。
トーヤを怖いなんて思った事はなかった。でも、今目の前にいるトーヤに雄を感じ、僕は恐怖している。
トーヤの指先が僕のシャツにかかる。
「同性同士の恋愛や婚姻が認められてから、男の中には常に、抱く方と抱かれる方という問題が発生し、自分がどちらかを考えながら生活するようになった」
それは記憶がなくても知っている。世界の、世間の常識だ。
トーヤは僕から目を離さない。指先がシャツを引く。
「君は抱かれる方の人間だよ。もうそれは体にも刷り込まれている」
体が熱くなった。その言葉に嘘はないと、僕は感じ取っている。
「ミサキ、ずっと好きだったよ」
トーヤの唇が触れた。僕は抵抗も出来ず、そのままベッドに押し倒される。
激しいキスに息が出来ない。いつの間にか、トーヤの手は僕のシャツの中に侵入し、胸をまさぐる。
「あっ」
自分の反応が怖かった。トーヤに触れられ、乱されるのは嫌だ。
でも体は素直に反応をはじめていた。
「ここ……触れて欲しいだろ?」
服の上からトーヤの指先が触れた。布越しに秘部を刺激されて声が漏れる。
「やだ、やめて……」
トーヤの肩を掴んで離そうとするが、ビクともしない。
「ここで男を受け入れるんだ。ミサキはそれをもう知ってるはずだ」
「違っ……」
ズボンの前を開かれ、トーヤの指が下着の中に侵入する。
「ほら、もう指が入る……」
「やっ……」
僕は枕を掴みトーヤの顔を殴っていた。
彼の動きが止まった。
「あ……」
暫くの間のあと、トーヤは額を押さえると、僕から離れて立った。
「ごめん、酷い事した……」
理性を取り戻したようなトーヤに、少し安堵する。
「本当だよ。最低だ」
「ごめん……」
僕は服を直してから、トーヤから距離を取って立つ。
「例え、過去に僕とトーヤはそういう関係だったとしても、今の僕はそれを覚えてないしエッチをしたいとも思わない。だから、もうこんな事しないで欲しい」
トーヤはフっと息を吐くと、顔を上げる。
「分かってるよ。今日は本当にゴメン」
「わ、わかれば良いよ」
僕はシャツの胸元を押さえながら、トーヤの前を怖々と歩いてドアに向かう。
大丈夫だとは思うけど、また襲われたらと思うと怖い。
「ミサキ」
ドアを開けようとしたら、声をかけられた。
おそるおそる振り返ると、トーヤはこちらを見ていた。
「さっきのセフレって言葉、訂正するよ」
「え?」
トーヤは溜息のように大きく息を吐いた。
「本番はしてないんだ」
「本番?」
「えっとつまり、最後まではしてないって事。今した位の事しか、昔のミサキともしてなかった」
今日位の事はしてたのかと、ショックを受けるが、でもセフレとかよりはぜんぜん良い。
「俺が昔からミサキにアタックしてたのは本当だよ。キス位は、たまに出来る位の仲でもあった。でも、最後までは結局できなかった。いつも拒まれてさ……」
トーヤは自嘲するように笑った。でもそれはすごく淋しそうな顔だった。
「ありがとう、本当の事教えてくれて」
僕はお礼を言うと、トーヤの部屋を後にした。
「最近、シアン来ないね」
食堂で朝食を食べている最中に、フミヤが呟いた。
「別に、待ち合わせとか、食べる約束とかしてないし」
「でも以前はよく会ったじゃないか? もしかして僕がいるのが気にいらないのかな?」
「そんなの関係ないでしょ」
「うーん」
フミヤは考えるように顎をつまむ。
「なに?」
「いや、何もなければ良いけど、ほらシアンってあの外見でしょう? 結構トラブルも多いんだよ」
「トラブるのはあいつの外見じゃなく、性格のせいでしょ?」
「厳しいな……まぁ、それは置いておいて、あの外見だからこそ問題も起きるだよ」
「どんな問題だよ?」
僕は箸を口に運びながら訊ねる。
「ストーカーとかに言いよられてさ」
ご飯が喉に詰まった。
僕は咳きこんで、水を飲んでからフミヤを見る。
「なに? あいつってストーカーとか遭うの?」
「性格を知るまではね。だいたいの人はあの性格に怯えて、途中でストーカーやめるけど、ぱっと見た目はおとなしそうに見えるからね」
「そ、そうなんだ……」
ジュースのストローに口をつけながら、シアンの事を考えた。
僕に構う暇もない位、大変な目に遭っていたりしたら……。
学校についてから、始業前にこっそりシアンの教室を見に行った。
でもそこにシアンの姿はなかった。まだ登校していないのだろうか?
仕方がないので、次の休み時間、再びシアンの教室を訪ねてみた。
廊下側のドアから中を見ると、シアンは机に向かっていた。
そのシアンの机の前に知らない男が立っていた。
知らないと言うか、今の僕には覚えがない男だ。
背が高く、スポーツマンっぽい、精悍な感じの人物。
トーヤともナナトとも違うタイプの美形だと思った。
けれど、にこやかに話しかける彼に、シアンは無反応だった。
つまらなそうに、窓の外を見ている。
ストーカーではなさそうだが、やはりシアンは迷惑しているのだろうか。
休み時間はすぐに終わり、僕は教室に戻った。
「ねぇ、フミヤ、シアンの教室で、スポーツマンっぽいイケメンを見たんだけど」
「イケメン?」
昼休みにフミヤを誘って中庭のベンチへ行った。
そこで弁当を食べながら、さっき見た人物を聞いてみた。
「そう、ちょっとキツい感じの、黒髪の背の高いガッシリした感じの人」
「ああ、もしかしてダイキかな?」
「ダイキ?」
「うん、ツナガ・ダイキ。シアンの側にいる美形なら、ほぼ間違いないと思うよ」
「シアンの側にいるって?」
「彼がシアンを好きなのは有名だからね」
箸が止まってしまった。
「そのダイキって、シアンの事が好きなんだ……?」
「一応言っておくと、以前のミサキとダイキは面識あるよ」
「僕が……」
ダイキの事ももちろん覚えていない。
あの精悍な感じの人間と、僕はどんな会話をしていたんだろう。
「念のために言うけど、ミサキからダイキには近寄らない方が良いと思うよ」
「なんで?」
「なんでって、ダイキはシアンがミサキを好きなのを知ってるからね。もちろんミサキの事、良く思ってないよ」
言われてみればそうか。
「だから、今まで、僕は彼の存在を知らなかったのか……」
「まぁ、そうだろうね。あえて記憶がないミサキにダイキを紹介するのもアレだし、さすがに、ダイキもわざわざケンカ売ってくるような事はなかったんだと思うよ」
「でもさ、昔は僕がシアンに会いに行ったら、会っちゃってたんじゃない?」
「それは、そうだね」
フミヤは自分の顎をつまんだ。
「でもミサキは基本的に自分からシアンに会いに行かないから、丁度良かったんじゃないかな」
僕は自分からはシアンに会いに行かない?
じゃあ、シアンが僕に飽きたら、顔を合わせる機会がないって事?
実際、今現在、顔を合わせていないのはそのせい?
「ミサキ?」
フミヤが顔を覗きこんできた。
「どうかした?」
「いや、うん、何でもない……」
僕はシアンとの関係が、一方的になりたっていたモノなのだと実感した。
彼が僕に興味を無くせば、それまでの仲でしかない。
でもそれって、すごく淋しいじゃないか……。
「気になる?」
「え?」
聞かれてフミヤの顔を見る。
「シアンの事」
「気になるっていうか……」
いや、気にはなっている。僕達は実際どんな関係だったのか。
シアンは僕に好意を持っているが、以前の僕は違った。
それなのに、友達関係をちゃんと築いていたのだろうか?
それとも僕は嫌々とまではいかなくても、シアンに無理して合わせていたのだろうか。
「やっぱり気になるみたいだね」
「それは……だって記憶がないからね。いろいろ、考えるよ」
「それって記憶がないからなのかな?」
「え?」
予想外の言葉だった。僕の心をかき乱しながら、フミヤは穏やかに話す。
「記憶があるとかないとか関係なく、ミサキはシアンの事をすごく考えてる気がするよ」
「そ、それはだって不思議なキャラだし、どう扱ったら良いかって……」
「そうなのかな? じゃあ他の人の事も考える? キリュウ先輩だって結構扱いにくいキャラだと思うし、ナナトだって人間離れした仙人みたいな、不思議な性格の人に思えるけど」
言われてみればそうだ。
トーヤなんか、セクハラまでされたけど、あんまり考えてもいなかった。
「うちの学校で人気投票したら、誰が一番になると思う?」
「え?」
突拍子もない質問に面食らった。
「な、なんの話?」
「うちの学校は男子校だろう? 生徒全員男子。でも世界で同性愛や婚姻が認められて長いからね、みんな普通に同性に恋もするだろう?」
「記憶喪失だけど、そういう常識は分かっているよ」
「うん、それで最初の質問。うちの学校で誰が一番人気があると思う?」
フミヤの目を見ながら考える。
何か裏があるのではなく、普通に考えれば良いのだろうか?
「僕……なんて答えじゃないんでしょう?」
フミヤはニコリと笑って首を振る。
「じゃあ、ナナト」
彼は美しいだけでなく、雰囲気がある。
彼の周りだけ、時間が止まっているような、空気が違うような、そういう世界観を醸し出す。
「おしいんだけど、それもハズレ」
「んーとじゃあ、トーヤ?」
「彼も人気があるよ。彼に抱かれたいって生徒は多分一番多いと思う」
「じゃあ、トーヤが正解なんじゃないの?」
「違うよ。だって一番人気はシアンだからね」
「え?」
予想外だった。確かにシアンはかわいい。美人と言っても良い、華やかな顔立ちだ。
でもあの性格だ。ぱっと見た目の第一印象だけならともかく、あの性格で一番人気はないだろう。
「納得できないって顔だね」
「そりゃそうだよ。ダイキみたいに、ドエスが好きって言うコアなファンが若干いるなら分かるけど、ナナトやトーヤと比べて多いのはちょっと分からないな」
「考え方が違うよ」
食べ終わった弁当箱をしまいながら、フミヤは説明する。
「最初に言ったけど、ここは男子校。相手を抱きたいと思う派と、相手に抱かれたいと思う派が居るんだ」
「肉体的な話!?」
そっち方面を考えてなかったから、急にドキドキしてしまった。
動揺する僕を見ながら、フミヤは淡々と言う。
「キリュウ・トーヤは確かに格好良いけど、でも彼を抱きたいって人は少ないと思う。抱かれたいって人も中にはいるけど、元々男性だから、抱かれるより、抱きたい派の方が多い。だからキリュウ・トーヤは一番人気じゃないんだ」
納得できる説明だけど、なんか抱くとか、聞いてるだけで顔が熱くなる。
「じゃあ、ミサキとナナトはどうか。確かに二人とも人気があるよ。二人ともすごく綺麗だからね。二人に関しては抱きたい派抱かれたい派、実は両方いると思う。でもここで一つ問題が出る。君達はタイプが近いから、人気が二分するんだ。お互いのファンを奪い合う感じ」
「……別にファンなんか奪い合ってない」
フミヤは微笑する。
「で、シアンだけど、彼に関しては断然抱きたい派の人が多い。彼に抱かれたいって人はいないんじゃないかな?」
何故だか、ズキンと胸が痛んだ。僕は胸を押さえながらフミヤの言葉を聞く。
「元々、誰も本気で付き合えるなんて思ってはいないよ。だから、彼のキツイ性格も問題にはならない。要はアイドルだからね、かわいいって、陰で騒げればそれで良いんだよ」
胸の痛みはムカツキに変わった。
アイドルとして騒げれば良いなんて、失礼な話じゃないか。
人を好きになるって、相手の性格を含めてのものだろう。
嫌な部分があったって、それを分かった上で好きなんだ。
「ミサキ?」
顔を覗きこまれた。
「フミヤの言う人気っていうのは分かったよ。でもそれが何? 僕に何か関係がある?」
なんでだろう。なんか冷たい言い方になってしまう。僕は怒っているのか?
一体何に怒ってるんだ?
「ねぇ、ミサキ。もしかして君はシアンの事が好きなんじゃない?」
「え?」
予想外の言葉に僕は固まった。何も言えず、彫像のようになった僕に、フミヤは言う。
「以前のミサキとは、そんな話はした事ないよ。でも今のミサキを見てると、すごくシアンの事を気にしているし、もしかしてそうなんじゃないかって思ったんだけど」
僕は立ち上がる。
「先に教室に戻るよ」
「え、ミサキ?」
フミヤを置いて、歩きだした。結局お弁当はほとんど食べられなかった。
でもお腹もすいてない。なんだか、胸が苦しかった。
放課後、考えた挙句に僕はナナトに会いに行った。
部屋のドアを開けると、ナナトは驚いた様子で僕を見た。
「突然訪ねてごめん」
「いや、良いけど……話なら、部屋の中に入る?」
「うん」
僕はナナトの部屋に入る。
他の部屋と造りは同じだが、どこよりも綺麗に整った部屋だった。
「答えを聞きに来たの?」
単刀直入に聞くナナトに首を振る。
「いや、答えはいらない」
ナナトの言う答えは、以前の僕が好きだった人の事だ。
でもそれが聞きたくて来たわけではない。
「じゃあ、何の話かな?」
冷蔵庫からポットを取り出すと、水を注いで手渡された。
「なんだろう……何か聞きたかったとか、答えを求めてたわけじゃないんだ。でも、なんとなくここに来たくなったんだ」
ナナトの部屋自体は、以前、フミヤに教えてもらっていて知っていた。
でもわざわざ訪ねてくる事があるとは、思っていなかった。
「記憶はないけど、体は覚えてるのかな」
「え?」
顔を上げてナナトを見る。
ナナトは来客用と思われる簡易椅子を出して、それに座っている。
「君は記憶がなくなる前も、よくここに来ていたよ」
「そう、なんだ?」
「うん」
かつての僕はナナトに何を求めていたのだろう。ここでナナトに慰められていた?
