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第二章

鉱山トカゲ

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 坑道内に入った私は、早速魔力ソナーで脳内マップを作成する。

(思ったより広くないな)

 頭の中に浮かび上がって来た地図を確認した私は、予想したよりも坑道が小さな事に安堵した。
 明かりを用意した後、手甲や手袋、ブーツなどに着替えて走り出す。
 一応マップは頭に入っているものの、左手法や足音を使った小範囲の魔力ソナーを使いながら、一階層ずつ確実に処理していくことにした。

(そういえば、鉱山トカゲってどんな奴か聞いてなかったな……まあ、全部始末すればいっか)

 冒険者になったばかりの者が受けられる依頼で、手も足も出ない様な魔獣が出て来る事は流石に無いだろうと思い、ソナーに引っかかった生物を片っ端から始末していく。
 初めのうちは殺すごとに嘴を確認してそれらしい場所を取ろうとしたが、昆虫や鼠、モグラの魔獣など、どう見ても嘴など無い生き物ばかりだったため、そう経たないうちに私は嘴を確かめるのを止めた。
 個体数も多かったため、流石に面倒になった私はノーニャに嘴の確認を任せ、殺した魔獣を丸のまま袋に詰め込んで入り口に集めることにした。

「よいしょっと。どう、鉱山トカゲ見つかった?」

 坑道の入り口にうず高く積み上げられた死骸袋に持ってきた一袋を追加して、確認の終わった死骸の山との間で座っているノーニャに声を掛ける。

「ジミぃ…………」

 大きめの分厚い手袋と長靴、エプロンを着たノーニャが、情けない顔をしながら助けを求めるように此方へ手を伸ばしてきた。
 その手は虫の体液やら、動物の血やら、肉片やらでグチャグチャであり、流石に一瞬手を掴むのを躊躇ったが、すぐに思い直して逆に此方から手を掴んでやる。

「大丈夫?」

 ノーニャは私の腕を掴み返し、下を向いてフルフルと頭を振る。
 今でこそ、泥臭い作業や一般庶民の生活にも大分慣れてきてはいるものの、元は皇女様なのだ。原型を留めていない大量の死骸を調べてくれというのは、流石に無理があったらしい。

「ごめんね、無理しなくていいから。取り敢えずここの坑道を一通り回り切っちゃうから、もう少しそこで休んで待ってて」
「ん……」

 ノーニャの手をもう一度キュッと握って離し、坑道の続きへと急ぐ。

(後は最下層だけだな)

 地図を思い出しながら適当な縦穴を使って最下層へと降りて行き、新しい死体袋を作り出す。

「んじゃ、ラスト行きますか」

 軽く走りながら、魔力ソナーに引っ掛かった個体を片っ端から踏みつけ、蹴飛ばし、殴りつけ、袋へ回収していく。
 ある程度集めたら、帰還ルート上の邪魔にならない場所に置いて、新しい袋を作る。
 これは作業を進めるうちにふと気が付いたのだが、魔獣というのは死んでもその魔力が消えないようで、死骸を集めれば集める程、自分の周囲が魔力ソナー上で大きく歪んでしまうのだ。そのため、ある程度死骸を集めたら何処かに置いておかないと、それらが邪魔をして上手くマッピングが出来なくなってしまう。
 そうして死体袋が幾つか集まった頃、マップ上の何も無い未探査地域で大きな歪みが生じた。

(ん、なんだ?)

 パンッ!!

