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第二章
コハクの入れ物
しおりを挟む「そう言えば」と、リリアさんが依頼の成否について尋ねてきた。
ケイスが怪我をしたために途中で依頼を切り上げ、急ぎ帰還してギルドへ運び込んだのだから、当然時間的に全ての依頼が達成できていないのはリリアも重々承知していた。だが、それでもジェイムス達であればある程度は達成しているだろうと言う考えと、また未達成の依頼を把握しておきたいと言う実務的な必要性から聞いたのだった。
「依頼は……その、すみません、まだ全て完了できていないです」
「あ、僕のせい、ですよね……すみませんでした、ご迷惑をお掛けして――」
申し訳なさそうに頭を下げるケイスを手で制して、
「あー、いや、違うんです。ケイスさんのせいではなくてですね……」
そう、これに関しては気を使っている訳でも何でも無く、本当にケイスのせいではなかった。
本来なら、ケイスの事があったとしても依頼は達成できていたのである。
それが達成できなくなってしまったのは――
「私が悪かったわよ!」
スっとノーニャに流し目を向けると、彼女が不機嫌そうに口を経の字に曲げて言う。
ケイスを助けたあの時、彼を助けると同時に実は依頼も達成できる筈だった。
ロックフェルトウルフの皮の納品――これがノーニャとケイスが受け持っていた依頼であり、あの場には追加報酬まで期待できる程の数のロックフェルトウルフがいたのだから。
ノーニャが参戦した事で、同時に襲い掛かってくる敵の数を減らすことが出来たところまでは良かった。ロックフェルトウルフの体毛は、フェルトと言う名に反して耐火性が高く、断熱性にも優れるため、多少の火では殆ど影響がないからだ。
しかし何を思ったのか、そのまま広く薄い火炎によって酸欠を起こさせ、意識を失うのを待てば良かったものを、ノーニャはロックフェルトウルフの体毛すら焼き尽くすような猛火で持って滅却してしまったのだった。
話を聞いたケイスは「あの時の爆炎が……凄いですね」と言いつつ、やはり自分が要因であったことを否定しきれない様子だったが、リリアさんはと言うと、
「まあ、ロックフェルトウルフを焼き尽くすのは凄いと思いますが、加減というものを覚えないと駄目ですよ? ちゃんと講義を受けていたタガヤ君は出来ているのですから、ターニャさんも無駄だと思わず、しっかりと勉強して下さいね」
と言って、「ふっ」と鼻で笑っていた。
ペナルティとは言え、自分が勤務時間外の時間を使って教えているのにもかかわらず、ノーニャが講義で寝まくっていた事をまだ根に持っていたのだろう。リリアさん的にはちょっとした意趣返しのつもりなのだろうが、ノーニャの表情を見ると……。
――リリアさん、倍返しされないように気を付けて下さい!