僕が好きだったのはナナト? いや、それはない気がする。
マジマジとナナトの顔を見る。恐ろしい位に整った、綺麗な顔だと思う。
けれど威圧的な感じはなく、穏やかですべてを包んでくれそうな雰囲気だ。
「そうか、ナナトは僕の相談役だったんだね」
僕の呟きに、ナナトはゆっくりと頷いた。
「僕は何か困った事とか、悩みがあるとナナトに相談に来ていたんだね?」
「うん、そうだね。そういう事も多かったと思うよ」
ふっと力を抜き、大きく息を吐いた。なんだか少しわかりかけてきた気がする。
「僕はフミヤとナナトを、結構近い人格だと思ったんだけど、フミヤには否定されたんだ。フミヤには僕とナナトの方が近いって言われたけど、僕はそう感じなかった。でも僕はナナトとか、フミヤみたいな人間が、かなり好きなんだと思う。良い人だなっていう尊敬とか憧れを抱いてる。もしかして僕は君に憧れて、マネとかしてたんじゃないかな?」
ナナトはふっと微笑むと、グラスの水を一口飲んだ。
つられて僕も水を飲む。微かにレモンの味がした。
「君の言う通りだよ。かつての君はよく僕に会いに来ては、普段の悩みを話していた。僕のようになりたいと言われたし、どうしたらなれるか、聞かれたりもしたよ」
「マネられて嫌じゃなかった?」
恐る恐る聞いたが、ナナトは首を振った。
「そんな事はないよ。君の生き方のヒントに僕がなるなら、それはそれで嬉しいと思った。だけど、本来は素のままの君で良いと、僕は思ってたんだけどね」
『僕は』。つまりナナト以外の人間は違うって事だ。
例えばシアンとか?
考えたら胸がズキンと痛んだ。
僕はレモン水のグラスを見つめ、確認するように話す。
「今の僕と、記憶をなくす前の僕が違うと、シアンには言われてたよ。でも本来はこれが僕の性格なんだよね? かつての僕は、ナナトのマネをして、優等生の仮面をかぶっていた。そういう事だね?」
「そう、かもしれないね。本質的な部分はかわっていないと思うけど、他人からみたらきっと違う印象だろうね」
僕は顎をつまんで考える。
「前の僕は、どうしてそんな事をしてたんだろう?」
「最初は単に他者の評価を気にしていただけだったようだよ」
「他者の評価?」
「親や、教師なんかの評価だね。それに優等生になって、寮の監督生になるって夢もあったみたいだから。でも、途中からそれだけでは、なくなってしまった」
「それって……」
僕はナナトの目をじっと見つめたが、それ以上は教えてくれなかった。
「そこは自分で考えると良いよ。というか、もう君は分かっているみたいだよね」
ナナトの言葉が胸に刺さった。そう、僕には心当たりがある。
どうして、僕が優等生のミサキを演じていたか。
それは単に、好きな人の気を引きたかっただけじゃないのか?
ナナトの部屋から帰ったあと、結局、夕食時も、風呂場でもシアンに会う事はなかった。
今までは、自分が避けているせいで会わないのだと思っていた。
でもここまで会わないと、もしかして自分がシアンに避けられているんじゃないかと思えた。
「最後に会った時、別に怒ってた感じもなかったと思うけど」
ふとダイキの顔が浮かんだ。
自分が会っていない間に、シアンはダイキと会っていたのだろうか?
ダイキを部屋に入れたり?
ダイキは長身で大柄だ。
もしも力づくで襲われたら、シアンの抵抗など意味をなさないだろう。
気付いたら立ち上がっていた。
僕はカードキーだけ掴んで廊下に出た。
考えはまとまらなかったが、じっとしていられなかった。
ドアをノックするとシアンの声が聞こえた。
「えっと、ミサキだけど」
言った瞬間、すごい勢いでドアが開かれた。
「ミサキ!」
僕を見るなり、シアンは胸ぐらを両手で掴んできた。
「なにしてたんだよ! 明日も来てねって言ったんだから、明日も来いよ! バカ!」
いきなりすごい勢いで罵倒されてしまった。でも、元気そうなのでちょっと安心する。
「ご、ごめん、あと、苦しいから手を離してくれる?」
「あ、ごめん」
シアンは手を離すと、部屋に促してくれた。僕はいつものようにベッドの端に腰かける。
「えっと、久しぶり……だね」
コーディアルの炭酸割りを作りながら、シアンはこちらを睨む。
「久しぶりにしたのはミサキじゃないか!」
出来あがったジュースを乱暴に机に置かれた。
「いつ来てくれるか、ずっと待ってたのに」
「僕が訪ねてくるのを、待ってたの?」
「そうだよ」
「別に待ってないで、会いに来てくれれば良かったのに」
「簡単に言うなよ!」
怒鳴られて僕は口をつぐむ。
「僕だってそんなに図々しくもないし、自信満々なわけじゃないんだ。訪ねて行ったらミサキの迷惑かもしれないとか、それなりに考えるんだ」
「そう、なんだ……?」
「そうだよ。だからミサキから僕に会いに来てくれるのを待ってたんだ。だってわざわざ来るって事は僕が会いたいんじゃなくて、ミサキが会いたいって事でしょ? だから、ずっと待ってたんだ」
じっと目を見つめられた。心臓がドキドキした。
ここで誤魔化す事に意味なんかないと思い、僕は頷く。
「そうだね、僕はシアンに会いたくてここに来たんだ」
「ミサキ!」
シアンが飛びついてきた。
「うわ!」
僕達はベッドに転がる。
「わーん、ミサキ好きだよ! やっぱり大好き!」
ギュウギュウ抱きつかれた。でもやはり嫌な気はしない。
シアンの頭をポンポンと軽く触れる。
「なんだよ、子供扱いすんなよ! 僕だって立派な男なんだからな」
至近距離で顔を覗きこまれた。
その瞳に熱い気持がこもっているように感じた。
「でも、抱かれたいなんて言われても、困るし……」
僕はシアンから顔をそむけた。
「今日はそんな事言ってないだろ!」
シアンは僕から離れて起き上がると、椅子に座り直す。
「別にエッチ目当てじゃないし、抱かれたいとか、そんなの前ほど思ってないし……」
「え?」
僕はベッドの上に座り、シアンを見つめる。
それはどういう意味だろう。もしかして、もう僕の事をそういう意味で、好きではないという事だろうか?
考えたら胸が痛んだ。
シアンはコーディアルのジュースを手にして、ストローでクルクルとかき混ぜている。
「僕はミサキに会いに来てもらえただけで、今、すごく幸せだって感じてるよ」
なんだか言い訳のように聞こえた。
そう言えば、今日はキスもされていない。僕は無意識に自分の唇に触れていた。
「ジュース、飲まないの?」
言われてグラスに手を伸ばした。先日飲んだ時より、甘さが弱く感じた。気持ちの影響だろうか。
「シアンって、僕以外ともキスしてるの?」
思わず声に出してしまった。シアンは睨むようにこちらを見る。
「なんでそんな事聞くの?」
「なんでって……」
胸が苦しい。
「ただ、どうなのかなって思って……」
「僕が他の人とキスしてるか気になるの? それって他の人としてたら嫌って事?」
「それは……」
「ねぇ、それって僕の事が好きって事?」
手を握られた。心臓の音が大きくなる。
答えない僕にシアンは微笑む。
「ズルイな。肝心な事は言わないで、そういう事聞こうとするの。やっぱり前のミサキとは違うよね。前のミサキは、そんな事あえて聞かなかったもん。やっぱ、今のミサキは違う」
人差し指で顎を持ち上げられた。
「シアンには悪いけど、多分、今の僕の方が本来の僕だと思うよ」
シアンの顔が少し変わる。
「別に……今のお前も、嫌いじゃないけど」
「え?」
ついシアンを見つめてしまった。つられるように、シアンの顔が近付いてくる。
「だから、なんでキスしようとすんだよ!?」
シアンの顔を両手で押さえる。
「それはこっちのセリフ! なんで抵抗すだよ!? この流れならオッケーじゃないの!?」
「いや、ぜんぜんオッケーじゃないでしょ!?」
「どうしてだよ、僕が他の人とキスしてたら嫌なくせに!」
「それは、だからもしかして、ダイキとかに無理矢理迫られてないかとか、心配しただけで」
「え?」
シアンの動きが止まる。
「ダイキの事覚えてるの?」
「いや、覚えてないけど、この前、シアンと一緒にいる所を見たし。フミヤにもダイキの気持ち聞いてたから、だからむやみに二人きりで会ったり、部屋に入れたりしたら危ないんじゃないかと思って……」
シアンはふっと息を吐いて笑った。
「そんな心配してたんだ」
「そ、そりゃ、無理矢理とかだったら良くないし、被害に遭う前に注意した方が良いかと思って」
「そんな心配は無用だよ」
シアンは微笑んでいた。
「この部屋に、危なそうな奴は入れないよ。むしろミサキしか入れてないって言った方が良い位だもん」
「そう、なの?」
「そうだよ。つーか、ミサキが心配してくれてちょっと嬉しい」
その笑顔に顔が熱くなった。こんな風に笑われると胸がいっぱいになる。
「言っておくけど、ダイキなんか、僕はぜんぜん何とも思ってないからね。あいつにキスされるとか、抱かれるとか、考えただけで鳥肌立つよ」
「鳥肌が立つのはダイキだけ?」
「え?」
「いや、抱かれるのって……」
「ミサキ?」
僕ははっとして頭を振る。
「ごめん、なんでもない。でも心配するような事がないなら良かったよ」
飲み終えたグラスを机に置く。
「今度は、近いうちに遊びに来るよ」
「それは嬉しいけど……」
「じゃあ、また」
半分逃げるようにシアンの部屋から立ち去った。
どうかしてると思う。
僕はシアンが抱く方か、抱かれる方かを、気にしている。
つまりそれは僕がシアンを抱くのか、抱かれるのかを気にしてるって事なんだ。
シアンの部屋から出て、その事を振り払うように頭を振った。
そのまままっすぐ、廊下を歩もうとした時だった。
廊下のすぐ先にツナガ・ダイキがいた。視線が絡み一瞬息が止まる。
ダイキはこちらに向かって歩いてきた。そして僕の前に立つと、嫌な感じに笑った。
「俺は部屋に入れてもらえないのに、お前は入れるんだな」
声が出なかった。彼は僕の横を通り過ぎ、シアンの部屋のドアを見つめた。
何かするのではないかと緊張していたが、ダイキはそのまま廊下を進み、階段を下りだした。
僕は安堵の息を吐いた。
多分酷く恨まれただろうと思うが、シアンに危害を加えるのでなければそれで良い。
殴ったり嫌がらせするなら、シアンではなく僕にして欲しいと思った。
自室に戻ると、僕はベッドに倒れ込んだ。
記憶をなくす前の事が、だいたい分かった気がした。
僕は本来の性格を隠し、優等生を演じていた。ナナトはそんな僕の理想と憧れであり、相談者でもあった。
トーヤは単に友達だろう。いや、彼の気持ちに若干流されて、触れられる事を許していたみたいだ。
でもそれは多分代わりだ。僕は好きな人に触れられない欲求不満を彼ではらしていた。
いや、もしかしたらトーヤの行為のせいで、僕は気付いてしまったのかもしれない。
好きな人に抱かれたいのだと。
「……」
僕は枕を被って頭を隠した。
なんて事だ。かつての僕は、好きな人に抱いて欲しいと言えなくて、悩んでいたんだ。
僕は多分、シアンの事が好きだったんだ。
シアンとは本来なら両想いだ。でも彼は僕に抱かれたいと思っている。
そんな彼に、自分も抱かれたいとは言えなかったんだろう。
ジレンマだ。
僕は枕を放り投げると、ベッドの上にあおむけになる。
切羽つまっていた以前の僕は、断崖絶壁の上からという劇的な場所ではなく、小山の上から落ちたのを良い事に
あっさりと現実逃避の、記憶喪失という都合の良い健忘に陥ったのだろう。
そこまで思い悩んでいたんだと言えなくもないが、すごくマヌケだ。
「マヌケだけと笑えないな」
自分の気持ちに気付いてしまった今、現状は記憶喪失の前と何も変わってないと思う。
「……どうすれば良いんだろう?」
僕はガバっと起き上がって、声に出す。
「いや、一つだけ、以前との違いがあるじゃないか」
そう、今の僕は地の性格で生きている。せっかく素の自分を晒しているんだ。だから。
「シアンに告白すれば良いんじゃないか?」
例え当たって砕けても。
翌朝。僕はフミヤと横並びに座って朝食を食べていた。
すると隣にトレイが置かれ、声をかけられた。
「おっはよー、ミサキ」
ハートマークが語尾についていた気がする。満面の笑みのシアンは隣に座ると話しかけてくる。
「今日はまたいつもより綺麗だね。昨日、僕といっぱい話したお陰かな?」
「……そういう事はないと思うよ」
シアンの事が好きだと自覚したが、このテンションには多少引いてしまうのは仕方ないだろう。
「ふふ、なんか朝から一緒で、超幸せ」
本当に幸せそうな顔に、胸がきゅんとした。
バカな子だと思うんだけど、やっぱり、かわいいなって思えてしまう。
「えっと、僕は邪魔なら消えるけど」
フミヤが立ち上がろうとするので腕を掴む。
「いや、そこは関係ない」
またシアンが文句を言うかと思ったが、今日は笑顔を崩さない。
「今日の僕は機嫌が良いからね、だから許してあげるよ。まぁ、フミヤなんか、顔がついた壁だと思えば良い事だもんね」
相変わらず随分な発言だ。
「ごめん、フミヤ」
僕が謝ると、フミヤは微笑みながら手を振る。
「いや、いいよ、気にしてない。シアンがそんな悪い人じゃないって分かってるし」
「なんで楽しそうに笑ってるんだ?」
「いや、だって、二人がすごく仲が良いからさ」
顔が熱くなった。フミヤは耳元に口を寄せると、小声で話しかけてくる。
「上手くいったんでしょ?」
「違うよ!」
つい大声で叫んでしまった。
「なんだよ、何、二人でこそこそ話してんだよ?」
シアンは不機嫌そうに眉を顰めながら、僕の腕を引く。
「お前は僕だけ見てれば良いの!」
真っ直ぐな瞳で言われた。こういう所が敵わないなって思う。
以前の僕もそうだったのだろうか。いや、でもそもそもシアンって、以前もこんな乱暴な口のきき方だったのか?
