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しおりを挟む『直子のナオは素直のナオだね』
『ちゃんと、いう事を聞くナオはいい子だね』
そう言っていたのは、誰だっただろうか。
それから、幸多とナオの奇妙な共同生活が始まった。
小学生に火を使わせる事は不安だったが、よく家の手伝いをしていたという幸多は自分なんかよりよっぽど上手に料理を作り上げていた。
「ナオ姉ちゃん、美味しい?」
「おいひい」
「口に入ったまましゃべらない。ほら、口にケチャップついてるよ」
袖でふこうとすると、幸多が慌ててタオルを渡す。
「もう、袖でこすらないの!洋服汚れちゃうでしょ。もー、ナオ姉ちゃん、本当子供みたいだよな」
「子供じゃないもん」
「大人はそんな風に口をとがらせないよ」
「ぶー」
「妹が居たら、こんな感じだったのかな…」
幸多は寂しそうにそう呟いた。
「妹、居たの?」
「お母さんのお腹の中にね。みんなで生まれるのをすごく楽しみにしてたんだ。だけど、お腹の中で死んじゃった…」
「そっか…」
「お父さんも僕もお母さんも。みんなですごいたくさん泣いたんだ」
「こんなに美味しいご飯作れるから、きっといいお兄ちゃんになってたね」
「そうかな…。そうだったらいいな…」
部屋にカチャカチャと食器の音だけが響く。
「そうだ!ナオ姉ちゃんに一緒に行ってほしい所があるんだ」
「どこ?」
「ここの一階のおじいちゃんの家。おじいちゃんって言っても、僕のおじいちゃんじゃないんだけど」
「別にいいけど。なんで?」
「おじいちゃんとおばあちゃん、二人暮らしでさ。よく買い物とか掃除とかお手伝いしてたんだ。あんまり足が良くないんだ。最近姿を見てないなって、昨日気付いたんだ」
「分かった。すぐ、行く?」
「うん。食べ終わって、洗い物したら行ってみよう」
口に頬張りながら頷く。
「今日は皿割らないように気を付けてね」
にやりと笑う幸多に、思わず唇が尖った。
一階の日当たりがいい部屋には、入口に小さな植木が小さく並べられていた。
きちんと手入れされていたであろうそれらは、少し枯れかかっていた。
「出ないね」
何度かチャイムを鳴らしが、中からは応答がない。
「出かけてるって可能性はないの?」
「二人とも足が悪いから、旅行とか行かないって言ってたんだ」
「そっか」
幸多はそういうと、玄関から二つ目の植木鉢を持ち上げた。
「何してるの?」
「もし、何か会った時に、使ってくれっておじいちゃんから言われてたんだ」
小さな招き猫のついた鍵を取り出すと、幸多はふりふりとそれを見せた。
「あの…。もう、中で死んじゃってるって事はない…?」
最悪の可能性かもしれないが、出来れば見たくない。
「分かんないけど。そうなら、警察を呼ばないといけないし…」
「そっか。そうだよね」
「開けるよ」
招き猫についた鍵が、返事をするように小さく鳴る。
薄暗い室内はひっそりと静まりかえっている。
老人特有の錆びた匂いはするが、腐敗臭などはなく、虫も飛んでは来なかった。
「おじいちゃんー!おばあちゃーん!」
玄関から中に呼びかけるが、応答はない。
「やっぱり、留守じゃない?」
「居るよ。ほら、玄関に靴がある。二人分の」
「本当だ…」
「ナオ姉ちゃん。入ってみよう」
「えー。怒られないかな…」
「怒られたら、ごめんなさいするよ」
そういうと、幸多は靴を脱いで部屋に入った。
慌てて、幸多の後を追う。
折り紙で作られた小さな飾りや、ガラスケースに丁寧に飾られた日本人形が優しい微笑みを浮かべ部屋を見ている。
部屋に貼っているカレンダーは先月のカレンダーのままだ。
「お姉ちゃん!こっち!!」
幸多の声の方に慌てて向かうと、二つの敷かれた布団の上に、同じ大きさの卵が二つ並んでいた。
「これって…」
「お母さんと一緒だ」
「じゃあ、この卵って…」
「うん。おじいちゃんとおばあちゃんかもしれない」
それから、幸多と一緒に卵の世話をした。
彼の卵。
幸多のお母さんの卵。
おじいちゃんとおばあちゃんの卵。
巣を温めるように掃除をしたり、布団を掛けてあげたり。
幸多が学校に行ってる間は、卵に変化がないかナオが見回った。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
幸多がランドセル姿のまま、にっこりと笑う。
「へへっ。お帰りなさいって言われる嬉しい」
「そうなの?」
「そうだよ!家に帰って一人って寂しいんだから」
『お帰りないっていいな。帰ってきたって感じがする』
『一緒に住もうよ』
頭の中で誰かがしゃべっている。
誰?
