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ひょんな事から魔王になりました。誰かかわってくれませんか?

1.この世界は固有スキルで出来ている

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 人は生まれ持った時から固有スキルを有している。

 剣士や兵士、騎士に武道家。弓使いや狩人。密偵や工作員なんてのもある。そのスキルは多岐に渡り、特殊で希少価値が高いものほど貴重な役職につけたりする。

 特殊なスキルで「お母さん」なんてのもあり、そのスキルを持つ人はパワフルでそこいら兵士より強いなんて特徴もあったりする。

 男性で固有スキルが「お母さん」という中々特殊な例もあったりしたが、その人は騎士団の食堂でまさにお母さんとして元気に料理を振舞っている。
 騎士団の寮は女子禁制なので、まさに天職だろう。

 僕が持っているのは「交渉人」ぞくにいうネゴシエーターという奴だ。

 筋力も体力も、知力も人並み。
 …よりちょっと下かもしれない僕にとっては、体力を使ったり頭を使ったりするスキルじゃなくて本当に良かったと安堵した記憶がある。

 交渉人といっても何かの代理人として、依頼された事に対して話をする事が多く、まあ、天職だと思っている。

 癖の強い茶色の髪はまとまりが悪く、これまで櫛がろくに通った事はない。三度の飯より昼寝好き。どこでも寝てしまう為に、身体は日に焼けて真っ黒だったので、小さい頃はごぼうブロッコリーと呼ばれていた。


 そこは、ごぼうなのか。ブロッコリーなのかどちらかにして欲しいが、誰が言い出したのか分からなかったので抗議する事も無かった。

 まあ、名付けのセンスとしては、嫌いじゃない。

 ごぼうブロッコリーが長すぎて、次第に短くなり、いつしか周りからコリーと呼ばれるようになった。多分、誰も僕の本名を知らないんじゃないかな。
 ゴボとか、ブロとか、人名に感じない所で終わらないくて本当に良かった。

 そんな、僕は城のはずれに位置する勇者の館に席を置いている。
 しかも、ここに部屋もある。

 すごいでしょ?僕の人徳のおかげなんだよ。えっへん。

 …と、言いたい所だけど、そこに僕の人徳は関係ない(ちょっとはあると思うよ)。

 ここには、勇者を筆頭に、対魔王の聖女や賢者、聖剣士などなどがひしめき合い、さらに(あとさき考えない)勇者につれられた女性が、あっちでもこっちでも、喧嘩をしている。

 本来は、魔王を倒す為に、勇者が作戦会議したり、仲間たちと鋭気を養う為の場所なんだけど…。

 遠征の先々で、街に出ると待ち先で。
 やれ、怪我をした子が居た~。仕事が無い子が居た~。から、一緒に魔王を倒したいらしい!と連れて帰ってくる。ただ飯目当てなのか、勇者目当てなのか、眼をギラギラさせた(勇者いわく)か弱い子達を毎回連れて帰ってくる。

 ちなみに、勇者は彼女達の事を「子猫ちゃん」とかって言っているので、鳥肌ものだ。
 子猫ちゃんと言われて、「にゃんにゃん」と返している茶番を見た時には、思わずうわぁと声が出てしまったほどだ。

 そんなこんなで、その子猫ちゃんたちがいたる所でキャットファイトを繰広げるので、毎日駆けずり回っている。

 まあ、お給料だけ出れば、なんでもいいんだけどね…。

 そんな僕が今日も夜がとっぷり暮れてから部屋に帰ってきた。

 今日も走り回ったおかげで、すでに穴が空きはじめている靴はさらに底が薄くなった。ズボンには仲裁用にキャンディーやら、王都に売っているお菓子が入っていたがそれも今日は売り切れた。
 折角、直した絹のシャツは、強く捕まれた為に袖が伸びてしまった。

「疲れた…」

 もう、息をするのもめんどくさい。

 四畳ほどの小さな部屋は、机と本棚、そして、窓が一つあるだけの簡素な作りだ。そして、ここは僕の唯一の聖域だ。
 ここには、周りの音を遮断するため、防音や防火、防犯など様々な魔法を掛けている。