「……気になったんだけど、シアン、だんだん僕の扱い悪くなってない?」
「え?」
シアンは顎をつまんで少し考えたが、すぐに顔を上げた。
「だって仕方ないだろ、今のミサキは半偽ミサキなんだから」
「半偽って……」
「まぁ、そこは仕方ない。でも言っておくけど、この僕の愛が、記憶がないから嫌だとか、そういう薄っぺらいモノだとは思わないで欲しいよ。僕の愛は記憶喪失なんかで左右されないんだから」
「単に顔が好きだから、なんじゃないの?」
フミヤの鋭い発言にシアンは真っ赤になった。
「な、そんなワケないだろ! そりゃ、もちろん顔は大好きだけど、それだけじゃないんだからな!」
ちょっと心配になった。シアンって本当に僕の顔が好きなんだなって。
その時、ガシャンと食器のぶつかる音がした。
見ると少し離れた席にダイキが座っていた。彼は鋭い視線でこちらを睨んでいた。
なんだか嫌な気分だった。
学校での休み時間、予習がわりに教科書を眺めていると、誰かが横に立った。
顔を上げて驚いた。ゆるむ顔を無理に抑えたような顔をした、シアンがいた。
「今朝、言い忘れた事があったんだ」
「言い忘れたこと?」
座ったまま見上げて聞くと、シアンは頷く。
「家からお菓子を送ってもらったんだ」
「また薔薇のゼリー?」
「ううん、今回はすみれの砂糖漬け」
「すみれって花の?」
「そうだよ」
聞いた瞬間胸が高鳴った。花のお菓子だなんて、すごく興味がわく。しかも砂糖漬け。甘い物は大好きだ。
「覚えてないかもだけど、前に僕がそのお菓子の話をしたら、ロマンチックで良いねって、ミサキ笑ったんだ。
だから今度手に入れたら、ミサキに食べさせるって約束してたんだよ」
「そうなんだ」
以前はロマンチックなんて言って、誤魔化していたんだろうが、おそらく本来の僕はただの甘党だ。
砂糖漬けと聞いただけで、無性に心惹かれる。確かにすみれの花というのも興味深いが。
「放課後、迎えに来るから、部屋で一緒に食べよう」
「ああ、わかったよ」
僕の返事にシアンは嬉しそうに笑うと、教室から出て行った。
幸せそうなシアンの顔を見て、僕も嬉しい気持ちになっていた。
「それにしても……」
僕は以前から、シアンに餌付けされていたんだなと思った。
ハーブコーディアル、薔薇の形の精巧なゼリー、すみれの砂糖漬け。
ちょっと変わったお菓子や飲み物で興味をひかれ、いつの間にか時間を共有し、彼の作戦の通りに、だんだんとシアンを好きになってしまった。
きっとそういう事だったんだろう。
だって記憶を失くした今だって、まったく同じだ。
ちょっとしたきっかけを与えられ、彼とすごすと、やっぱり好きになってしまう。
そう、僕はシアンが好きで仕方ない。
考えただけで熱くなった頬を押さえた。
放課後。シアンが来るのを教室の前の廊下で待っていた。
窓からは、中庭から正門へ向けての小道が見える。下校する生徒を眺めていると声をかけられた。
「マナカ・ミサキ、話がある」
怖い顔をしたツナガ・ダイキが立っていた。ゴクリと唾を飲み込む。
左右を見渡したが、ダイキの仲間らしき人間も、僕を助けてくれそうな人物も見当たらない。
迎えに来ると言ったシアンの姿も……。
「ここじゃ目立つから、ちょっとあっちで良いか?」
あっちってどこだよって思ったが、ダイキが歩きだしたので仕方なくついていく。
まさか向かった先に、誰かが待ち伏せしてるとかないよね?
どこかに閉じ込められるのも嫌だから、密室にも気をつけよう。
そう思いながら歩いていくと、廊下の一番奥、特別教室などが並ぶ、人気のない場所でダイキは立ち止まった。
このヘンの部屋の中から仲間が出てきたりしないだろうか?
そう思ってビクビクしていたら、見透かしたようにダイキは言った。
「別に仲間を待ち伏せさせたり、あんたを陥れようとか思ってないよ」
「そう……なんだ」
意外とまっすぐな性格なんだろうか? そう思って見つめたら舌打ちされた。
その音に、つい反射的にドキリとする。
「やっぱ、あんた顔は良いんだよな」
なんて答えたら良いか分からず、黙り込む。
「俺が整形したってあんたに似るとは思えないし、やっぱそういうんじゃないんだよな……」
僕に話しかけると言うよりは、自分に向かって俯いて独り言を言っている感じだった。
「あのさ、ハッキリ言うんだけど」
ダイキは顔を上げてこちらを見た。
「シアンと付き合う気がないなら、ハッキリふってくんない?」
「え?」
予想外の言葉に固まっているうちに、ダイキはどんどん話す。
「あんたが中途半端に期待もたせるから、シアンはこっちを見てくれないんだよ。あんたがハッキリ、シアンをふってくれたら俺にもチャンスがあるんだ。あんたは善人ぶって、ちゃんとふらずに友達顔してるんだろうけど、そういう方が残酷だぜ。ぜんぜんシアンの為にならない」
ダイキは勘違いしている。僕はシアンが好きだ。
ただハッキリさせられなかったのは、僕がシアンに抱かれたかったからで……。
そう思って、改めてダイキの事を見てみた。背が高く、ガッシリした体型。
筋肉もあって、ちょっと押したって倒れなそうな頑丈そうな体。
顔だって男前だ。
シアンが男に抱かれたいって思ってるなら、僕よりダイキと付き合う方がシアンは幸せになれるんじゃないか?
「なぁ、何黙ってんだよ? 俺の言った事、ちゃんと理解してる?」
ダイキが一歩こちらに近づいた。
大きな体に威圧感を覚える。
僕なんか簡単に抱きこめるような体格。
考えてみれば僕もそうだ。男を抱くより、抱かれる方が良いっていうなら、シアンよりもダイキの方が魅力的だ。
男らしくて格好良い。抱かれるならシアンよりこういう人間が良いだろう。
やっぱり、僕とシアンでは合わないのだろか?
僕とシアンは付き合わない方が良い?
いくら僕がシアンを好きで告白したって、お互いが抱かれたいんじゃ付き合えないと、シアンも思うかもしれない。
やっぱり、シアンに告白しない方が良いんだろうか。
ダイキが言うように、シアンを振って、それでシアンはダイキと、そして僕はトーヤと……。
「僕は……」
「酷いよ、ミサキ、どこに行ってたんだよ?!」
教室前の廊下に戻ると、いつものようにシアンが大騒ぎした。
「ごめん、ちょっと呼び出されてさ」
「呼び出し!? もしかして告白じゃないよね!? 僕がいるのに!」
シアンは僕の肩を掴んで、ガクガクと揺すった。
そんなシアンに微笑んで否定する。
「違うよ。ダイキに呼び出されたんだ」
「ダイキに?」
シアンの顔が曇る。その目が殺気を帯びた物に変わるのを見て、僕は首を振る。
「何もなかったよ。ただシアンの事でちょっと言われてね」
「何を言われたんだよ!? どうせ僕達の邪魔したんだよね!?」
「うんと、そうでもないよ。だってお陰で、僕がどんなにシアンが好きかわかったからね」
「え?」
シアンは固まって口をパクパクとさせた。
「え、えっと、ミサキ、今僕を好きって言った……?」
「うん、言ったよ」
「す、好きって友情の好き?」
「ううん、抱きたいとか抱かれたいの好き」
「それって、恋人の好き?」
「うん」
僕が頷くと、シアンは顔を真っ赤にしながら抱きついてきた。
「うわーん、嘘じゃないだろうね!?」
泣くように叫んでいるシアンに苦笑しつつ、僕は肝心な事を口にする。
「でも、付き合うかどうかはシアンが決めて」
「え?」
シアンは僕から離れ、改めて顔を見つめる。
「どういう意味? もしかして記憶がない事気にしてる? だったら大丈夫だよ。僕は今のミサキもやっぱり好きだもん。記憶があるとかないとか、関係なく」
「それもあるけど……」
僕は一回深呼吸して、勇気を出して言った。
「僕はシアンを抱けない。僕はシアンに抱かれたいんだ」
シアンは彫像のように固まり、僕をじっと見ていた。
言われた言葉の意味を噛みしめて、考えているように見えた。
いや、あまりのショックにちゃんと頭が働かず、考える事も出来ていないのかもしれない。
「ミサキ、帰るよ!」
いきなりシアンは僕の手を掴んで歩き出した。
僕は引きずられるようにして、ついていく。
さっきダイキに言われて僕は考えた。
僕もシアンもお互いに抱かれたいと思っているのだから、合わない。
付き合わない方が良いんじゃないかと。
でも、やっぱり僕はシアンが好きだと思った。ダイキには盗られたくない。
だから僕はダイキに宣言をした。
「僕はシアンが好きだよ。君に負けない位にね」と。
シアンは寮に戻ると、自分の部屋に僕を連れていった。
乱暴に室内に押し込むと、シアンはいきなり自分のシャツからネクタイを外した。
「さっきの言葉本当だろうね!?」
「う、うん」
困惑している僕を、シアンはベッドに突き飛ばした。
「わっ」
ベッドに転がると、シアンが圧し掛かってきた。
「ミサキは僕に抱かれたいって言ったんだよ?」
「……うん」
「じゃあ、遠慮しないで、今すぐ抱くから!」
「え、ちょっと待って」
「だからなんで止めるんだよ!? 良いって言ったじゃないか!?」
シアンが泣きそうな顔で切れる。
「いや、だって、シアンって僕に抱かれたいんじゃ……?」
「そうだったけど、今は違うの! 最近のミサキはかわいくて、なんか押し倒して滅茶苦茶にしてやりたいって思ってたの!」
「……シアンが僕に滅茶苦茶にされたかったんじゃないの?」
「前はそう思ってたけど、でも、だって、だってミサキ、たまんないんだもん」
キスされた。
そのキスはちょっと乱暴だったが、シアンの好きという思いが伝わってきた。
僕はついシアンの背中を抱きしめて、そのキスに応えてしまう。
「……なんかすごい気持ちいい」
唇を離した後で、シアンが呟く。
「僕も……」
ついそう答えたら、シアンの顔が真っ赤になった。
「ねぇ、シアン、本当に良いの? 僕は記憶もちゃんと戻ってないし、君に抱かれたいって言ってるんだよ?」
「それは分かってるってば! それより……」
シアンは僕のシャツのボタンを外す。その動きがいやらしくてドキドキした。
「ねぇ、ミサキはいつから僕が好きだったの? いつから僕に抱かれたいって思ってたの? 夏休みが終わって再会した時から? それともこの部屋で、薔薇のゼリーを食べた時? お昼ご飯を持ってきてくれた時?」
「……違うよ。記憶がなくなる前からだよ」
「え?」
服を脱がすシアンの手が止まった。
「記憶がなくなる前?」
僕は頷く。
「そうだよ」
「え、だって今も記憶がないんだよね?」
「そうだけど、でも分かるよ。だって自分の気持ちだもん。何度記憶がなくなっても、僕はシアンを好きになるよ」
「ミサキ」
噛みしめるように名前を呼ばれた。と思ったら大粒の涙がシアンの目から零れる。
「な、なんで泣くの?」
「だ、だって嬉しいんだもん。てっきり記憶を失くす前のミサキは、僕の事なんか好きじゃないのかと思ってたし」
「それは多分、君が抱かれたいって言ってたから、僕は困ってたんだと思うよ……」
「うわん、昔の僕のバカ。余計な事、言わなきゃ良かった」
「それより、本当に抱かれる方じゃなくて良いの?」
改めて聞いたら、シアンは頷いた。
「別に本当はどっちでも良かったんだよ。ただ男に抱かれたいって言われる事が多かったから、そっちでアピールした方が良いかと思っただけだったんだ。それに最近のミサキは綺麗っていうより、かわいくて、気付いたら押し倒してたり、思い切り泣かせて、滅茶苦茶に抱いてみたいって思ってたし……」
「滅茶苦茶は、ちょっと怖いんだけど」
「じゃあ、優しくする」
変わり身の早いシアンに苦笑する。やっぱりかわいい、愛しいって思ってしまう。
「じゃあ、優しくしてね」
僕はシアンの肩を抱きこんだ。
