紅のパーガトリィ

ふらっぐ

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Future never dies

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「ふう。空が青いな……」
 神代静馬は、翔悟のお化け屋敷――――もとい、探偵事務所の前に立っていた。
 あれから2週間。街は、その空の色とともに、やっといつも通りになりつつある。あまりにも非現実的な、あの数日間が、まるでただの夢であったかのように、当たり前の日常に。
「……それにしても、遅いな」
 先ほどから待っているのだが、一向に現れる気配がない。
「……もういいや、先に入ってよう」
 ため息をつきながら、静馬は翔悟の探偵事務所に入っていく。
「まったく、朝練は遅れたことないくせに、人との約束だといつも遅れてくるんだから……どうせまた、授業で居眠りとか、宿題忘れたとか、赤点とって補習させられてるとか、そんなんだろうけど。名前に『紅』って付くからって、テストまで赤くすることないのに、まったく……」
「……静馬、なにを一人でぶつぶつ言ってるのですか?」
 事務所へと続く廊下で、いぶかしげな表情の雪乃が、静馬を迎えた。どうやらぶつぶつ一人で文句を言いながら歩いているうちに、壁をすりぬけて、建物内に入っていたらしい。
「やあ、雪乃。仕事の方は片付いたの?」
「片付いていたら、二人にバイトをお願いしたりしないのです。あの事件のせいでたーっぷり溜まってるのに、翔様ったら相変わらずマイペースなのです。水葉にも手伝いをお願いしたのですが、『私にも仕事がありますので』ってさっさと帰っちゃうし。姉が困っているというのに、薄情なのです」
 ぷりぷりと怒りながら事務所に入って行く雪乃に、静馬も着いていく。
「水葉さん、もう帰っちゃったんだ。ちゃんとお礼も言いたかったんだけど。教会とかのことで」
 帰る前に、水葉は、教会への報告は邪神は封印されたとだけ伝えると約束してくれたのだ。二人が邪神を封じていると教会が知れば、面倒なことになるから、と。
 事務所へと入って行くと、今日もその場所の主は、椅子によっかかって、いつもの帽子をアイマスク代わりに、高いびきをかいている。
「もう……翔様っ!」
 ふーっと怒りの声をあげながら、雪乃が運んでいた書類の山を、机にドンと置いた。
「うおっ! あー、なんだ。雪ちゃんか」
 あーあ、とあくびをしながら、翔悟がのんきに雪乃を見た。
「なんだじゃないのです! あの事件のせいで、事務仕事がたっぷり溜まってるんですから、雪にばっかり仕事させないでください!」
「……事務仕事って嫌いなんだよ。外でアクション起こしてるほうが性にあうんだよ」
 書類の山を見てげんなりしている翔悟に、雪乃がじっとりとした視線を向ける。
「……探偵、おやめになったらいかがですか?」
「わかったわかった。やる、やりますよ」
 ぼりぼりと頭を掻きながら、翔悟が書類に嫌そうな顔で手を着ける。
「それと、静馬が来ているので、バイトの件、ちゃんと話しておいてくださいね」
「おお、来たか。んじゃ早速……」
 席を立とうとする翔悟に、雪乃が無言で怒りの視線を向ける。
「……書類を書きながら、話をしよっかなー」
 冷や汗を流しながら、翔悟が席に戻る。
 一連の会話の流れに少々呆れ顔を作りながら、静馬は翔悟の元へ行く。
「よ。訳あって、ちょっとこのまま相手させてもらうぜ」
「……うん。わかってる。聞いてたから」
「……そうかい。ん? あいつはどうした?」
 静馬の周囲を見ながら、翔悟が言う。
「……遅刻。どうせまた学校で、居眠りとか宿題忘れとか赤点とか、やらかして、補習でも受けてるんじゃない?」
「……ああ、容易に想像がつくな。つか、学校に着いていかなくていいのかい、守護霊さんよ?」
 翔悟の言葉に、今度は静馬が額に手をやり、やれやれとため息をつく。
「学校には着いてくるなってさ。思わず話しかけちゃって、変人扱いされるからって。……まったく、『もう一人になんてしないで』なんて言ってたくせに、日常が戻ってきたら邪魔者扱いだよ」
「……わかるぜ、静馬。それが、女ってやつなのさ」
 翔悟の言葉に、向こうの机で書類と格闘を始めた雪乃が、再び怒りの視線を向ける。
「翔様、なにか言いました!?」
「……なんでもございません」
「……式神に使われる陰陽師……」
「うるせえやい」
 渋面を作りながら、翔悟がしぶしぶ机に向き直る。
「しかし、あいつがこねえと話が始めらんねえな」
「……ん、ああ、ちょうど来たみたいだよ」