「ナオ姉ちゃん?」
心配そうな幸多の声に、ハッと思考が戻る。
「大丈夫?なんか、ぼんやりしてたけど」
「大丈夫。ちょっと、ぼーっとしちゃっただけだから」
「ナオ姉ちゃん。ボケボケだからな~」
「ボケボケって。そんな事ないよ」
「そうかな。よく食べこぼすし、いつも皿割るし」
お皿を三枚割った所で、幸多が小さい頃使っていたプラスチックの皿に変更された手前、反論する事が出来ない。
「今日も変化なし?」
「うん。何も変わりなかったよ」
「そっか。あとで、一緒に見にこう」
そういうと、幸多はランドセルから宿題を取り出して、取り組みだした。
「偉いねぇ」
「いや。普通でしょ」
「そうかな」
「なに、ナオ姉ちゃんは、宿題とかやってなかったの?小学生の頃」
小学生?
「どうだったかな…?」
「えー、覚えてないの?これはやってないな」
小学校??
行った記憶がない…?
昔の記憶を思い出そうとしても、なぜか何も出てこなかった。
「はい!おしまい!よし、行こう!」
帽子を被ると、幸多はさっさと玄関に向かってしまう。
「ナオ姉ちゃん~。行くよー」
玄関を出て最初にナオの部屋に行った。
道すがら幸多は学校の話をしてくれた。
小学校では最近、カードゲームが流行っているらしい。
全国的に流行っているらしく、購入も一人何枚と制限が掛かった中で集めていかなくてはいけないらしく。
どこの店では何時に発売だとか。カード交換なども行っているらしい。
「小学生でも情報戦なんだね」
「当たり前でしょう。今の時代、情報がすべてだよ」
「へー」
「へーって」
小学生の呆れた視線が痛い。
非日常のはずなのに、なぜか緩やかな時間が流れていて。
どこかで、こんな毎日がずっと続くんじゃないかと思っていのかもしれない。
「おじいちゃん。おばあちゃん。来たよ~」
いつものように玄関を開けると、中からヒューっと風が吹き込んでくる。
「えっ?窓あいてる?」
幸多がナオの顔を見るが、首を横に振る。
「掃除の時に開けっ放しにしてない?」
「してない!……………多分」
大きく開け放たれた窓から風が室内に入り、軽い折り紙細工などは飛ばされて床に散らばっていた。
そして、同じように床に白い何かの欠片がぽつぽつと落ちていた。
拾い上げると、それは手の中でほろりと崩れ落ちる。
白い欠片の先を辿ると、大きく割れた二つの卵があった。
「幸多…、あれ」
震える指でそれを指さすと、幸多の喉がごくりと鳴った。
「割れてる…」
そういったのは、どちらの声だったのか。
大きな割れた卵を覗きこむ。
「…なにも…ない?」
卵を触ると、いままで感じていた温かみはすでに失われていた。
「どういう事?えっ?おじいちゃんと、おばあちゃんは?何も入っていない?えっ?」
「幸多、落ち着いて」
「だって!何もいないよ!なんで!?」
幸多はハッと何か思い出したような顔をすると、靴も履かずに玄関を飛び出した。
『ちゃんと、いう事を聞くナオはいい子だね』
そう言っていたのは、誰だっただろうか。
それから、幸多とナオの奇妙な共同生活が始まった。
小学生に火を使わせる事は不安だったが、よく家の手伝いをしていたという幸多は自分なんかよりよっぽど上手に料理を作り上げていた。
「ナオ姉ちゃん、美味しい?」
「おいひい」
「口に入ったまましゃべらない。ほら、口にケチャップついてるよ」
袖でふこうとすると、幸多が慌ててタオルを渡す。
「もう、袖でこすらないの!洋服汚れちゃうでしょ。もー、ナオ姉ちゃん、本当子供みたいだよな」
「子供じゃないもん」
「大人はそんな風に口をとがらせないよ」
「ぶー」
「妹が居たら、こんな感じだったのかな…」
幸多は寂しそうにそう呟いた。