 やっと、訪れた静寂に心が休まる気がする。

 侵入防止魔法もついでに付加してるから、このまま寝落ちても大丈夫だろう。

 洋服のまま、ぼすんとベッドにダイブすると、身体が沈み込みそうな感覚に襲われる。実際は、薄い布団なので沈むほど柔らかくないが、そこは想像でカバーしよう。

「ほお、随分疲れておるな」
「…」
「おい」
「…」
「おぬし、聞いておるのか?」

 僕の部屋は防音、防火、防犯。侵入防止魔法もかかってまーす。
 って事は、幻聴かな。

「幻聴ではない」

 幻聴が返事したよ。

「だから、幻聴ではない」

 むくりと、身体を上げると腰まで流れる艶やかな黒髪に夜の星を閉じ込めたような紫の瞳、シミ一つない美丈夫がそこにいた。

「なんだ、夢の方か」

 再び、枕に顔を埋めると、自分の力とは逆に身体が起き上がっていた。

「夢でもない」
「ああ、そうですか。では、おやすみなさい」
「待て、寝るな」
「いや、さっき『ほお、随分疲れておるな』って言ってたでしょ?その通り、大正解」

 親指を立てて、グッジョブとポーズする。

「魔王だ」
「はあ、魔王さんですか。部屋間違ってますよ。勇者様の部屋はここじゃないです」
「おぬしに会いにきたのだ」

 ん~と腕を組む。こんな、人外レベルに顔のいい人にあったら、忘れる訳ないし。僕に会いに来るって理由も浮かばない。

「そうですか。では、また後日よろしくお願いします」
「まて、立ったまま寝るな」
「本当、迷惑だから早く帰って欲しいんだけど」
「眠くて、ちょっと不機嫌になってきているぞ」
「そりゃそうでしょ。やっと休める~。って時に、邪魔されたんだから、不機嫌にもなるでしょ」
「それはそうだな」

 うん。魔王も同じ人。ん?人型?話せば分かってくれるらしい。

「単刀直入にいうと、魔王になってもらいたい」
「えっ?」
「魔王になれ」
「なんで、僕?多分、もっとふさわしい人が居るんで、ってかなんか本当にめんどくさくなって来たので、本当に帰ってよ」
「魔王になれば、全魔法使い放題だ」

 そう言うと、魔王はフッと息を吹きかける。さっきまであった服のほつれは見事になくなり、まるで新品のようだ。そして、風呂に入ったかのように、身体からいい匂いまでしてくる。

「空間転移も出来るぞ」

 そういうと、何も無い空間から、出来立てのサンドイッチを取り出した。

「さらに空も飛べる」

 これって幻覚かな~。魔王だし、魅了とかってたぐいなのかも、と思いながら、モグモグとサンドイッチを頬張る。めちゃうま。

「亜空間を生み出して、そこで昼寝する事も出来るぞ」
「まじ、最高じゃん」

 なんて、思わず口から出ていた。左手が薄ぼんやり光ると、紋章が光っていた。

「譲渡完了だ」

 思わずサンドイッチを落としそうになった。勿体無い本能で落とさなかったけど。

 窓を見ると、左目が紫色に輝いている。
 えっ。どうするの、これ。

 さっきまでの美丈夫は、風船がフワフワと萎むように身体が小さくなり、しわしわのおじいちゃんになっていた。

「譲渡の影響か。ふむ。まあ、魔力がすべてない訳ではないからな」
「えっと、魔王様?ちょっと、話が入ってこないし、ついて行けない」
「魔王様はおぬしだ。」

 声もさっきまでの、イケボからおじいちゃん声になっている。

「さっき言っていただろう。『やっと休める~。って時に、邪魔されたんだから、不機嫌にもなるでしょ』とその言葉、おぬしに返そう」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってよ」

 おじいちゃんになった魔王様(?)は、いそいそと衣装チェンジすると、「レッツ、バカンス!」と跡形も無く消えていた。

 えっ?
魔王の仕事の説明なし?

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