心中で、リリアさんが平穏無事でいられるよう祈りつつ、私はケイスに少しアドバイスをする事にした。
「ケイスさん、確か弓を使われてましたよね?」
突然の質問に驚くも、すぐに「はい」と首肯するケイス。
「今日、何で弓を使われなかったのですか?」
「それは……」
「もし、遠近両方で戦闘に参加できるオールラウンダーを目指しているとか、いざという時のために身に付けておきたいと思っているなら、悩みの原因はその考えそのものかもしれませんよ」
当たらずも遠からずと言ったところだったのか、ケイスが僅かに顔を歪める。
「それらは別に悪い考えではないですが、人には向き不向きがありますし、弓と言うのは本来、殺す恐怖や殺される恐怖を軽減するためにも用いられるのですから、それを存分に活かせばいいじゃないですか。それに、射手と言うのは敵に近付かれたら終わりだと思いませんか? もし、少しでもそう思えるのでしたら、近付かれた時の事を考える前に、そもそも近付かれないにはどうすべきか考えてみてはどうでしょう?」
そう言って私は、ケイスの返事を待たずにノーニャやリリアさんと共に救護室を後にした。
治療を済ませた以上もうここに用は無いし、ケイスの悩み事に関しては、これ以上私達が関与することでもないと思ったのだ。後は彼自身がどう考えて行動するかだけである。
◆ ◆ ◆
救護室から出た私達は、取り敢えず終わっている依頼だけでも報告と精算をやってしまおうという事になった。ただ、討伐証明部位や納品する魔獣素材は別の場所にあったので、リリアさんとは一旦別れ、私とノーニャはそれらを取りに行くため冒険者ギルドを後にしていた。
因みにリリアさんは今回の事でギルドマスターに報告したり、関係書類を作ったりしなければならないため、付いては行けないとの事でギルドに残っている。これに関しては、別にリリアさんが来たところで何か変わる訳でもないし、むしろ色々と突っ込まれる可能性があったため丁度良かったのだが、その時、別れる前にと言うことで彼女に投げ掛けられた質問が最悪だった。
「ところで、先程の回復魔法ですが、一体何処でお知りになったのですか?」
態々私を空き部屋に連れて行って、リリアさんがこう言った途端、ノーニャが再び豹変した様に「そうよ、もうごまかされないから!」と、詰め寄ってきたのだ。
思わず小声で「そのまま忘れててくれたら良いのに……」と呟いたら、集音性能の異様に高い地獄耳で持って捉えられてしまい、もれなく顔面グーパンチを馳走され――いまだに痛い。
そしてリリアさんは当然のように退路を絶ち、私を怒れる獅子の前へと突き出さんとしていた。
しかしまあ、本当に偶々思いつきで出来てしまった事なので、ごまかすも何も無いのだが、彼女達は彼女達でそんな訳はないと思っているため、理由を探すのに四苦八苦する羽目になった。
うんうんと悩んだ挙句、結局は「膨大な魔力に飽かして、力任せにやってみたら出来ちゃった」と言う理由で落ち着いた。あの時、滅茶苦茶な魔力を使って治療を行っていたのは確かなので、これには彼女達も納得せざるを得ないようで助かった。ただ、リリアさんは表面上納得しつつもどこか合点がいっていない様子だったが、私としてはもう開放さえされればそれで良かったので、一切気にしないことにした。
そんなこんなで漸く私は今、ギルドに提出する魔獣素材などを受け取るため、クランハウスの庭へとやって来ていた。
「えーっと……あ、いたいた。おーい、遅くなってごめん!」
向かう先、庭の隅にはちょっとした小山が出来ていた。
どうやら上手く行ってくれたようで、安堵する。ここで物がありません、何処かに行ってしまいました等と言う事になれば、ノーニャやケイス、それとリリアさんに申開きのしようがない。
魔獣素材の山からダッと飛び出してくる小さな影が一つ。
此方へ向かってくるそれを咄嗟に受け止めて、
「ただいま、ルチア――と、コハク?」
ルチアは風呂敷の様な物を首に回して前で結んでおり、出芽で出したからなのか唐草模様に見える風呂敷袋の中からは、コハクがひょっこり頭を出してキラキラと光っていた。
ルチア達の姿は所謂、古き良き時代の泥棒スタイルである。
「むぅ、遅い」
そう言って不満そうな声を上げながら、私の体に頭をグリグリと押し付けてくる。