「……なんかミサキ、慣れてる気がする。他の男に抱かれてたの?」
恨みがましい目で見られた。
「えっと、記憶がないから何とも言えないけど、多分、シアンが初めてだと思うよ?」
「本当?」
笑顔に変わった。
シアンに愛撫されながら考える。多分、それで合っていると思う。
トーヤとは未遂で、多分、他の人ともない……と思う。
いや、これだけシアンの事が好きなんだ、まず間違いなく、初めてだろう。
シアンはしつこい位、僕に愛撫をしてくれた。
指先や瞼にもたくさんキスをされた。初めての恐怖よりも、愛しさに満たされている。
「これ、気持ち良い?」
シアンは僕のモノを銜えて舐める。その顔に興奮してしまう。
あんなに綺麗な顔なのに、僕のモノを舐めているなんて……。
「ミサキ、いやらしい顔」
意地悪に微笑まれてしまった。そんな顔すらも綺麗だと思ってしまう。
「こっちも、もう良いかな?」
シアンは僕の中をグチュグチュとかき混ぜる。
「僕、なんかもう我慢出来ない、感じっ」
言いながらシアンは自身を僕の中に入れていく。
「んっ……いっ……た」
「痛い? でも我慢してね?」
優しい口調だったが、強引に押し入られた。
「ん!」
「あ、入った……気持ちいい……」
本当に気持良さそうな声を出され、痛いのも苦しいのもどうでも良いと思ってしまった。
シアンにもっともっと気持ち良くなって欲しい。
「ん、動くよ……ミサキ……」
「うん……あっ……ん……」
シアンはふっと口元を緩める。
「フフ、やっぱミサキ、かーわいい」
シアンは腰を激しく動かしだした。徐々に僕の理性は飛んでいった。
行為の後で、シアンはアンティーク風の丸い缶を取りだした。
「それ、なに?」
ベッドに横になったまま訊ねると、シアンは微笑む。
「あげるって約束した、すみれの砂糖漬け」
「あ!」
すっかり忘れていた。僕が半身を起こすとシアンはフタを開けた。
濃い紫色が目に飛び込む。
中には加工された、たくさんのすみれの花が詰まっていた。
「本当にスミレの花だ」
「花弁を砂糖漬けにしてるんだよ」
シアンが一つをつまんで、僕の口に入れた。
思ったより固かったが、美味しかった。
もう一つ、シアンが僕の口にすみれを入れる。するとすぐにキスされた。
シアンの舌と僕の舌の間で、すみれの花が転がる。
「ん……」
唇を離すと、シアンはニコリと笑う。
「フフ、初めてのエッチはすみれの味だね。そしてこの缶とか、すみれの花を見る度、やらしい気持になるんだ」
「変な事言わないでよ」
照れて顔が熱くなった。でもシアンの幸せそうな顔を見ると、それだけで幸せな気持ちになった。
初めてのエッチがすみれ味。それも良いなと思ってしまった。
「なになに、なんなの? いつの間に君達、上手くいっちゃったワケ?」
廊下で会ったトーヤに、ふざけた感じで聞かれた。
シアンは僕に抱きついて牽制する。
「例え先輩でも、イケメンでも、エッチが上手くても、ミサキはあげないよ」
「え、エッチが上手くてもダメなの? 俺の方が上手かったよね、ミサキ?」
「な!? やっぱりミサキってキリュウ先輩と!?」
顔面蒼白になっているシアンの腕を引っ張る。
「トーヤの冗談、真に受けてどうするの」
「冗談なの? 良かった」
多分。と思うが黙っていよう。
「まぁ、君達が幸せそうで何よりだよ」
笑顔を向けてくれるトーヤに軽く会釈して、廊下を進んだ。
付き合いだした僕たちは、学校でも寮でも、待ち合わせて食事をしたりと、以前より一緒に過ごす事が増えた。
自然、友人たちに出会い、からかわれる事も。
食堂前の廊下でトーヤと別れた後で、今度はナナトと遭遇した。
ナナトは片手に本を持ち、それを読みながら廊下を歩いていた。
「うわ、器用。よく本、見ながら歩けるね」
感心したのか、呆れたのか、シアンが声を出す。
「ああ、別に簡単だよ」
ナナトは僕の方を見て微笑む。
「以前のミサキは、これをマネしたいって言ってたけどね」
「え!? 僕、それまでマネようとしてた!?」
過去の自分にビックリだ。いくらナナトに憧れていても、そういう事までマネなくても良いだろう。
以前の僕はどれだけ迷走してたんだ。
それもシアンへの、恋の悩みのせいだったんだろうか。
「でも、今の君には、もうそういうの必要ないみたいだね」
ベッタリと張り付いているシアンを見て、ナナトは微笑む。
「僕が何も言わなくても、ちゃんと自分で答えを見つけられたみたいだし」
やっぱり僕はナナトには、シアンへの恋心を相談していたようだ。
「ナナトがミサキの憧れの人でも、あげないよ!」
「盗らないよ」
シアンが牙をむいても、ナナトは軽く受け流す。
ある意味、一番格好良い人かもしれない。
「もう二人は夕飯食べたの?」
「うん、因みに今から食堂に行くと、トーヤが居ると思うよ」
「そうか、じゃあ、失恋決定で、会ったらうるさそうだね。絡まれそうだ」
ナナトはそう言ったが、そんなに嫌そうな顔には見えなかった。
意外とトーヤとナナトのカップリングはありかもしれないと思った。
いや、本人達がどう言うかは別として、ビジュアル的には美しい。
「僕達は早めに夕飯済ませて良かったね。うるさい人達に楽しい食事を邪魔されずにすんだ」
「大勢は大勢で楽しいと思うけど……」
でも確かに、シアンとの二人の時間は大切だ。
特に付き合いたての今なんかは、優先したくなってしまう。
「あ!」
急にシアンが声を上げたので見ると、中央階段をダイキが下ってきた。
僕達に気付くとダイキも微妙な顔をした。
困ったように頭に手を当てながら、ダイキは僕に向かって頭を下げた。
「どうも」
「どうもじゃないよ! ダイキ、ミサキによけいな事言ったでしょ!?」
自分より背の高いダイキの胸元を掴んで、シアンは揺さぶった。
「そ、それはゴメン。でも、なんかお陰で上手くいったみたいじゃん」
「それは……ありがと」
シアンは少し顔を赤く染めながら言った。
そういう所が本当にかわいいと思う。
僕も好きになっちゃう位だから、ダイキが本気になってしまうのも仕方がない。
「でも、これ以上邪魔したら殺すからね」
「殺すって、シアンの場合、冗談じゃなさそうだから、こえーよ」
シアンはフフンと胸を張って笑った。
子供っぽいけど、こういう所が真っ直ぐで、好かれる部分なんだと思う。
「心配しなくても、シアンは僕が幸せにするよ」
僕が言うと、ダイキは驚いたような顔をした。
「……この前も思ったけど、意外と男らしいよな、お前」
「そうでもないよ。ずっとウジウジ悩んで、お陰で記憶喪失にもなっちゃったしね。でも君のお陰で吹っ切れたし、僕は感謝してるよ」
「恋敵に感謝されてもな」
そう言いながらも、ダイキは笑っていた。
外見は粗暴で怖そうだけど、根はすごく良い人なのだと分かる。
あのシアンが友達になったのだから、当然かもしれないけれど。
ダイキと別れてから、中央階段を僕達は上がる。
「今日も僕の部屋で、その……お菓子を食べる?」
「うん、良いけど、食べるのはお菓子だけなの?」
シアンの顔が赤くなる。
「……ミサキも食べたい」
答えるシアンに微笑んでから、彼の手を引く。
「その前に一か所、付き合って」
「どこに?」
「フミヤの所」
「え、フミヤ?」
記憶がなくなった僕を、再びこの寮につれてきてくれたフミヤ。
優しく頼れる、いとこ。そもそも彼が居たから、僕はシアンに告白が出来た。
「フミヤにはさ、ちゃんとシアンの事を紹介しなきゃ」
「紹介って?」
「僕の恋人ですって」
恋人という言葉に、シアンは顔を赤くする。
「フミヤはいろんな意味で僕の恩人だからね」
記憶喪失前の僕は、フミヤとは少し距離を取っていたようだった。
多分それは地の僕の性格を隠すためだったのだろう。
親戚のフミヤといたら、つい地が出てしまう。今の僕がそうだったように。
でも、本心では僕はフミヤと親しくしたかったはずだ。
ナナトに憧れるように、フミヤにも僕は憧れていた。とても良く出来た人だと。
だからちゃんとシアンの事を紹介したかった。
「もうフミヤに会っても、前みたいに意地悪言わないでね?」
「それは言わないよ。だって今は僕が恋人だし……」
シアンのフミヤへの暴言も、嫉妬からくるものだったと思うと、かわいいと思えてしまう。
まぁ、多少口と性格が悪い部分もあるけど、それを含めて、僕はシアンが好きだ。
フミヤの部屋の前に来ると、僕は扉をノックする。
「フミヤ、いる?」
「ミサキ?」
すぐに部屋の扉が開かれた。
僕の顔を見た後、シアンに気付き、一瞬驚いた顔をした後で、フミヤは微笑んだ。
「いらっしゃい、ミサキ、シアン。良かったら中にどうぞ」
促されて僕たちは部屋に入る。
話したい事がいっぱいある。
フミヤには感謝の言葉も伝えたい。
あと記憶喪失でも、案外上手く生きていけるし、僕が僕である事には何も変わりはなかったのだと報告したかった。
記憶なんかなくても、それはそれで幸せな毎日だ。
そして……。
僕の記憶は未だ戻らない。
クラスメイトなどは、すでに僕に記憶がない事すら、忘れているのではないだろうか。
学校でも寮でも、基本的にはフミヤと過ごす事が多かった。
シアンの誘いの事はあえて考えないようにし、ナナトの所には、いつ行こうか悩んでいた。
過去の自分の秘密を知っていそうなナナト。
真実を知りたいような、知りたくないような、複雑な気持ちで決められない。
そもそも彼は、降参するならと言った。つまりギリギリまで自分で考えろという事だろう。
ならばもう少し、僕は過去の自分の事を考えたい。
何を考え、誰を想っていたのか……。そう、おそらく僕は誰かに恋をしていたのだろうから。
学校から帰宅して、寮の階段を上っている時だった。
「よぉ、久しぶり」
見ると階段の上にトーヤの姿があった。
「え、何、その嫌そうな顔。もっと嬉しそうな顔して欲しいんだけどな」
「別に嫌そうな顔はしてないと思いますけど」
「じゃあ、嫌じゃないんだ?」
階段を上りながら答える。
「別に嫌いじゃないですよ」
「んじゃ、今から俺の部屋で話そうぜ」
「え?」
トーヤは勢いよく、僕の腕を引っ張る。
「あなたは、どっか行くとこじゃなかったの?」
「暇だから、ナナトとか委員会の後輩のコトにでも遊びに行こうと思ってたんだけど、ミサキを見つけたんだ。他の奴のトコに行く必要なんかないだろ。さ、我が城へレッツゴー」
すごい勢いで、僕は階段を上らされ、上級生の部屋のある4階へと連れていかれてしまった。
初めて入るトーヤの部屋は、僕達の部屋とほとんど変わりなかった。
物は少し散らかっているが、まぁ、許容範囲内だ。
「お茶とか、常備してないんだけど、いるなら買ってくるけど?」
「いや、良いです」
フミヤとかシアンがマメなだけで、普通はこんなものじゃないかと思った。
一般的な男子からすれば、自分でお茶を入れるより、自動販売機で買ってきた方が早いだろう。
「最近はどう?」
ベッドに座る僕に、椅子の背もたれを前にして座りながらトーヤは訊ねた。
「えっと、まぁ、それなりに過ごしてます」
「記憶がないまま?」
「そうですね。記憶はないです」
「そっか……」
考えるように、背もたれに肘をついて呟く。
「思い出したいと思ってる?」
「それはまぁ……」
「そうだよな。でないと俺との恋も思いだしてもらえないものなぁ」
頭を押さえてトーヤは言った。
「だから、その嘘はもう良いですよ」
「本当に嘘だと思ってる?」
「え?」
トーヤの目が真剣な物だと気付いた。
「だって、それは嘘だって貴方が言ったんじゃないですか?」
「それは……そう言うしかないだろ。記憶がないんだから」
心臓が早くなった。まさか、僕はこの人と本当に付き合っていた?
