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Rebirth from dark

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本当にこの世に生まれた時がいつになるかは、その人間次第である。
 
 ミナは、カプセルの中で眠っていた。まるで卵の中で産まれるときを待つ、命のように。

「……ミナ」

 問いかけてみても、返事はない。

 セトミがゆっくりと、カプセルに歩み寄ろうとしたとき、不意にシステムから甲高い警報が発せられた。

『登録されていない認証パターンの人物の接近を感知しました。ガーディアンシステムを起動します。管理者は至急、セキュリティチェックを行ってください。繰り返します……』

「なに?」

 刹那、セトミの歩みが止まる。カプセルを中心に、ガラスのような、光学出力の青いエネルギーバリアがその行く手を阻んだのだ。

「これがあのシステムの防衛機能ってわけね……。どこかから解除できれば……」

 辺りを見回すセトミだが、それらしきものはない。さらにその事態を急変させる声が、まるで宣告を下すかのような無機質な声色で響く。

『システムG-O-Dダウンロード、80%コンプリート。対象へのデータ、オーヴァーライドまで、残り3分』

「なに!? どういうこと!?」

 思わず、セトミがエマに問う。完全にはなにが起きているのか分からないが、その言葉からしてろくでもないことになりつつあるのは理解できた。

『そんな……システムのダウンロードが早すぎる。演算では、数日以上はかかるはず……!』

 呆然とつぶやくエマに、痺れを切らしたセトミが鋭い声で問う。

「だから! なにが起こってんの!?」

『ミナを神とするためのシステムが80%終了しています。これがコンプリートされると、システムがミナにオーヴァーライド……つまり、データの書き換えが行われます……』

「データの……書き換え……?」

 全身を駆け抜ける嫌な予感に、セトミはおうむ返しにつぶやく。

『……人格の……消去です……』

 その言葉を耳にした瞬間、セトミは駆け出していた。AOWを構え、バリアへ向かって猛然と突き進みながら撃つ。

 だが、アンタレスの雷すら相殺したこの銃を持ってしても、その光の壁を破ることは叶わない。

「……くそったれ!」

 じれったいとばかりにセトミは銃をしまい、駆ける勢いのままに、カタナをバリアに打ちつける。銃弾と同じ場所に適確に振り下ろされた一撃は、確かに手ごたえがあった。だが――――。

「うああああああっ!」

 強化セラミックの刀身はエネルギーバリアにわずかに食い込みはするものの、そのエネルギーをセトミの身体へと伝える。

 まるで電撃のようなその衝撃に、セトミの身体が弾き飛ばされた。

「うっ……く……」

 だが、カタナを杖代わりに立ち上がるセトミの目は、まさに獣のごとき鋭い光をもってバリアを再びにらんだ。
『セトミさん、無茶です! ただでさえ強力なバリアなのに、戦いでダメージを負ったあなたの身体ではもちません! 死ぬ気ですか!?』

「でも、もうこれしかない……。今の一撃……手ごたえはあった。それなら、きっと破壊することも可能なはず」

 すでに息も絶え絶えのセトミがうめくように言う。デヴァイスのモニターに映るエマは、な
にかを言おうとしているようにも見えたが、セトミにもう、その声は届かなかった。

『ダウンロード、90%コンプリート。オーヴァーライド開始まで、後二分』

「あああああああぁぁぁぁっ!」

 雄たけびを上げ、セトミは再びバリアへと突撃する。渾身の力を込めた一撃をバリアへと叩きつける。同時にすさまじい衝撃が彼女の全身を襲うが、今度は歯を食いしばってさらに刀身を押し込んで行く。

「……ミナ……聞こえる!?」

 駆けめぐる衝撃の中、セトミは顔を上げた。すぐ側に……手を伸ばせば届きそうなところに、ミナの顔が見える。

「あんたは……兵器になんてなりたくないって言った! なのに……そのままでいいの!? そのまま、わけわかんない神様になんかされて、いいの!?」

 ミナの周囲を包む水が、ごぼり、と音をたてる。

『オーヴァーライド開始まで、1分30秒』

「私は……ごめんだね! もう、そんな風に、誰かに心を支配されたままでいるなんて! あんただってそうでしょ!?」

 再び、ミナの周囲に気泡が発せられた。まるでなにかを訴えようとするかのように。

「だったら――――自分の道は、自分で選びなさい! そして誰かに押し付けられた力なんかじゃなく――――自分の足で、歩きなさい!」

 バリアの奥に、ほんのかすか、カタナが差し込む。それが合図であったかのように、わずかにミナの瞳が、開いた。

「おねえ――――ちゃん……」

「……ミナ!」

 その瞳が開いていくとともに、その手が静かにカプセルのガラスに触れた。

「ミナ……ミナとして、生きたいよ。おねえちゃんと、いっしょに……。だから……」

 その手が、ファースト・ワンとしての力を使う。その右手がまるで剣のごとく、鋭い刃を形成する。

『コンプリートまで、あと30秒――――』

「その手を……離さないでね……」

 ミナの手が振り下ろされると同時に、セトミのカタナがバリアを切り裂き、そして――――。

 静寂――――。

 それを破ったのは、機械的な声だった。

『データのオーヴァーライドに失敗しました。もう一度、対象が正しくスタンバイしているか確認してください』

 その声にセトミが大きく息をつき、その少女に微笑む。

「……おかえり、ミナ」

 途端に、ミナの表情が歪む。やがて堪えきれなくなったのか、これまで見せたことのないような、顔をくしゃくしゃにした表情で泣き出した。

 ただただ、声を上げて泣くミナのそれは、あるいは、長く永い時の中で心を忘れかけていた少女が、再び産まれたことを意味する、産声だったのかもしれない。少なくとも――――ミナは、自分の意志で、カプセルという名の卵を割って見せたのだ。

 ミナが泣く間、セトミはずっと、その頭を撫でていた。それはまた、自分でも守れるものがあると知ったノラ猫が、子猫をなめてやるように。

 不意に、破壊された壁から差し込んだ光に、セトミは視線を上げる。

「ほら……ミナ。夜が明けるよ」

 その声に、ミナも泣くのをやめ、顔を上げた。

 暗闇を切り裂き、冷たい夜を暖める、穏やかな陽光が、二人の顔を照らす。もう、ミナの顔に涙はない。代わりにあるのは、それも、これまで見たことのなかったような、輝くような笑顔だった。

 その瞳をセトミが、ミナに手を貸しながら、ゆっくりと立ち上がる。

「――――行こう。きっとドッグたちが心配して、遠吠えしてるよ」

「……うん!」

 彼女たちは歩き出す。仲間たちの待つ場所へと。強く、互いの手を握りしめたまま。

 ――――そして、チェイサーキャットは、その産まれたばかりの子猫のような少女とともに、夜明けに微笑んだ。


 
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