 静馬が、事務所の入り口の方に顔を向ける。
「わかるのか?」
「……守護霊だからね」
 その言葉尻も終わらないうちに、どかどかと廊下を走る、騒がしい音が聞こえてくる。
 いつも聞こえていた、あの音。彼女が、勢いよく駆ける音。今までも、そして、これからも、見せてくれるであろう、その駆け抜ける姿。
「ごっめーん! 居眠りした上、宿題忘れて、さらにテストが赤点だったから、補習になっちゃって! 遅れちゃった!」
 火ノ宮紅香の、その生き方のような、その姿を。
「……さすが、だな」
 翔悟が静馬を一瞥して、笑う。
「……守護霊だからね」
 今度は片手で頭を抱え、静馬が苦い顔を作る。
「おっ、翔さん、おっす!」
「お……おっす。お前、そんだけ学校でやらかしたんなら、ちょっとは落ち込むとかないのかよ」
 妙に無駄にテンションの高い紅香に、くわえタバコを落としそうになりながら、翔悟が呆れ顔になる。
「翔さん……紅香だから、仕方ないよ」
「そうか……そうだな、紅香だからな」
「ちょっと、なに!? その残念な子を見るようなリアクションは!」
 揃って頭を抱える二人に、紅香ががなる。
「……ま、いいか。それより、バイトの話しよ。バイト!」
「お前なー、そんな調子で学校からバイトの許可、もらえないんじゃねえのか?」
 ふーっと紫煙を吐き出しながら、翔悟が頭を掻く。
「……許可なんてとってないよ?」
「おいおいっ」
「だって、探偵事務所の怪しいバイトなんて、どんな優等生が申請出しても、許可なんか下りないよ」
 先ほどの仕返しとばかりに、紅香が口を尖らせて見せる。
「悪かったな、怪しいバイトで! んなこと言うと、雇い主にんなこと言うと、雇わんぞ!」
「翔様、じゃあその分の仕事は翔様が、ぜーんぶやってくださいね」
 ぷいとそっぽを向いた翔悟に、雪乃の鋭い言葉が飛んでくる。
「……えーと、んじゃま、早速ぱぱっとやってもらいたいことがあるんだが」
 ひょいと紅香のほうに向き直りながら、翔悟が言う。
「……式神に使われる陰陽師……」
 その変わり身の早さに、今度は紅香が呆れ顔を作る。
「……お前ら、ほんとに仲がいいのな……」
 渋い顔で、翔悟が今日何度目かとなる、頭を掻く動作をしてみせる。
「……まあいいや。で、やってもらいたいことなんだが。あの鬼門があった廃工場の辺りに、例の事件で溢れてきた死人がいくらか残ってるらしくてな。それをちょっと散らしてきてほしいんだわ」
「ふふふ、そういうの待ってたんだよねー!」
 言うが早いか、紅香が両手にぐっと力を込める。その髪が紅く染まり、その手が異形のものと変わる。そして、その右手には、邪神にとどめを刺した大剣が握られている。さらに、その紅香の顔の右目付近には――――羽ばたく、竜の片翼のような紋章が刻まれていた。
「よーし、それじゃあ、早速……いっくよー!」
 廊下へ向かって駆け出す紅香に、翔悟が思わずタバコを取り落とす。
「おいおいおい、お前、そのかっこで行く気か!? 邪神封じの印の紋章とかクソでかい剣とか、超絶危険人物だぞ、一般人からすれば!」
 翔悟の声が聞こえているのかいないのか、廊下へ飛び出していく紅香に、静馬が笑う。
「……だめだよ、紅香は、いったん走り出したら止まれないから」
 仕方なく、静馬は後を追って走り出す。
 でも……彼女はそれでいいのだ。いつも最初に駆け出して、突っ走って……きっと、そういう風に生きていくのだろうから。
 そんな背中を、自分は見ていたいから。
 そんな彼女を、守護していきたいから。
「ほらっ、静馬、早くしないと置いてくよ!」
 玄関の扉を開いて、紅香が待っていた。
「そんなにあわてなくても、事件は逃げないよ」
「わかんないよ? この私に恐れをなして、逃げちゃうかもよ?」
 静馬のほうを振り返って笑う紅香に、静馬も穏やかに微笑み返す。
「それもそうだね。僕が死人だったら、その姿を見ただけで逃げ出すよ」
「ムカっ! どういう意味!?」
 地団太を踏む紅香に、なおさら、静馬が笑う。
「……ま、とにかく、行くよ!」
 玄関から飛び出していく紅香の後を、静馬も追う。
「まったく……君の守護霊は、ほんとにやりがいがありそうだよ」
「うん、退屈しないで済みそうでしょ?」
夕暮れが迫り始めた空の下。
 なおのこと紅い髪の少女が駆ける。まるで輝く夕日のように。明日も来るのだと、教えてくれる、灯火のように。その紅い髪をなびかせて。
 ――――その背中を、いつまでも。
 神代静馬は、守っていた。

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