自信に満ちた強い瞳。
誰が見ても格好良いと言いそうな、整った顔の人。
でも……やはり僕にはピンとこない。
「僕、トーヤの事、やっぱり好みじゃないと思う」
「うわ!」
叫ぶような声をだして、トーヤは髪をかきまぜた。
「そうハッキリ言ってくれるか……」
溜息を一つついたあとで、トーヤは僕を見る。
「そうだな、恋人とは違ったかもしれない。言い方は悪いけどセフレって感じだった」
「え?」
言葉にならない程ショックを受けた。
セフレ? この僕がこの人と?
部屋の中がグルグルと回りだしたような気がした。トーヤの言葉を受け止めきれない。
以前の僕はそんなヤツだったのか? まさかと思う。
いや、でも以前の僕はあのシアンと平気でキスをしていたんだ。
目の前のトーヤともキスだって、それ以上の事だってしていたかもしれない。
「体で確認する?」
ふいに聞こえた声に、現実に返る。
「え?」
いつの間にか、トーヤは僕の前に立っていた。
「俺にもう一度抱かれたら、すべてを思いだすんじゃない?」
トーヤの手が僕の頬に触れる。指先が淫らに動く。
「僕は……」
「以前の自分の事が知りたいんだろ? だったら体で確認したら良い。頭で考えるより、ずっと簡単に理解できるはずだよ」
トーヤは両手をベッドについて僕に顔を寄せる。
「ミサキは簡単に乱れるはずだよ。俺の指や舌を覚えているから、喘ぎ方だってねだり方だってもう知ってるハズなんだ」
心臓の音が大きくなる。
トーヤを怖いなんて思った事はなかった。でも、今目の前にいるトーヤに雄を感じ、僕は恐怖している。
トーヤの指先が僕のシャツにかかる。
「同性同士の恋愛や婚姻が認められてから、男の中には常に、抱く方と抱かれる方という問題が発生し、自分がどちらかを考えながら生活するようになった」
それは記憶がなくても知っている。世界の、世間の常識だ。
トーヤは僕から目を離さない。指先がシャツを引く。
「君は抱かれる方の人間だよ。もうそれは体にも刷り込まれている」
体が熱くなった。その言葉に嘘はないと、僕は感じ取っている。
「ミサキ、ずっと好きだったよ」
トーヤの唇が触れた。僕は抵抗も出来ず、そのままベッドに押し倒される。
激しいキスに息が出来ない。いつの間にか、トーヤの手は僕のシャツの中に侵入し、胸をまさぐる。
「あっ」
自分の反応が怖かった。トーヤに触れられ、乱されるのは嫌だ。
でも体は素直に反応をはじめていた。
「ここ……触れて欲しいだろ?」
服の上からトーヤの指先が触れた。布越しに秘部を刺激されて声が漏れる。
「やだ、やめて……」
トーヤの肩を掴んで離そうとするが、ビクともしない。
「ここで男を受け入れるんだ。ミサキはそれをもう知ってるはずだ」
「違っ……」
ズボンの前を開かれ、トーヤの指が下着の中に侵入する。
「ほら、もう指が入る……」
「やっ……」
僕は枕を掴みトーヤの顔を殴っていた。
彼の動きが止まった。
「あ……」
暫くの間のあと、トーヤは額を押さえると、僕から離れて立った。
「ごめん、酷い事した……」
理性を取り戻したようなトーヤに、少し安堵する。
「本当だよ。最低だ」
「ごめん……」
僕は服を直してから、トーヤから距離を取って立つ。
「例え、過去に僕とトーヤはそういう関係だったとしても、今の僕はそれを覚えてないしエッチをしたいとも思わない。だから、もうこんな事しないで欲しい」
トーヤはフっと息を吐くと、顔を上げる。
「分かってるよ。今日は本当にゴメン」
「わ、わかれば良いよ」
僕はシャツの胸元を押さえながら、トーヤの前を怖々と歩いてドアに向かう。
大丈夫だとは思うけど、また襲われたらと思うと怖い。
「ミサキ」
ドアを開けようとしたら、声をかけられた。
おそるおそる振り返ると、トーヤはこちらを見ていた。
「さっきのセフレって言葉、訂正するよ」
「え?」
トーヤは溜息のように大きく息を吐いた。
「本番はしてないんだ」
「本番?」
「えっとつまり、最後まではしてないって事。今した位の事しか、昔のミサキともしてなかった」
今日位の事はしてたのかと、ショックを受けるが、でもセフレとかよりはぜんぜん良い。
「俺が昔からミサキにアタックしてたのは本当だよ。キス位は、たまに出来る位の仲でもあった。でも、最後までは結局できなかった。いつも拒まれてさ……」
トーヤは自嘲するように笑った。でもそれはすごく淋しそうな顔だった。
「ありがとう、本当の事教えてくれて」
僕はお礼を言うと、トーヤの部屋を後にした。
「最近、シアン来ないね」
食堂で朝食を食べている最中に、フミヤが呟いた。
「別に、待ち合わせとか、食べる約束とかしてないし」
「でも以前はよく会ったじゃないか? もしかして僕がいるのが気にいらないのかな?」
「そんなの関係ないでしょ」
「うーん」
フミヤは考えるように顎をつまむ。
「なに?」
「いや、何もなければ良いけど、ほらシアンってあの外見でしょう? 結構トラブルも多いんだよ」
「トラブるのはあいつの外見じゃなく、性格のせいでしょ?」
「厳しいな……まぁ、それは置いておいて、あの外見だからこそ問題も起きるだよ」
「どんな問題だよ?」
僕は箸を口に運びながら訊ねる。
「ストーカーとかに言いよられてさ」
ご飯が喉に詰まった。
僕は咳きこんで、水を飲んでからフミヤを見る。
「なに? あいつってストーカーとか遭うの?」
「性格を知るまではね。だいたいの人はあの性格に怯えて、途中でストーカーやめるけど、ぱっと見た目はおとなしそうに見えるからね」
「そ、そうなんだ……」
ジュースのストローに口をつけながら、シアンの事を考えた。
僕に構う暇もない位、大変な目に遭っていたりしたら……。
学校についてから、始業前にこっそりシアンの教室を見に行った。
でもそこにシアンの姿はなかった。まだ登校していないのだろうか?
仕方がないので、次の休み時間、再びシアンの教室を訪ねてみた。
廊下側のドアから中を見ると、シアンは机に向かっていた。
そのシアンの机の前に知らない男が立っていた。
知らないと言うか、今の僕には覚えがない男だ。
背が高く、スポーツマンっぽい、精悍な感じの人物。
トーヤともナナトとも違うタイプの美形だと思った。
けれど、にこやかに話しかける彼に、シアンは無反応だった。
つまらなそうに、窓の外を見ている。
ストーカーではなさそうだが、やはりシアンは迷惑しているのだろうか。
休み時間はすぐに終わり、僕は教室に戻った。
「ねぇ、フミヤ、シアンの教室で、スポーツマンっぽいイケメンを見たんだけど」
「イケメン?」
昼休みにフミヤを誘って中庭のベンチへ行った。
そこで弁当を食べながら、さっき見た人物を聞いてみた。
「そう、ちょっとキツい感じの、黒髪の背の高いガッシリした感じの人」
「ああ、もしかしてダイキかな?」
「ダイキ?」
「うん、ツナガ・ダイキ。シアンの側にいる美形なら、ほぼ間違いないと思うよ」
「シアンの側にいるって?」
「彼がシアンを好きなのは有名だからね」
箸が止まってしまった。
「そのダイキって、シアンの事が好きなんだ……?」
「一応言っておくと、以前のミサキとダイキは面識あるよ」
「僕が……」
ダイキの事ももちろん覚えていない。
あの精悍な感じの人間と、僕はどんな会話をしていたんだろう。
「念のために言うけど、ミサキからダイキには近寄らない方が良いと思うよ」
「なんで?」
「なんでって、ダイキはシアンがミサキを好きなのを知ってるからね。もちろんミサキの事、良く思ってないよ」
言われてみればそうか。
「だから、今まで、僕は彼の存在を知らなかったのか……」
「まぁ、そうだろうね。あえて記憶がないミサキにダイキを紹介するのもアレだし、さすがに、ダイキもわざわざケンカ売ってくるような事はなかったんだと思うよ」
「でもさ、昔は僕がシアンに会いに行ったら、会っちゃってたんじゃない?」
「それは、そうだね」
フミヤは自分の顎をつまんだ。
「でもミサキは基本的に自分からシアンに会いに行かないから、丁度良かったんじゃないかな」
僕は自分からはシアンに会いに行かない?
じゃあ、シアンが僕に飽きたら、顔を合わせる機会がないって事?
実際、今現在、顔を合わせていないのはそのせい?
「ミサキ?」
フミヤが顔を覗きこんできた。
「どうかした?」
「いや、うん、何でもない……」
僕はシアンとの関係が、一方的になりたっていたモノなのだと実感した。
彼が僕に興味を無くせば、それまでの仲でしかない。
でもそれって、すごく淋しいじゃないか……。
「気になる?」
「え?」
聞かれてフミヤの顔を見る。
「シアンの事」
「気になるっていうか……」
いや、気にはなっている。僕達は実際どんな関係だったのか。
シアンは僕に好意を持っているが、以前の僕は違った。
それなのに、友達関係をちゃんと築いていたのだろうか?
それとも僕は嫌々とまではいかなくても、シアンに無理して合わせていたのだろうか。
「やっぱり気になるみたいだね」
「それは……だって記憶がないからね。いろいろ、考えるよ」
「それって記憶がないからなのかな?」
「え?」
予想外の言葉だった。僕の心をかき乱しながら、フミヤは穏やかに話す。
「記憶があるとかないとか関係なく、ミサキはシアンの事をすごく考えてる気がするよ」
「そ、それはだって不思議なキャラだし、どう扱ったら良いかって……」
「そうなのかな? じゃあ他の人の事も考える? キリュウ先輩だって結構扱いにくいキャラだと思うし、ナナトだって人間離れした仙人みたいな、不思議な性格の人に思えるけど」
言われてみればそうだ。
トーヤなんか、セクハラまでされたけど、あんまり考えてもいなかった。
「うちの学校で人気投票したら、誰が一番になると思う?」
「え?」
突拍子もない質問に面食らった。
「な、なんの話?」
「うちの学校は男子校だろう? 生徒全員男子。でも世界で同性愛や婚姻が認められて長いからね、みんな普通に同性に恋もするだろう?」
「記憶喪失だけど、そういう常識は分かっているよ」
「うん、それで最初の質問。うちの学校で誰が一番人気があると思う?」
フミヤの目を見ながら考える。
何か裏があるのではなく、普通に考えれば良いのだろうか?
「僕……なんて答えじゃないんでしょう?」
フミヤはニコリと笑って首を振る。
「じゃあ、ナナト」
彼は美しいだけでなく、雰囲気がある。
彼の周りだけ、時間が止まっているような、空気が違うような、そういう世界観を醸し出す。
「おしいんだけど、それもハズレ」
「んーとじゃあ、トーヤ?」
「彼も人気があるよ。彼に抱かれたいって生徒は多分一番多いと思う」
「じゃあ、トーヤが正解なんじゃないの?」
「違うよ。だって一番人気はシアンだからね」
「え?」
予想外だった。確かにシアンはかわいい。美人と言っても良い、華やかな顔立ちだ。
でもあの性格だ。ぱっと見た目の第一印象だけならともかく、あの性格で一番人気はないだろう。
「納得できないって顔だね」
「そりゃそうだよ。ダイキみたいに、ドエスが好きって言うコアなファンが若干いるなら分かるけど、ナナトやトーヤと比べて多いのはちょっと分からないな」
「考え方が違うよ」
食べ終わった弁当箱をしまいながら、フミヤは説明する。
「最初に言ったけど、ここは男子校。相手を抱きたいと思う派と、相手に抱かれたいと思う派が居るんだ」
「肉体的な話!?」
そっち方面を考えてなかったから、急にドキドキしてしまった。
動揺する僕を見ながら、フミヤは淡々と言う。
「キリュウ・トーヤは確かに格好良いけど、でも彼を抱きたいって人は少ないと思う。抱かれたいって人も中にはいるけど、元々男性だから、抱かれるより、抱きたい派の方が多い。だからキリュウ・トーヤは一番人気じゃないんだ」
納得できる説明だけど、なんか抱くとか、聞いてるだけで顔が熱くなる。
「じゃあ、ミサキとナナトはどうか。確かに二人とも人気があるよ。二人ともすごく綺麗だからね。二人に関しては抱きたい派抱かれたい派、実は両方いると思う。でもここで一つ問題が出る。君達はタイプが近いから、人気が二分するんだ。お互いのファンを奪い合う感じ」
「……別にファンなんか奪い合ってない」
フミヤは微笑する。
「で、シアンだけど、彼に関しては断然抱きたい派の人が多い。彼に抱かれたいって人はいないんじゃないかな?」
何故だか、ズキンと胸が痛んだ。僕は胸を押さえながらフミヤの言葉を聞く。
「元々、誰も本気で付き合えるなんて思ってはいないよ。だから、彼のキツイ性格も問題にはならない。要はアイドルだからね、かわいいって、陰で騒げればそれで良いんだよ」
胸の痛みはムカツキに変わった。
アイドルとして騒げれば良いなんて、失礼な話じゃないか。
人を好きになるって、相手の性格を含めてのものだろう。
嫌な部分があったって、それを分かった上で好きなんだ。
「ミサキ?」
顔を覗きこまれた。
「フミヤの言う人気っていうのは分かったよ。でもそれが何? 僕に何か関係がある?」
なんでだろう。なんか冷たい言い方になってしまう。僕は怒っているのか?