「妹、居たの?」
「お母さんのお腹の中にね。みんなで生まれるのをすごく楽しみにしてたんだ。だけど、お腹の中で死んじゃった…」
「そっか…」
「お父さんも僕もお母さんも。みんなですごいたくさん泣いたんだ」
「こんなに美味しいご飯作れるから、きっといいお兄ちゃんになってたね」
「そうかな…。そうだったらいいな…」
部屋にカチャカチャと食器の音だけが響く。
「そうだ!ナオ姉ちゃんに一緒に行ってほしい所があるんだ」
「どこ?」
「ここの一階のおじいちゃんの家。おじいちゃんって言っても、僕のおじいちゃんじゃないんだけど」
「別にいいけど。なんで?」
「おじいちゃんとおばあちゃん、二人暮らしでさ。よく買い物とか掃除とかお手伝いしてたんだ。あんまり足が良くないんだ。最近姿を見てないなって、昨日気付いたんだ」
「分かった。すぐ、行く?」
「うん。食べ終わって、洗い物したら行ってみよう」
口に頬張りながら頷く。
「今日は皿割らないように気を付けてね」
にやりと笑う幸多に、思わず唇が尖った。
一階の日当たりがいい部屋には、入口に小さな植木が小さく並べられていた。
きちんと手入れされていたであろうそれらは、少し枯れかかっていた。
「出ないね」
何度かチャイムを鳴らしが、中からは応答がない。
「出かけてるって可能性はないの?」
「二人とも足が悪いから、旅行とか行かないって言ってたんだ」
「そっか」
幸多はそういうと、玄関から二つ目の植木鉢を持ち上げた。
「何してるの?」
「もし、何か会った時に、使ってくれっておじいちゃんから言われてたんだ」
小さな招き猫のついた鍵を取り出すと、幸多はふりふりとそれを見せた。
「あの…。もう、中で死んじゃってるって事はない…?」
最悪の可能性かもしれないが、出来れば見たくない。
「分かんないけど。そうなら、警察を呼ばないといけないし…」
「そっか。そうだよね」
「開けるよ」
招き猫についた鍵が、返事をするように小さく鳴る。
薄暗い室内はひっそりと静まりかえっている。
老人特有の錆びた匂いはするが、腐敗臭などはなく、虫も飛んでは来なかった。
「おじいちゃんー!おばあちゃーん!」
玄関から中に呼びかけるが、応答はない。
「やっぱり、留守じゃない?」
「居るよ。ほら、玄関に靴がある。二人分の」
「本当だ…」
「ナオ姉ちゃん。入ってみよう」
「えー。怒られないかな…」
「怒られたら、ごめんなさいするよ」
そういうと、幸多は靴を脱いで部屋に入った。
慌てて、幸多の後を追う。
折り紙で作られた小さな飾りや、ガラスケースに丁寧に飾られた日本人形が優しい微笑みを浮かべ部屋を見ている。
部屋に貼っているカレンダーは先月のカレンダーのままだ。
「お姉ちゃん!こっち!!」
幸多の声の方に慌てて向かうと、二つの敷かれた布団の上に、同じ大きさの卵が二つ並んでいた。
「これって…」
「お母さんと一緒だ」
「じゃあ、この卵って…」
「うん。おじいちゃんとおばあちゃんかもしれない」
それから、幸多と一緒に卵の世話をした。
彼の卵。
幸多のお母さんの卵。
おじいちゃんとおばあちゃんの卵。
巣を温めるように掃除をしたり、布団を掛けてあげたり。
幸多が学校に行ってる間は、卵に変化がないかナオが見回った。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
幸多がランドセル姿のまま、にっこりと笑う。
「へへっ。お帰りなさいって言われる嬉しい」
「そうなの?」
「そうだよ!家に帰って一人って寂しいんだから」
『お帰りないっていいな。帰ってきたって感じがする』
『一緒に住もうよ』
頭の中で誰かがしゃべっている。
誰?
