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Chasing the wind
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猫は、風を追いかけて……
この辺りの荒野にしては、めずらしく穏やかな風が流れている。光学バイクを飛ばすと、頬に当たる風が心地よい。だが、調子に乗って飛ばし過ぎないようにしなくてはいけない。なにしろ、今は大切な荷物を乗せているのだから。
ちょっとスピードが上がると、その荷物が自分の胴体に回している腕の締め付けがぐっ、と強くなる。なにしろ初めて乗るバイクだ。乗る前には強がっていたが、やっぱりちょっと怖いらしい。
「おい、セトミ! もうちょいそのスピード、どうにかなんねえか? 街につく前に日が暮れちまうぞ!」
前方を走るバギーから、ショウが顔をのぞかせて怒鳴る。
「しょーがないでしょ! ドッグはドッグらしく、お姫様の歩に合わせて差し上げなさい!」
皮肉を込めて怒鳴り返してやると、苦虫を噛み潰したような顔になったショウが、なにやらぶつぶつと文句を言いながら顔を引っ込める。だが、それ以上のことを言おうとはしない。なにしろ、彼にとってもまた、ミナは大事な『お姫様』なのだ。
「ふふふ。大変そうですね、猫ちゃん二人の飼い主さんは」
「冗談じゃねえ。飼い主どころか、飼い犬だぜ、飼い犬。飼い主は、お姫様のほうだとよ」
ぶつくさと文句をたれながら、ショウはタバコに火を着ける。
「で、お前さんはどうするんだい? あの街に残ってても、そのうち人は戻ってくるんじゃねえか? 今じゃみんな街から逃げ出しちまって、ゴーストタウンみたいだがよ」
エデンのほとんどの住人は街を脱出し、ヴィクティム兵も撤退したまま、戻ってくる気配を見せなかった。誰もいなくなった街を後に、セトミたちは他の場所へ移ることにしたのだが。
「久しぶりに暴れましたら、まだ食べたりないもので。もう少し、楽しませていただこうかと思いまして」
「……そうかい」
余計に額のしわを深くしながら、ショウは大きく紫煙を吐き出した。そして、ちらりと後ろをゆっくりとやってくるバイクを見やる。
なにを話しているのかわからないが、セトミとミナはまるで本当の姉妹のようだ。
「……ま、長い間、夜の闇の中で震えてた子猫ちゃんたちに、ようやく夜明けが来たんだ。それでよしとするか……」
ショウは舌を出しながらタバコを取り上げ、灰皿へと押し付けた。
「ねえ、ミナ。ミナは、どっちの方に行きたい?」
バイクでは、セトミがミナに聞いていた。
「どっちに?」
しばらく考える様子を見せてから、ミナは困ったように返す。
「……わかんない」
「そっか」
そっけなく答えるセトミの表情には、しかし微笑みがある。
「こっからはね。どこへ行くのも自由なの。だけど、自分たちで道は決めなきゃいけない。どうやってその道を進んで行くのか決めなきゃいけない。その道も、その先の目的も、自分で考えなきゃいけない」
セトミが何を言わんとしているかがよくわからないらしく、ミナは首をかしげて、その横顔を見ている。
「復讐や妄執……そういうものに捕らわれちゃいけないの。自分の目で見て、自分の心で考えて、どう生きていくのかを決める。それが、私の言う自由。妄執は、その判断を鈍らせるわ」
半ば自分に言い聞かせるように言うセトミの目は、ただまっすぐ先を見つめている。
「何が正しいのかなんてわからないけれど――――自分で生き方を決めるの。今はわからなくてもいい。だけどその時が来たら、自分の道を見つけなきゃいけない」
「……うん」
こくりと、ミナがうなずく。
「……そう。もう、私たちは、闇の中で縛られた、震えるだけの子猫じゃないのだから――――」
彼女らを乗せたバイクは、ただ、果てのない荒野を。しかしそれゆえに無限の可能性があるようにすら思える荒野を。