一体何に怒ってるんだ?
「ねぇ、ミサキ。もしかして君はシアンの事が好きなんじゃない?」
「え?」
予想外の言葉に僕は固まった。何も言えず、彫像のようになった僕に、フミヤは言う。
「以前のミサキとは、そんな話はした事ないよ。でも今のミサキを見てると、すごくシアンの事を気にしているし、もしかしてそうなんじゃないかって思ったんだけど」
僕は立ち上がる。
「先に教室に戻るよ」
「え、ミサキ?」
フミヤを置いて、歩きだした。結局お弁当はほとんど食べられなかった。
でもお腹もすいてない。なんだか、胸が苦しかった。
放課後、考えた挙句に僕はナナトに会いに行った。
部屋のドアを開けると、ナナトは驚いた様子で僕を見た。
「突然訪ねてごめん」
「いや、良いけど……話なら、部屋の中に入る?」
「うん」
僕はナナトの部屋に入る。
他の部屋と造りは同じだが、どこよりも綺麗に整った部屋だった。
「答えを聞きに来たの?」
単刀直入に聞くナナトに首を振る。
「いや、答えはいらない」
ナナトの言う答えは、以前の僕が好きだった人の事だ。
でもそれが聞きたくて来たわけではない。
「じゃあ、何の話かな?」
冷蔵庫からポットを取り出すと、水を注いで手渡された。
「なんだろう……何か聞きたかったとか、答えを求めてたわけじゃないんだ。でも、なんとなくここに来たくなったんだ」
ナナトの部屋自体は、以前、フミヤに教えてもらっていて知っていた。
でもわざわざ訪ねてくる事があるとは、思っていなかった。
「記憶はないけど、体は覚えてるのかな」
「え?」
顔を上げてナナトを見る。
ナナトは来客用と思われる簡易椅子を出して、それに座っている。
「君は記憶がなくなる前も、よくここに来ていたよ」
「そう、なんだ?」
「うん」
かつての僕はナナトに何を求めていたのだろう。ここでナナトに慰められていた?
僕が好きだったのはナナト? いや、それはない気がする。
マジマジとナナトの顔を見る。恐ろしい位に整った、綺麗な顔だと思う。
けれど威圧的な感じはなく、穏やかですべてを包んでくれそうな雰囲気だ。
「そうか、ナナトは僕の相談役だったんだね」
僕の呟きに、ナナトはゆっくりと頷いた。
「僕は何か困った事とか、悩みがあるとナナトに相談に来ていたんだね?」
「うん、そうだね。そういう事も多かったと思うよ」
ふっと力を抜き、大きく息を吐いた。なんだか少しわかりかけてきた気がする。
「僕はフミヤとナナトを、結構近い人格だと思ったんだけど、フミヤには否定されたんだ。フミヤには僕とナナトの方が近いって言われたけど、僕はそう感じなかった。でも僕はナナトとか、フミヤみたいな人間が、かなり好きなんだと思う。良い人だなっていう尊敬とか憧れを抱いてる。もしかして僕は君に憧れて、マネとかしてたんじゃないかな?」
ナナトはふっと微笑むと、グラスの水を一口飲んだ。
つられて僕も水を飲む。微かにレモンの味がした。
「君の言う通りだよ。かつての君はよく僕に会いに来ては、普段の悩みを話していた。僕のようになりたいと言われたし、どうしたらなれるか、聞かれたりもしたよ」
「マネられて嫌じゃなかった?」
恐る恐る聞いたが、ナナトは首を振った。
「そんな事はないよ。君の生き方のヒントに僕がなるなら、それはそれで嬉しいと思った。だけど、本来は素のままの君で良いと、僕は思ってたんだけどね」
『僕は』。つまりナナト以外の人間は違うって事だ。
例えばシアンとか?
考えたら胸がズキンと痛んだ。
僕はレモン水のグラスを見つめ、確認するように話す。
「今の僕と、記憶をなくす前の僕が違うと、シアンには言われてたよ。でも本来はこれが僕の性格なんだよね? かつての僕は、ナナトのマネをして、優等生の仮面をかぶっていた。そういう事だね?」
「そう、かもしれないね。本質的な部分はかわっていないと思うけど、他人からみたらきっと違う印象だろうね」
僕は顎をつまんで考える。
「前の僕は、どうしてそんな事をしてたんだろう?」
「最初は単に他者の評価を気にしていただけだったようだよ」
「他者の評価?」
「親や、教師なんかの評価だね。それに優等生になって、寮の監督生になるって夢もあったみたいだから。でも、途中からそれだけでは、なくなってしまった」
「それって……」
僕はナナトの目をじっと見つめたが、それ以上は教えてくれなかった。
「そこは自分で考えると良いよ。というか、もう君は分かっているみたいだよね」
ナナトの言葉が胸に刺さった。そう、僕には心当たりがある。
どうして、僕が優等生のミサキを演じていたか。
それは単に、好きな人の気を引きたかっただけじゃないのか?
ナナトの部屋から帰ったあと、結局、夕食時も、風呂場でもシアンに会う事はなかった。
今までは、自分が避けているせいで会わないのだと思っていた。
でもここまで会わないと、もしかして自分がシアンに避けられているんじゃないかと思えた。
「最後に会った時、別に怒ってた感じもなかったと思うけど」
ふとダイキの顔が浮かんだ。
自分が会っていない間に、シアンはダイキと会っていたのだろうか?
ダイキを部屋に入れたり?
ダイキは長身で大柄だ。
もしも力づくで襲われたら、シアンの抵抗など意味をなさないだろう。
気付いたら立ち上がっていた。
僕はカードキーだけ掴んで廊下に出た。
考えはまとまらなかったが、じっとしていられなかった。
ドアをノックするとシアンの声が聞こえた。
「えっと、ミサキだけど」
言った瞬間、すごい勢いでドアが開かれた。
「ミサキ!」
僕を見るなり、シアンは胸ぐらを両手で掴んできた。
「なにしてたんだよ! 明日も来てねって言ったんだから、明日も来いよ! バカ!」
いきなりすごい勢いで罵倒されてしまった。でも、元気そうなのでちょっと安心する。
「ご、ごめん、あと、苦しいから手を離してくれる?」
「あ、ごめん」
シアンは手を離すと、部屋に促してくれた。僕はいつものようにベッドの端に腰かける。
「えっと、久しぶり……だね」
コーディアルの炭酸割りを作りながら、シアンはこちらを睨む。
「久しぶりにしたのはミサキじゃないか!」
出来あがったジュースを乱暴に机に置かれた。
「いつ来てくれるか、ずっと待ってたのに」
「僕が訪ねてくるのを、待ってたの?」
「そうだよ」
「別に待ってないで、会いに来てくれれば良かったのに」
「簡単に言うなよ!」
怒鳴られて僕は口をつぐむ。
「僕だってそんなに図々しくもないし、自信満々なわけじゃないんだ。訪ねて行ったらミサキの迷惑かもしれないとか、それなりに考えるんだ」
「そう、なんだ……?」
「そうだよ。だからミサキから僕に会いに来てくれるのを待ってたんだ。だってわざわざ来るって事は僕が会いたいんじゃなくて、ミサキが会いたいって事でしょ? だから、ずっと待ってたんだ」
じっと目を見つめられた。心臓がドキドキした。
ここで誤魔化す事に意味なんかないと思い、僕は頷く。
「そうだね、僕はシアンに会いたくてここに来たんだ」
「ミサキ!」
シアンが飛びついてきた。
「うわ!」
僕達はベッドに転がる。
「わーん、ミサキ好きだよ! やっぱり大好き!」
ギュウギュウ抱きつかれた。でもやはり嫌な気はしない。
シアンの頭をポンポンと軽く触れる。
「なんだよ、子供扱いすんなよ! 僕だって立派な男なんだからな」
至近距離で顔を覗きこまれた。
その瞳に熱い気持がこもっているように感じた。
「でも、抱かれたいなんて言われても、困るし……」
僕はシアンから顔をそむけた。
「今日はそんな事言ってないだろ!」
シアンは僕から離れて起き上がると、椅子に座り直す。
「別にエッチ目当てじゃないし、抱かれたいとか、そんなの前ほど思ってないし……」
「え?」
僕はベッドの上に座り、シアンを見つめる。
それはどういう意味だろう。もしかして、もう僕の事をそういう意味で、好きではないという事だろうか?