「ナオ姉ちゃん?」
心配そうな幸多の声に、ハッと思考が戻る。
「大丈夫?なんか、ぼんやりしてたけど」
「大丈夫。ちょっと、ぼーっとしちゃっただけだから」
「ナオ姉ちゃん。ボケボケだからな~」
「ボケボケって。そんな事ないよ」
「そうかな。よく食べこぼすし、いつも皿割るし」
お皿を三枚割った所で、幸多が小さい頃使っていたプラスチックの皿に変更された手前、反論する事が出来ない。
「今日も変化なし?」
「うん。何も変わりなかったよ」
「そっか。あとで、一緒に見にこう」
そういうと、幸多はランドセルから宿題を取り出して、取り組みだした。
「偉いねぇ」
「いや。普通でしょ」
「そうかな」
「なに、ナオ姉ちゃんは、宿題とかやってなかったの?小学生の頃」
小学生?
「どうだったかな…?」
「えー、覚えてないの?これはやってないな」
小学校??
行った記憶がない…?
昔の記憶を思い出そうとしても、なぜか何も出てこなかった。
「はい!おしまい!よし、行こう!」
帽子を被ると、幸多はさっさと玄関に向かってしまう。
「ナオ姉ちゃん~。行くよー」
玄関を出て最初にナオの部屋に行った。
道すがら幸多は学校の話をしてくれた。
小学校では最近、カードゲームが流行っているらしい。
全国的に流行っているらしく、購入も一人何枚と制限が掛かった中で集めていかなくてはいけないらしく。
どこの店では何時に発売だとか。カード交換なども行っているらしい。
「小学生でも情報戦なんだね」
「当たり前でしょう。今の時代、情報がすべてだよ」
「へー」
「へーって」
小学生の呆れた視線が痛い。
非日常のはずなのに、なぜか緩やかな時間が流れていて。
どこかで、こんな毎日がずっと続くんじゃないかと思っていのかもしれない。
「おじいちゃん。おばあちゃん。来たよ~」
いつものように玄関を開けると、中からヒューっと風が吹き込んでくる。
「えっ?窓あいてる?」
幸多がナオの顔を見るが、首を横に振る。
「掃除の時に開けっ放しにしてない?」
「してない!……………多分」
大きく開け放たれた窓から風が室内に入り、軽い折り紙細工などは飛ばされて床に散らばっていた。
そして、同じように床に白い何かの欠片がぽつぽつと落ちていた。
拾い上げると、それは手の中でほろりと崩れ落ちる。
白い欠片の先を辿ると、大きく割れた二つの卵があった。
「幸多…、あれ」
震える指でそれを指さすと、幸多の喉がごくりと鳴った。
「割れてる…」
そういったのは、どちらの声だったのか。
大きな割れた卵を覗きこむ。
「…なにも…ない?」
卵を触ると、いままで感じていた温かみはすでに失われていた。
「どういう事?えっ?おじいちゃんと、おばあちゃんは?何も入っていない?えっ?」
「幸多、落ち着いて」
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