 歪みの原因を探ろうともう一度マッピングし直すが、歪みは解消されるどころかより大きくなっている。しかも、動物であることを示す歪みの軌跡が見られた。

「これは……」

 徐々に広がっていく軌跡を確認しながら、なんとなく本命の予感がした私はその場所へ向かって急いで走った。
 近付いていくにつれて、次第に地響きのような音や低い唸り声のような音が聞こえるようになってくる。

(そろそろかな)

「おお、でっかいな……」

 歪みによって地形が判然としない中、それらしい場所へと辿り着くと、手元の明かりでは全体像が見えない程巨大な何かが蠢いていた。
 今見ているのは後足の辺りだろうか。鱗に覆われた足から湾曲した黒い爪が伸びて地面に突き刺さっており、その側には巨大な尾があった。
 暫くそれを眺めていた私だが、その間中ずっとガリゴリガリゴリと変な音が響いていた。

(何の音だ?)

 壁のような胴体を横目に頭側へ歩いて行くと、トリケラトプスのような顔が坑道の暗闇の中に照らし出される。
 トリケラトプスもどきは、角で壁を崩しては口先で瓦礫を選別して何かをひたすら食べており、此方には見向きもしない。

(うーん……嘴っぽいところもあるし、今までのよりは断然こっちの方が鉱山トカゲに見えるな。まあ、何にせよ取り敢えず倒さないと始まらないか)

 考えるのは後にしてまずは倒してしまうことにした私は、前足から背中へ登り、首筋からフリルを乗り越える。
 頭の上に乗られても一心不乱に岩を漁るばかりで、反応を示さない相手に拍子抜けしつつ、角とフリルの凹凸に手を掛けて側頭部を蹴り飛ばした。

 ドゴン!!

 KYLULULULULU!!

 鈍い音がすると同時に巨体が大きく揺らぎ、その図体からは想像できない悲鳴のような高い鳴き声が坑道内に鳴り響いた。

「うるっさっ!」

 頭の中に響くような奇怪な音に顔を顰めながら、横倒しになって露わになった右胸に作り出した木の杭を突き刺す。
 ギャアギャアと喚く恐竜もどきの胸に刺さった杭を抜くと、上手いこと肋骨を避けて肺まで突き刺すことが出来ていたようで、恐竜もどきの声が弱くなり、次第に苦しそうにしだした。

「もうひと押ししとくかな」

 杭を再び肩に構え、腹の方から胸骨を避けるようにして心臓のある辺りに突き刺し、すぐに引き抜く。

 KYULUOU!

 最後の一鳴きと言った感じで恐竜もどきが声を上げ、大人しくなる。

「ふぅ、こんなもんか。やっぱ、やりにくいな……」

 まだ心臓は動いているのだろう。最後の傷穴からは、拍動に合わせてドクドクと血が流れ出ていた。
 仕事上仕方のない事とは言え、動物を殺すというのは中々慣れるものではない。
 恐竜もどきの断末魔が耳にこびり付き、まだ聞こえるような気さえしていた。

(でも、これからもこういう依頼が沢山あるだろうから、慣れていかないとな)

 狩猟系のクランに所属している以上、受ける依頼というのは、どうしても生き物を殺してなんぼの物になってしまうのは致し方無い事だろう。
 それがここでのルールである以上は、気にしてばかりもいられない。

「さて、気を取り直して、こいつを上まで運ばなきゃな――って、流石にうるさいな」

 先程から耳に残っている鳴き声が続いているばかりか、次第に大きくなってきているような気さえする。

「あーもう、一体なんだっ、て…………」

 イライラとしながら耳を抑えて顔を上げると、殺した恐竜もどきの向こう側から地響きと共に奇っ怪な鳴き声が幾つも聞こえてきた。
 息を呑み、じっと耳を澄ます。
 嫌な予感というものは得てして当たるものなのか、それらは確実に近づいていた。
 面倒な事になったと嘆息すればいいのか、それとも報酬が増えることを喜べばいいのか。
 私は装備を確認し直し、杭を追加で何本も作り出す。

(ノーニャにすぐ戻るみたいなこと言っちゃったけど、大丈夫かな……)

 軽く体を伸ばしながらそんな事を考えていると、一際音が大きくなったと思った次の瞬間には、幾つもの角が私の眼前に現れたのだった。

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