考えたら胸が痛んだ。
シアンはコーディアルのジュースを手にして、ストローでクルクルとかき混ぜている。
「僕はミサキに会いに来てもらえただけで、今、すごく幸せだって感じてるよ」
なんだか言い訳のように聞こえた。
そう言えば、今日はキスもされていない。僕は無意識に自分の唇に触れていた。
「ジュース、飲まないの?」
言われてグラスに手を伸ばした。先日飲んだ時より、甘さが弱く感じた。気持ちの影響だろうか。
「シアンって、僕以外ともキスしてるの?」
思わず声に出してしまった。シアンは睨むようにこちらを見る。
「なんでそんな事聞くの?」
「なんでって……」
胸が苦しい。
「ただ、どうなのかなって思って……」
「僕が他の人とキスしてるか気になるの? それって他の人としてたら嫌って事?」
「それは……」
「ねぇ、それって僕の事が好きって事?」
手を握られた。心臓の音が大きくなる。
答えない僕にシアンは微笑む。
「ズルイな。肝心な事は言わないで、そういう事聞こうとするの。やっぱり前のミサキとは違うよね。前のミサキは、そんな事あえて聞かなかったもん。やっぱ、今のミサキは違う」
人差し指で顎を持ち上げられた。
「シアンには悪いけど、多分、今の僕の方が本来の僕だと思うよ」
シアンの顔が少し変わる。
「別に……今のお前も、嫌いじゃないけど」
「え?」
ついシアンを見つめてしまった。つられるように、シアンの顔が近付いてくる。
「だから、なんでキスしようとすんだよ!?」
シアンの顔を両手で押さえる。
「それはこっちのセリフ! なんで抵抗すだよ!? この流れならオッケーじゃないの!?」
「いや、ぜんぜんオッケーじゃないでしょ!?」
「どうしてだよ、僕が他の人とキスしてたら嫌なくせに!」
「それは、だからもしかして、ダイキとかに無理矢理迫られてないかとか、心配しただけで」
「え?」
シアンの動きが止まる。
「ダイキの事覚えてるの?」
「いや、覚えてないけど、この前、シアンと一緒にいる所を見たし。フミヤにもダイキの気持ち聞いてたから、だからむやみに二人きりで会ったり、部屋に入れたりしたら危ないんじゃないかと思って……」
シアンはふっと息を吐いて笑った。
「そんな心配してたんだ」
「そ、そりゃ、無理矢理とかだったら良くないし、被害に遭う前に注意した方が良いかと思って」
「そんな心配は無用だよ」
シアンは微笑んでいた。
「この部屋に、危なそうな奴は入れないよ。むしろミサキしか入れてないって言った方が良い位だもん」
「そう、なの?」
「そうだよ。つーか、ミサキが心配してくれてちょっと嬉しい」
その笑顔に顔が熱くなった。こんな風に笑われると胸がいっぱいになる。
「言っておくけど、ダイキなんか、僕はぜんぜん何とも思ってないからね。あいつにキスされるとか、抱かれるとか、考えただけで鳥肌立つよ」
「鳥肌が立つのはダイキだけ?」
「え?」
「いや、抱かれるのって……」
「ミサキ?」
僕ははっとして頭を振る。
「ごめん、なんでもない。でも心配するような事がないなら良かったよ」
飲み終えたグラスを机に置く。
「今度は、近いうちに遊びに来るよ」
「それは嬉しいけど……」
「じゃあ、また」
半分逃げるようにシアンの部屋から立ち去った。
どうかしてると思う。
僕はシアンが抱く方か、抱かれる方かを、気にしている。
つまりそれは僕がシアンを抱くのか、抱かれるのかを気にしてるって事なんだ。
シアンの部屋から出て、その事を振り払うように頭を振った。
そのまままっすぐ、廊下を歩もうとした時だった。
廊下のすぐ先にツナガ・ダイキがいた。視線が絡み一瞬息が止まる。
ダイキはこちらに向かって歩いてきた。そして僕の前に立つと、嫌な感じに笑った。
「俺は部屋に入れてもらえないのに、お前は入れるんだな」
声が出なかった。彼は僕の横を通り過ぎ、シアンの部屋のドアを見つめた。
何かするのではないかと緊張していたが、ダイキはそのまま廊下を進み、階段を下りだした。
僕は安堵の息を吐いた。
多分酷く恨まれただろうと思うが、シアンに危害を加えるのでなければそれで良い。
殴ったり嫌がらせするなら、シアンではなく僕にして欲しいと思った。
自室に戻ると、僕はベッドに倒れ込んだ。
記憶をなくす前の事が、だいたい分かった気がした。
僕は本来の性格を隠し、優等生を演じていた。ナナトはそんな僕の理想と憧れであり、相談者でもあった。
トーヤは単に友達だろう。いや、彼の気持ちに若干流されて、触れられる事を許していたみたいだ。
でもそれは多分代わりだ。僕は好きな人に触れられない欲求不満を彼ではらしていた。
いや、もしかしたらトーヤの行為のせいで、僕は気付いてしまったのかもしれない。
好きな人に抱かれたいのだと。
「……」
僕は枕を被って頭を隠した。
なんて事だ。かつての僕は、好きな人に抱いて欲しいと言えなくて、悩んでいたんだ。
僕は多分、シアンの事が好きだったんだ。
シアンとは本来なら両想いだ。でも彼は僕に抱かれたいと思っている。
そんな彼に、自分も抱かれたいとは言えなかったんだろう。
ジレンマだ。
僕は枕を放り投げると、ベッドの上にあおむけになる。
切羽つまっていた以前の僕は、断崖絶壁の上からという劇的な場所ではなく、小山の上から落ちたのを良い事に
あっさりと現実逃避の、記憶喪失という都合の良い健忘に陥ったのだろう。
そこまで思い悩んでいたんだと言えなくもないが、すごくマヌケだ。
「マヌケだけと笑えないな」
自分の気持ちに気付いてしまった今、現状は記憶喪失の前と何も変わってないと思う。
「……どうすれば良いんだろう?」
僕はガバっと起き上がって、声に出す。
「いや、一つだけ、以前との違いがあるじゃないか」
そう、今の僕は地の性格で生きている。せっかく素の自分を晒しているんだ。だから。
「シアンに告白すれば良いんじゃないか?」
例え当たって砕けても。
翌朝。僕はフミヤと横並びに座って朝食を食べていた。
すると隣にトレイが置かれ、声をかけられた。
「おっはよー、ミサキ」
ハートマークが語尾についていた気がする。満面の笑みのシアンは隣に座ると話しかけてくる。
「今日はまたいつもより綺麗だね。昨日、僕といっぱい話したお陰かな?」
「……そういう事はないと思うよ」
シアンの事が好きだと自覚したが、このテンションには多少引いてしまうのは仕方ないだろう。
「ふふ、なんか朝から一緒で、超幸せ」
本当に幸せそうな顔に、胸がきゅんとした。
バカな子だと思うんだけど、やっぱり、かわいいなって思えてしまう。
「えっと、僕は邪魔なら消えるけど」
フミヤが立ち上がろうとするので腕を掴む。
「いや、そこは関係ない」
またシアンが文句を言うかと思ったが、今日は笑顔を崩さない。
「今日の僕は機嫌が良いからね、だから許してあげるよ。まぁ、フミヤなんか、顔がついた壁だと思えば良い事だもんね」
相変わらず随分な発言だ。
「ごめん、フミヤ」
僕が謝ると、フミヤは微笑みながら手を振る。
「いや、いいよ、気にしてない。シアンがそんな悪い人じゃないって分かってるし」
「なんで楽しそうに笑ってるんだ?」
「いや、だって、二人がすごく仲が良いからさ」
顔が熱くなった。フミヤは耳元に口を寄せると、小声で話しかけてくる。
「上手くいったんでしょ?」
「違うよ!」
つい大声で叫んでしまった。
「なんだよ、何、二人でこそこそ話してんだよ?」
シアンは不機嫌そうに眉を顰めながら、僕の腕を引く。
「お前は僕だけ見てれば良いの!」
真っ直ぐな瞳で言われた。こういう所が敵わないなって思う。
以前の僕もそうだったのだろうか。いや、でもそもそもシアンって、以前もこんな乱暴な口のきき方だったのか?
「……気になったんだけど、シアン、だんだん僕の扱い悪くなってない?」
「え?」
シアンは顎をつまんで少し考えたが、すぐに顔を上げた。
「だって仕方ないだろ、今のミサキは半偽ミサキなんだから」
「半偽って……」
「まぁ、そこは仕方ない。でも言っておくけど、この僕の愛が、記憶がないから嫌だとか、そういう薄っぺらいモノだとは思わないで欲しいよ。僕の愛は記憶喪失なんかで左右されないんだから」
「単に顔が好きだから、なんじゃないの?」
フミヤの鋭い発言にシアンは真っ赤になった。
「な、そんなワケないだろ! そりゃ、もちろん顔は大好きだけど、それだけじゃないんだからな!」
ちょっと心配になった。シアンって本当に僕の顔が好きなんだなって。
その時、ガシャンと食器のぶつかる音がした。
見ると少し離れた席にダイキが座っていた。彼は鋭い視線でこちらを睨んでいた。
なんだか嫌な気分だった。
学校での休み時間、予習がわりに教科書を眺めていると、誰かが横に立った。
顔を上げて驚いた。ゆるむ顔を無理に抑えたような顔をした、シアンがいた。
「今朝、言い忘れた事があったんだ」
「言い忘れたこと?」
座ったまま見上げて聞くと、シアンは頷く。
「家からお菓子を送ってもらったんだ」
「また薔薇のゼリー?」
「ううん、今回はすみれの砂糖漬け」
「すみれって花の?」
「そうだよ」
聞いた瞬間胸が高鳴った。花のお菓子だなんて、すごく興味がわく。しかも砂糖漬け。甘い物は大好きだ。
「覚えてないかもだけど、前に僕がそのお菓子の話をしたら、ロマンチックで良いねって、ミサキ笑ったんだ。
だから今度手に入れたら、ミサキに食べさせるって約束してたんだよ」
「そうなんだ」
以前はロマンチックなんて言って、誤魔化していたんだろうが、おそらく本来の僕はただの甘党だ。
砂糖漬けと聞いただけで、無性に心惹かれる。確かにすみれの花というのも興味深いが。
「放課後、迎えに来るから、部屋で一緒に食べよう」
「ああ、わかったよ」
僕の返事にシアンは嬉しそうに笑うと、教室から出て行った。
幸せそうなシアンの顔を見て、僕も嬉しい気持ちになっていた。
「それにしても……」
僕は以前から、シアンに餌付けされていたんだなと思った。
ハーブコーディアル、薔薇の形の精巧なゼリー、すみれの砂糖漬け。
ちょっと変わったお菓子や飲み物で興味をひかれ、いつの間にか時間を共有し、彼の作戦の通りに、だんだんとシアンを好きになってしまった。
きっとそういう事だったんだろう。
だって記憶を失くした今だって、まったく同じだ。
ちょっとしたきっかけを与えられ、彼とすごすと、やっぱり好きになってしまう。
そう、僕はシアンが好きで仕方ない。
考えただけで熱くなった頬を押さえた。
放課後。シアンが来るのを教室の前の廊下で待っていた。
窓からは、中庭から正門へ向けての小道が見える。下校する生徒を眺めていると声をかけられた。
「マナカ・ミサキ、話がある」
怖い顔をしたツナガ・ダイキが立っていた。ゴクリと唾を飲み込む。
左右を見渡したが、ダイキの仲間らしき人間も、僕を助けてくれそうな人物も見当たらない。
迎えに来ると言ったシアンの姿も……。
「ここじゃ目立つから、ちょっとあっちで良いか?」
あっちってどこだよって思ったが、ダイキが歩きだしたので仕方なくついていく。
まさか向かった先に、誰かが待ち伏せしてるとかないよね?
どこかに閉じ込められるのも嫌だから、密室にも気をつけよう。
そう思いながら歩いていくと、廊下の一番奥、特別教室などが並ぶ、人気のない場所でダイキは立ち止まった。
このヘンの部屋の中から仲間が出てきたりしないだろうか?
そう思ってビクビクしていたら、見透かしたようにダイキは言った。
「別に仲間を待ち伏せさせたり、あんたを陥れようとか思ってないよ」
「そう……なんだ」
意外とまっすぐな性格なんだろうか? そう思って見つめたら舌打ちされた。
その音に、つい反射的にドキリとする。
「やっぱ、あんた顔は良いんだよな」
なんて答えたら良いか分からず、黙り込む。
「俺が整形したってあんたに似るとは思えないし、やっぱそういうんじゃないんだよな……」
僕に話しかけると言うよりは、自分に向かって俯いて独り言を言っている感じだった。
「あのさ、ハッキリ言うんだけど」
ダイキは顔を上げてこちらを見た。
「シアンと付き合う気がないなら、ハッキリふってくんない?」
「え?」
予想外の言葉に固まっているうちに、ダイキはどんどん話す。
「あんたが中途半端に期待もたせるから、シアンはこっちを見てくれないんだよ。あんたがハッキリ、シアンをふってくれたら俺にもチャンスがあるんだ。あんたは善人ぶって、ちゃんとふらずに友達顔してるんだろうけど、そういう方が残酷だぜ。ぜんぜんシアンの為にならない」
ダイキは勘違いしている。僕はシアンが好きだ。
ただハッキリさせられなかったのは、僕がシアンに抱かれたかったからで……。
そう思って、改めてダイキの事を見てみた。背が高く、ガッシリした体型。
筋肉もあって、ちょっと押したって倒れなそうな頑丈そうな体。
顔だって男前だ。
シアンが男に抱かれたいって思ってるなら、僕よりダイキと付き合う方がシアンは幸せになれるんじゃないか?
「なぁ、何黙ってんだよ? 俺の言った事、ちゃんと理解してる?」
ダイキが一歩こちらに近づいた。
大きな体に威圧感を覚える。
僕なんか簡単に抱きこめるような体格。
考えてみれば僕もそうだ。男を抱くより、抱かれる方が良いっていうなら、シアンよりもダイキの方が魅力的だ。
男らしくて格好良い。抱かれるならシアンよりこういう人間が良いだろう。
やっぱり、僕とシアンでは合わないのだろか?
僕とシアンは付き合わない方が良い?