――――今。ゆっくりとだが、走り出したのだった。
この辺りの荒野にしては、めずらしく穏やかな風が流れている。光学バイクを飛ばすと、頬に当たる風が心地よい。だが、調子に乗って飛ばし過ぎないようにしなくてはいけない。なにしろ、今は大切な荷物を乗せているのだから。
ちょっとスピードが上がると、その荷物が自分の胴体に回している腕の締め付けがぐっ、と強くなる。なにしろ初めて乗るバイクだ。乗る前には強がっていたが、やっぱりちょっと怖いらしい。
「おい、セトミ! もうちょいそのスピード、どうにかなんねえか? 街につく前に日が暮れちまうぞ!」
前方を走るバギーから、ショウが顔をのぞかせて怒鳴る。
「しょーがないでしょ! ドッグはドッグらしく、お姫様の歩に合わせて差し上げなさい!」
皮肉を込めて怒鳴り返してやると、苦虫を噛み潰したような顔になったショウが、なにやらぶつぶつと文句を言いながら顔を引っ込める。だが、それ以上のことを言おうとはしない。なにしろ、彼にとってもまた、ミナは大事な『お姫様』なのだ。
「ふふふ。大変そうですね、猫ちゃん二人の飼い主さんは」
「冗談じゃねえ。飼い主どころか、飼い犬だぜ、飼い犬。飼い主は、お姫様のほうだとよ」
ぶつくさと文句をたれながら、ショウはタバコに火を着ける。
「で、お前さんはどうするんだい? あの街に残ってても、そのうち人は戻ってくるんじゃねえか? 今じゃみんな街から逃げ出しちまって、ゴーストタウンみたいだがよ」
エデンのほとんどの住人は街を脱出し、ヴィクティム兵も撤退したまま、戻ってくる気配を見せなかった。誰もいなくなった街を後に、セトミたちは他の場所へ移ることにしたのだが。
「久しぶりに暴れましたら、まだ食べたりないもので。もう少し、楽しませていただこうかと思いまして」
「……そうかい」
余計に額のしわを深くしながら、ショウは大きく紫煙を吐き出した。そして、ちらりと後ろをゆっくりとやってくるバイクを見やる。
なにを話しているのかわからないが、セトミとミナはまるで本当の姉妹のようだ。
「……ま、長い間、夜の闇の中で震えてた子猫ちゃんたちに、ようやく夜明けが来たんだ。それでよしとするか……」
ショウは舌を出しながらタバコを取り上げ、灰皿へと押し付けた。
「ねえ、ミナ。ミナは、どっちの方に行きたい?」
バイクでは、セトミがミナに聞いていた。
「どっちに?」
しばらく考える様子を見せてから、ミナは困ったように返す。
「……わかんない」
「そっか」
そっけなく答えるセトミの表情には、しかし微笑みがある。
「こっからはね。どこへ行くのも自由なの。だけど、自分たちで道は決めなきゃいけない。どうやってその道を進んで行くのか決めなきゃいけない。その道も、その先の目的も、自分で考えなきゃいけない」
セトミが何を言わんとしているかがよくわからないらしく、ミナは首をかしげて、その横顔を見ている。
「復讐や妄執……そういうものに捕らわれちゃいけないの。自分の目で見て、自分の心で考えて、どう生きていくのかを決める。それが、私の言う自由。妄執は、その判断を鈍らせるわ」
半ば自分に言い聞かせるように言うセトミの目は、ただまっすぐ先を見つめている。
「何が正しいのかなんてわからないけれど――――自分で生き方を決めるの。今はわからなくてもいい。だけどその時が来たら、自分の道を見つけなきゃいけない」
「……うん」
こくりと、ミナがうなずく。
「……そう。もう、私たちは、闇の中で縛られた、震えるだけの子猫じゃないのだから――――」
彼女らを乗せたバイクは、ただ、果てのない荒野を。しかしそれゆえに無限の可能性があるようにすら思える荒野を。
――――今。ゆっくりとだが、走り出したのだった。
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