最近はコハクと遊んでいるから大丈夫かと思っていたのだが、ルチアの様子からは「寂しぞー!」「もっと構えー!」と言った声が聞こえてくるようだった。
なんだかんだで、最近はあまり相手をしてあげられない事が続いていたなと反省しつつ、ルチアの頭をポンポンと叩く。
「ごめん、ごめん。今度から気をつけるね。ところでルチア、なんでコハクを背負ってるの?」
そう尋ねた途端「待ってました!」と言わんばかりの勢いで顔を上げ、
「皆一緒に行ける!」
ルチアが自信満々なドヤ顔をしている後ろでコハクの輝きが増し、胸の偽核がほんのりと熱を持つ。おそらくはルチアと同じでドヤっているのだろう。
「一緒にって……もしかして二人共付いて来たかったの?」
「ん!」
ルチアが元気よく首肯したせいで、コハクが転がり落ちそうになる。
「おっと! 駄目だよルチア、気を付けないと」
「む、ごめん」
依頼などへ精霊達も一緒に連れて行くのは、頭数も増えるため私としても吝かではないが、このままでは少々不安である。
精霊について大して知っている訳ではないが、コハクが鉱石であれ、卵であれ、はたまた赤ん坊だとしても、流石に地面へ落としてしまうのは不味いだろう。
別に付いて来るだけなら、コハクをサラマンドラに抱いて貰えばいいんじゃ――とも思ったが、きっと何かしらそうしない理由があるのだろう。保護者としては、そう言うこだわりは尊重してあげたくなる。
「付いて来るのはいいけど、それはちょっと危ないから、別の方法を考えようか」
ルチアが「ふえ……?!」と、呆けたように私の言葉を飲み込んだ後、
「むうぅ……」
と、口をへの字に曲げて頬を膨らませ、涙ぐむ。
胸の偽核を通して、コハクからも「ガーン!」と言うような意思が伝わってきた。
おそらく、ここのところずっと二人で何かしていたのは、この泥棒スタイルを考えていたのだろう。それを見せた途端止めなさいと言われれば、ショックを受けて当然である。
だが、危ないものは危ないので致し方ない。
せめて代わりに何か、ルチアとコハクが納得できるようなものを提案しなければ……。
「うーん、そうだなぁ……」
「ぐすっ……ずびっ……」
べそをかくルチアの頭とコハクを撫でながら、取り敢えずでも此方が許容できるものを考える。
パッと思いついた物を作ってルチア達に見せながら、
「ほら、これはどう? これも背負えるし、手だって使えるよ?」
「や!」
「そう言わないで、試しに背負ってみない?」
「見えないからメッ!」
意外と行けるんじゃないかと思っていた、お子様の定番アイテムであるランドセルは、こうして背負われることすらなくボツになってしまった。
しかし見えないから駄目とは、どういう事なのか。説明を求めてトローネを探すと、既にすぐ横でスタンバイしていた。
「ジミー様、ルチア様が言っているのはコハク殿の事です」
「コハク、ですか?」
そう言われても……正直なところ、コハクがどうやって外界の様子を認識しているのか、さっぱり分からないのだが。
「はい。よく分からないと思うので簡単に言いますと、コハク殿の体が外に出ていれば“見えている”とお考え下さい」
「わかりました」
さすがトローネと言ったところだろうか。私の考えを見透かしたような、的確な言葉である。
さて、ではまた考え直さねばならない。
子供が持てる物……手提げ鞄は――柔らかすぎて、ぶつけた時心配だなぁ。となると、手に持てて、ぶつけても大丈夫……うーん、あれしかないのか? でもなぁ……。
取り敢えず思い付いたものの、はっきり言ってあまりよろしくない。
「じゃあ例えば、こんな形の金属のやつはどう? 中にコハクを入れたら、一応前が見えるんじゃないかな?」
「ずびびっ……。むぅ…………」
ルチアが私の作ったそれをいろいろな角度から見たり、コハクを入れてみたりしながら吟味する。
どうやら、今度の提案は一考の価値があるらしい。
一先ずルチア達の意識がそちらに向いたので、「ふぅ」っと息を吐く。
――ガロンっ
どこか聞き覚えのある音が聞こえ、私が顔を上げると、
「ん!」
やけに上機嫌なルチアとコハクがいた。
――え、本気でそれにするの……?
もっとよく考えるんだったと思った時には、既に遅かった。
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