いくら僕がシアンを好きで告白したって、お互いが抱かれたいんじゃ付き合えないと、シアンも思うかもしれない。
やっぱり、シアンに告白しない方が良いんだろうか。
ダイキが言うように、シアンを振って、それでシアンはダイキと、そして僕はトーヤと……。
「僕は……」
「酷いよ、ミサキ、どこに行ってたんだよ?!」
教室前の廊下に戻ると、いつものようにシアンが大騒ぎした。
「ごめん、ちょっと呼び出されてさ」
「呼び出し!? もしかして告白じゃないよね!? 僕がいるのに!」
シアンは僕の肩を掴んで、ガクガクと揺すった。
そんなシアンに微笑んで否定する。
「違うよ。ダイキに呼び出されたんだ」
「ダイキに?」
シアンの顔が曇る。その目が殺気を帯びた物に変わるのを見て、僕は首を振る。
「何もなかったよ。ただシアンの事でちょっと言われてね」
「何を言われたんだよ!? どうせ僕達の邪魔したんだよね!?」
「うんと、そうでもないよ。だってお陰で、僕がどんなにシアンが好きかわかったからね」
「え?」
シアンは固まって口をパクパクとさせた。
「え、えっと、ミサキ、今僕を好きって言った……?」
「うん、言ったよ」
「す、好きって友情の好き?」
「ううん、抱きたいとか抱かれたいの好き」
「それって、恋人の好き?」
「うん」
僕が頷くと、シアンは顔を真っ赤にしながら抱きついてきた。
「うわーん、嘘じゃないだろうね!?」
泣くように叫んでいるシアンに苦笑しつつ、僕は肝心な事を口にする。
「でも、付き合うかどうかはシアンが決めて」
「え?」
シアンは僕から離れ、改めて顔を見つめる。
「どういう意味? もしかして記憶がない事気にしてる? だったら大丈夫だよ。僕は今のミサキもやっぱり好きだもん。記憶があるとかないとか、関係なく」
「それもあるけど……」
僕は一回深呼吸して、勇気を出して言った。
「僕はシアンを抱けない。僕はシアンに抱かれたいんだ」
シアンは彫像のように固まり、僕をじっと見ていた。
言われた言葉の意味を噛みしめて、考えているように見えた。
いや、あまりのショックにちゃんと頭が働かず、考える事も出来ていないのかもしれない。
「ミサキ、帰るよ!」
いきなりシアンは僕の手を掴んで歩き出した。
僕は引きずられるようにして、ついていく。
さっきダイキに言われて僕は考えた。
僕もシアンもお互いに抱かれたいと思っているのだから、合わない。
付き合わない方が良いんじゃないかと。
でも、やっぱり僕はシアンが好きだと思った。ダイキには盗られたくない。
だから僕はダイキに宣言をした。
「僕はシアンが好きだよ。君に負けない位にね」と。
シアンは寮に戻ると、自分の部屋に僕を連れていった。
乱暴に室内に押し込むと、シアンはいきなり自分のシャツからネクタイを外した。
「さっきの言葉本当だろうね!?」
「う、うん」
困惑している僕を、シアンはベッドに突き飛ばした。
「わっ」
ベッドに転がると、シアンが圧し掛かってきた。
「ミサキは僕に抱かれたいって言ったんだよ?」
「……うん」
「じゃあ、遠慮しないで、今すぐ抱くから!」
「え、ちょっと待って」
「だからなんで止めるんだよ!? 良いって言ったじゃないか!?」
シアンが泣きそうな顔で切れる。
「いや、だって、シアンって僕に抱かれたいんじゃ……?」
「そうだったけど、今は違うの! 最近のミサキはかわいくて、なんか押し倒して滅茶苦茶にしてやりたいって思ってたの!」
「……シアンが僕に滅茶苦茶にされたかったんじゃないの?」
「前はそう思ってたけど、でも、だって、だってミサキ、たまんないんだもん」
キスされた。
そのキスはちょっと乱暴だったが、シアンの好きという思いが伝わってきた。
僕はついシアンの背中を抱きしめて、そのキスに応えてしまう。
「……なんかすごい気持ちいい」
唇を離した後で、シアンが呟く。
「僕も……」
ついそう答えたら、シアンの顔が真っ赤になった。
「ねぇ、シアン、本当に良いの? 僕は記憶もちゃんと戻ってないし、君に抱かれたいって言ってるんだよ?」
「それは分かってるってば! それより……」
シアンは僕のシャツのボタンを外す。その動きがいやらしくてドキドキした。
「ねぇ、ミサキはいつから僕が好きだったの? いつから僕に抱かれたいって思ってたの? 夏休みが終わって再会した時から? それともこの部屋で、薔薇のゼリーを食べた時? お昼ご飯を持ってきてくれた時?」
「……違うよ。記憶がなくなる前からだよ」
「え?」
服を脱がすシアンの手が止まった。
「記憶がなくなる前?」
僕は頷く。
「そうだよ」
「え、だって今も記憶がないんだよね?」
「そうだけど、でも分かるよ。だって自分の気持ちだもん。何度記憶がなくなっても、僕はシアンを好きになるよ」
「ミサキ」
噛みしめるように名前を呼ばれた。と思ったら大粒の涙がシアンの目から零れる。
「な、なんで泣くの?」
「だ、だって嬉しいんだもん。てっきり記憶を失くす前のミサキは、僕の事なんか好きじゃないのかと思ってたし」
「それは多分、君が抱かれたいって言ってたから、僕は困ってたんだと思うよ……」
「うわん、昔の僕のバカ。余計な事、言わなきゃ良かった」
「それより、本当に抱かれる方じゃなくて良いの?」
改めて聞いたら、シアンは頷いた。
「別に本当はどっちでも良かったんだよ。ただ男に抱かれたいって言われる事が多かったから、そっちでアピールした方が良いかと思っただけだったんだ。それに最近のミサキは綺麗っていうより、かわいくて、気付いたら押し倒してたり、思い切り泣かせて、滅茶苦茶に抱いてみたいって思ってたし……」
「滅茶苦茶は、ちょっと怖いんだけど」
「じゃあ、優しくする」
変わり身の早いシアンに苦笑する。やっぱりかわいい、愛しいって思ってしまう。
「じゃあ、優しくしてね」
僕はシアンの肩を抱きこんだ。
「……なんかミサキ、慣れてる気がする。他の男に抱かれてたの?」
恨みがましい目で見られた。
「えっと、記憶がないから何とも言えないけど、多分、シアンが初めてだと思うよ?」
「本当?」
笑顔に変わった。
シアンに愛撫されながら考える。多分、それで合っていると思う。
トーヤとは未遂で、多分、他の人ともない……と思う。
いや、これだけシアンの事が好きなんだ、まず間違いなく、初めてだろう。
シアンはしつこい位、僕に愛撫をしてくれた。
指先や瞼にもたくさんキスをされた。初めての恐怖よりも、愛しさに満たされている。
「これ、気持ち良い?」
シアンは僕のモノを銜えて舐める。その顔に興奮してしまう。
あんなに綺麗な顔なのに、僕のモノを舐めているなんて……。
「ミサキ、いやらしい顔」
意地悪に微笑まれてしまった。そんな顔すらも綺麗だと思ってしまう。
「こっちも、もう良いかな?」
シアンは僕の中をグチュグチュとかき混ぜる。
「僕、なんかもう我慢出来ない、感じっ」
言いながらシアンは自身を僕の中に入れていく。
「んっ……いっ……た」
「痛い? でも我慢してね?」
優しい口調だったが、強引に押し入られた。
「ん!」
「あ、入った……気持ちいい……」
本当に気持良さそうな声を出され、痛いのも苦しいのもどうでも良いと思ってしまった。
シアンにもっともっと気持ち良くなって欲しい。
「ん、動くよ……ミサキ……」
「うん……あっ……ん……」
シアンはふっと口元を緩める。
「フフ、やっぱミサキ、かーわいい」
シアンは腰を激しく動かしだした。徐々に僕の理性は飛んでいった。
行為の後で、シアンはアンティーク風の丸い缶を取りだした。
「それ、なに?」
ベッドに横になったまま訊ねると、シアンは微笑む。
「あげるって約束した、すみれの砂糖漬け」
「あ!」
すっかり忘れていた。僕が半身を起こすとシアンはフタを開けた。
濃い紫色が目に飛び込む。
中には加工された、たくさんのすみれの花が詰まっていた。
「本当にスミレの花だ」
「花弁を砂糖漬けにしてるんだよ」
シアンが一つをつまんで、僕の口に入れた。
思ったより固かったが、美味しかった。
もう一つ、シアンが僕の口にすみれを入れる。するとすぐにキスされた。
シアンの舌と僕の舌の間で、すみれの花が転がる。
「ん……」
唇を離すと、シアンはニコリと笑う。
「フフ、初めてのエッチはすみれの味だね。そしてこの缶とか、すみれの花を見る度、やらしい気持になるんだ」
「変な事言わないでよ」
照れて顔が熱くなった。でもシアンの幸せそうな顔を見ると、それだけで幸せな気持ちになった。
初めてのエッチがすみれ味。それも良いなと思ってしまった。
「なになに、なんなの? いつの間に君達、上手くいっちゃったワケ?」
廊下で会ったトーヤに、ふざけた感じで聞かれた。
シアンは僕に抱きついて牽制する。
「例え先輩でも、イケメンでも、エッチが上手くても、ミサキはあげないよ」
「え、エッチが上手くてもダメなの? 俺の方が上手かったよね、ミサキ?」
「な!? やっぱりミサキってキリュウ先輩と!?」
顔面蒼白になっているシアンの腕を引っ張る。
「トーヤの冗談、真に受けてどうするの」
「冗談なの? 良かった」
多分。と思うが黙っていよう。
「まぁ、君達が幸せそうで何よりだよ」
笑顔を向けてくれるトーヤに軽く会釈して、廊下を進んだ。
付き合いだした僕たちは、学校でも寮でも、待ち合わせて食事をしたりと、以前より一緒に過ごす事が増えた。
自然、友人たちに出会い、からかわれる事も。
食堂前の廊下でトーヤと別れた後で、今度はナナトと遭遇した。
ナナトは片手に本を持ち、それを読みながら廊下を歩いていた。
「うわ、器用。よく本、見ながら歩けるね」
感心したのか、呆れたのか、シアンが声を出す。
「ああ、別に簡単だよ」
ナナトは僕の方を見て微笑む。
「以前のミサキは、これをマネしたいって言ってたけどね」
「え!? 僕、それまでマネようとしてた!?」
過去の自分にビックリだ。いくらナナトに憧れていても、そういう事までマネなくても良いだろう。
以前の僕はどれだけ迷走してたんだ。
それもシアンへの、恋の悩みのせいだったんだろうか。
「でも、今の君には、もうそういうの必要ないみたいだね」
ベッタリと張り付いているシアンを見て、ナナトは微笑む。
「僕が何も言わなくても、ちゃんと自分で答えを見つけられたみたいだし」
やっぱり僕はナナトには、シアンへの恋心を相談していたようだ。
「ナナトがミサキの憧れの人でも、あげないよ!」
「盗らないよ」
シアンが牙をむいても、ナナトは軽く受け流す。
ある意味、一番格好良い人かもしれない。
「もう二人は夕飯食べたの?」
「うん、因みに今から食堂に行くと、トーヤが居ると思うよ」
「そうか、じゃあ、失恋決定で、会ったらうるさそうだね。絡まれそうだ」
ナナトはそう言ったが、そんなに嫌そうな顔には見えなかった。
意外とトーヤとナナトのカップリングはありかもしれないと思った。
いや、本人達がどう言うかは別として、ビジュアル的には美しい。
「僕達は早めに夕飯済ませて良かったね。うるさい人達に楽しい食事を邪魔されずにすんだ」
「大勢は大勢で楽しいと思うけど……」
でも確かに、シアンとの二人の時間は大切だ。
特に付き合いたての今なんかは、優先したくなってしまう。
「あ!」
急にシアンが声を上げたので見ると、中央階段をダイキが下ってきた。
僕達に気付くとダイキも微妙な顔をした。
困ったように頭に手を当てながら、ダイキは僕に向かって頭を下げた。
「どうも」
「どうもじゃないよ! ダイキ、ミサキによけいな事言ったでしょ!?」
自分より背の高いダイキの胸元を掴んで、シアンは揺さぶった。
「そ、それはゴメン。でも、なんかお陰で上手くいったみたいじゃん」
「それは……ありがと」
シアンは少し顔を赤く染めながら言った。
そういう所が本当にかわいいと思う。
僕も好きになっちゃう位だから、ダイキが本気になってしまうのも仕方がない。
「でも、これ以上邪魔したら殺すからね」
「殺すって、シアンの場合、冗談じゃなさそうだから、こえーよ」
シアンはフフンと胸を張って笑った。
子供っぽいけど、こういう所が真っ直ぐで、好かれる部分なんだと思う。
「心配しなくても、シアンは僕が幸せにするよ」
僕が言うと、ダイキは驚いたような顔をした。
「……この前も思ったけど、意外と男らしいよな、お前」
「そうでもないよ。ずっとウジウジ悩んで、お陰で記憶喪失にもなっちゃったしね。でも君のお陰で吹っ切れたし、僕は感謝してるよ」
「恋敵に感謝されてもな」
そう言いながらも、ダイキは笑っていた。
外見は粗暴で怖そうだけど、根はすごく良い人なのだと分かる。
あのシアンが友達になったのだから、当然かもしれないけれど。
ダイキと別れてから、中央階段を僕達は上がる。
「今日も僕の部屋で、その……お菓子を食べる?」
「うん、良いけど、食べるのはお菓子だけなの?」
シアンの顔が赤くなる。
「……ミサキも食べたい」
答えるシアンに微笑んでから、彼の手を引く。
「その前に一か所、付き合って」
「どこに?」
「フミヤの所」
「え、フミヤ?」
記憶がなくなった僕を、再びこの寮につれてきてくれたフミヤ。
優しく頼れる、いとこ。そもそも彼が居たから、僕はシアンに告白が出来た。
「フミヤにはさ、ちゃんとシアンの事を紹介しなきゃ」
「紹介って?」
「僕の恋人ですって」
恋人という言葉に、シアンは顔を赤くする。
「フミヤはいろんな意味で僕の恩人だからね」
記憶喪失前の僕は、フミヤとは少し距離を取っていたようだった。
多分それは地の僕の性格を隠すためだったのだろう。
親戚のフミヤといたら、つい地が出てしまう。今の僕がそうだったように。
でも、本心では僕はフミヤと親しくしたかったはずだ。
ナナトに憧れるように、フミヤにも僕は憧れていた。とても良く出来た人だと。
だからちゃんとシアンの事を紹介したかった。
「もうフミヤに会っても、前みたいに意地悪言わないでね?」
「それは言わないよ。だって今は僕が恋人だし……」
シアンのフミヤへの暴言も、嫉妬からくるものだったと思うと、かわいいと思えてしまう。
まぁ、多少口と性格が悪い部分もあるけど、それを含めて、僕はシアンが好きだ。
フミヤの部屋の前に来ると、僕は扉をノックする。
「フミヤ、いる?」
「ミサキ?」
すぐに部屋の扉が開かれた。
僕の顔を見た後、シアンに気付き、一瞬驚いた顔をした後で、フミヤは微笑んだ。
「いらっしゃい、ミサキ、シアン。良かったら中にどうぞ」
促されて僕たちは部屋に入る。
話したい事がいっぱいある。
フミヤには感謝の言葉も伝えたい。
あと記憶喪失でも、案外上手く生きていけるし、僕が僕である事には何も変わりはなかったのだと報告したかった。
記憶なんかなくても、それはそれで幸せな毎日だ。
そして……。
僕の記憶は未だ戻らない。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる